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そんな所に行かせるか

 今日の体育は長距離走である。

 校庭をぐるぐる走り、私は三位でゴールすることができた。フィーネがぶっちぎりの一位で、二位は騎士の家系の子だった。

 女子が走り終わり、今度は男子が走る。

 カデルと嫌みったらしいやつその一が先頭集団にいる。カデルはともかく、嫌みったらしいやつその一まで速いとは知らなかった。

「どっちが勝つかなー。カデルくんかな、オーセイくんかな」

 フィーネが楽しそうに言う。オーセイというのは嫌みったらしいやつその一の名字だ。やつのフルネームは、センデート・オーセイという。

 先頭集団が最後の半周に入った。と同時にカデルとオーセイが集団から飛び出した。女子がきゃあきゃあと叫び出す。飛び出した二人のうち好きな方を応援しているのだ。カデルを応援する声の方がやや大きいだろうか。カデルはモテないが同級生や友達としてはよく好かれている。私も彼を応援する。

 カデルはカーブを抜けたところでさらに速度を上げ、オーセイを突き放してゴールした。

 授業の後の昼休みには、第三食堂に入ってみた。今日もフィーネだけでなくカデルも一緒だ。

 どこの席にするかと相談していると「テルルちゃーん」と、フィーネを呼ぶ声が聞こえた。

 声の方を見れば攻略対象が三人固まって座っていた。図書館によくいる者同士でいたところにヴァルニードがくっついたのではないだろうか。

 そしてここにはカデルもいる。校内の攻略対象が揃った。

 この状況……そうか、今日から第三章だったのか。ということは放課後に面倒なことが待ちかまえている可能性大だ。

 攻略対象たちのそばに行くと、ヴァルニードが上機嫌で迎えてくれた。

 フィーネがヴァルニードに言う。

「ヴァル先輩がここにいるなんて珍しいですね」

「いやね、なんか、今日はずいぶんとお嬢様方がその、しつこくてさ。なあ、ディーズ」

 ヴァルニードが友人兼護衛に同意を求めるとディーズは「ええ、本当に」と言って頷いた。

 主人公を意識するようになるまでヴァルニードは寄ってくる女子を拒まない。むしろ歓迎する。その彼が「しつこい」と言うのなら、それは余程のことだ。

「逃げてきちゃったんですか?」

「そう。こんな男だらけのとこ嫌だったんだけど、君たちが来るなら正しい選択だったよ」

「他にも女の子いますよ。失礼です!」

「あの子たち男っぽい。そんなことより座ったら?」

 ……ここ……選択肢が出る場面だった気がする。座る場所によって会話できる人が違うのだったか。

 攻略対象からは遠い所に座ってみた。隣はフィーネで、彼女の隣がディーズで、彼の隣がレナイトだ。テーブルの反対側にはレナイト以外の攻略対象が並んでいるが、私の前には誰もいない。これでいいはずだ、たぶん。

 攻略対象たちの会話を聞きながらの食事は楽しかった。



 今日最後の授業が終わった。

 教室を出て廊下をフィーネを歩いていると、進行方向に女子生徒複数が立ち塞がった。

 来たか。

 壁となった生徒たちの真ん中に、偉そうにしている金髪がいる。

 彼女はマリーヌ・ウィンダーティス。名字が長いから名前で呼ばせてもらおう。

 貴族のお嬢様で、彼女こそが嫌みったらしいやつその二。その一よりうざくて面倒くさいやつだ。こうやって取り巻きを引き連れてくるのがその証拠の一つ。その一は一人で襲来する。

 マリーヌは二年生で、取り巻きの中に三年生はいない。年上は取り巻きにできないらしい。

「メルア・クイントさんね?」

 マリーヌが確認してきた。正直に頷いておく。

「私のことはご存じかしら?」

 よく知っている。名前と身分だけでなく、性格もだ。

 簡単に言えばあんたはいじめっ子だ。

 私がただ頷くと、マリーヌは手に持っていた扇子をビシッと私に突きつけてきた。

「あなた、この学校に来てからというもの、有名な“あの四人”の方々と仲良くしているそうね」

 マリーヌが言うのは攻略対象四人のことだ。

 王子二人だけでなく、カデルとレナイトも学校の有名人だ。カデルは魔術込みだとしても学校最強と噂され、レナイトは魔術の天才と呼ばれている。そんな彼らと私が仲良くしているのがマリーヌたちは気にくわなくて、私に文句を言いに来たのだ。

「はっきり言わせてもらうけれど、あなたはあの方々のそばにいるのにふさわしくないわ」

 はいはいそうですか。乙女ゲームというより少女漫画的だな。……というのが今のマリーヌの発言に対する前世の感想だ。彼女が遊んだ乙女ゲームに、マリーヌ以外に主人公をいじめてくる女子がいなかったが故の感想である。

