今死ぬのは嫌だ
綺麗な剣術も正々堂々の戦い方も私は知らない。「そんな戦い方は騎士が決闘でするもんだ」と父が言っていた。私は騎士ではないし、決闘をしているわけでもない。殴る蹴る、不意打ち、挟み撃ち万歳だ。
敵も同じようなものだ。ほら見ろ、また右と左から同時に襲ってきた。私は左のやつに魔術で目眩ましをして、右のやつの剣を受け止める。右のやつが再度斬りかかってくるがよける。……ちっ、同士討ちはなかったか。
バランスを崩した元右を蹴って、山の斜面を転がらせる。
二度と上がってくるなバーカ。
元左の腕を斬りつけるのとほぼ同時に、村の方から爆発音がした。
他の部隊か何かは知らないが、敵が違うルートから村に入ってしまったようだ。
ここにいる敵は弱い。ならば“本当にやばいの”はきっとあちらだ。父たちや封印は大丈夫だろうか。
リアスが叫んだ。
「メルア、あとは俺たちがやるからお前は行け!」
「ありがとう、そうするよ!」
死亡フラグのような言葉がリアスの口から出てきたが、彼なら大丈夫だろう。他の人たちも、きっと。
村人たちは、ゲーム中の彼らのようにあっさり殺されてはいない。襲撃を知って、準備ができたからだろう。それに、私が強くなって妹も強くなったように、他の村人にも影響があったのだと思う。
村の中を突っ走り、泉のすぐそばで父たちを見つけた。周囲に立っている敵はいないようだ。村の人も何人か倒れている。
「父さん!」
父の剣にも服にも血がべっとりと付いている。
「メルア! あっちはどうした?」
「あんまり強いのいないから任せてきた。そろそろ終わってると思う。ねえ、魔術使って攻撃以外のことしてるやついた?」
「そこでのびてるやつ。何かこそこそしてたから、言われたとおりぶん殴っといたぞ」
それで、それでどうなった? 間に合った? 遅かった?
本来、封印は簡単には解けないものだ。主人公に解けたのは、緩めた人物がいたからだ。
何かしていた人は封印を解こうとしていたに違いない。
「なあ、あいつ、おかしくね……?」
父と同じくこの場にいたジェンが、倒れている敵の一人を指差して言った。
血を流して呻くその男は、私に主人公を思い起こさせた。
男の体の周りに、うっすらと黒いもやが見える。そしてそのもやは泉から漂ってきている。
まさか。まさか、主人公にするはずだったことをあの男に……!
それは困る。やつが乗っ取られたら私たちは殺される。乗っ取られないとしても、私たちはやつの敵であるから結局殺されるだろう。
泉の縁まで走り、自分の手を少し斬って血を流し、その手を水中に突っ込んだ。
「だめ、その人はだめ」
『……?』
“彼”が私に気付いたのがわかった。だからそのまま話しかけてみる。
「その人に力あげるつもりなんでしょう。私、まだ死にたくありません」
『……赦すか』
「……」
すぐに答えようと思ったのに、声を出せなかった。
何かよくないものを感じる。恨んでる。怒ってる。……怖い。
だめだよ。これは外に出しちゃいけないんだよ、わかるでしょ。
そう私の弱い部分が訴えてくる。主人公が「やってはいけない」と直感した時もこんな感じだった。
制御できなかったら、仲良くなれなかったらどうするの。
それでも、やらなければならない。そうしなければ殺されてしまう。今死ぬのは嫌だ。絶対嫌だ。
気合いでどうにかしてやる!
「赦します!」
水底で何かが、チカ、と光ったように見えたと思ったら、ものすごい勢いで浮上してくるものがあった。
水中から姿を現したのは、ぼんやりと光る緑色の物体だった。
あれが魔石だ。あれに、千年前に人々を恐怖に陥れるどころかどん底まで突き落とした存在が閉じこめられている。
魔石は四角く、手のひらに乗るくらいの大きさしかない。
魔石が空中を滑ってきて、私の前で姿を消した。
体が熱い。少し苦しい。どうやら私の中に魔石が入ったらしい。体が勝手に動こうとしている。
水中に突っ込んでいた手を出してみると、傷口が塞がっていた。
「メルア、何がどうなった?」
父が声をかけてきた。魔石の中の“彼”は立ち上がって父を斬りたいようだが、そんなの却下だ。断固拒否だ。
「魔石が、ここに、封印され、てたんだけど」
参ったな、普通に話せない。でも主人公に比べればましだ。彼女はだいぶ呼吸が荒く、もっと切れ切れに話していた。
「私、封印、解いちゃった」
「は、はあ!?」
父が叫んだ。
そして村人たちが騒がしくなった。
「マジ? マジで魔石なんかあったのかよ?」
「水ん中にあったってことか?」
「魔石ってヤバイもんじゃ、っ、いてて……」
「バカ、怪我人はおとなしくしてろ」
私は彼らに、怪我人が驚いて立ちあがりたくなるくらいの衝撃を与えてしまったらしい。
父がまた聞いてくる。
「さっき浮いてたのが魔石か? あれどこ行った?」
「たぶん、私の中」
「あ……?」
「さてと。ちょっと、やばいの、探してくる」
言いながら私は立ち上がった。立ち上がることは普通にできた。“彼”もそうしたかったからだ。
「は?」
「まだ、気を付けなきゃ、だめだからね。それじゃ」
「おい……」
村人たちは何か言いたげだったが、近くにいては彼らを傷つけてしまう恐れがある。だからさっさと離れることにした。
さて、やつはどこだろうか。
私が見つけたいのは、この村に来ているはずの“やばいやつ”の一人だ。
