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わかっていたことだが

 目が覚めると私は結界の中にいた。手錠もかけられていた。が、主人公と違って結界の外は牢屋ではなかった。馬車の中だった。

 馬車の中には私以外に、軍人と、司教……ではなく司祭がいた。医者はいなかった。

 軍人は本来なら知らない人。彼の名前はマティス・ハーウィン。基本的にいい人だ。

 司祭は村の教会の管理者。ゲームには出てこない彼は、のほほんとした四十五歳だ。普段は麓の町に住んでいて、ときどき村にやってくる。村の教会は基本的に無人なのだ。

 体を起こした私に、ハーウィンが固い表情で話しかけてきた。

「君の名前は?」

「メルア・クイントです」

 私の答えに彼はほっとしたようだった。魔石の中の“彼”が体を乗っ取っていないと判断したからだろう。

「君は、自分のしたことがわかっているね?」

 わかっている。主人公と違ってとてもよくわかっている。が、目線を下げて自信なさげに答えておく。

「……魔石を、外に出した……のですよね」

「そう。そして君の中には魔石が入った。魔石は宿主の体を乗っ取ると言われているのは知っているかな?」

「実際に乗っ取られそうになりました」

「我々は眠っている君がどういう状態かわからなかったんだ。起きて暴れられては困るから拘束させてもらったよ。この結界は、魔石の力を弱めるためのものだよ」

「そうですか」

「ずいぶん落ち着いているね。慌てるか泣くかすると思っていたよ」

 主人公は半泣きだったが、私は状況がわかっているし、取り乱すほど弱っていない。だが少しくらい落ち込んでいる方が自然だろうから、小声で答える。

「封印を解く時、やってはいけないことだと直感しました。罰だと思っておきます」

 ……本当はかなり不服だ。結界はありがたいが手錠は余計だ。

「そうか。それで今、君の中はどうなってるのかな」

「寝る前と違って穏やかというか……体が重いくらいで、普通と言ってもいいです。きっと結界が効いているのですね」

 “彼”も起きてはいるようだが、何もできないようだ。この結界の中では気を張っている必要はないだろう。

「効いてるかあ。それは良かった」

 司祭がにこにこして言った。

「これは私が張ったものなんだ。村の教会に、万が一の時のための手引書があってね……」

 司祭曰く、この結界は彼が手引書とやらを読みながら張ったものらしい。

 ミザロア村の教会には、魔石の力や魔石そのものを封じるための手順などが書かれた手引書があった。とても丁寧に解説されているが、どれも難しく、大変なものばかり。司祭にできるのは、魔石の力を弱める結界を張ることくらいだった。

「これがその手引書だよ」

 司祭が手引書を見せてくれた。分厚い本だった。

「……質問に戻っても?」

 ハーウィンが再び口を開いた。彼は結界の説明を司祭がしている間、ずっと黙っていた。

「ああ、すみませんねえ。どうぞ」

 ハーウィンが私をじっと見てくる。

「どうして封印を解いたのかな?」

「そうしなければ、殺されると思ったからです」

「君たちは侵入者相手に相当有利に戦ったと聞いているよ」

「敵が封印を解きそうでした」

「相手側に魔石が回ったら殺されると思った?」

「はい」

「それでは、どうやって封印を解いたのかな? 君には方法がわかっていたようだけど」

「それは……その、予知夢、と言いますか……」

「予知夢?」

 ハーウィンの目がすっと細められた。

「十歳の時に、とても怖い夢を見ました。村が襲われて、私に魔石が入る夢でした。まさか本当になるなんて……」

「そうか……」

 む、あまり信じてもらえていないようだ。

 ファンタジーなこの世界でも、後出しでの「予知夢を見た」はやはり信用できるものではない。もっと自然な理由を考えておくべきだった……というか、そもそも封印を解くべきではなかったかもしれない。あの男を、周囲の敵を気絶させるなり何なりした方がよかった……ような気もする。わからない。なぜなら、魔石の“彼”も攻略対象で、彼のルートが一番いいと思うからだ。主人公とは性格も考え方も違う私が、彼と恋仲になるのは全く想像できない。だが仲良くなっていろいろ解決できたらいいと思う。

「魔石のことは誰にも言ったことはありませんが、襲撃については村の人たちに話したことがあります。忘れられたかもしれませんが……」

「いや、すでに複数の人から、君の怖い夢について聞いてはいるんだ。ただ、そう簡単に信じられるものではないから……」

「そうですよね……」

(何者だ、お前)

「ひぇいっ?」

 急に頭の中に声が響いて、驚いて変な声を出してしまった。何だ「ひぇい」って。「へい」ならまだ良かった気がする。っていうか何で最初より驚いているんだ、私は。バカか。

「どうかしたかな?」

 私の突然の奇声に、ハーウィンが不思議そうにした。私は彼に答えずに、司祭に声をかける。

「司祭様。結界の効果が弱まったようです」

「ええっ」

 司祭は慌て、ハーウィンは身構えた。

「ええと、こういう時は、確か……」

 司祭がパラパラと手引書をめくる。

「困るほどではありませんから、どうぞ焦らずに」

「そ、そうかい?」

「はい」

 司祭にしっかり頷いてみせてから“彼”との会話に移る。

(何者だと思いますか)

