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blanumakfa  作者: さいこ
禍殃を招く紫水晶編
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第12話:落書き屋VS舞風

「……誰だてめぇ」


 リカは広場の中央に立つ少年に訊ねた。

 彼女はセオに指示を受けた後、アーロンの元へ手助けに向かうため、来た道を戻って最初の広場まで戻っていたのであった。


「僕らのアジトをめちゃくちゃにしてくれたのはお前か?」

 彼は質問には答えず、静かに言った。


 背丈から見るに中高生くらいの少年だ。紫色の髪は前髪だけやけに長く、左目を覆ってしまっている。身につけているカーキ色のカーゴパンツと黒のパーカーは、着古して少し色褪せているが、主である彼によく馴染んでいる。

 腰のホルダーには何本もの短剣がある。彼の武器であろうそれらはよく手入れされており、廃坑の薄明かりを刀身にぼんやりと写している。


「あたしじゃねぇけど、あたしのツレだよ」

「そうか……」

「っ!」


 リカが答えてやると、彼の言葉と共に短剣の一本が空を裂く。彼の素早く無駄のないモーションで投擲(とうてき)されたであろう短剣は、咄嗟に避けたリカの頭があった辺りを通過して岩肌に弾かれる。


「返答が遅れたな」


 じっくりと語り出した彼を、リカはキッと睨めつける。

 すると突然、少年は右手を髪で隠れている左目の前に掲げて声高に宣言した。


「僕の名はヴィクター・コールウィル! 三強の一翼を担う男! "舞風"のヴィクターだ!」

 少し間を置いて、少年は威風堂々と名乗る。


「よく憶えておきな」

「うわ……」


 その痛々しさにリカが顔を(しか)めた。思春期を過ぎた人間なら程度の差はあるにしろ、誰もが通る道だ。しかし、彼のそれはなかなか出来上がっている。


「まさかその通り名……自称じゃねえだろうな……」


 リカは誰にも聞こえない声量で呟いた。その戸惑いを好機と見たのか、ヴィクターは短剣を2本投げて走り出した。


「ちっ……!」


 短剣の軌道から外れて右に移動したリカであったが、彼はそれを逃がさない。

 姿勢を低くし、足音の少ない走り方で素早く距離を詰めるその様は、確かに舞風と思えなくもない。


「セクアナによる魔法書第十一章! リキッドミュール!」


 リカの掌に青い光がぼんやりと灯り、液体が現れたと思うとそれらは壁の形を形成する。勢い余った少年はそこに突っ込み、動きが鈍くなる。


ciska(シスカ)


 その隙に、リカは制服のポケットから一本の鉛筆を取り出した。鋭く煌めいたその鉛筆を持った左手を動かすと、空中に線が描かれていく。


 水の壁を越えた少年がその素早さを取り戻し、流れるような動きで短剣を振るうが、その攻撃は予想外に防がれる。

 彼女の描き出した盾に守られたのだ。


 ……しかし。


「なにそれ」

 一度距離を取った少年の感想だ。


「なにって、盾だよ盾」

 リカが言い返す。


 彼女の持っているそれは、五角形の形をしており、ヒーターシールドと呼ばれる種類の盾をモチーフにしたと思われるが、線は(ゆが)み、長さもバラバラで(いびつ)な形をしている。