その人物の名前はウェル。無駄に美形の暗殺者だ。年齢は恐らく十八か十九。彼を攻略したいと思ったプレイヤーも少なからずいるようだった。
主人公を始め、主要な登場人物にとってウェルは脅威だ。今のうちに排除しておきたい。
ウェルは泉から魔石が出るところを目撃している。ならば彼は泉の近くにいるはずだ。
泉を半周し、奥の林に入ってみた。
こんな隠れる場所がたくさんある所で、ウェルを見つけられる気などしない。そもそも彼がここにいるかどうかも不明だ。
それでもここに来たのは、人のいない所にいきたかったのと、もしかすると彼の方から来るかもしれないと思ったからだ。敵の目的は魔石だ。魔石を手に入れた私の様子をウェルが見に来てもおかしくはないだろう。
適当に歩き回っていると、
(監視されている)
「へっ?」
突然頭の中に声が響いて驚いたが、何が起きたのかすぐにわかった。魔石の中の“彼”が喋ったのだ。どうやら私の体を乗っ取るのを一旦諦めたようだ。だからといって私は油断などしない。
(どこからですか)
声には出さずに質問する。
(右)
(そうですか)
魔術で水の塊を作り出してみる。
「おうわっ」
予想以上に大きいのがポンと出た。スイカくらいだ。力を抑えた状態の主人公が初めて出したのは拳の大きさだったから、それより大きいものが出ることは予想していたが、ここまで大きいとは。今まではせいぜいピンポン玉程度のものしか出なかった。
出したものを右へ飛ばす。本来、私にこのようなことはできない。魔石が入ったからできるようになったことだ。
適当に飛ばした水の塊は、木に当たって弾けた。そのそばに生える別の木の陰から、すっと人が出てきた。
黒ずくめのそいつは、目しか出していない。西洋風忍者といったところか。ウェルは登場するとき、だいたいこの格好で出てくる。
ウェルの髪は銀色で、瞳の色は紫だ。黒ずくめの髪はすっかり隠れているが、瞳は紫色だ。この人物はウェルと判断していいだろう。
排除しようと思っていたが、難しそうだ。せいぜい怪我をさせる程度で終わるかもしれない。それどころか下手したら私が死ぬ。そんな事態は全力で避けねばならない。
「村を、襲ってきた人たちの、仲間ですか」
魔石の“彼”がおとなしいので、少しは楽に話せるようになった。
ウェルは何も答えない。感情の無い目で、ただ私をじっと見ている。
「そうならば、おとなしく捕まってもらいましょうか」
ウェルは何かを言う代わりに、ナイフを投げてきた。本気で投げていないのか、そのナイフを私は簡単によけることができた。
「物騒な返事ですね。なら」
私は手のひらをウェルに向けた。
「力ずくでいきます!」
魔術で今度は光の球を出して飛ばす。球の大きさはリンゴくらいで、青色だ。
この魔術は魔力で直接攻撃するようなもので、うまくやればかなりの威力を出せる。ウェルにはよけられてしまったが、光の球が当たった木の枝が吹き飛んだ。
ウェルがまたナイフを投げてきた。今度は二本。それを私は剣で弾き落とした。その直後、今度は鋭い刃と化した風が飛んできた。屈んでよける。
魔術を使って飛ばされるものは、光っていたり色が付いていたりするので、風であろうと目に見える。ウェルの風は、彼の瞳と同じ色に光っていた。
攻撃して、されて、と繰り返していると、ウェルが大きくバランスを崩した。私が魔術で飛ばした風をかわしきれなかったのだ。
チャンスだ。ここで、退場してもらおうか!
剣を振ろうとしたのだが、
「ごほっ、がはっ」
こんな時に咳が出た。と思ったら、口から血が出た。
剣をまともに振ることはできなかった。
「は……う、ぐっ……」
怪我はあまりしていないが、体のあちこちがとても痛い。苦しい。そろそろ限界なのだろう。
ウェルの蹴りをなんとかかわして、剣を半ば適当に振るった。後ろに下がって剣をよけたウェルに、そばに落ちていた彼のナイフを投げた。ナイフはキャッチされた。
ウェルは反撃より撤退を選んだらしかった。彼の姿はあっという間に木々の向こうへ消えていった。
「逃げ、られた……っ」
追いかけることはできそうにない。
……私も、戻るか……。
少し休んでから泉まで戻ると、ジェンが駆け寄ってきた。
「どう、したの」
「どうしたのじゃねーよ、バカ! どっか行ってんじゃねーよ。オレ、心配で探しに来たんだよ! つーか、何その血! お前無傷だったよな!?」
私の服には、ウェルの攻撃がかすった時に出た血や、口から吐いた血が付いてしまっている。村人たちの前からいなくなる時は土で汚れているだけだったから、心配させてしまったようだ。
「心配してくれて、ありがとう。ちょっと血は出たけど、大したことないから、気にしないで。それで、みんなは? 敵は?」
「避難してたやつも戦ったやつもみんな、とりあえず広場行った。賊は動けるのは逃げてったらしいぜ。今は倒れてるのを回収してるとこ」
「そう。よかった」
脅威は去ったらしい。安心した。そうしたら、体から力が抜けた。
「疲れた……」
私はその場に座り込んだ。
もう気を張っていなくてもいいだろう。基本的に、疲れた体を動かすということは“彼”にとっても難しいのだ。
「お前の父ちゃんもそろそろこっち来るはずだぜ」
「そう……」
だんだん起きているのも億劫になってきた。もうここで寝てしまえ。
「おやすみー……」
「え、ここで!?」
驚いたジェンは大きな声を出したが、その声が私の眠気を吹き飛ばすことはなかった。