魔王の因子と呪い「3」
━━ありえん。
片翼の悪魔は混乱していた。
いまだに魔王を凌駕する存在がこの世界にいるだと?
魔法の力そのものが衰退しつつある現代に。
たかが人間が━━
「現実を見ろよ。魔王の出来損ない」
「黙れ! 人間が!」
片翼は吠えると口から炎のブレスを放った。
聖なる武器や魔の武器の素になっているアーク鉱石は無理でもミスリル性の武器なら溶かすほどの高熱だ。
ドラゴンが吐く紅蓮の炎までいかなくても無防備に立つ人間が呑まれたら一たまりもない。
それなのに。
片翼の悪魔は息を呑んだ。
片翼の悪魔のブレスが何かに弾かれ、天井を貫通したからだ。
「お前にはドラゴンの血も流れているようだが、俺には効果ないいぜ」
風が纏っているのは風。
━━バカな。
「そうだ。バカなのだ。属性が2つもあるなどありえぬ。魔法━━いや、貴様のそれは」
少年がぱちん、と指を鳴らすと100ほどの剣が浮かび、出現した。
それにはどれもとてつもない力が秘められていて、まさに1本1本が宝剣なみの━━
「そのような力、我は知っておる。記憶している。貴様は人間種族ではない。貴様ははじまりの━━」
「話はしまいだ。殺ろうぜ、魔王の出来損ない」
少年はニヤリと笑うと出現させた剣の1本を手にした。
飾り気のない、シンプルな剣。
刃だけでも2メートルはある巨大な武器。
少年みたいな細身ではあつかえきれない得物に見えるが軽々と片手で持っていた。
「すべての剣が宝具級だとすると……その剣は」
「今は名前はねぇよ。今はな。いずれ力や意思を得れば名前はつく。それこそ神剣や聖剣。あるいは」
━━魔剣!?
人間種族が魔剣を手にすることはできない。
たとえ入手してもその力を扱うことは不可能。
魔に連なる、特殊な血族や眷属ではいかぎり。
━━魔人。職種が魔人? 人間種族にしか見えないコイツが?
「ありえん。あってはならん。貴様という存在はこの場で消すしかない。否、完全なる消滅。魂すら残すことはならん」
「できもしないのにか?」
「ほざくな。我を侮るな! 貴様をほふるくらい造作も━━」
「しゃべってばっかだとさっさと即死するぞ?」
油断したわけではない。
警戒色を濃くし、相手を睨んでいただけだ。
それなのに青年の姿が忽然と目の前から消え━━
ぞっと悪寒を覚えた時、片翼の悪魔の背中が斬られていた。
「俺は無駄話するためにここに来たわけじゃないぞ。単純に殺りにきただけだ」
耳元で囁くような声が聞こえたと同時に片翼の悪魔は口から大量の炎を吐き出すが青年を呑み込むことができなかった。
「ちっ、ブレスさえあたれば」
「俺を殺せるか?」
片翼の悪魔の前に歩み出て、青年は無防備に両手を広げる。
得体の知れなかった雰囲気が消えている。
ただ突っ立っている感じの青年、しかし片翼の悪魔は怪訝しか浮かばなかった。
軽く力を放てば殺せる距離と態度だ。
「どういうつもりだ?」
「ブレスとやらがあたれば俺を殺せるんだろう? やってみろよ」
「我を━━我の力を甘く見ているのか!!」
片翼の悪魔の激昂が空気を震わす。
だが青年はニヤニヤしたままで、
「完膚なきまでにプライドをずたぼろにして殺す。その前の絶望しきったお前を見たいんだ。そうすれば妙な考えは捨てるだろう?」
最悪だ。
青年の言葉を聞いたらほとんどの者が胸くそ悪いと思うだろう。
そのイヤらしい笑みに殺意が浮かぶ。
━━何かの罠か?
すぐに誘いにのらない片翼の悪魔。
「別に意図はない。俺から攻撃はしない。お前の力が続く限りな」
挑発するように青年は上目遣いに片翼の悪魔を見、くいっ、と人差し指を揺らす。
青年が何を考えているか分からないがまったく身動きしないのであれば勝機はある。
すべての力をもって青年を焼き尽くせばいいだけだ。
それで再び数十年眠ることになろうとも厄介なヤツがいなくなるのなら今後もことも楽になる。
━━我を見下したことを後悔しろ。
片翼の悪魔は大きく開けた口にくすぶる炎を集めていく。
脳や胸のあたりに激痛が走るが構わず魔力を一点に━━
小さかった炎が少しずつ大きく━━大きく━━大きく━━
「まだだろう? そんなもんじゃないよな?」
青年はあくまで余裕綽々とした態度だ。
それに苛立ち、怒りを覚えるが片翼の悪魔は吠えることはせずに死という名の牙を凝縮させていく。
小さな炎を中心にいくつもの炎の刃が回転する。
━━あれが逃げたり避けられないほどのブレスをお見舞いする。
そして念のために保険をかけたほうがいいだろう。
「この距離でも無理なら、もう少し近づいてやるぞ?」
バカか?
いや、何も考えてないだけか?
なめているのも大概にしろ!
片翼の悪魔は咆哮する!
全力のブレスを解き放つ。
青年はまったく動く様子はなかった。
洞窟内をなめつくすブレスが迫っても。
避けたり、防御したり、そういった動作はなし。
もし行動するならそれを見逃さない距離に自分はいる。
筋肉の動きが分かる、それくらいに近い場所。
死をもたらす力の奔流が青年を呑み込み、光熱が洞窟全体を焼きつくし━━
全力のブレスを吐き出して自分自身も無事ではすまないことは分かりきっていた。
ブレスに耐えうるだけの器はまだ出来ていない。
体はボロボロで辛うじて思考ができるのはただ運がいいだけだ。
下手をしたらブレスに焼かれていたのは自分だからだ。
片翼の悪魔は大きく息をし、鋭く眼光を前方に、そして唇を歪めた。
あれだけ傲慢でこちらを見下していた青年がそれこそぼろ雑巾のような感じで立っていた。