表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
blanumakfa  作者: さいこ
禍殃を招く紫水晶編
6/29

第5話:Run to the steppe

 ガタガタ揺れていた車がスピードを落とし、再びサイドブレーキの軋む音が聞こえたのは、およそ2時間後のことだった。


「ここからは歩きかな」


 アリスは車を降りて、大きく伸びをした。辺りにはすっかり建物は見られなくなっており、陽の光を遮る背の高い木々が鬱蒼と茂っている。アーロンたちもアリスの声を聞いて、湿った地面に降り立った。


「……お疲れさま」

「ん、ありがと」


 アーロンはアリスを労いながら、少し窪まったところに隠すように止められていた車に向き合った。全員車から降りていることを確認して、両手を車にかざすと、彼の両手から淡い萌黄色の光が溢れた。


「……溢れる魔光は千代の岩を覆う緑のごとく閑靜(かんせい)として堅牢。緩やかに覆いて、塵埃(じんあい)や光陰すらも掩蔽(えんぺい)する」


 アーロンの唱える言葉に合わせて、両手から溢れる光は段々大きくなり、球状に薄く広がってベールのようにゆっくりと車を覆っていく。


「……ハンクによる魔法書第十章。一重展開包囲型遮蔽結界、モノールラップ」


 その言葉と共に光がついに車を包みきった。薄暗い森の中に、萌黄色の球体に囲まれた車は妙にミスマッチに見える。


「アリス、今のは?」

「今の? ああ、媒唱(ばいしょう)のことね。言葉を媒体にして魔力を増大させる方法よ。いわゆるコトダマみたいな感じかね」


 レニーの疑問にアリスはこともなげに答えた。辺りはいかにも危険そうな陰鬱とした森であったが、アリスの所作から感じられる余裕が、レニーには心強く感じた。


「……終わった」

「さて、行きましょ。そっちにまっすぐ進めば森を……」


 進行方向を指さしたエマの言葉は途中で止まった。その指のさす先、十数メートルのところに大きな影を認めたからだ。苔色の鱗に覆われたソレは、四つん這いの状態でもアリスの身長ほどある。石柱のような逞しい前足の先には、少し曲がった鋭い爪が光っている。


「ど、ドラゴン!?」

「いいえ、あの子は今回わたくしたちの標的のドラゴンではなくってよ」

「ベルクロッドリザードね……本来は大人しい草食のトカゲだけど……」


 腰を落として臨戦態勢になったアーロンが一歩近づくと、トカゲは口を開けて咆哮で威嚇した。剥き出しになった歯は、細かくて目立った牙はないけれども鋭い。草食動物とはいえ、その強靭そうな顎で噛みつかれたら一溜りもなさそうだ。


「そもそもあいつはベルクロッド草原に生息するやつでしよ! こんなところにいるなんておかしいじゃない!」

「きっと(くだん)のドラゴンからお逃げになってきたのでしょう」


 少し緊張をはらんだエマの言葉に、フィリスがゆったりと返す。


「気をつけて、エマ……確かあの爪には毒があるよ……」

「うるさいわね、ルイ。分かってるわよ」


 見ればルイはいつの間にか後ろの方に下がってきている。どうやら彼は戦闘に不得手らしい。

 突然。トカゲは後ろ足で地面を蹴って、一番近くにいたアーロンに飛びかかった。


「……っ!」


 咄嗟に右に避けたアーロンの元いた位置に、ズドンと重い音と共に毒爪が突き刺さる。即座に再びアーロンに向き直り、トカゲは後ろ足に力を込めた。

 それをしっかりと見据えたアーロンは何か武器を構えるでもなく、ただ右手にはめた指輪に左手で触れた。

 トカゲの後ろ足が湿った土を蹴り、その巨躯がアーロンに向かって跳ぶ。


「あ、あぶなっ……」

「……tirse(ティルセ)


