悪いことではない
休憩しつついろんな所を確認して回っていると、
「……あれ?」
急に魔術の火が消えたので私は足を止めた。
「何で消した?」
同じく足を止めたジノがそう聞いてきた。
「消すつもりは全くなかったのですが、消えてしまいました」
火が消えたが暗くはない。前方がどういうわけか明るいのだ。外の、日の光ではないようだ。
この先には聖堂があるはずである。
霊安室とは違う理由でドキドキしながら明るい方へと行ってみた。
そこは、地底湖のあるとても広い空間だった。
地底湖の真ん中に、巨大な尖った白っぽい岩がある。その岩が光っていて、ここは明るいのだ。
広いだけでなく天井も高い……ん?
壁のずっと上の方に、大きな赤い石がいくつか埋まっていることに気が付いた。
……赤い石……あの場面で敵が持っていた石、赤かった。
何か嫌な音が胸元から聞こえた。
王女特製ペンダントを襟からそっと出してみる。ジノから返してもらってまた首から下げていたのだ。
「あーっ!」
「どうした?」
「大事なお守りにひびが……」
私も“彼”も何もしていないのに、ペンダントの石にひびが入っていた。
「大したことないとか思わないでくださいよ。これ大変なことですからね」
「は?」
“彼”が体を乗っ取ろうとしてくる気配はない。しかし、もっと大変なことが起ころうとしている。
ゲーム内でも、お守りにひびが入る展開がある。赤い石を持った敵によって魔術の類が全て無効化される時だ。
王女特製ペンダントも、魔石も、魔術でできている。これらが破壊という形で無効化されるのだ。
決して悪いことではない。だが、まだ早いのではないか?
お守りが完全に割れてしまった。
「なるべく私から離れてください!」
ジノにそう言いながら私の方からも彼と距離をとる。
体がふっと軽くなるような感覚がして、目の前に魔石が現れた。魔石が私から出たのだ。
魔石にひびが入り、爆発した。離れようとしたが間に合わず、私はまた吹っ飛ばされた。しかも壁に頭をぶつけてしまった。
「おいっ」
うん? ジノが駆け寄ってきた。
「頭ぶつけたように見えたけど大丈夫か?」
おおおおお、ジノが、あのウェルが心配してくれている!
「……まあ、なんとか」
痛いのを我慢して体を起こし、何がどうなったのかを確認する。
手の中に握っていたお守りは鎖を残して消えてしまった。
魔石が爆発する時に私がいた場所には、黒いローブを着た男がいた。ジノと同じくらいの歳に見える。
黒い髪に赤い瞳。攻略対象その七の“彼”である。封印が完全に解けて出てきたのだ。
“彼”は表情も無くただ立ってこちらを見ているだけだ。私とジノに対する敵意は無いらしい。
私は壁に寄りかかって座ったまま“彼”に話しかけてみる。
「どうですか? 久しぶりの外は」
「……寒い」
“彼”は普通に答えた。接し方は今までと同じで良さそうだ。
出るにはまだ早いのではないかと思ったが、もしかすると、今の状況はハッピーエンド的なものに一気に近付ける良い機会なのかもしれない。やってみよう。
“彼”との会話を進める前に、何が起きたのかさっぱりわかっていない様子のジノに、少しだけ事情を話しておく。
「ジノさん、あなたの記憶に、魔石というものはありますか」
「魔石……」
ジノは頭に手を当てて呟く。
「……聞いたことはある、気がする……」
「その中に封印されてたのが、あの人です」
「封印?」
「私は今からあの人と大事な話をしますから、詳しい説明は後で」
私は立ち上がり“彼”に近付いた。と言っても、人が四人は横に並べるくらいの距離はある。主人公は“彼”が出てきた時にもっと近くに立ったが、私の場合はこれくらいの距離がいいだろう。
さあやるぞ。
「あなたの名前、教えてください」
まず“彼”にそう言ってみた。
「……知っているんじゃないか」
あ、バレバレ?
