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本当に何なんだ

 それにしても何なんだろう、この展開。死ぬはずだったのを生きたらこんなに変わるのか。そういえば一回クリアして条件を満たすとこんな風にがらっと変わるゲームがあった気がする。乙女ゲームではなかったと思う。

 そんなことよりなぜ私は退場させようと思っていたやつと一緒に行動しているのか。……わかっている。私が甘っちょろいやつだからだ。

 先に何があるかわからないし、石を見落とすといけないのでゆっくり歩いて奥へ進む。

 壁の上の方と地面に近い所に、線が一本ずつ彫られていて、それがずっと続いている。何のための線かは“彼”にもわからないそうだが、魔術に関係するものだろう。

 少し歩くと広い所に出た。ここなら剣を振り回すことができそうだ。

 先へ進む道は二つに分かれている。まっすぐの広い道と、左に延びる狭い道がある。

「何か書いてある」

 ウェルが右の壁を指してそう言った。

「矢印と字……案内でしょうか?」

 壁には赤っぽい絵の具か何かで矢印と単語らしきものが書かれている。他の所には何も無い。

 矢印は一つだけで、まっすぐの道を指していると思われる。矢印の下の字は私にもジノにも読めない。こういう時は“彼”に聞いてみる。

(読めますか?)

(聖堂、霊安室)

 れいあん、しつ……ひいいっ。

「何か言ったか?」

「ひぇ、え? い、いいえ……」

 声は出さなかったつもりだが、出ていたのかもしれない。今だって気を付けていたのに情けない声が出たし。

 聖堂、霊安室に行っても目的の物があるとは限らないので、端から見ていく必要がある。というわけで、とりあえず左に行ってみる。

(幽霊は苦手か)

(死んだらおとなしく生まれ変わっといてほしいです、はい)

 ……なんか、答えになってない気がするが、まあいいか。

(……殺したやつは、誰も来なかった)

 はい? あ、幽霊はいないと言いたいのか?

(あなたが外に出た時に来るかもしれませんよ?)

 そう歩かないうちに行き止まりになった。特に何もなかった。

 引き返そうとした時、ジノが私を見てまた言った。

「何か言ったか?」

「戻りましょう、と言いました」

「いや、その後」

「何も言っていませんが」

 分かれ道に戻ってきた時、今度はジノは後ろを見て言った。

「まただ……」

「はい?」

「お前が喋ってないのにまた声が聞こえた」

 ええー。幻聴か? ホラーか? ファンタジーか?

「その声は何と?」

「よくわからない……」

 ならば放置だ。声の正体が何であれ今は私には対処できない。

 今度は聖堂や霊安室があるらしい、広い道を行く。

 数分後、何でもない所でジノの足が止まった。振り返って聞いてみる。

「どうしましたか?」

 ジノは俯いていた。強いやつなのに弱そうに見える。

「……ずっと誰かが俺に囁いてる」

 ほう?

「『記憶がなくて、こんな所にいて、不安だろう?』って」

 声の正体はファンタジーだった。

「それは――」

 あ、いた。

 ジノの後ろから、黒いものが音もなく近付いてくる。それは人が頭から布をかぶったような形をしている。

 ジノがゆっくりとそれの方を向く。

「“闇”ですよ」

 特殊な能力を持つ“彼”の代わりとして創り出されたものがある。それが暴走し、今では“闇”と呼ばれるようになった。

 今ここにあるのは“闇”本体から分裂したものだ。本体がどこにあるのかは不明である。ゲームでは向こうから来た。

 能力は生まれつきでどうしようもない“彼”ばかりを悪役にして、自分たちが創り出したものが暴走すればそのことを隠し、その後九百七十年くらい世界中に迷惑かけやがって、昔の大国の権力者とかその他諸々を殴りたい。