 呟きと共に、指輪が鋭く煌めいた。すると、指輪のあたりからドロリと水銀のようなものが現れた。溢れ出た銀白色の液体は、アーロンの手の動きによって操られるかのように浮遊し、トカゲとの間に壁を作りあげた。


「……"鉄壁"」


 ドォンと鈍い音を立てて、飛びかかったトカゲは壁に衝突した。アーロンは半身の姿勢で距離を取りながら、右手の操作で壁となった液体を回収する。


「レニー、私のそばにいな」

「い、今のは何?」


 レニーはアリスの後ろに隠れながら、目を皿のようにしてアーロンを見た。アーロンの周りに漂う壁だった液体は、彼の操作で長い棍のようになった。


「あれはアーロンの"能力"よ」

「能力……?」


 追撃をするトカゲの爪の攻撃を二発避け、アーロンは鉄棍の一撃をトカゲの横っ面に叩き込んだ。


「魔法は魔力を持つものが誰しも使えるのに対して、能力の方は使うには素質が必要なの。それで私たちのように、能力を扱える人たちのことをアーベルズと呼ぶの」


 怯まないトカゲの尻尾による死角からの攻撃を、間一髪のところでバックステップで回避する。


「修行によって得られる能力は、使用者の思いを多く受けたモノを媒介して具現化する。その人ごとに異なる媒体を用いて発揮されるから、この能力っていうのは人それぞれで全く違った効果を持つの」


 アーロンが右手を振ると、また新たに金属が現れて盾のように成形されていく。


「アーロンの能力はtirse(ティルセ)、媒体はあの指輪で、鉄を自在に生み出し操る能力よ」


 鉄盾で爪の一撃を受けて、鉄棍を下顎に向けてアッパースイングする。攻撃がクリーンヒットしたトカゲは、脳震盪を起こしたのかグラリとよろけた。アーロンはすかさず両手の盾と棍を手放し、空いた両手を重ねてトカゲの頭部にかざした。


「……インプによる魔法書第十五章。スリーピング」


 薄黄色の光がトカゲの頭を包むと、やがてその目は閉ざされ、眠りに落ちた。


「……終わった」

「ふん、案外かかったわね」

「アーロンにとっては、こういうのは無闇に倒せばいいってもんじゃないのよ」


 突っかかるエマを軽く諭してアリスはトカゲのやって来た方向へ進んだ。


「行きましょう。草原までは少し歩く……」


 アリスの言葉は、先程のエマの言葉のように途中で切れた。草原へと向かう方向からミシミシと木々をなぎ倒して、巨大な竜が現れたからだ。

 先程まで暴れ回っていたトカゲの数倍はありそうな巨体は見るからに重厚で、その大樹のような四本脚が地面を踏む度に大地が揺れるような衝撃が起こる。


「……今度は本物」

「先程のトカゲさんを、ここまで追いかけていらしたのね」

「結界ごと車を踏み潰されちゃ困るわ。注意を引いて草原までおびき寄せましょう」


 心なしかアーロンたちのやり取りにも先程より緊張感をはらんでいるように聞こえた。アリスはドラゴンから目を離さないまま少しかがんで、両手でブーツに触れた。

 すると、先程のアーロンの指輪のようにブーツがキラリと鋭く光った。


sutra(ストラ)


 その光に気が付いたのか、ドラゴンの大きな目が動いてアリスの姿を捉えた。次の瞬間には、ドラゴンは巨躯に似合わない俊敏な動きでアリスのいた位置を踏みつけた。

 常人であれば、反応する前に命を落としてしまうような不意の一撃。

 しかし、踏み潰されたはずのアリスはいつの間にかレニーのすぐ隣に着地していた。


「悪いけど、緊急事態だから担ぐよ」

「え? う、うわあ!」


 瞬間移動のような速さを見せたアリスに呆然としていたレニーは、彼女によって軽々と肩に担がれた。向こうに視線を戻すと、遅れてその姿を確認したドラゴンが、アリスの方へ向かってこようとしている。


