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そのとおりだよ

 さて、今日からは第一章である。

 この世界のゲームは、プロローグから第四章までは全ルート共通で、第五章以降が個別だ。第四章終了時に一番好感度の高い攻略対象のルートに入ることになっている。

 攻略対象は七人いる。うち一人は隠しルートで、他の六人を攻略して(ハッピーエンドを見て)からでないと“その人”のルートは遊べない。“その人”とは、魔石の“彼”のことだ。

 どうせ私に主人公と同じことが起こるなら“彼”のルートでいきたい。この考えには前世の気持ちがだいぶ影響している。

 前世は、攻略はもちろん、おまけまで完璧にやったが、攻略対象の誰も彼女の一番にはならなかった。彼女の一番のお気に入りは主人公で、攻略対象は皆、平等に好きだった。だが“彼”のルートが一番だという思いもあった。

 “彼”のルートは最後にやるしかない。プレイヤーからすれば、いろいろな謎がほぼ全て明らかになった状態で“彼”の物語は終わるのだ。

 そんなわけで、前世が得た達成感は、全ルートの中では“彼”のルートからのものが一番大きかった。

 それだけではない。

 “彼”は千年もの間、閉じこめられ、恐れられ、時にいいように利用されてきた。私はそんな“彼”を解き放ってあげたいと思っている。確かに“彼”は悪いことをしたが、当時の人々が“彼”に全てを任せきりにしなければ良かった話なのだ。

 ……しかし困った。どこでどうすれば“彼”のルートに行けるのかさっぱりわからない。六人を攻略すると選択肢が追加されるのだったか、間違いだった選択肢が正しいものになるのだったか……。隠しルートだけ特別な始まり方をするものもあったが、この世界のゲームは違ったはずだ。たぶん。とりあえず他の攻略対象の好感度が上がる言動を避けてみようか。何をしたら上がって何をしたら上がらないのかちっとも思い出せないが。

「何かお悩みー?」

 うわっ。

 ぼんやり考えていたところに声をかけられて驚いた。

 学校の制服をきっちり着たフィーネが、首を少し傾げて私を見ていた。

「今日からの新生活が不安かな?」

「新入生のごとく希望に満ちあふれてるなんてことはないよ」

 私は今日から二年生だ。年齢的には合っているが、一年生から始めるべきではないかと私は思うし、主人公もそう考えていた。学校に通っていたのだから二年生からでいいのだと軍人たちは言っていた。

「あはは。何その言い方」

「ところでさ、これどうしたらいいの?」

 私は今、制服を着ているところだ。そしてネクタイの締め方がわからずに手が止まっている。私も前世も、ネクタイを締めたことは一度もない。私に限って言えば、ネクタイを見たのは昨日が初めてだ。

「これはねー」

 フィーネはわざわざ自分のネクタイをほどき、私に手本を見せてくれた。



 私が生徒となった学校は、ヘイネス高等教育学校という。日本の高校のようなものだ。

 この学校は生徒のほとんどは貴族か金持ちの子女で、庶民は奨学金をもらえる程優秀な人しかいない。魔石があること以外普通の、田舎の庶民主人公には少々肩身が狭い場所だった。

 登校初日の一時間目は古典の授業で、内容はとある長い長い詩についてだった。魔石の“彼”が「くだらない」と、一言だけ詩についての感想を言った。

 二時間目は魔術の授業だ。

 魔術と体育(保健は除く)は隣の組と合同ですることになっている。そういえば前世でも合同でする授業があった。高校の……水泳だったか、いや体育全部だったか? 後でゆっくり思い出してみよう。

 今日の魔術の授業は、教室で座って受けるものではない。そんなわけで私はフィーネに連れられて魔術練習場に来た。ここは、魔術の練習をするための校庭のような所だ。

 今回は、実力によって班に分かれ、班ごとに別々のことをする。「一班はさらなる高みへ、二班は威力高めろ、三班は当てろ、四班は苦手克服、五班はほぼ基礎から、だよ」と、フィーネが言っていた。

 授業が始まってすぐ、私は魔術の先生に呼ばれた。実力をみるためらしい。

「球状の水は出せますか?」

「はい」

「できるだけ大きいものを出してみてください」

 言われたとおりにした。水の塊はあの日よりやや小さいが、今日もスイカサイズと言っていいだろう。

「これはなかなか……。では今度はあの的に向かって飛ばしてもらいます」

 先生が指差す方には、丸い的が八つ並んでいる。

「右から三番目を狙って五回どうぞ」

 一回目は右から四番目の的に当たった。二回目と四回目はうまくいった。三回目は大きく外れて左から五番目だった。五回目は左から二番目に当たった。……こんなでよくウェルと戦えたものだ。案外彼も弱いのか。いや違う。魔石の“彼”が少し補助をしてくれていたのだろう。