「それの言うことを聞いてはいけません。答えてはいけません。肯定も否定もしてはいけません」

「わかってる……けど……」

 ジノの声は小さく、少し震えている。

 まあ仕方のないことだ。耳を塞いでも、耳が悪くても聞こえてくるものなのだ。

「ジノさん!」

 少し強く名前を呼び、私は剣を抜いた。

 声の正体が“闇”ならば対処可能だ。

「どいてください。そいつ叩っ斬ってやります」

「……剣は効かないんじゃないのか?」

 そう言いながらもジノは後ろに下がった。

 魔術で出していた火は一旦消す。

「こうするんです」

 “闇”には“光”が効く。“光”とは良心とか愛とか優しさとかそういう気持ちが魔力と合わさって目に見えるようになったものだ。それを剣にまとわせる。

 剣は私が握っている部分からゆっくりと、青白い“光”に包まれていく。

 遅い。同時期の主人公よりずっと下手だ。私が彼女のように優しくないからだと思う。

 “闇”が言う。


 ――不安なんでしょう?


 知らない声だ。これが家族や友人、知人の声として聞こえたらかなり心が弱っている証拠だ。自分の声で聞こえたらアウトである。“闇”に憑かれるのはほぼ確定だ。


 ――うまくいかないよ。

 ――ちゃんと斬れるのかな?


 “闇”からの声は囁かれている本人にしか聞こえない。“闇”は心の闇を読みとって囁く。「うまくいかない」も「斬れるのか」も私の弱気な部分が考えていることだ。


 ――こんな所から出られるのかな?


 もう少し。もう少しで“光”が剣に行き渡る。


 ――あいつの記憶戻っ


「やかましいっ!」

 剣を振った。何かを斬る感触は途中でなくなった。

 剣にまとわせていた“光”が消えてしまって、剣が“闇”をすり抜けたのだ。


 ――難しいよ。


 落ち着いて、もう一度剣に“光”をまとわせる。先程のより明るくできた。今度はきっと消えない。だが“闇”を見失ってしまった。

 どこだ? “闇”の声が全く聞こえない。私に憑くのは諦めたということか? ならば、ジノには?

「ジノさ……」

 ジノにどうなっているか聞こうとした瞬間、後ろから殺気を感じた。直後に飛んできたものを屈んでなんとかよけた。

 立ち上がりつつ振り返ると、黒い球体を手の上に浮かべたジノがいた。

「何憑かれてんだバカアアアァァァ!」

 私は思わず叫んでしまった。

 ジノが“闇”に憑かれてしまっている。やばい。

 お守りを取って、放ろうとして、“彼”に止められた。

(それはあいつにも効く)

 そうか。教会の、“闇”に憑かれた人を浄化するための結界が魔石の力を弱めることもできるように、魔石のためのこれも“闇”に有効ということか。

(と言われてもこれをどうすれば)

(首にかけるなり手に握らせるなりすれば弱体化するんじゃないか)

 そこで浄化を試みればいいのか。

 大きくなった黒い球をジノが飛ばしてきた。私は壁に身を寄せてそれをよけ、次が来る前に魔術で攻撃しつつジノに近付く。しかしジノは跳んで下がり、大きくしている最中の球を飛ばし、さらにはいくつも球を出して連射してきた。それを全部私がよけると、彼は今度は暗い紫色の風の刃を飛ばしてくるようになった。

 ジノの魔術は“闇”によって強化されている。飛んでくる速度も速い。しかし狙いが甘いし、威力もまちまちだ。彼が冷静ではないからだろう。いつもどおりに感情などないかのように見えるが、彼の心には負の感情が渦巻いているはずだ。そうでなければ“闇”に憑かれている訳がないし、私が殺気を感じることもなかっただろう。

 私も魔術はいまいちだ。だが私には剣がある。そしてジノには得意のナイフがないし、冷静でないから正常な判断ができない。だから私はお守りを持ったままでもそれなりに戦えると思う。