「何でそんな」

 フィーネがマリーヌに抗議するのを私は止める。

「いい。何も言わないで」

「えー……?」

 フィーネに矛先が向くのは避けたい。マリーヌが一番嫌いなのは自分に刃向かう人だ。私と一緒にいるだけならフィーネは敵と認定されない。私と違ってお嬢様だし。

 少しの間、マリーヌたちの主張を黙って聞いてやる。

 マリーヌは次から次へと私を蔑む発言を繰り出してくるし、取り巻きたちがいちいちそれに同意してくすくす笑ったり、追撃してきたりする。

 ……ふむ。やはり、うざい。言い返してやろう。

「そんなこと言ってると、いざという時にあなたを見捨てるよ」

「……はあ?」

「今あなたはただの生徒だし、彼らに煙たがられてるからには将来もただの人でしょ」

 マリーヌの顔が引きつった。

「あなたが死んだら困るのはあなたに近い人だけ。だから、私につらく当たるというなら、何かあった時に私はあなたを見捨てる」

 もし、マリーヌがいないと私や世間が超困るなんてことになったら、どんなに憎くても助けよう。

 取り巻きの一人が怒って言う。

「あなたなんかに助けられる機会なんて無いわっ」

 リゼイルルートにあるぞ。

「無いといいね。でも、人生何が起きるかわからないよ。私がここにいるのがその証拠。あ、ただの人なら心配することもないか。良かったね」

 マリーヌの顔が今度は真っ赤になった。なんて怒りっぽいのだろう。

「あ、あなたねえ……っ!」

「大変な思いをする可能性が全く無いわけじゃないけどさ、世界規模の責任を負う、なんてことはまず無いだろうね。私なんて世界中から恨まれかねないのにさ」

「どこまで私を侮辱するつもり!?」

 マリーヌが大声を出した。耳がキーンとなった。取り巻きの何人かは肩をビクッとさせ、耳に手を当てる人もいた。

「『どこまで』って、そんなに言ったつもりはないけど。あなたのことを『ただの人』って言っただけ」

「それがいけないの! この私を『ただの』などと」

「悔しかったら私に命令できるくらい偉くなれ!」

 キンキンうるさかったので、こちらも叫んでマリーヌの言葉を遮ってやった。

「……ひぇ……?」

 マリーヌが間抜けな声を出した。

 彼女は、その場で判断する、ということがかなり苦手だ。準備はしっかりする方だから、私の反応はある程度予想してきたことだろう。といっても、魔石があること以外は「ただの人」である私のことを完全に見下しているはずなので、今回はよく考えずに私の前に現れたと思われる。

 だから、私が身分など気にせず面倒くさそうに対応し、果ては叱るかのように大声を出したことと、その際の私の言葉に彼女は混乱した。準備していないと本当にだめなやつなのだ。

「それじゃ」

 マリーヌが冷静になる前に私はフィーネを連れて逃げることにした。

 回れ右をして取り巻きの壁とは逆方向へ行き、階段を下りる。誰かが追ってくる気配はない。

 昇降口にたどり着いた時、フィーネが言った。

「メルアちゃんって、見た目と中身がなんか違う気がするの」

 見た目は心優しい主人公だからな……。

「見た目どおりの方がいいかな」

 嘘をつくのが得意というわけではないが、主人公の真似なら簡単にできる。フィーネが見た目と中身の一致を求めるならそうしよう。

「それとも外見を中身に合わせようか」

 髪を切ってみるか。長い方が良いと母と妹が言うので私は髪を伸ばしている。主人公とほぼ同じ長さだ。

「そのままでいてよ。こっちが思いこんじゃってるだけなんだから。きっと一ヶ月もすれば何にも思わなくなるよ。それはそうと、あの人にヒントあげなくても良かったんじゃないの?」

 ヒント? ああ、マリーヌに「偉くなれ」と言ったことか。

「私に命令できるようになれるなら、あの人はきっと優秀なんだよ。だからその時は従うよ。変なこと言ったらぶっ飛ばすけど」

「んー、命令できる立場の奥様の方があの人らしいかなあ。裏から旦那を、軍を操るの。まさに悪女。で、後世に小説の題材になっちゃったり」

 そして映画化。彼女を演じた女優は、演技が上手いが故に演技をしていない時でも悪女扱いされる。……なんてこともあるかもしれない。



 また休日がやってきた。

 この週末にフィーネはいない。彼女の祖父が亡くなって五年目だとかで、朝早くに実家に帰った。

 さて、私はどうしようか。どこかに行けば誰かと会うだろう。

 学校の図書館(土曜の午前は開いている)に行けばリゼイルとレナイト、中庭ならヴァルニード、街に出ればカデル、ユーゼ、ベリンがきっといる。“彼”のルートを目指すなら、誰にも会わないように、何も起こらないように部屋に籠もるのがいいだろうか。……あ、そうだ。本人に聞いてみよう。答えてくれそうな気がする。

(どこか行きたい所はありませんか?)

