第15話 恐鳥、撃退
馬車が急停止した事で前方の馬車に乗っている者たちが騒ぎ出し、こちらの馬車に乗っている者たちのほとんど――護衛・乗客を問わず、思考停止したように無口になるか、祈りを上げ出すかだ。
「テ、テメェー、命があったら、後でギタギタにしてやるからなー!」
馬車の屋根から護衛と思しき二十代後半の男が、悲鳴にも似た叫び声を上げた。
「き、来た。二羽も……」
続いて御者席の女性が蒼ざめた顔でそう口にして言葉を途切らせる。
彼女の言葉通り、左右から二羽の恐鳥が降下して来る。先に攻撃態勢に入ったのは右側の個体。速度が上がった。
進入角度はほぼ四十五度。狙いは御者席の女性か!
続いて左側から降下してくる個体が攻撃態勢に入った。
時間差がある、まるで連携して攻撃してくるようだ。
進入角度はこいつもほぼ同じ。お前の狙いは俺か。いいぞ、速度を上げてそのまま真っすぐに突っ込んで来い!
右側から迫る個体をギリギリまで引付け、左側から侵入してくる個体が射程圏内に入るのを待つ。
微妙な時間差、ギリギリだな。自然と額に汗が滲み、口元に笑みが浮かぶ。
右側の個体が降下する体制から身体を起こし、両脚の鋭く大きな爪を御者席の若い女性へと向ける。その大きく広げられた翼が陽光を遮り、暗い影を作り出して馬車を覆った。
馬車の中から息を呑む音が聞こえる。
凶悪な爪が御者席の女性を捕えようとした瞬間、左側から侵入してきた恐鳥が射程圏内に入った。
刹那、大地に魔力を流し込む。
魔術が発動し、攻撃魔法へと変わった。
大地を揺るがして幾本もの岩の槍が、正面から、斜めから、横合いから、恐鳥をとらえる。岩の槍は恐鳥を貫いて押し戻すと、そのまま空中に縫い止めた。
グギャーッ! ギャッギャッ!
悲鳴は一つだけ、女性を狙ったヤツのものだ。
左側から侵入してきた恐鳥は頭と心臓を貫かれ、断末魔の悲鳴を上げる事すらなく絶命した。
ギャッ、ギャーッ!
苦しそうな悲鳴を上げて岩の槍から抜け出そうともがく恐鳥をそのままに、馬車の屋根を見上げる。
「気絶している御者の女性に代わって、誰か操車を頼めないか? ――」
別に感謝の言葉を期待していた訳じゃないが、せめて怯えるような視線を向けるのは、やめて欲しかった。
尚も無言でいる護衛に向けて、
「――誰も御者を代わってくれないなら、手負いの恐鳥を解放するが、いいか?」
「か、代わる! 代わらせる! ――」
馬車の屋根の上で応戦していた護衛の男が、馬車の傍らで馬に乗っていた青年に声を掛ける。
「――おい、ニック、ヘザーと御者を代われ!」
「は、はい」
「あー、すまんが、代わりは男でなく女性にしてくれ」
「え? 何で?」
「気にするな、坊やは知らなくてもいい事だ」
失禁して気絶している若い女性のところへ、同僚の若い男を向かわせるのは忍びない。
馬車の屋根に乗っていた男はチラリと視線をヘザーに向けると、すぐにすべてを察して馬に乗っていた最後尾の女性に声を掛けた。
「ミラ、ヘザーのところへ行ってくれ」
男の言葉にミラが馬を駆けさせるのを横目に馬車の上の男に言う
「これから前方の馬車を助けに行く、お前は負傷者の確認をしておいてくれ」
「わ、分かりました。いえ、俺も一緒に行きます」
男は膝が笑っている状態に耐え兼ねたのか、馬車の屋根の上に座り込んだ。
「気持ちだけで十分だ。恐鳥を撃退後の事を考えての役割分担だ。それに恐鳥以外の魔物が襲ってくるかもしれない。乗客をしっかり守ってやってくれ――」
手近にいた空馬に飛び乗り、
「――すまないが、馬を一頭借りる!」
了承の返事を待たず、前方で恐鳥と交戦中の馬車へ向けて馬を駆けさせた。
◇
前方の様子を見る限り、後方よりもマシな護衛が付いているな。それでも撃退するだけの火力は持ち合わせていないようだ。
いや、二羽に減ったからか? 恐鳥のダメージが大きい。
二羽ともかなりの手傷を負っていた。
直接のダメージは二人の護衛が放つ爆裂系の火球。屋根の上に一人、馬上に一人。だが、岩の弾丸や風の刃と違って、速度の遅い爆裂系の火球が当たりやすい様に、不可視の風の刃で恐鳥の動きを限定している。
風の刃の使い手の戦い方が巧みだ。風魔法の最大の特徴は不可視である事。それを熟知した戦い方だ。
「加勢する! 馬車を止めろ!」
馬上から爆裂系の火球を放っている若い男に向けて叫ぶと、一瞥した男が『チッ』と小さく舌打ちをして即答した。
「馬鹿な事を言うな! 馬車を止めたら恐鳥のターゲットになる!」
「後方の戦闘は見ていただろ? 引き付けさえ出来れば、恐鳥を一撃で仕留められる」
「偶々上手くいっただけだ! ギリギリだった! ――」
そう言うと恐鳥に向けて爆裂系の火球を放ち、こちらを見ることなく話を続ける。
「――それに、もう少しだ。もう少しダメージを与えれば恐鳥も逃げ出すはずだ」
その判断は正しい。
死ぬまで戦う魔物は少ない。だが、ダメージ不足だ。ついでに、その判断が出来ないお前は経験不足だ。
「だが、このままやみくもに走っても――」
若い男は爆裂系の火球を放つと、俺の言葉を遮って前方の谷間を指さす。
「あの谷間に逃げ込む! ――」
こちらの駅馬車隊が避難している谷間じゃないか。
勘弁してくれ。あそこに恐鳥二羽を引き連れて飛び込むつもりか?
