君に贈る、白いレース。
「あっ、」
ポタリ、と淡い橙が真っ白なレースに落ちた。
ああ、なんて事なの。
「お前はバカか。」
目の前でコーヒーを飲む麗しの婚約者様が、ため息をつきながら罵倒をしてくる。
焦茶の髪をかけあげ、真っ白なハンカチを差し出して、化粧室の方に目線を向けた。
えっ、これ脱いで洗ったら下着で帰ることになるんですけど。ちょっとハンカチだけでは隠しきれないんですけど。
私は戸惑った。
婚約者様は麗しいだけでなく、仕事もでき、男女問わす人気の方だ。
私はいたって平凡。
何でそんな二人が婚約者かと言えば、これまたベタだが父親同士も母親同士も大親友という間柄ゆえである。
私に対しては辛辣ではあるものの、なんだかんだ言って大好きなので罵倒も、まぁご褒美である。
本気で泣くと面白いくらい狼狽えるよ!
まぁ、それはおいといて、そんな忙しい婚約者様との久々のデートに私は張り切った。
平凡顔でも愛らしく見える服や髪型を研究し、たどり着いたのが姫君が最近愛用して流行になりつつある白のレースの服である。
頑張って仕事をし(私の家は男爵で財力はあるけど普段使うもので欲しいものは働いて買えという家なのだ。)、ゲットした白のレースのワンピース。
家族友人一同可愛い似合うと誉めてくれた姿に自信をもち、挑んだデート!
実に半年ぶり!
半年放置ですよ!涙でそう!
仕方ないのだ、エリート騎士(ちなみに伯爵家)な婚約者様は辺境に討伐隊として派遣されていたから。
それも一年はかかると言われていたのを半年。
私の麗しの婚約者様と隊の皆様の優秀者さは王国一だと思う。
朝から浮かれ、けれどもドキドキしすぎて食事も喉を通らずで挑んだデート。
昼過ぎに待ち合わせをして、お茶をして、今が見頃の花畑を見て…という予定だったのだけども…
挨拶の途中で盛大に鳴ったのだ。
…私のお腹が。
もう、恥ずかしすぎて涙出た。
久々に会えて、無事に帰ってきてくれて、嬉しさで一杯になり、ホッとしたとたんに鳴る腹。
婚約者様は道のすみに座り込み肩を震わせて、笑っていた。五分以上。
くそう、笑いたきゃ笑えよ!大口開けてよぉ!
美形は笑いすぎて涙をぬぐっていても美形でした。
神様、この不平等感どうにかなりませんでしょうか。
散々、イケメンに笑われたあげく言われた言葉が、
「相変わらず過ぎて、安心した。」
でした。
相変わらずってなんだこら、私はお前の前でお腹を鳴らしたのははじめてなんですけど。
そうして、街で美味しくてリーズナブル!な女性に人気のカフェで食事となった。
本当ならここで紅茶とケーキを楽しむ予定であったが、私のお腹は限界だった。
とてもケーキでは満足できない。
淑女としてどうかと思ったが、背に腹は代えられない。
私はトマトクリームグラタンを注文した。パスタもいいけど確実に服にはねてしまうだろう。(経験談)
婚約者様は、コーヒーとフルーツ。
ごはん食べてきちゃったからね。
うん、だって本当ならお茶しようって約束だったから。
「街中で腹を鳴らす淑女(笑)」
って散々からかわれたけど耐えたよ。
気を抜くとお腹鳴っちゃうから…
やっと来たグラタンをゆっくりゆっくり、慎重に食べた。
本当に美味しくて、顔がにやけるのが止められなかったのは許してほしい。
幸せ一杯になっていたら、ほっぺにパンくずついてるぞって言われて、気がそれてしまった。
そして、冒頭に戻る。
「お前はなんで垂らす、こぼすをする癖に白を着てくるんだ、バカ。
何を考えてるかはわかるがな、下着姿の痴女を連れ歩く趣味はない。
考えろ、バカ。
摘まみ洗いをしろ、今すぐに。
そして今貸したハンカチを服の下に入れて、自分のハンカチで上からトントン叩けば少しはましになるだろう。」
なるほどなるほど。
しかし婚約者様は染みとり技術に詳しすぎやしませんか?
疑問は残るがそれならば大丈夫かもしれない。
私は急いで化粧室に籠った。
おおよそ染みはとれ、私は安心した。
あとは白物専門のクリーニング業者に頼めば完璧だろう。
そうしてグラタンも完食して、罵倒と嫌味をちょいちょい吐く婚約者様と腕を組み店を出た。
この後は、デートスポットとして最近有名な花畑の丘に…向かわなかった。
何故か服飾の店が立ち並ぶ通りにエスコートされる。
「花を見に行きませんの?」
「お前に相応しい贈り物をやろう。」
えっ、まさかウ…ウエディングドレス?!!
きゃあ!
心の準備が!!
一人悶えていると、何故か子供服専門の店の前に。
麗しの婚約者様は、それはそれはお綺麗に微笑んだ。
眩しい。
「レースの服がよく似合っている。
だからフリッフリの可愛らしいよだれかけを買ってやろう。
もう食べこぼしを気にしなくてもいいように、な。」
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!」
この日、私は花畑に行けなかった。
街中を舞台にした婚約者様との鬼ごっこは夕方まで続き、捕まったあげく「冗談だ、バカ。」とそれはそれはイイ笑顔で言われてデートは幕を閉じたのだった。悪魔だ。
数日後、本当に可愛らしいよだれかけをプレゼントされるなんて疲れきってされるがままにお姫様だっこで帰宅した私は知りもしなかった。