褒められた
嫌みったらしいやつその一に絡まれることなく第二章に入った。
第二章では攻略対象その五と六に会う。その五は他校の生徒で、その六は軍人だ。
この章では主人公が実戦に出る。主人公が死ぬ展開はないが、魔石に体を乗っ取られてバッドエンドとなる場合がある。
今日は休日なので街に出てきた。フィーネとカデルも一緒だ。食堂で一緒に食事をしてからというもの、この二人はすっかり仲良くなった。きっかけは違うがゲームのとおりだ。
二人は人混みの中をスタスタと歩く。人混みに慣れていない田舎者の私はそれについていくのに精一杯だ。前世と交替したい。彼女なら普通に歩けるはずである。
出店がずらりと並ぶ通りを進んでいく。まるで祭りの日のようだ。
出店でウインナーを焼くおじさんがカデルに声をかけた。
「おう、カデル坊ちゃん。両手に花でいいなあ」
「は……べ、別に……」
立ち止まって顔を赤くするカデルに、フィーネが少しむっとしたような顔になって言う。
「えー、花だと思ってくれないのー?」
棒読みのような、ふざけていることがよくわかる言い方だったのに、カデルは慌てた。
「えっ!? あ、いや、そういうわけじゃっ」
「やったー。私たち花だって、メルアちゃん」
ふふ、嬉しいね。でもね、
「私としてはフィーネとカデルが花だよ」
私がそう言うと、フィーネは「ありがとー」と微笑み、カデルは自分の顔を指差して首を傾げた。
「フィーネはわかるけど、オレも?」
「うん」
攻略対象その一なのだから、見た目が悪いはずがない。
「え、マジで?」
そういえばカデルには自分の容姿が優れているという自覚がないのだった。彼は見た目のわりにモテないのだ。武術と数学以外の成績があまりよろしくないことと、完璧と言ってもいいような王子様が近くにいるのが主な原因だ。
「かっこいいよ」
パッケージの絵で一番手前に描かれているのも、キャラクター紹介で真っ先に出てくるのもあなただよ。
「な、なんかそうやって直球で言われると反応に困るっていうか、でもその……えっと、なんだ、嬉しい!」
カデルは戸惑ったような顔をしていたが、最後には笑顔になった。元気があって明るい良い笑顔だ。
上機嫌のカデルと、彼に飴を奢ってもらってこれまた上機嫌のフィーネに連れられて「月の広場」という所に来た。この辺りの住人の憩いと社交の場だ。
ここには攻略対象の一人がいるはずだ。どこだろう。
私が攻略対象を見つけるのより、カデルがその人物に気付いて名前を呼ぶ方が早かった。
カデルに呼ばれて小走りでこちらに近付いてくる少年がいる。薄い紫の髪に赤い瞳。攻略対象その五、ユーゼ・エンリューナだ。レナイトと同い年で、王都にある別の学校に通っている。
ユーゼは魔石の“彼”と同じで、特殊な能力をもっている。世の中の状態によっては彼も封印されるような存在になりかねない。
カデルがユーゼに私とフィーネを紹介し、逆もした。
「はじめまして」と言ってユーゼはまずフィーネと普通に握手をした。
今度は私にユーゼの手が差し出された。
その手を軽く握ると、ぎゅっと握り返された。その途端、心が少し軽くなったように感じた。
ユーゼは、他人の心の闇を感じ取ることと、引き受けることができる。魔石の“彼”は他人の心の闇を引き受け過ぎて処理しきれなくなった。そして、自分が闇そのもののようになってしまったのだ。
ユーゼの力が私を通して魔石にまで及ぶ。
私以外から干渉されたことに“彼”が驚いた。
(手を離せ!)
