第6話:異能持ちの戦い
初撃に走ったのはアリスだった。勢いよく地面を蹴るのと同時に土くれが舞い上がる。その土の塊が地面に落ちるよりも早く敵に到達したアリスは、あまりの速さに反応できてないドラゴンの下顎を跳躍した勢いのまま蹴りあげた。
張り出した根と泥濘に足を取られた先程までとは比べ物にならない速さだ。
ドラゴンの方は少し浮いた半身の落下の勢いのまま、アリスを右前足で踏み潰そうとしてくる。
「鈍い鈍い!」
その足が着地する前にすり抜けるように右脇腹に潜り込んだアリスは横からもう1発お見舞した。
「……そのまま横に倒す!」
声を張り上げたのは、同じくドラゴンの右側に回っていたアーロンだ。斧槍を左手に持ったまま、少し離れた位置で片膝をつくと、指輪のはまった右手を地面につけた。
「……鉄柱」
すると、ドラゴンの右側足の下から鉄の四角柱が勢いよく立ち上った。押し上げるようにして足を持ち上げられたドラゴンは、バランスを崩して左足で踏ん張ろうとする。
「dasri!」
反対側に走り込んでいたエマが叫ぶ。その手に持たれていたエマのリボンは煌めいたと思うと、次の瞬間には消えて無くなった。
「やあっ!」
掛け声とともに空いた手をドラゴンに向けて振ると、何も無い地面から何かが現れた。
先程までエマが持っていたリボンだった。しかし、色形は同じだが、その大きさは幅1メートルほどになっており、それが何本も差し登っていく。
エマが掌をクルクルっと回すと、それに従ってリボンが舞うように動き、踏ん張っているドラゴンの左前足に巻きついた。足を固定されたドラゴンはついに耐えきれず、左肩からその巨躯を地に落とした。
「……大技叩き込む!」
「援護しますわ!」
腹を見せたところにすかさずアーロンが媒唱を初め、後方で援護に回るフィリスも声を上げた。
「……燃え滾るは赫灼たる魔炎。悠久の時をも焦がす大炎熱の紅蓮のごとく仇を貫く」
「ノームさまによる魔法書第一章。魔力強化」
アーロンの媒唱によって現れた炎は、フィリスによって強化されて両手に収まらない大きさにまで膨れ上がった。アーロンが力を加えると、その火球は徐々に凝縮されていく。その径が小さくなっていくにつれて赤い輝きはより強くなり、バスケットボール大にまで押し縮められた炎の球は最早太陽のようになっていた。
「……ベリアルによる魔法書第三十五章。ルミナイグニス」
アーロンが掌を突き出すようにして炎の球を放つと、押し込められていた炎は巨大なレーザービームのように勢いよくドラゴンへと向かい、その腹に直撃して数メートル吹き飛ばした。
「すげぇ……」
「さすがに効いたでしょ」
一仕事終えた風に後ろに戻ってきたエマがレニーに答えた。いつの間に回収したのか、手には能力に使われたリボンがある。
「っていうか、あんたとルイも少しは参加しなさいよ」
「ご、ごめん」
「いや、あの、僕は魔法が……」
レニーが言いかけたところで、アーロンとフィリスが駆け寄ってきた。 二人とも軽く息を切らしている。
「結構いいダメージ入ったわね」
「……いや、だめみたい」
「えっ?」
吹っ飛んでいった方向を見やると、ちょうどドラゴンがその体を起こしたところだった。大きく体を振って体についた泥を飛ばしている。
「ふ、フィリス、あのドラゴンの鱗……」
「ええ、魔法が効きにくいようですわね」
ルイのセリフにフィリスが相槌を打った。
「でも、見た感じ殴る蹴るは効いてるみたいね」
「……方針転換だね」
アーロンは斧槍を構え直して言った。
「……魔法は決定打にならない。そうと分かれば直接叩くまで」
「あたしは少し下がって援護に回るわ。ルイ、ついてきなさい」
「う、うん……」
「では、レニー様はわたくしについていらしてくださいませ」
「は、はひ!」
レニーの裏返った返事と同時に、方針を確認したアーロンがドラゴンに向かって走り出した。既にドラゴンはアリスと交戦しているようだ。体格差という言葉では済まないような体躯の違いをものともせず、素早い動きで翻弄しながら互角に戦っている。
ドラゴンの左爪をジャンプでかわし、着地したアリスに右爪の追撃が迫る。
「……っ!」
咄嗟のハイキックで辛うじて受けたアリスだったが、大きく弾かれてバランスを崩した。その隙に、すかさずドラゴンは大きな左爪で連撃の構えに入る。
「やば……っ」
揺らぐ視界にその姿を認めたアリスの額を、氷水のように冷たい嫌な汗が伝う。
「……ハンクによる魔法書第二十章。一重展開円型反射結界、モノディスクカウンター」
風のようにアリスの前に現れたアーロンが走りながら唱えた文言で、ちょうどアリスの身長くらいの直径をもつ円盤型の結界が展開される。
ドラゴンの爪が結界に当たると、結界にヒビが入ると同時に腕ごと大きく弾き返された。
「立て直す!」
