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blanumakfa  作者: さいこ
禍殃を招く紫水晶編
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第4話:初見学の朝

 翌朝は早い出発だった。レニーは目覚まし時計を止めてのっそりと起き上がり、辺りを見回した。


 もしかしたらこれは全部たちの悪い夢で、目覚めたら自分の家にいるのでは、と少し期待をしたが、辺りはやはり異世界のままであった。


 ギルドの二階にある居住スペースのうちからレニーにあてがわれた部屋は、ホテルのひと部屋くらいの広さだった。少し年季の入った感じのする木製の家具や、綺麗に整えられたシンプルな白いベッドが置かれた部屋は、なんとなく落ち着くような気がしたものだ。

 窓の外を見れば、濃紺の空に煌めく星々が徐々に朝焼けの薄紫とオレンジに飲み込まれていくところだった。昇りかけの朝日の薄明かりが小さな街の背の低い建物たちを柔らかく包んでいる。


 レニーが寝ぼけた頭で異世界の空にも星はあるのか、などと些末なことを考えていると、ノックもなしにドアが開いた。驚いてそちらを見ると、すっかり支度を整えたらしいアーロンが立っていた。


「……起きてた」

「ノックくらいしてよ……」

「……支度して。アイラが朝ごはん作ってくれてる」

「はーい」


 レニーは曖昧に返事をしてベッドを出た。まだまだ眠気は覚めていなかったが、アーロンに用意してもらった着替えに袖を通し、下の階から漂う香ばしいベーコンの匂いに誘われるように階段を降りていった。




「あら、おはよう。ねぼすけさん」


 一階に姿を見せたアーロンとレニーに、アリスが声をかけた。彼女の前のテーブルに置かれた皿には、美味しそうなホットサンドがホカホカと湯気をまとっている。


「……お待たせ」

「待っててくれたの?」


 レニーが席につきながら尋ねると、アリスは当たり前じゃないというように手をヒラヒラさせて見せた。


「ま、エマたちは先に食べちゃったけどね」


 そう言われて隣のテーブルを見遣ると、赤茶色短髪の少女がもふもふとホットサンドを頬張っている。もちろんエマである。

 同じ机には、エマより少し年下に見える男の子と、20代前半らしい女性が、それぞれ食事をしている。


 男の子の方はさっぱりとした黒髪とふっくらした顔立ちで、紺色の少しダボついたパーカーと明るい色のジーンズを着ており、エマにもまして幼く見える。少し眉尻の下がった困り顔で、所作もいちいち遠慮がちだ。


 女性の方は白い上品なワンピースを身にまとった銀髪の美少女だった。かわいいとか、美しいというよりは、見目麗しいといった形容詞が相応しいお嬢様といった容姿で、透き通るような白い肌は月並みだが陶器を思わせる。


「……そっちの男の子はルイ・トラントゥール。エマと同い年。その隣のお嬢様はフィリス・モア。今回一緒に任務に出る」


 ふわふわと漂ってきたホットサンドを受取りながら、アーロンが言った。となると、今回のメンバーはアーロン、アリス、レニー、エマ、ルイ、フィリスの6人らしい。

 レニーはまだエンジンのかからない頭でそんなことを考えつつ、ホットサンドをかじった。


「そういや、今回はフィリスがエマルイと一緒なのね」


 手についたパンの粉を皿の上に落としながらアリスが言った。その言葉に反応して、グラスでミルクを飲んでいた銀髪のお嬢様がこちらを向いた。

 スッと通った鼻筋や凛とした目つきが気品を感じさせる。


「エマたちのサポートをするよう、マスターに申し付けられましたの」

「サポートねぇ……」


 要するに、面倒を見てやれということだったのだろう。子供扱いされることを嫌うエマに対するフィリスの気遣いが表れた言い回しだということを、アリスは一瞬で察した。


「それより、そちらのお方は駆け込み見学のレニーさまではなくって?」

「あ、そ、そうです」


 思わず見とれていたレニーは、我に返って少し上擦った返事をした。すると、フィリスは無駄のない所作で立ち上がる。


「初めてお目にかかります。わたくし、フィリス・モアと申しますわ。よろしくお願いいたします」


 そう言ってフィリスはスカートの裾をつまみ、右足を少し引いて優雅なお辞儀(カーテシー)をして見せた。気品の漂う挨拶にレニーはなんとなくドギマギした。


「よ、よろしくお願いいたします……」


 フィリスはそれに対して微笑みを返した。


「なに鼻の下伸ばしてんのよ、食べ終わったら行くわよ」


 いつの間にか皿を空にしていたエマがそう言って食器を片付け始めた。それを見て、ルイも慌てて残りを口の中に入れて、追いかけるように椅子を降りた。


「私たちもさっさと食べちゃおうか」

「……レニー食べるの遅い」

「急かさないでよ……!」


 結局、アリスとアーロンにも置いていかれたレニーは十数分後にようやく食べ終わった。

 外に出ると、既に朝日は完全に昇り切っており、先に外に出ていたエマたちの影が踏みならされた土の街道に長く伸びていた。


「遅い! いつまでかかってるのよ」


 腰に手を当てたエマの怒号が、まだ眠っているかのような街に響いて、朝の冷気に散った。


「ごめんごめん……今、車出してくるね」


 アリスがそう言って軽やかにギルドの脇へ回ると間もなくして、その脇からエンジン音と共に三輪の白い車が顔を出した。

 白っぽい車体はよく見ると、ところどころ傷や泥がついているが、却って味があるようにも思える。助手席にあたる部分はないが、運転席の後ろにある(ほろ)の張られたスペースは残り5人をゆうに乗せられそうだ。アリスの運転する車はギルドの出入口のちょうど正面に乗降口が来るように止まった。サイドブレーキらしいレバーをアリスが引くと、ガギギと年季の入った音がした。


「さ、乗って」


 屋根とフロントガラスはあるが横窓のない運転席からアリスが声をかけた。一番にエマ、続いてルイ、フィリス、アーロン、レニーと乗り込んでいく。全員が乗ったのを確認すると、三輪自動車はエンジンを唸らせて発進した。


「なあ、アーロン。任務ってどこへ向かうの?」

「……行き先はこの街からずっと北の方。少し山を登ったところにあるベルクロッド平原。目的は……」


 アーロンは少し勿体ぶっていたずらっぽく言った。


「……ドラゴン退治だよ」

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