「え? 何でですか?」
私の言動を私の中で見聞きしていたわけだから、すでに私が“彼”の名前を知っていると“彼”が考えるのは当然か。
「あなたのことは、死神とか魔王とかそんな呼び方でしか知りませんよ」
バレているがここは知らないふりをさせてもらう。
“彼”の呼ばれ方はいろいろある。現在は「魔石」が一番多いだろうか。他には「魔石に封印されている存在」と少し詳しく表現されることもあれば、私が今言ったように「魔王」とか「死神」とかの恐ろしい、悪いイメージのもののこともある。だが本名で呼ばれることはない。同じ名前の人が嫌な思いをしないように、千年前の人々がわかりやすい呼び名を“彼”に付け、本名が世間に広まりにくくしたのではないか、とゲーム中で“彼”が言っていた。
“彼”は渋々といったように名前を教えてくれた。
「……レージス」
「ではレージスさん。封印がなくなったわけですが、あなたは、これからどうしたいですか?」
私の質問にレージスは俯いてしまった。
「…………わからない。ずっと、復讐しようと、考えていたはずなのに」
レージスの心は、千年の間にかなり穏やかになった。五百年とか三百年前では主人公の中にいたとしても、こうして封印が解けた時にこの言葉は出てこなかっただろう。
「それなら、いきなりですが、私のお願い聞いてみてくれませんか?」
レージスが顔を上げ、怪訝そうに私を見た。
「願い?」
「普通に生きてください」
レージスは驚いたらしく、今度は目を見開いた。
「何を、バカな」
「もう十分だと思うのです。千年もあなたは閉じこめられていましたし、利用されてきました」
「だからと言って」
最後まで聞け。
「それに、悪いことをしたって思うことも、反省してみたこともあったでしょう?」
「……そんなことまで、お前は知っているんだな」
当たりだ。だが私は嘘をつく。事情を知らない主人公の真似をする。エピローグっぽい状態になるまで、私は前世が知ったことをレージスに話すつもりはない。
「あなたが地獄に行きたいと言ったことから推測しました。で、私のお願い聞いてくれますか?」
「周りが許さないだろう」
おお、嫌とは言わないのか。これはいけそうな感じだ。
「軍とか、偉い人と私が交渉します。利用されるのはまあしょうがないとして、死と封印は回避してみせます」
「なぜ、そこまで……」
「私は、あなたのしたことを赦しました。あなたがもうひどいことしないなら、私はあなたの味方をします」
「……お人好し」
レージスはそう言って私から目を逸らした。
「そうかもしれませんね」
「まったく……。いいだろう。お前の願い、聞いてやる」
やったー! って、まじで?
「えっ、いいんですか!?」
こんなにあっさりでいいのか。絶対手こずると思っていたのに。
「不服か」
「いいえ、そんなことは全くありません。で、本当に?」
念のために聞いてみたら、不機嫌そうに睨まれてしまった。
「しつこいやつだな。いいと言っているのに」
よおおおおおしっ! やったね前世! やったよファンの皆さん!