「――ここから見る限り、恐鳥もあの谷間には入って来られないみたいだからな!」
入れないようにしたんだよ、俺が。
「あそこに三羽もの恐鳥を誘い込むのは勘弁してくれ。二羽ならともかく、三羽の恐鳥を倒すだけの火力は持ち合わせていない――」
ニールとヒルデガルドだけでなく、彼女の妹のシビルとベレスフォード神官もいるから何とかなる気はするが、それでも周囲に被害を出さずに撃退出来る保証はない。
「加勢するから、あそこの谷間に飛び込む前に――」
次第に動きが悪くなってきた恐鳥に視線を向ける。
「――あの二羽を何としないか?」
「よし、お前が俺の指揮下に入れ! それが条件だ! 勝手な行動をされては俺たちの作戦が台無しになる――」
立場が逆じゃないのか? ある意味大したヤツなのかもしれない。
背中越しに背後の馬車を見やると、
「――ただでさえ、後方の馬車を止められて迷惑しているんだ! これ以上勝手真似は許さないからな!」
俺を睨み付けてそう言った。
「それで作戦というのを教えてもらおうか?」
「さっきの岩の槍だ! 恐鳥の翼にダメージを与えて動きを封じろ!」
「馬車を止めなければ無理だ!」
「チッ! 何が出来る?」
動きを封じれば何か大技を繰り出す算段だろうか?
「火炎系の火魔法で恐鳥の顔を炎で覆って、一時的に視力を奪う事は出来る」
「よし! それをやれ! タイミングは俺が指示を出す」
しかし、この若者と会話をするたびにモチベーションが削られて行く。
「了解だ、二羽同時でいいか?」
「ダメだ、一羽ずつだ」
なるほど。二羽同時に動きを封じても迷惑にしかならない、と。大技か何か知らないが、有効な攻撃手段は単体攻撃だけ、という事か。
目の前を走るこの若者と馬車の上で細かな火球を放っている若者、それぞれが高濃度の魔力を練り上げて攻撃準備を完了させていた。この二人の火力がパーティーの最大の攻撃力という訳か。
そしてこの坊やは自慢の火力に酔ってプライドが肥大化したってところだ。
若いねー。
「了解した、一羽ずつだな。それでどちらから――」
「今だ! やれ!」
だから、どっちだよ!
若者の視線の先にいる個体に狙いを定める。恐鳥が攻撃態勢に移ろうとした瞬間、速度を重視した火炎系の火球を放つ。
着弾した火球は恐鳥の顔を覆う様にして空中で大きく燃え広がった。
グギャーッ!
恐鳥が攻撃態勢を崩して悲鳴を上げたところに、風の刃が弧を描いて恐鳥を包み込むように飛来する。
恐鳥の動きが止まった。
馬上の若者と馬車の上の若者から火球が放たれる。
一際大きな音が鳴り響き、叩きつけるような爆風が上空から地面へと向けて吹き付けた。
馬車を牽く馬が驚いて進路を変え、馬車が大きく傾く。車輪が小さな岩に乗り上げ、跳ねあがる様にして馬車は転倒して停止した。
中の乗客も心配だが、今はもう一羽の恐鳥が優先だ。
少しの間、我慢してもらおう。
「おい、おっさん! 今の火球をもう一度だ! 合図をしたら撃て!」
おいおい、まだお前が指揮を執るのか?
だいたい、あの恐鳥を撃退するだけの魔力を練り終えている者がいない。どうやって撃退するつもりなんだ?
「火球を放つのは構わないが、どうやって撃退するつもりだ?」
「時間を稼ぐ! 魔力を練り終われば大技が撃てるから、それまで粘れば俺たちの勝ちだ!」
目眩がしてきた。