 ハッキリ言ってしまえば彼女の絵は壊滅的に下手だったのだ。


「ひしゃげたホームベースみたいだな」

「うるせぇよ」

 彼女はその茶色いショートヘアの下の顔を少し赤くしている。


「……やりづらい女だ」

「こっちのセリフだよ、ガキめ」


 短い言葉のやり取りを合図にして、ヴィクターが短剣を二本投げる。リカはその両方を盾で防ぐが、短剣に気を取られているうちに少年を一瞬見失ってしまう。

 リカの右に瞬時にして回り込んだ少年は、落ちている短剣を拾い上げて、リカの首に向かって右後ろから飛びかかろうとする。

 その僅かな殺気を感じ取ったリカは、半ば勘で振り返り、短剣の一撃を辛うじて受ける。

 その手に握られているのは、能力によって描かれた十字形の図形だ。


「まさかそれ短剣のつもりじゃないだろうな」

 二発目、三発目と舞うようにして攻撃を続ける少年が言う。


「当然、見りゃ分かんだろ」

 先ほどの盾のようなものと短剣らしい何かで攻撃を受け続けるリカも答えてみせるが、やや劣勢だからか、心なしか余裕が無い。


「ああもう鬱陶しい! セクアナによる魔法書第一章! アクアマジーア!」


 リカが短剣を持つ手で魔法を使うと、ヴィクターの足元に向けて水が吹き出した。

 少年は右に跳んでそれを避け、華麗に受け身をとる。


「ふん、なかなかやるじゃないか」

 少年は立ち上がり、自信ありげな素振りで言ってのける。


「ああ……その喋り方やめてくんね? 寒気がする」

「な、なんだと! お前だって目つき悪いくせに」

「それ今関係ねぇだろ! ってかそれ気にしてんだよ! 言うなよ思春期真っ只中ボーイ!」

「うるさい不良! 僕はもう十分オトナだ!」

「不良じゃねぇし! こちとら愛に満ち満ちた純潔な乙女だっつーの! この夢見がちこじらせ小僧!」

「小僧って言うな貧乳!」

「ひ……てめぇ生きて帰れると思うな……!」


 逆鱗に触れられたリカが般若も裸足で逃げ出すような表情を浮かべる。その迫力に、少年は少したじろぐが、すぐに元の余裕を取り戻す。


「ふっ……虚勢を」


 少年は地を蹴ってリカに向かって走り出す。


「ボコボコにしてやるからな! セクアナによる魔法書第二章……! ロー・フューズィ!」


 リカの手から放たれる水鉄砲は、当然のようにひらりと躱される。


「ちっ……!」


 それを視認した彼女は彼の攻撃から逃れるために左へと走り出す。遅くはない走りだが、"舞風"の名を冠する少年には遠く及ばない。進路変更した少年が後ろから襲いかかる。


 金属同士をぶつけ合う甲高い音が鳴り、彼の短剣は絵に描いた盾で以て止められる。

 だが、攻撃は決して止まない。連続して襲いかかる刃を、なんとか弾くので精一杯だ。


「ふん、口だけか」

「るせぇ! セクアナによる魔法書第十章! フラッシュフラッド!」


 リカは不意に盾で敵を突き飛ばし、急流の魔法を繰り出した。強い水流はヴィクターを軽々と飲み込んで壁に叩きつけるが、その水が消えるや否や少年はすぐに立て直し、また接近してくる。


「しつこいっ!」

 再びリカはその突進の進路から外れて左の掌を突き出す。


「セクアナによる魔法書第二章! ロー・フューズィ!」

「無駄!」


 顔面を狙った攻撃をあっさりとかわし、少年はしたり顔で敵を見る。さぞかし焦った顔をしていることだろう。――しかし、彼女は不敵に笑っていた。

 嫌な予感がちらつく。


「……ブラフか?」


 接近を続けながら一瞬にして考えを巡らせ、そして至った結論。どう考えても彼女は劣勢。

 能力は既に見ているし、一撃必殺の強力な魔法を使う時間はないはず。ブラフをかけて警戒させて時間を稼げば何か出来るかもしれないが……。つまるところ、今逆転の手立てはないはずだ。


 少年が考えていると、彼女はおもむろに動き出した。その細い手はゆっくりと動き、彼女が着ている制服のスカートの裾をつかむ。


「は?」


 少年は頓狂な声を上げた。その妙な行動に、彼は一気に混乱して脳の回転が止まってしまう。

 リカはそのままゆっくりと裾をたくし上げ……。


「えっ、ちょっ……ぬあっ!?」


 少年の身体が突然前方に放り出された。予想外の事象が続き、ついてこれなかった彼の思考は、その衝撃に対応出来ず、少年は前のめりに地面に叩きつけられる。

 そこで彼は初めて転倒したことに気がついた。


 振り返るとそこには2本の杭と紐のようなものが設置されていた――いや、描かれていた。足を引っ掛けて転ばせる典型的な罠だが、動きの素早いものを捉え、大きな隙を作るには十分すぎる。


 先ほどの短剣の攻撃を受けつつ、盾の死角を利用してリカが描き上げたものだ。戦いながら上手く敵の位置を調節しつつ、上半身を狙った攻撃や不敵な笑み、そして"ちょっとしたイタズラ"で少年の視線を誘導し、見事に罠にかけることに成功したのだ。


 少年がリカの作戦の全てを悟る頃には、もう勝負はついていた。


「形勢逆転だな、変態小僧! お前なんかに見せてやるかっつーの!」


 勝ち誇った表情を浮かべるリカの手にはロングソード……のようなものが握られており、おそらく切っ先であろう部分は無様に横たわる少年の首筋にかけられている。

 彼が何か妙な事をすればすぐにでも首をはねられる状況だ。


「くそ……汚ねぇぞ……」

「勝てば正義なんだよ、バーカ!」

「……拷問でもするのか? 僕は何も話さないぞ」

「いや、何聞いたらいいか分かんねえし拷問なんかしねえよ」


 リカはニヤリと口角を上げた。心なしか目の辺りに影が差しているように見える。


「言っただろ、ボコボコにするって」




「……来たか」


 洞窟の最奥の広間に落ち着いた声が通る。空間自体そこまで広くはないが、これまでの広間とは様子が大きく異なっている。上から見ればおよそ長方形のようになっているであろう空間の奥側半分には山のように何かが積んである。

 よく見てみるとそれらは骨董品であったりアクセサリー類であったり衣服であったりと、様々な種類の盗品のようだ。剥き出しの地面にボロボロの絨毯を敷き、その上に積み上げたであろう盗品たちは、薄暗い廃坑に似合わない高貴さを持っている。


 そしてその最も手前。盗品の山の麓にあたる位置には、古くさいが立派な玉座がある。声の発信源はその玉座の辺りだった。


「……誰?」

他人(ひと)()に勝手に乗り込んできて家主も知らないのか」


 アーロンの声に、不機嫌そうな返事。舌打ちすら聞こえてきそうだ。


「キッカ。ここの頭領(ヘッド)だよ」


 玉座に足を組んで堂々と座る()()の威圧的な声が、廃坑の湿った空気を震わせた。

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