はいはい、わかっていますよ。ユーゼがやり過ぎてもいけませんからね。
しっかり握られた手を軽く引いて、もういいでしょう、と意思表示をする。ユーゼは心配そうな視線を私に向けながらも手を離した。少し長めの握手が終わった。
「で、お前何してたんだ?」
カデルがユーゼに聞いた。
「いい天気だから外に出てみただけ。そっちは案内ってとこ?」
「当たり。お前、昼は?」
「まだ」
「んじゃ、なんか買ってくるからあそこ座ってろ」
カデルが広場に置かれているベンチを指差した。
「何、奢ってくれんの?」
「オレ今機嫌いいからな!」
「私も行くー」
フィーネが言った。
カデルとフィーネが仲良く食べ物を買いに行ったので、私はユーゼと二人きりになった。
とりあえずカデルに言われたとおりのベンチに二人で座る。
「あの、初対面でこんなこと言うのどうかと思うんだけど」
ゲームのとおりにユーゼが遠慮がちに話しかけてきた。
「何?」
「いろいろ溜め込んでない?」
それは違う。全く無いというわけではないが。
「さっきあなたが取ってくれたじゃない」
ユーゼは目を丸くした。
「え……おれが何したかわかった?」
私は胸に手を当てて、嘘と本当を混ぜて答える。
「握手した瞬間にここが軽くなったから、あなたが何かしたんだろうなって考えただけだよ。当たったみたいだね。ありがとう」
「でも、まだ……」
ユーゼは、私が相当なストレスを溜めているものだと思っている。それだけの闇を感じ取っているのだ。しかしその大半は魔石の“彼”であって、私の負の感情から生み出されたものではない。
「心配しないで。無理なんか全然してないから。って言っても信じられないだろうけど」
「……その凄まじいの、編入と関係ある?」
「すごく関係ある。そのうち、噂か何かでわかるんじゃないかな」
いずれこの街にも魔石の封印が解かれた話が伝わってくるだろう。
ゲームでは、村が壊滅したという衝撃もあって、この時点でとっくに魔石の話が伝わっていた。
「変なことに巻き込まれた?」
「自分から首突っ込んだ。だから“これ”はできるだけ自分で処理する」
(……お前に何ができる)
(生きるだけですよ)
個別ルートに入って、ゲームのとおりなら“彼”は外に出ることになる。ゲームどおりにいかなくても、そもそも個別ルートに入ることすらなくても、私が生きていれば解決方法を探せる。だからとにかく私は生きるのだ。
それから三日後、私は王都を離れた。
現在地は山の中である。
学校を休んで軍のとある部隊にくっついてきた。魔獣という変な生き物の討伐に参加させられているのだ。無事に終わったらささやかではあるが給料を貰える。
今回の討伐対象は、尻尾が四つに分かれている狐の群れだ。一ヶ月前には極太尻尾の狸の群れを討伐したそうだ。
私は隊長のハーウィンから、とある人について行動し、指示に従うように命じられている。
その人は今、魔獣の巣穴に魔術で出した水の球を投げ込んでいる。
彼は攻略対象その六。名前はベリン・トレイアス。二十三歳の軍人だ。
ベリンは魔術の威力調節が全くできないという欠点をもっている。かなりの威力が出るので、離れていないと味方も危ないこともある。そんなわけで彼のルートの主人公は、できるだけ彼のそばにいたいがために防御用魔術を修得し、腕を磨く。
水に驚いた魔獣が巣穴から飛び出してきた。人が乗れそうな大きさで、確かに尻尾が四つに分かれている。
出てきた魔獣をベリンら軍人が倒す。彼らが倒しきれなかった魔獣にとどめを刺すのが私の役目だ。
魔獣は魔力をもっており、簡単な魔術を使って攻撃してくる。人間なら手のひらの上に何かを出すが、この魔獣の場合は大きく開けた口の中だ。
軍人たちの脇をすり抜けた魔獣が、私を目掛けて口から光の球を飛ばし、その後に突撃してきた。どちらの攻撃もよけるのは難しくなかった。木に衝突した魔獣の背中を剣で刺してやった。
そんな調子で辺り一帯の魔獣を全部倒した後、ベリンが私を呼んだ。
走ってベリンの前まで行くと、彼の手がすっと伸びてきて、私の頭に乗せられた。
「よくやった」
おお、褒められた。ゲームでは、個別ルートに入るまで主人公が戦闘に関することでベリンに褒められることなどなかった。
「ありがとうございます」
ベリンの髪は灰色で、瞳はオレンジ色だ。
彼は年上の女性からよくモテる。三十代とか四十代が惹かれる何かをもっているらしい、という設定だ。惹かれる何かが何なのかは本人にも主人公にもよくわからなかった。私が理解することもないだろう。
さて、これで攻略対象全員に会ったわけだが、どの人もピンと来ない。
というわけで、予定どおり魔石の“彼”のルートを目指そうと思う。