「トールさまによる魔法書第十一章。バレーノ・シュート」


 そこへ、フィリスの声とともにドラゴンの右脇腹に電撃が命中した。唸る轟音はフィリスの雷魔法の威力を物語っていたが、ドラゴンの方は少々怯んだくらいで、あまりダメージを受けていないようだ。


「本当に丈夫なお身体をお持ちですこと」


 そう呟いたフィリスに、ドラゴンの注意が向かう。その隙をついて、レニーを担いだままのアリスはドラゴンの脇を一気に突っ切って抜ける。

 アリスを追って草原へと逃げるフィリスを、振り向いたドラゴンが左前足で追撃しようとするが、塞がるように現れた鉄の壁に拒まれた。

 ドラゴンを挟んでフィリスと逆側を走るアーロンの鉄壁だ。エマとルイもアーロンの後ろからついてきている。


「……フィリス! 僕が注意を引く!」

「助かり……ますわ……!」


 アーロンの言葉に、フィリスが息を切らせながら答えた。運動はそこまで得意ではないようで、ドラゴンの攻撃に気を遣いながら走るだけでかなり手一杯になっていたようだ。


「……"鉄槍"!」


 アーロンの右手の操作で新たに作り出された鉄の槍は、そのまま勢いよく投擲されてドラゴンの右肩に刺さった。


「トールによる魔法書第十一章! バレーノ・シュート!」


 エマによって放たれた雷魔法はフィリスのそれよりは強力そうでなかったが、木々を縫うようにしてアーロンの鉄槍に直撃した。堅い鱗の内側に直接ダメージを受けたドラゴンは流石に少し動きを止めたが、次の瞬間には尻尾でエマのいる右後方を薙いだ。


「あ、あぶないっ! アイオロスによる魔法書第五章! アッパーブロウ!」


 尻尾の射程外にいたルイの発声とともに、エマが地面を蹴ってジャンプすると、ルイの風魔法がエマの真下から吹き上げて、そのまま軽いエマの跳躍を助ける。


 間一髪。エマのいたあたりを大樹のような尻尾が唸りをあげて通り過ぎた。


「スカート履いてこなくて良かったわ。マルスによる魔法書第一章。身体強化!」


 飛び越えたエマは軽やかに滞空したまま魔法を使い、強化された四肢でしなやかに着地した。既にかなり遠くを走っているアリスを追いかける形で、4人は上手くドラゴンを誘導して森を駆け抜ける。


「……抜ける」

「ようやく……はあ……つきますのね」


 茂る木々は段々背丈が低くなり、ついにドラゴンの前方を走るアーロンが背の低い草を踏んだ。十数メートル先にレニーを背に隠して臨戦態勢を整えていたアリスを確認すると、アーロンは飛び込み前転で右側に避けた。刹那、アリスが一気に間合いを詰めてドラゴンの顎に飛び膝蹴りをかち込んだ。鱗ごと骨まで砕いてしまうのではないかという衝撃が与えられ、たまらずドラゴンが怯む。


 アリスはそのまま鼻先を足蹴にしてバック宙の要領で距離を置くと、次の1歩でレニーを匿うように位置どった。

 そこに集まるようにして、フィリス、アーロン、エマ、ルイもレニーを囲うように寄ってきた。


 最も近接戦闘の得意なアリスは集団の先頭。首に張り付いた黒髪をサッとかきあげ、凛とした眼光を敵へと飛ばしている。その後ろで、魔法や能力を駆使して中近距離の間合いで戦うアーロンが鉄の斧槍(ハルバード)を拵え、アーロンの隣ではエマが服を整え、手首に巻いていたリボンを外している。味方のサポートや遠距離攻撃がメインのフィリスとルイは、丸腰のレニーの左右につき、深い呼吸で息を整え、集中力を高めていく。


「ここまでおびき寄せりゃ、こっちのものね」


 ようやくグロッキー状態から立ち直ったドラゴンに向かって、アリスが言う。


「さあ、反撃のターンよ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