 ジノは右手に出したものを連射して私を寄せ付けないようにつつ、左手の上に大きな黒い球を作った。

 通路を塞いでしまえそうな大きさの黒い球が飛んでくる。よし、迎撃だ。

「ぜりゃあああっ!」

 黒い球を剣で、というか“光”で斬ってやった。二つに分かれた黒い球は威力が弱まり、壁や地面に当たっても大したことにはならなかった。

 次の攻撃が来ない。ジノの息が荒い。魔術を連発した上にあんな無駄に大きいものを作って飛ばしたからもう疲れているのだ。

 今度はこちらが魔術を連射する。ジノも魔術を使いながら後退するが、動きが鈍い。

 剣が届く距離まで近付けたので、怪我が治りきっていない左肩を狙って剣を振った。彼はギリギリの所で剣をよけたが、ふらついた。

 すかざすもう一度剣を振り、ジノの右腕を斬りつけることができた。

「ぐうっ……」

 痛みにジノの顔が歪んだ。と思ったら、ここで初めて蹴りが飛んできた。

 かわして彼の後ろに回り、お返しとして背中に蹴りを入れた。

 まともに蹴りをくらったジノが地面に膝をついた。その隙に後ろからお守りをかけることに成功した。

 すぐに立ち上がったジノは、振り返りながら黒さの薄れた風の刃を飛ばしてきた。

 回避が間に合わず、刃が太ももに当たってしまった。結構切れた気がする。すごく痛……もう痛くない。

「残念でしたっ!」

 すぐに体勢を立て直してジノの頭を剣で殴ると、彼はどさりと倒れた。起きてこないので、私は剣を地面に置き、明かりを出した。

 虚ろな目をして呻くジノの手にお守りを握らせ、その手を上から握ってできるだけ優しい感じで話してみる。

「記憶喪失って、失う時と同じ衝撃を受けたり、知っているものを見たり聞いたりして記憶が戻ることもあれば、二、三日で自然に戻ることもあるそうですよ」

 私がしようとしているのは、内側からの浄化だ。前向きな気持ちを持たせて“闇”を消すのだ。“闇”に憑かれている人を説得によって前向きにさせるなど普通ならほぼ無理だが、お守りが効いている状態ならできるかもしれない。

「……戻らなかったら?」

 ジノが小さな声でそう言った。とても不安そうだ。

「今考えることではありません。出てから考えればいいのです。ああ、ここから出られるかも不安ですよね。こればかりはしょうがないので、頑張って出る方法を見つけるしかありません。私もあなたもまだ体力がありますから、諦めるには早いのはわかりますね?」

「……わかる、けど……」

 ウェルのファンは彼のこの姿をどう思うだろうか。嫌がるだろうか。それとも「これはこれで良い」と言うだろうか。

「希望を持つことが難しいですか? ではこうしましょう。もし、どんなに探しても出る方法がないってなったら、私もあなたも諦めたら、その時は……私を殺すなりなんなりしてもいいですよ。私はあなたのこと別に嫌いではありませんから、最後にちょっとだけあなたの役に立って差し上げましょう」

「嫌いじゃない……?」

 あ、そこに反応するのか。

「はい」

 まだ私の知る人を誰も殺していないから嫌いではない。殺しにくるから好きとは言えない。しかし、おとなしく私について来ている現状は少し好感がもてる。

「魚をあげたのが証拠になりませんか?」

「そう、か……」

 ジノが目を閉じた。何秒も経ってから目を開けたとき、彼はしっかりと私を見た。浄化に成功したようだ。あー良かったー。……疲れた。

 地面や壁にはいくつも穴があいているし、崩れている箇所もある。あの大きい黒い球が威力そのままにどこかに当たっていたら、今頃私たちは生き埋めにでもなっていたかもしれない。