 結果を見た先生が言った。

「三班としてここで的当て練習です」

 ゲームのとおりだったら、五班だった。

 五班には魔術が苦手な攻略対象がいる。彼と主人公は、同じ班となったことがきっかけで話すようになる。

 私の場合は彼と違う班になったが、彼のルートがなくなったというわけではないだろう。なぜなら私と彼は同じ組だからだ。会話する機会が無いとは思えない。

 授業が終わった時、私は疲れやら何やらでフラフラだった。

 二班のフィーネと合流する前に、

「どうした?」

 と、声をかけられた。

 振り向いてみると、赤毛に青い瞳の男子生徒がいた。魔術が苦手な攻略対象、カデル・バティアだった。

 初めての会話は予定ゲームと約九十分ずれただけだったか。

 カデルが心配そうに言った。

「だいぶ顔色悪いな……。保健室連れてってやろうか?」

 おお、やっぱり優しい。だが結構。

「大丈夫」

 主人公は授業後に血を吐いてぶっ倒れたが、私は血なんか吐いていないし、歩ける。

「無理しちゃだめだよ」

 いつの間にかそばにいたフィーネが私の手を取った。

「いい……。ご飯食べたら、良くなるはずだから……」

 この学校では九十分授業が行われている。午前に二つ、午後には二つか三つの授業がある。つまり、午前の授業の終わった今は昼休みなのだ。

「強がらないの」

「そうじゃない……。お腹が空いたり、疲れたりすると、魔石の力が、余計に負担になるんだよ……。だから、食べて休めば、良くなる……」

「そうなの?」

「うん」

 というわけで、私たちは食堂に移動した。フラフラしている私を心配してカデルもついてきた。

 この学校の食堂は三つある。寮のも合わせると五つだ。誰であろうと利用できるのは四つまでだ。なぜなら異性の寮には入れないからである。

 今回フィーネに連れてきてもらったのは、校内の食堂の一つである第一食堂だ。第二は貴族の子女でないと入りづらい雰囲気で、第三は料理の種類は少ないが量が多いので男子に人気だ。第一はお高くとまっているわけでもなく、量が多いわけでもない。普通の所だ。

 三人で隅の席に座って食事をしていると、

「ここ座ってもいい?」

 という言葉が聞こえた。

 顔を上げると金髪碧眼の生徒と、茶髪に緑の目の生徒がいた。攻略対象の一人と、その友人兼護衛だった。

 金髪の方が攻略対象で、名前はヴァルニード・ベステル。茶髪の方の名前はディーズ・ネアケード。茶髪に緑の瞳というのはフィーネも同じだが、髪も瞳も彼の方が色が濃い。どちらも三年生である。

 声をかけてきたのは攻略対象の方だ。彼が座りたいのは、フィーネの前でカデルの横の席。私から見ると斜め前の席ということになる。

 フィーネとカデルが「どうぞ」と言うと、三年生二人は並んで座った。

 ヴァルニードがにこにこしてフィーネに言う。

「今日もかわいいね、テルルちゃん」

 テルルというのはフィーネのあだ名だ。彼女の名字であるテルロミルからきている。前世はこのあだ名を見聞きすると「テルル、ヨウ素、キセノン……」と心の中で呟くことが多かった。テルルがどんな元素か知らなかったが名前だけは覚えていた。

 笑顔のヴァルニードに、フィーネは真面目な顔で返す。

「そんなことばっかり言ってると、そのうち刺されますよ」

 そのとおりだよ、フィーネ。

 ヴァルニードは彼のルートの七章でとある女子生徒に襲われる。好感度が低いと、ヴァルニードは刺されて死にそうになって学校にいられなくなり、バッドエンドとなる。ちなみにディーズが死ぬ。好感度が十分に高ければ刺されることもない。ディーズは軽傷で済む。

 どちらにしろディーズを無傷ではいさせないあの名も無き女子生徒すごい。

「オレは素直に感想言ってるだけなんだけどなー」

「もう……。メルアちゃん、この人に惑わされちゃだめだからね。女子のほとんどには『かわいい』って言うんだから」

「テルルちゃんひどい! オレ別に惑わしてるつもりないし!……って、君……」

 ヴァルニードがまじまじと私を見てくる。こんな生徒がいたかと脳内を検索中なのだろう。

「編入してきたメルアちゃんですよ、先輩」

 フィーネが私をヴァルニードに紹介した。

 私は頭を下げて挨拶をする。

「初めまして。メルア・クイントです」

 ヴァルニードがにこにこ笑って手を差し出してきた。握手ということらしい。

「初めまして、魔石のお嬢さんっ。オレ、ヴァルニード・ベステル」

 彼はベステル王国という国から来ている留学生で、なんとベステルの王子である。

 ベステルはこの国と国境を接する国の一つで、村を襲ってきたリンデレジアとはものすごく仲が悪い。

 握手しつつ、念のために確認する。

「ベステルって……あの、王子様……?」

「そうだけど、ここではただの一生徒だから。仲良くしてねっ。あ、ヴァルって呼んで」

「は、はあ……」

「で、ついでにコイツのことも覚えておいて」

 ヴァルニードは彼の隣に座る友人を指差した。

「ディーズ・ネアケード。オレの友達兼護衛」

 紹介されたディーズが軽く頭を下げたので、私も同じようにして返した。

「ところで君、顔色が良くないように見えるけど、大丈夫?」

 む。だいぶ良くなったと思っていたのだが、まだ他人から見ても悪いレベルなのか。

「魔術の授業で頑張り過ぎただけです。そのうち良くなります」

「ならいいけど……」

 三年生二人は食事を終えると早々に食堂を出ていった。

 それからしばらくすると空席の方が多くなってきた。

 食堂の時計を確認してフィーネが言う。

「そろそろ行かなきゃいけないけど……」

 彼女は私の顔を見た。そして、にっこり笑った。

「メルアちゃん、元気になったみたいだね」

 カデルも私を見て表情を明るくした。

「おー、確かに顔色良くなったな」

「言ったとおりだったでしょう?」

 私がそう言うと、フィーネとカデルは同時に頷いた。

 午後の授業は特に疲れることはなかった。しかし、三時間目の歴史は、知らない言葉が多くて困った。麓の街の学校では歴史をほとんどやらなかったのであまり知識がないのだ。地理ならたぶんいける。四時間目の数学は、前世の記憶が無かったら理解できないところだった。

 放課後、フィーネに学校を案内してもらった。

 中庭でヴァルニードとディーズに会い、図書館では攻略対象その三を見かけた。だいたいゲームのとおりだった。

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