第23話 クラーレン市を後に
駅馬車隊の進む方角には荒れ地と岩場が広がり、ときおり吹く風が渇いた土を舞いあげて土埃の混じった旋風を作り出す。
ところどころに見えるまとまった緑が、この荒れ地にも水が隠されている事を教えてくれた。
「結局、一日遅れでの出発ですね」
ニールが馬上から既に見えなくなって三時間以上経つクラーレン市の西門のある方を振り返った。ニールとは逆に、規模の膨れ上がった駅馬車隊全体を最後尾から眺めながらロザリーがあきれた口調で言う。
「本当、正気とは思えない人たちが大勢いること」
俺たちの駅馬車隊と合流した二台の駅馬車に乗っていた乗客たちは、共にアロン砦を目指す事になった。
アロン砦との連絡が途絶えている状況と、魔物による被害が増えているとの情報にもかかわらず、わずか一日遅れでの出発だ。
元々アロン砦から先を目的地としていた者はほとんど同行している。
危機管理意識はともかく、意思決定の速さだけは素晴らしい連中が揃っていたようだ。クラーレン市に残る者もアロン砦より先を目指す者もジェフリーの問い掛けに即決だった。
「ロザリーさんもそのうちの一人ですよ」
ニールの言葉に悪戯っぽく笑みを浮かべて肩をすくめると、前方から騎馬を駆けさせてくるマーカスに気付き、すぐに真顔に戻った。
「あら? 何かあったのかしら?」
「我々と違って、正気を保った人たちが『行きたくない』と騒ぎ出したのかもしれませんよ」
「例えそうだとしても、その正気を保った連中に選択権はない――」
今回、無理やり連れて来たのは捕らえた盗賊と衛兵隊の連中だ。新たに雇い入れた護衛の冒険者たちはもちろん、当初からの護衛と駅馬車隊の職員も自由意志での参加だ。
ジェフリーが何人かに金を積んでいたのは見なかった事にしよう。
「――たとえ行く先が魔物の巣窟でも付き合ってもらう」
「お三方、最後尾をお願いしちまって申し訳ありません」
マーカスの快活な声が辺りに響く。
「問題が起きたって感じじゃないわね」
「ご機嫌じゃないか、マーカス」
「そりゃそうですよ。衛兵隊から檻馬車だけじゃないく、ありったけの馬車と馬をせしめてきたんですからね。お陰様で余裕をもって膨れ上がった罪人を閉じ込めておけます。それに、個人的にも衛兵隊から見舞金と謝礼を頂戴しましたからね――」
そう言って破顔する。
「――旦那には感謝しています。今回の仕事、護衛以外で相当の額を稼がせてもらいました」
「一人当たり騎馬十頭は要求しすぎじゃないのか?」
夜襲の迎撃に参加した護衛、マーカスとコンスタンス、五人の冒険者はそれぞれ五頭の騎馬を衛兵隊からせしめていた。
もっとも俺やニール、ロザリー、ファーリー姉妹もそれぞれ五頭の騎馬を貰っている。
「相場ですよ、相場」
「予備の武器や防具もせしめているのは知っているぞ」
「武器や防具は消耗品ですからねー。アロン砦で何が待っているのか分かりませんから、用心の意味も含めてってことです――」
悪びれる様子はまるでない。
「――それに、本来は衛兵隊が人を出さなけりゃならないのを肩代わりしようってんですから、これくらいは当然ですよ」
「衛兵隊の騎馬だ、いい値段で売れるんじゃないのか?」
「アロン砦の先にあるベルクド市で商人と交渉する予定です。一頭当たり金貨三枚は固いでしょうね。うまくすれば金貨五枚は行けるかもしれません――」
交渉する前から夢が膨らんでいる。
金貨三枚あれば、贅沢さえしなければ家族四人が一年間暮らしていける。独り身なら二年間は暮らしていける。
「――まあ、一番浮かれているのはコンスタンスですけどね。相手もいないのに結婚資金が出来たと大喜びですよ」