「何やってんですか。焦りましたよ、本当に……」

「ごめん。……いっ」

 ジノは謝り、体を起こそうとして、少しだけ険しい顔をした。

「怪我治してあげますから、横になっててください」

 彼は小さく頷いて私の指示に従い、さらには再び目を閉じた。

 なんという油断っぷり。敵だという記憶が無いってすごい。

「……やかましい、って言ったな。お前も何か言われたんだな」

「え……ええ、まあ、お恥ずかしながら……」

 心の中に押さえ込んでいるものがあろうと、普通なら“闇”が近くにいても何を言っているのかわからない。言っていることがわかったのは、今の状況を不安に思う気持ちが強いからだ。

「少し、安心した。お前が訳わからない強いやつに見えてたから」

 それで認識していてくれた方が助かるのだが。

「私が弱いとおっしゃいますか」

「弱いところもある方がかわいいって言いたい」

「は……」

 ウェルからそんな言葉が出てくるとは! 記憶がないからか? 記憶がなくて性格が変わっているのか? それともゲーム中に一切出さなかっただけで、こういうことをしれっと言える設定なのか?

「……はぁ、そう、ですか……」

 なぜ私はこんなことを言われているのだ。本当に何なんだ、この展開。もしやまさかのウェルルートだろうか。

 ストーリーから大きく外れて、前世の知識が役立たなくなったのかもしれない。



 霊安室の前まで来てしまった。壁に「霊安室」とはっきり書かれているので間違いない。

 うう、入りたくない……。

「どうした?」

「いえ……」

 ジノは魔石のことを知らない。だからここが霊安室だということを知らない。私も知らないふりをする。

 そーっと中に入ってみた。

 そこそこ広い空間に、石でできた台のようなものが並んでいる。死者を寝かせておく台なのだろう。

(怖いか)

(怖いですよ)

 前世は早死にした。未練がいっぱいあった。だが幽霊になることなく私となった。だから、幽霊がいたら、そいつは彼女よりずっと未練たらたらで、何かよくないことをする存在なのではないか……と考えてしまうのだ。生きている人を助ける幽霊の話も聞いたことがあるが。

 それだけならまだいい。問題は対処法がわからないことだ。幽霊が剣で斬れるものなのかは不明である。斬ったという昔話があるし、斬ったとされる剣もある。しかし斬れないでどうしようもなくやられる話の方が多いだろう。

 いないのなら何の問題もない。いるのだとしたら、さっさと楽しいこともつらいことも全部忘れて生まれ変わるとか、あるかどうか知らないが天国なり地獄なりに行くとかしてほしい。

 ものすごくドキドキしながらあちこち見てみたが、特に何もなかった。

 霊安室を出て少し歩くと「制御室」という所を発見した。

 霊安室よりやや狭い空間で、壁一面に回路のような絵と、謎の文章がある。奥の壁は一部崩れていて、黒い何かの破片が地面に散らばっている。これ、は……。

「……まさか、目的のもの、か?」

 ジノが小声でそう言った。私も同じことを考えてしまった。

「……ここのものであって、あそこのものではないと思いたいですね」

 あそこの窪みにはめるべきものがこんな所で砕け散っているなんて思いたくない。

 ここはどういう部屋なのだろうか。制御室とはどういう意味だ。謎の文章を読めているはずの“彼”に聞いてみる。

(ここはどういう所ですか)

(各所への魔力の供給と……扉の管理ができるらしい)

 魔力の供給? それに、扉? そんなものが付いているのも、付いていた跡も特に見ていない。

(魔力の供給というのは、一体どのようにするかわかりりますか?)

(お前が気になっていた、洞窟中の上下の線を使うようだな。ここからずっと繋がっている)

 え……ああ、本当だ。壁の上下の線はここの回路から延びていたのだ。恐らく、配線とか配管とかそんな感じなのだろう。

 では次は扉について質問してみよう。

(扉なんか付いてる所があるんですか)

(魔術で作ったものだろう)

 魔術の扉……見たことがない。どんなものだろうか。ドアノブとか付いているのだろうか。

 捜し物は無いようなので、制御室を出ることにした。

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