(……)

 答えはない。わからないのか、私に答えるつもりがないのか。

(ふふ、ただの田舎者ですよ)

(……)

 この答えでは不服か。

(実際にそうなんだから他に言いようがありません)

「君は何をもって結界の効果が弱まったと言うのかな?」

 ハーウィンがまた聞いてきた。今度は答える。

「頭の中で、魔石の中の人と話せるようになりました。先程までは、何もできないようで……ごほっ」

 うわ、また血が。

 魔石の力が弱められているといっても、完全に封じられているわけではない。体に負担がかかっていることは寝る前と変わらないのだ。

 少量ではあるが、血なんてものを見たせいで、疲れが取れていないのを余計に自覚してしまった。体が重いどころではない。痛くて苦しい。

「大丈夫……ではなさそうだね」

「少し、休ませてください……」

 というわけで、寝る。魔石に慣れるのにはしばらくかかりそうだ。

 次に目が覚めた時、司祭はいなくなっていて、代わりにゲームに出てくる司教がいた。

「お嬢さん、お腹は空いてはいませんか?」

 そう話しかけてきた司教の膝の上には、パンの載った皿がある。

「とても空いてます……」

「では少し待ってくださいね」

 司教は皿を結界のすぐそばに置き、右手を結界に当てた。そして左手で皿を押した。

 結界は物を通さないはずのに、皿が結界を通過した。

「通しますか、すごいですね」

 二分掛かったが、速さを求めるものではない。

「特技なのですよ。さあ、どうぞ」

「いただきます」

 パンを食べたら眠くなって、私はまた寝た。

 そして目が覚めてみると、地面が揺れてはいなかった。固いベッドに寝かされていて、手錠がなくなっていた。

「いっ……」

 体を起こそうとしたら、体があちこち痛くて泣きそうになった。魔石の負担によるものではない。ろくな所で寝ていなかったからだ。体がバキバキだ。

「ああ、目が覚めたんだね」

 この声はハーウィンだ。相変わらずそばにいるらしい。

「はい……」

 ぐっと伸びをしてからベッドに腰掛け、周囲を確認する。

 私は結界の中にいて、その結界は牢屋の中だった。

 牢屋の外には、軍人複数と司教がいる。

 ……なるほど。わかった。ここは、村で倒れた主人公が目を覚ます所だ。

 この牢屋は、王都に置かれた大教会の地下にある。“闇”に憑かれた人が、浄化してもらいつつ反省をする場所だ。魔石の力を封じるのにも使える。

 ……牢屋の中、か……わかっていたことだが、結構心にくる。惨めだ。私でさえこうなのだから、何もわからない主人公が泣きそうになるのも納得できる。

「魔石はどうかな?」

「まるで何も無いかのようです」

 “彼”は寝ているようだ。

「それは良かった」

 ハーウィンのものではない、渋い声が聞こえた。この声は、確か……。

 声の方に視線を向けると、白髪交じりの男性がいた。

「初めまして、メルア君」

 男性が自身の名前と階級を言う。イヴェリエス・ジェイン。元帥。思ったとおりの人だった。

 彼は簡単に言うと「偉い人」だ。場合によってはウェルに殺される。

「いきなりだが、君には大事な決断をしてもらわねばならない」

 む。もう、そう来るのか。

「大事な決断……?」

「そう。魔石と一緒に再封印か、魔石を制御してこの国のために戦って生きるか」

 やはりそうだった。来たぞ、最初の選択が。ここのことはわかる。思い出したというよりは、今後のストーリーを考えれば正解を選ぶことは難しくない。

 元帥が二つの選択肢について詳しく説明してくれた。ゲームと変わりはなかった。

 というわけで、

「……戦います」



 私の答えを聞いた元帥は、満足そうに、うむ、と頷いた。

 そして軍人たちがいろいろなことを教えてくれた。今はいつか、ここがどこなのか(これは知っている)、私はこれからどうなるのか(これも知っている)。

 その後、軍人たちは地上に戻っていき、私は司教から昼食をもらった。私が目を覚ましたのは正午を少し過ぎたところだったのだ。

 食べ終えてから前世のことをぼんやりと考えていると、誰かが階段を下りてくる音が聞こえた。

「あ……」

 私の家族だった。

「みんな無事?」

「バカ、お前、そりゃこっちの台詞だ」

 父がそう言いながら近寄ってきた。隔てるものがなかったらデコピンされていたことだろう。

「そうよ、変なのが体に入ってこんな所に閉じこめられて……」

 母は柵を掴んで悲しそうな顔をした。

「お姉ちゃーん……」

 シエルときたら母とほぼ同じポーズ、同じ表情をした上に、目に涙を浮かべている。

「そんなしょんぼりしないでよ」

「だってぇ……」

 母を任せた時に「安心しといて」と言ったあの頼もしさはどこにいったのか。

「これはね、私にとっても安心できるものなんだよ。結界がなかったら、私は魔石の中の人と張り合ってなきゃいけないし、結界がなくなって私が負けちゃって牢屋もなかったら、誰かに怪我させるかもしれないんだよ」