「悪い男に騙されないよう、注意してやれよ」
「もちろんです、コンスタンスは俺にとって大恩ある方の娘さんですからね。本人の前ではもう言えませんが、オムツをしていた時から知っています」
奇遇だ、同じような境遇の男がこんな近くにいたとは知らなかった。マーカスに妙な親近感を覚える。
「マーカスさん、そういう事は本人の目の前でなくっても言わないのが礼儀ですよ」
「そうですね。ロザリーさん、今の話は聞かなかった事にして下さい」
あきれたような眼差しから悪戯っ子のような、何かを企んでいる様な光を目に湛えたロザリーが、マーカスの馬に自分の馬を寄せる。
「これって、貸しになります? マーカスさん?」
「ロザリーさん、クラーレン市の衛兵隊って気前が良かったと思いませんか? ――」
何を言いたのか分からないといった様子で、キョトンとした表情を浮かべるロザリーを見やり、マーカスがニヤリと口元に笑みを浮かべる。
「――衛兵隊の所有していた薬草を根こそぎ持って来たの、知っていますよ」
表情を強ばらせているロザリーに楽しそうな視線を投げ掛ける。
マーカスの方が一枚も二枚も上手だ。
「衛兵隊の事務長、いい人でしたよね。特に気前が! ほらっ、例のオンボロ宿屋。『飯の美味い宿屋』への見舞金も二つ返事で了解してくれましたよねー」
翌日の昼過ぎには『飯の美味い宿屋』の解体作業が始まっていた。ホクホク顔で俺にお礼を言っていた、宿屋のおやじの顔が蘇る。
「店を使い物にならなくされた『飯の美味い宿屋』のおやじよりも、ロザリーさんが無断で持ち出した薬草の方が高額ですよ、間違いなくね」
「マーカスさん、仲良くしましょう」
「ええ、私もお客様とは良好な関係でいたいと常に願っています」
顔を若干引きつらせながら差し出されたロザリーの右手を満面の笑みを浮かべてマーカスが取った。
そんな二人のやり取りを横目にニールが口を開く。
「今回の襲撃に参加していなかった衛兵隊の人たちは無実だったんでしょうか?」
「さあな、その辺り事はアロン砦に駐留している騎士団の仕事で俺達には関係ない」
「騎士団、無事だといいですね」
「言わないでくれ。考えないようにしていたんだ――」
最悪の事態がそれだ。魔物に襲撃されて駐留部隊が避難してきた駅馬車隊もろとも全滅。到着したら廃墟となったアロン砦に屍が転がっている。
考えたくないなあ。
せめて、門を固く閉ざして防衛に専念している状態でもいいので生き残っていてくれよ。
そんな事を願いながら希望を口にする。
「――曲がりなりにも国境騎士団だ。訓練もされているし指揮官だって有能だと思う。きっと無事だ。そう信じよう」
「そうだ! 旦那、用事があったですよ――」
天を仰ぐ俺の耳にニールの笑い声に続いてマーカスの声が届く。
気分を変えられる話題であってくれよ。そう思いながらマーカスに視線を向けた。
「――ノーマが不安がって馬車に閉じ籠もってるんですよ。暗い顔しちゃって、ちょっと可哀想ですよ、あれ」
「分かった、見に行こう」
「あたしも一緒に行っていいですか? やっぱり同性同士でないと話せない事とかあるかしれませんし、いいですよね?」
ロザリーが一緒に来るくらいならコンスタンスに同席してもらった方がマシだ。
「コンスタンスは先遣隊として先行させているので同席は無理ですよ」
俺と目が合うなり、まるでこちらの心を読んだようにマーカスが否定の言葉を口にした。
ヒルダを同席させる訳にもいかないよなあ。
「ロザリー、付いて来い。マーカス、ノーマの引きこもっている馬車まで案内してくれ」
そう言って、マーカスに先導するよううながした。
◇
◆
◇
