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blanumakfa  作者: さいこ
禍殃を招く紫水晶編
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第15話:来訪者

 廃坑での戦いからおよそ2時間後。アーロンたちはアリスの運転する魔力車に揺られていた。砂利の多い細道を抜けて、よく踏み固められた街道に入ると、車の揺れも幾分マシになってくる。


「にしても、本当にあれでよかったの?」

 運転席にいるアリスが、客台を横目で見て言った。


「……たぶんね」

「ま、あいつらもあんだけコテンパンにされちゃ、また悪さはしづらいっしょ」


 その問いに、アーロンとリカがそれぞれ答える。

 “あれ”というのは、廃坑に巣食っていたゴロツキたちの後始末のことだ。


「たぶんって……あんたらのおかげで町長を言いくるめるための言い訳考えるの大変だったんだから」

「まあ、言い訳を考えたのはアリスじゃなくて僕だけどね」


 セオが呆れたようにため息をつきながら本から顔を上げた。彼は客台の骨組みに固定された車椅子に座っている。


「まったく、マルジ町長が話の分かる人で良かった」

 セオはそう言って本に栞を挟み、そっと閉じた。困ったような物言いの割に、その顔には柔らかい笑みがあった。


 彼らは戦いの後、アーロンの能力で作り上げた手錠や足枷でキッカと三強を拘束し、町に戻った。そこで町長に賊を捕縛したことを告げ、盗品の在処を報告し、後の処理は自分たちに任せてほしいと頼み込んだのだ。

 町長はそのことを認め、町の人々には彼から話しておくと言ってくれた。


「でもほら、キッカもきちんと働くって言ってたしさ。また悪さしてたらあたしが叱りつけに行ってやるよ」

 一応の体裁としては文句ありげなセオの言葉に対し、リカは軽く笑ってみせた。


 キッカの話によれば、彼女らは少し遠い町で力仕事でもやってみるとのことだ。廃坑へと戻る道すがら、彼女はヴィクターたちを不安げに見つめて、「ついてきてくれるか?」と訊ねた。自分の気まぐれで彼らを振り回すことに負い目を感じたのかもしれない。


 しかし、彼らは当然のように快諾した。彼らからすれば、居場所を与えてくれた恩人についていきたいと思うのは当たり前だったのだ。


「まったく……アーロンもリカも、そういうところがどうも甘いっていうか……」

 独りぼやいて再び運転に集中するアリスも、セオと同じく優しく笑っていた。




 blanumakfa(ギルド)に戻ってくると、そこには人が集まっていた。十数人の野次馬の群れは建物の入口から少し離れて取り囲むようにして立ち、何やらざわついているようだ。


「……何事?」

「聞き込むのが早いわ。ねえ、うちのギルドに何かあったの?」


 裏手に車を停めてきたアリスが取り巻きの外側にいた適当な男を捕まえて訊ねた。


「ああ、あんたらblanumakfaの……なんでも今、冬界からお偉い様が視察に来てるとか」

「へぇ……冬界からねぇ」

「それは話題になっても無理はないね。滅多にない機会だし、僕らもお会いしていこうか」


 柄にもなくぼんやりと目を細めるアリス。それを横目にセオはそう言うと、自らの手で車椅子を動かし、人混みをかき分けて建物の入口へ向かっていってしまった。残されたアーロンたちも、その後ろを通って彼について行く。


 ようやく最前列まで出て来て視界が開けると、建物の入口に一人の屈強な男が立ちふさがっていた。

 スキンヘッドにサングラス、高級そうなスーツのような服装という典型的なマフィアのような格好の彼は、手を後ろに組んで扉の前で沈黙を守っている。


 背丈は男性の中でもやや長身であるアーロンよりもさらに高く、隆々としていながらも引き締まった肉体は拳を交えずとも強者であると判断できる。

 そしてそんな強面(こわもて)の彼の背中には……。


「羽生えてる……」

「あら、レニーじゃない」


 ――そう、一対の純白の羽が生えているのだ。

 アリスは驚きのあまりつい声を漏らしたレニーに声をかけた。ほぼ同じタイミングで帰ってきたのだろう。


「え? ああ、アリスたちか」

「エマとルイも一緒なのね。おつかいか何か?」

「そう、アイラは忙しそうだったから、あたしらが代わりに買い物に出たの」


 エマがレニーの後ろから出て来て胸を張った。その更に後ろにいるルイは、両手に布袋を持たされている。


「失礼ですが、皆様方は」

 微動だにせずに仁王立ちしていたスキンヘッドの羽根つきマフィアが低い声を発した。


「blanumakfaの構成員たちよ。入れてくださる?」

「ええ。現在ヴィオラ様がご視察なさっておりますので、関係者以外のお立ち入りをお断りしておりました。ご無礼をお許しください」

「ありがと」


 丁寧な所作でスーツの男が扉を開けたところを、物怖じしないアリスが先頭になって通っていく。


「わぁ……」


 その列に混じって中に入ったレニーが見たのは、いつになく緊張感の漂うギルドの様子であった。朝からアイラが掃除していた室内は綺麗に整えられ、床には埃一つ落ちていない。


 いつもならそこら辺の適当な席についてゆったりと寛いでいるメンバーがちらほらいるものだが、今日は人の数も多く、その全員が小綺麗な格好をしてきちんと立っている。

 今帰ってきた面々も、既にそうしている人らに(なら)って並び立った。


「レノン、今どういう感じ?」


 アリスは近くにいた男に声をかけた。レノンと呼ばれた彼はひょろりと背の高い男で、髪はくせっ毛。口ひげと顎ひげは洗練された大人といった印象だ。丈のやや長いUネックのシャツにカーキ色のリネンシャツを羽織り、黒のアンクルパンツに茶色い革のローファーを合わせた服装は、カジュアルでありながら清潔感がある。