(……あえて言うなら地獄)

 誰がそんな所に行かせるか。

(美術品で我慢しましょう)

 そういうわけで、私は大教会に足を運んだ。目的地に着くまで知人には会わなかった。

 大教会の敷地内には、天国や地獄、天使、悪魔などの絵や彫刻がたくさん飾られている建物がある。神を信じないとどうなるかということや、死後の世界などをわかりやすく人々に示すのが目的だ。宗教関係のものばかり集めた美術館といったところか。

 館内は魔術による光で明るくなっていた。

 ゆっくり歩きながら展示物を見ていき、地獄の様子を描いたらしい絵の前で私は足を止めた。

 絵は畳半分くらいの大きさだ。全体的に赤黒く、悪魔が笑い、人間が苦しんでいる様子が描かれている。……どうでもいいことだが、ちょっと下手に見える。

(どうですか?)

 “彼”に感想を聞いてみた。私の目を通してこの絵が見えているはずだ。

(生ぬるい)

(ですよね)

 この絵より主人公がプロローグで見る光景の方が地獄らしいと私は思う。人々を恐怖のどん底に突き落とし、この世に地獄を再現したとまで言われる“彼”には物足りないだろう。

 順路を示す矢印に従って別の部屋に入ると、奥の壁に大きな絵が一枚ドーンと飾られていた。これも地獄の絵のようだ。

 なかなか強烈な絵だ。前世がどこかで見た戦争の絵を思い出した。

 手足が変な方に曲がっている人、槍が胸に突き刺さった血塗れの人、痩せ細った人など様々な人間が描かれている。苦痛に顔を歪める人はもちろん、笑っている人もいるし表情が無い人もいる。

(これはどうですか?)

(悪くはない)

 “彼”の「悪くはない」は、言葉の意味そのままの場合と「良い」と取っていい場合がある。今回はどちらだろう。仲良くなれたらわかるだろうか。

 昼過ぎに寮に戻り、後は家族に手紙を書いて過ごした。



 翌日、私は元帥に王城に連れてこられた。

 この国の新しい戦力として国王に謁見しに来たのだ。

 謁見は基本的に元帥の横でじっとしていればよく、すぐに終わった。

 そして今、私の前にはリゼイルの姉であるラウラレティアがいる。城のとある部屋に私と彼女と“彼”の三人きりである。何も知らない人から見たら二人きりだ。

 ラウラレティアは十九歳で、薄い茶色の髪にリゼイルと同じ色の瞳をもった美人だ。毎朝自力で髪を結っているという設定がある。

 始めに彼女は「レティアって呼んで」と言った。それから、もっと良いものができたとかで新しいペンダントをくれた。

 半分くらいゲームどおりの会話をした後、

「ところで」

 ラウラレティアがニコニコ笑顔をずいっと近付けてきた。

「武術でリゼイルに勝ったそうね」

 本人から聞いたのだろうか。

「はい」

「リゼイルを蹴ったそうね」

 これは……よくもうちの弟蹴ってくれたなゴルァ!……ではないのはわかる。弟に対して容赦なく攻撃用の魔術をぶっ放すような彼女が、授業といえど闘いの場で弟を蹴った相手を怒るということはない。

「はい。よけられてしまいましたが」

「ふふ。いいわ、いいわ。我が家は強い人大歓迎よ」

 ラウラレティアは楽しそうで嬉しそうだ。

 よけられたのに強いと認定してくれるのか。いやそれより、

「……我が家?」

 国ではないのか。

「ええ、そうよ。我が家よ。特殊な家だから面倒なことたくさんあるし、リゼイルはわかりづらい所があるけど、いいことも結構あるわよ。選択肢の一つとして考えてみて」

「……それはつまりあの、私に、リゼイル様と」

「もし良かったら結婚してくれ、って話よ」

 その言葉は私と彼が出会ってから時間が経って親しくなってから言うべきだと思います、王女様。

 いろいろとぶっ飛んでいる人だと思っていたが、ゲームに無い私の行動(勝利)でここまでぶっ飛ぶのか。

「あ、今のリゼイルには内緒ね。抗議されるから」

 口止めされた。彼に姉の驚きの発言を教えてやろうと思ったのに。

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