揺れる馬車の中、俺の正面にノーマ・ベイト。右にすました顔のロザリー、左に居心地悪そうな顔をしたマーカス。
「あの、本当に大丈夫なんでしょうか? 騎士団に引き渡されたりしませんか? ――」
しばらく無言で俯いていたノーマだったが、恐る恐るといった様子でこちらをうかがいながら話し出した。
「――その、元仲間から、ある事ない事証言されて、有罪になったりしませんよね?」
「一昨日聞いた以外にも余罪があるなら別だが、正直に話をしたのなら問題ない」
「話しました! 嘘は言ってませんし、隠し事もありません」
「なら問題ない。お前の元仲間が何を言ってこようが関係ない。俺が嘘だと証言する。それで終わりだ」
尚も不安そうなノーマに向けて、静かに、だが力強い口調でそう告げた。
馬車の中に三つの息を呑む音が響いた。
沈黙が流れ、馬車の中には車輪が大地を転がる音と、時々跳ね上げる小石の音が響く。
マーカスが絶え兼ねた様に沈黙を破った。
「旦那、やっぱり騎士団の関係者なんですか? それも、旦那が一言『嘘だ』と言えば、その証言が調書から消えちまう程の関係者」
「関係者を知っているだけだ。それ以上は聞かないでくれ――」
マーカスにそう告げてノーマへと視線を戻す。
「――ノーマ、君のお陰で盗賊だけでなく、ヤツらとつながりのある衛兵も一網打尽に出来たんだ。多少の余罪が出て来たところで、その手柄で帳消しだ」
「そういうものでしょうか?」
力なく言葉を発する彼女にマーカスが急に口調を変えて話し掛ける。
「外だ、外! 外に出て馬に乗ろうか! こんな馬車の中にいるから気が滅入るんだ。馬に乗って少し外を走ろうぜ!」
「そうそう、馬を駆けさせれば少しは気が紛れるよ。もし元仲間の言葉が気になるんだったら、あたしと一緒に檻馬車の前に行こうよ――」
顔を合わせたくない相手のところに連れて行くのか?
逆療法としても随分と乱暴だな。
「――檻馬車の前で鼻歌歌いながら『自由って素敵ー!』とか叫べばいいのよ。悔しがる連中の顔を見たらきっと気分も晴れるわよ」
ロザリー世の中の誰もがお前の様に強靭な心を持っている訳じゃない。
「ロザリーの提案はともかく、マーカスの言うように馬車の中に閉じ籠もっているのは良くない。外へ出よう――」
ロザリーの提案に強ばらせていた表情が幾分か和らぐ。
「――マーカス、予備の馬を用意するよう頼んでくれ」
マーカスが口を開きかけた瞬間、御者席で慌ただしい物音がし、
「マーカス隊長! 先遣隊から伝令です! 三キロ先にゴブリンの大群を発見! 数、およそ五百!」
そう叫びながら、アラン・リオットが御者席から馬車の中へと半身を乗り入れた。
「先遣隊はどうなった? 全員無事か?」
「俺が報せに戻るように言われたときはゴブリンたちに気付かれていませんでした」
それ以上は彼も分からないだろう。
「マーカス、駅馬車隊を停車させろ! 先遣隊は俺が迎えに行く! ――」
顔を蒼ざめさせているアランに視線を向ける。
「――君はアラン君だったな。俺と一緒に来い! 案内をしてくれ!」
「旦那、私も――」
ロザリーのセリフを途中で遮って指示を出す。
「ロザリーはこの事をニールとベレスフォード神官に知らせて、俺の後を追うように伝えてくれ! その上で――」
敵がゴブリンの大群となると、手薄なところを突破されて女性をさらわれる恐れがある。
守る対象をバラバラに配置しては駄目だ。
「――女性を一カ所に集めて防御態勢を取れ。ヒルダを戦力に数えろ、彼女はシビル並みの戦力になる」
そう告げて馬車の扉から飛び出すと、背中からロザリーの声が届く。
「分かりました」
振り向くと、彼女も反対側の扉から馬車の外へと飛び出していた。