「ん、アリスか。さっきまでこの部屋見とったんじゃけど、もうマスターの部屋行きんさったで」

「そうなの、お帰りになられる前で良かったわ」

「アイラさんもマスターとヴィオラ様について行ってるっす」


 レノンとアリスの会話に別の青年が割って入った。身長はアリスより少し低く、ざっと165センチメートル弱といったところだろう。短く切りそろえられた青い髪や、ベージュのロングコートにグレーのパーカーを合わせた格好は、いかにも好青年といった感じだ。


 彼の言葉を受けて、アリスは指を折って人を数え始めた。


「私たちにエマルイとレニーが今来て、レノンとジャッシュ……あっちにシンディ、ルウ、ハカセ……」

「ダグラスとリンがいないね」

「その2人はそれぞれ別で任務中っす」

 セオの言葉に、ジャッシュと呼ばれた青髪の青年が答えた。


「そういや、フィリスちゃんもおらんのう。何しょーるんじゃろか」

「休暇取ってたと思うわ」

「あぁ、ほうね」


 レノンはほうほうと納得したという反応を見せた。両手を使って名前の上がった人を数えていたアリスも、ギルドメンバー全員の所在が分かったことを確認できたようだ。


「まあ、これだけ揃えば上出来よね」

「……普段みんな揃うことなんてないからね」

「そんなに人数がいる訳でもないのにね」


 アリスとアーロンがゆったり喋っていると、上の階から人が降りてくる気配がした。カツン、カツンと靴音がすると、部屋の空気が一気に張り詰める。二階にあるマスターの事務室から戻ったであろう人物が、アイラに先導されて階段から少しずつ姿を現した。


「女神……様……?」

 レニーがポツリと呟いた。


 女神。その姿はそう呼ぶに相応しいほど神々しいものだった。

 新雪を思わせる程に白く透き通った肌は、あまりに綺麗すぎて触れてしまえば淡く溶けそうな気さえしてしまう。身にまとった羽衣のような着物は豪奢でありながら神聖で、彼女の持つ不思議な魅力をぐんと引き上げる。

 一本ずつが宝石のように輝く銀色の長い髪、目を合わせるだけで飲み込まれてしまいそうな藍色の瞳、如何なる造形師であろうとこれ以上美しくはできないであろう整った鼻、そこから紡がれる一言一句でさえ魅力を帯びてしまうような唇……。

 挙げればキリがないほどに、その人物は端麗であった。


「あら」


 右手に書類を持ち、左手に美しいペンを持つ彼女は、今しがた到着した面々を見つけて声を発した。アリスたちはその声を聞いて、右手のひらを甲の方から左手で握り、それを垂れた頭の上に出した。レニーも見よう見まねでそれに倣う。


「先ほど戻りました弊ギルドの団員で御座います。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません」

「構いません。お勤めご苦労様です。お戻りください」


 彼女がセオに労いの言葉を返すと、彼らはゆっくり顔を上げた。


「冬界より視察に参りました。ヴィオラ・シトロニエです。冬界にて、シトロニエの名を守る女神です。皆様のご活躍は兼ねてより伺っています」

「勿体無いお言葉を賜り、ありがとうございます」

「ふふ……素晴らしい団員に恵まれましたね」


 ヴィオラはマスターにそう言いつつ、柔らかく微笑んで団員たちの顔をゆっくり一人ずつ見る。その視線がレニーに向いた時、彼女は些か驚いたような表情を見せた。


「そこのあなた」

「……えっ、ぼ、僕ですか?」

「はい。こちらにいらしてください」


 ゆっくりとした気品を少しも欠かずに、ヴィオラは優しく声をかけた。しかし、急に指名を受けたレニーは頭が真っ白になってしまい、ただ歩くだけの所作がぎこちない。

 右手と右足が一緒に出るような力の入った歩みでヴィオラの前に出ると、彼女はそのラピスラズリのような瞳でレニーをじっくり観察し始めた。


「な、何でしょうか」

「……なるほど」


 品定めをするような目で十数秒彼を見つめると、ヴィオラはそっと目を細め、そして今度は振り返ってマスターの方へと視線を向ける。


 正装に身を包んだマスターの表情が、少しだけ強ばったようにも見えた。彼女はそれを一瞥すると、再びレニーに向き直る。


「……知り合いによく似ていたもので……ありがとう」


 ヴィオラは緊張し切っているレニーにたおやかに微笑んだ。花が咲いたような、なんて言葉では形容しきれないほどに美しく、麗しい笑みだ。


「マスター、本日はありがとうございました」

「お帰りになられるのですか?」

「ええ、後の予定もありますので」


 マスターたちの会話を聞いて、扉の近くにいた団員は道を開けた。マスターとヴィオラが、その道を通って出口へと向かう。


 マスターが扉を開けようとしたその時、ヴィオラは彼の耳に顔を近づけた。


「アレのこと……あまり一人で背負わない方がいいですよ」

「……お気遣いありがとうございます」

「特にあの件は、ね」


 彼らはお互いにしか聞こえないように声を潜めてやり取りした。


 この言葉が後に大きな意味を持つことを、彼らはまだ知る由もなかった。

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