「そんなの知ってるよ。でもさぁ……」

「すぐに出られるはずだから」

「何でお姉ちゃん普通にしてられるの?」

「シエルならわかるでしょ。でも、本当は結構参ってるよ」

「……お姉ちゃん……うぅ……」

 余計にしょんぼりさせてしまった。話題を全く違うものにするとしよう。

「ねえ、外はどんな感じ? 天気とかさ」

 夕方まで今日の天気や街並みの様子を話して、家族は戻っていった。

 その夜、夢を見た。


 ポチポチとボタンを押して文章を読み進めていくと、選択肢が表示された。わたしはそこでセーブをして、バッドエンドとなるであろう方を選んだ。

 選んだのは「再封印」だ。攻略対象を見ることすらなく主人公は極寒の地に連れていかれて封印された。そして「バッドエンド一『再封印』」と表示された。

 その後、セーブした所から始め、もう一つの選択肢を選んだ。


 四日後の昼、軍人四人(一人はハーウィン)と司教がやってきた。

「朗報だよ。君はもう外に出られる」

 とハーウィンは言った。彼は、大きな緑色の石のペンダントを手に持っていた。

「これは結界の代わりになるんだ。効果は結界より弱いけど、君ならきっと大丈夫。たくましいようだからね。……彼女にこれを」

 ペンダントがハーウィンから司教の手に渡る。

 司教がペンダントを結界の中に入れた。ペンダントはすんなり入ってきた。小さいものだから入れやすかったようだ。

 ペンダントを手に載せて見つめる私に司教が言った。

「第一王女の、ラウラレティア姫特製だそうですよ」

 第一王女は国一番の魔術師だ。個性的で良い人で美しくてかわいい。人気投票で二十五人中十位だった。ちなみに主人公はなんと三位だ。

「お、王女様?」

 知っていたことだが、やはり知らないことにして、ここは驚いたように見せておく。

「ラウラレティア姫ほどの方でないと、このようなものは作れないのですよ。さあ、着けてみてください。服の中にしまった方が良いそうですよ」

 言われたとおりにする。特に変化は感じられない。結界が十分に効いているからだろう。

「では、結界の解除をします。いいですね?」

「はい」

 結界がなくなって、魔石の“彼”が目を覚ました。

(もうお昼過ぎましたよ、寝坊助さん)

(……なめてくれるものだな)

(悔しかったらこの体を動かせばいいのですよ)

 私がわりと元気だから今は無理だろうが。

「調子はどうかな?」

 ハーウィンが聞いてきた。

「体が重いですが、普通に生活するのには困らないと思います」

「そうか。それじゃあ……」

 別の軍人によって、牢屋の鍵が開けられた。

 やっと、外に出られる。



 さて、戦って生きることを選択したわけだが、すぐに戦いに放り出されるわけではない。なぜなら主人公()に知識がないからだ。そのため、王都のとある学校へ編入させられる。学業に励み、ときどき実戦に赴き、知識と経験を増やさねばならない。

 そんなわけで、牢屋を出た私は、まず家族と別れることとなった。私は学校の寮へ入り、家族は故郷へ帰るのだ。

「元気でやれよ」

「お手紙ちょうだいね」

「無理しちゃダメだよ!」

 心配をしてくれる三人に、私は「うん」としか言えなかった。

 選択を間違えば私は死ぬ。そんな不安と、寂しさでいっぱいになってしまったのだ。危うく“彼”に体を乗っ取られそうになった。

 そうして、ハーウィンと学校の先生に連れられて学校へやってきた。

 荷物は大きな鞄とその中身と、大事な剣。鞄の中には、家族が王都で買い集めてくれた、これからの生活に必要なものが詰め込まれている。

 女子寮まで歩いて行くと、建物の出入り口で待っている人がいた。茶髪に緑の瞳の、ふんわりとした雰囲気の少女だ。

 おお、フィーネ、なんて可愛らしいの。

 彼女の名前はフィーネ・テルロミル。主人公の親友となる人物だ。私もぜひフィーネと仲良くしたい。

 ここまで私を連れてきた先生が「後はよろしく」と言うと、フィーネは「はい。お任せください」と返した。彼女の頼もしい返事を聞いた先生とハーウィンは少し笑顔になると去っていった。

 フィーネが自己紹介をしてくれた。

「初めまして。私、フィーネ・テルロミルです。よろしくお願いします」

 彼女の手がすっと前に出てきた。

「メルア・クイントです。こちらこそよろしくお願いします」

 私はその手をしっかり握った。

 寮は基本的に同学年の生徒と二人で一部屋だ。私は、人数の関係で一人だったフィーネと同室となったのだ。

 私はフィーネに連れられてまず部屋に行き、食堂や浴場を利用するついでに案内してもらった。

 それから部屋に戻り、荷物の整理や明日からの準備をしていると、あっという間に寝る時間となった。

 これでプロローグは終了。明日からは第一章となる。

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