魔王の因子と呪い「2」
卵が破壊されたと同時にたまりにたまっていた瘴気が噴き出し、洞窟内の気温が急激に下がった。
相手が何をしたのか━━【それ】の目には見えなかった。
無様に倒れた【それ】は奥歯を鳴らすような音を立て、立ち上がった。
「へぇ。それがお前の姿か。【片翼の悪魔】さん」
青年は面白そうに唇の両端をつり上げた。
天井から落ちてくる火の粉に照らされたのは人間種族ではない異形の姿だ。
黒い痩せた四肢とのっぺりとした顔。
つり上がった金色の目にちぎれたコウモリのような片翼。
魔王に廃棄にさせられた、力も中途半端な存在。
体うちに魔王の因子を抱いてなければそれこそそこらの冒険者数人がかりでようやく倒せる実力しか持ち合わせていなかっただろう。
「そんな出来損ないが魔王候補を名乗る資格があるなんてな」
ごご、と洞窟内が大きく揺れた。
【それ】が片翼で風を撃ち、憎悪に満ちた目を青年に向けた。
「我を……愚弄するつもりか?」
「まさか。事実を言ったまでだ。魔王なんてそんな簡単になれるものなんてな」
「━━貴様━━」
魔王の因子を持つ者━━片翼の悪魔は呪を紡ぎ、力を解き放つ。
雷光を纏った風の刃が地を這い、走り、佇む青年へと迫った。
青年はそれを冷静にかわし、視線を片翼の悪魔がいた場所に走らせ━━
いなかった。
片翼の悪魔も姿はなく、青年の耳に風を撃つ音だけが届いた。
「どこを見ている? 下等な人間種が」
聞こえてきた声は頭上から。
しかし青年は上を仰ぎ見ることはせずに後ろに手を伸ばし、何かを掴んだ。
「動きが単調。目で見なくても気配で分かるぜ」
「ぐっ……我に触れるな!」
目を見開いた片翼の悪魔は吠えると同時に火炎を青年に放つ。
炎の奔流は青年を囲み、呑み込み、広がった。
「我は……魔王なり。下等生物はおとなしく狩られろ」
「狩られるのはお前だ。出来損ないの魔王」
炎の中から聞こえた声に片翼の悪魔はぎょっ、としる。
炎を散らして無傷の青年が姿を現した。
「出来損ないのくせに属性2つ。なかなかやるじゃないか」
「バカな…なぜ無傷だ」
「それはお前がよわっちいからだ。攻撃がまったくきいてないし」
「そんなことあるわけ━━」
「現在この世界に何人、魔王がいると思う?」
「何だ、いきなり?」
その問いの意味が分からない。
青年は笑みを浮かべたまま続ける。
「かつては六人……いや、七人、この世界に魔王は存在した。だがその2人ははるか昔の大戦で月へと放逐され、二人はこの世界のどこかと別の世界に封じられた。残りのうち一人は行方知れず、もう一人は今も現存している。
そして問題だ。最後の魔王はどうしたか」
「死んだのだろう?だから世界は新たなる魔王を━━我を誕生させた」
「それなら次の質問だ。なぜ魔王は死んだ?」
「それは英雄の誰かが……まさか、貴様!?」
「正解。殺したのは俺だ」
青年がにやっと笑った瞬間。
片翼の悪魔の翼が燃えた。
それは自らの魔力をこめたのではない。
目覚めたばかりで完全に覚醒してない片翼の悪魔はまだ魔力を制御することはできない。
力で自分より大きな魔物をひねり殺すことはできるが、真の強者ともなると。
「━━貴様は━━」
「これが俺の欠点だ。魔物を殺したくて殺したくて仕方ない。たとえ命乞いする魔物に情けをかける感情もない。
さて、お前はどういった声で啼く?」
そう告げる青年は魔王の因子を持つ片翼の悪魔をもぞっとさせる雰囲気だった━━