「……時間を稼ぐ」
二発目は受からないと瞬時に判断した2人は阿吽の呼吸で次の手を確認した。
アリスは大きくバックステップをとって、ドラゴンから距離を取る。そのドラゴンも、弾かれた勢いのまま数歩下がって首をもたげた。大きく息を吸いこんでいるようにも見えるドラゴンの口から、ちらりと炎が溢れている。
「……っ! 危ない、ブレスだ!」
至近距離で追撃に備えていたアーロンは、想定される軌道上を振り返って叫んだ。その先には、アーロンの援護に回っていたエマとルイがいる。
「ルイ! アーロン引っ張ってくるからアレで全員守って!」
「わ、わかった!」
素早く反応したエマが指示を飛ばすと、ルイはポケットのキーケースから1本の鍵を取り出した。
「dasri!」
「ckiku!」
二人の声が重なり、エマのリボンとルイの鍵が鋭く輝く。
「間に合え……っ!」
エマが腕を振ると勢いよくリボンが伸び、アーロンの腰に巻きついて戻ってきた。ドラゴンの方はたっぷりと力を溜めるような予備動作を終え、今にもそれを解き放たんとしている。
「よ、よし!」
ルイの発声が終わるか終わらないかのうちに、ドラゴンは吼えるように大きく口を開けた。その刹那、ルイたちのいた辺りは青白く輝く光線に包まれた。轟々と唸るブレスは、軌道上にある草木を瞬時に焼き尽くしていく。
「う、うわあ……」
離れたところで様子を見ていたレニーが、フィリスの後ろで声を漏らした。
「生身の人間でしたらひとたまりもありませんわね」
「な、なんでそんなに冷静なんですか!」
レニーはフィリスの方に振り返ると、彼女はブレスの熱風で乱れた髪を整えているところだった。動揺や焦りを感じさせない緩やかな仕草で、彼女はアーロンたちのいた辺りを指して言った。
「彼らは生身の人間ではありませんので」
「えっ?」
レニーが見ると、フィリスの指さす辺りに透明な箱のようなものがあった。一面焼き尽くされたブレスのライン上に、妙な存在感を醸している。
「何だあれ……あっ!」
その箱の中、何事もなかったかのように焼けていない草の上に3人の人影があった。
ガチャリという鍵を開けるような音がすると、アーロンたちを守っていたと思われる箱が開いて消えた。
「ルイの能力、ckikuによる防護函です。彼の能力は、あらゆるものを"閉じる"ことができましてよ」
「……そんなに強力な能力、もっと早く使えば良かったのに」
「ですが、あちらの函は内部からの攻撃も通しませんの」
「なるほど……」
そうこうしている間に、アーロンは斧槍を鉄槌へと変形させ、素早くドラゴンの懐へと駆け込んでいる。
「そろそろお終いになさるようですね」
少し距離を置いて様子を見ていたエマやルイもアーロンの後ろからドラゴンに近づいていく。それを見て、フィリスもレニーを連れて交戦中のアリスに近寄る。
「マルスによる魔法書第二章! 対象強化!」
「マルスさまによる魔法書第二章。対象強化」
ルイとフィリスがほぼ同時にアリスとアーロンを強化する魔法を使った。
自身の能力とルイの魔法で脚力を二重に強化されたアリスが、スピードアップしてドラゴンの死角に回り、一撃を加えると、予想外の痛みにドラゴンが隙を作った。
「……ふんっ!」
走り込んでいたアーロンがすかさず鉄槌で顎を殴り上げると、ドラゴンの上体が浮いた。
「dasri」
アーロンがドラゴンを浮かせたのと同時に、エマの能力が発動し、地面から現れたリボンがトスするようにアリスを空中に上げた。
アリスは風に舞う木の葉のように空中で前宙方向に回転しながら、浮き上がったドラゴンの頭上にきた。
「マルスさまによる魔法書第四章。対象硬化」
アリスを下から見上げるような形でフィリスがダメ押しの強化をかけると、アリスの右足が金属のような光沢を帯びた。
「やあああああああああああああっっっ!!」
咆哮一番、アリスはその右足でドラゴンの脳天に踵落としを叩き込んだ。
黒鉄のような踵が硬い鱗諸共骨を砕き、ドラゴンは鈍い音と共に、その上体を勢い良く地面に叩きつけられた。土煙が大きく舞う。
先程まで暴れていたドラゴンは、弱々しく声を上げながらのたうち回っているが、その力は徐々に弱くなっている。
「いっちょあがりね」
「こ、怖かったぁ……」
「皆、ケガはない?」
「……そう言うアリスが一番心配」
「おっしゃる通りだわ。アリスも結界魔法を習得してくだされば、私たちも少しは安心できるのですが」
あの大きなドラゴンと戦闘していたエマたちは、安堵の雰囲気を漂わせて話し始めた。見上げるほどに巨大だった敵を打ち倒した今、驚いたことに、全員がほぼ無傷であった。
「化け物かよ……」
レニーがそう呟くと、アリスがそれに気づいて笑いながら答えた。
「化け物じゃないわ。私たちは、異能持ちよ」