「ありがとうございます! それでは、脱出方法探しに戻りましょう」
広い空間はやはり聖堂だった。神秘的な所だったが、黒い石も外に出る方法もなかった。
聖堂を出た後、尖った石の光と赤い石の効果が届かない所で、私は再び火を出した。
「む……」
今までと同じ感覚でやったら、出たのはマッチ程度の火だった。これでは明かりとして不十分だ。
私が火を大きくする前に、パッと周囲が明るくなった。見ればレージスが明かりを出していた。
「もうお前には大変だろう」
代わりにやってくれると言うのか。優しい。八章か九章並みだ。
「そうですか。ではお言葉に甘えて」
私はジノに事情を説明しながら歩くことにした。ジノはずっと頭に手を当てて私の話を聞いていた。
奥へ奥へと行くうちにだんだん道が細くなっていった。
行き止まりや人が通れそうにない所で引き返し、別の道に進む。それを繰り返していると、回路のような絵と、プログラムのような謎の文章と、ごつごつした黒い石が壁にある場所を見つけた。
「転移の部屋だ」
謎の文章を読んでレージスが言った。
ああ良かった。あそこを使う以外に出る方法が本当にあった。
行き先を彼に尋ねてみると「わからない」と返ってきた。雨宿りしていた所には戻れないらしい。
「どこに行くかわかりませんが、やってみましょう。これに触ればいいのですよね?」
「お前は長めにやらないとだめだろう」
レージスがそう言ったとおり、私が石に手を当てて十秒も経ってから石が光った。今回の光は青い。
なるほど、触った人の魔力を利用するのか。
青い光が広がっていき、私たちの体が浮いた。
私の魔力を利用しているせいか、今回は少し動ける。手を握ったり開いたりとか、腕の曲げ伸ばしができるのだ。
「俺の時より綺麗だな」
描かれていく魔法陣を見ながらジノがそんなことを言った。
「きっと事情がわかってて余裕があるからそう思うんですよ」
ジノの紫色の方が、ロストテクノロジー感が出て良いと私は思う。
光が全て消えた時、私たちは薄暗い所にいた。
草木が生い茂る空間にぽつんとある、壁のない石造りの建物。その中に私たちは突っ立っている。
どこだここ。何だここ。そして今何時だ。
建物の外に出て、枝葉の向こうの空を見てみる。
もう日が沈みそうなところだった。
黄昏時と言えばいいだろうか。少し怖いような言い方もあった気がする……そう、逢魔時とかいう言葉があったはずだ。
「何か出そうだな」
レージスがぼそっと言った。即座に明かりを出して彼の顔を見ると少し笑っていた。
「そういうこと言わないでくださいよ、意地悪ー」
軽く抗議しておく。
……で、ここはどこだ。
考えてもわかりっこないので、探索してみることにした。
すぐに、整備された道を発見した。その道を少し歩いてみると看板が立っていた。
看板には、私が普段読み書きする文字で「シェーンレーン湖 三百メートル」と書かれており、その文字の上に矢印がある。
学校行事の散策コースの一つに「シェーンレーン湖ぐるっと一周コース」というのがあった。つまりここはあの遺跡からそう遠くない所である。
制服のポケットから、学校で貰った簡単な地図を出して確認する。ここの看板のことが書いてあった。あー、良かった。
「何とかなったぁ……」
現在地がわかって安心したのだが、
「安心するのはまだ早い」
そうレージスに言われた。厳しい。しかし彼は正しい。「家に帰るまでが遠足」である。
それに、ここにいる男二人をどうにかせねばならない。まずはジノからだ。レージスが私の頼みを聞いてくれて気分いいからもうとことん甘い対応を取ってくれるわ。
「ジノさん」
「何だ?」
「その格好で察しがつくでしょうがあなたは普通の人ではありません。ですが今は記憶がないということで、見逃します。速やかに身を隠すことをおすすめします」
「そう言われても……」
「困るでしょうね。ですからとりあえず行く所を紹介しましょう。あなたはとても強い人です。そんな人を探している人を私は知っています」
今、王都には父の元仕事仲間(現役)がいる。彼の元へジノを向かわせる。それでどうなるかはジノ次第だ。
そのことを伝えるとジノは戸惑ったらしかった。表情にはほとんど変化がないが、なんとなくわかった。
「……傭兵になれって言うのか?」
「あなたは居場所が確保できますし、あの人は強い仲間をゲットできます。私にとっても得です」
あんたが暗殺者に、この国やベステルの敵に戻らなければな。
「何をしたらいいかわからないよりはましか……」
一応ジノが納得したようなので、道を教えた。それから、ジノに私のハンカチを持たせた。私の名前を刺繍してあるのだ。紹介状の代わりである。
「行った先の人に迷惑かけたら殺しますから」
私が何かせずとも死ぬだろうが。
「物騒だ」
そんな非難がましい目で私を見る資格などないぞ。
「あなたの方がよほど物騒ですよ。さあ、誰にも見つからないように頑張って行ってください。あなたならできます」
「……わかった」
ジノは私たちに背を向けた。彼はすぐに夜の闇に消えた。




