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blanumakfa  作者: さいこ
禍殃を招く紫水晶編
13/29

第11話:白盾VS宵闇の罠師

「リカ、ちょっとストップ」


 車椅子を押すリカに、セオが小さく言った。その少し緊張を孕んだ口調に、リカも気を引き締める。


「……どしたんだよ」

「ちょっと殺気がね……」


 セオは答えながらゆっくりと辺りを見回した。先ほど通ってきたものより幅、高さ共にやや狭い通路は真っ直ぐ続いており、少し向こうで緩やかにカーブしている。

 見たところ敵の姿や怪しい物はないが、確かに感覚を研ぎ澄ませるとややピリピリした雰囲気が漂っているのが分かる。


「あの辺かな」


 そう言うと車椅子の青年はゆったりと左手を掲げた。


「ボミアによる魔法書第一章。シングルキューブ」


 放たれた岩の塊が彼らから少し離れた地面に落ちたその瞬間。

 鼓膜ごと脳を揺るがす爆音を引き連れて炎が柱のように立ち上った。


「うわ……」

「ベリアルによる魔法書にある炎魔法の一種だね。描いた魔法陣の上に一定の刺激が加わると発動して、ああやって対象を焼き尽くす」


 その圧倒的な威力にリカが絶句する横で、セオが冷静な解説を入れる。

 うっかり気付かずにあの魔法陣の上を通っていたら、2人は罠があったと悟る前に文字通り消し炭になっていたことだろう。


「魔法痕の感じからすると……落とし穴を仕掛けたのと同じ人物かもしれない」

「罠師か……」

「とにかく壁や床、天井にも気をつけて進もう」


 セオの言葉に頷いて、リカは少し遅めに車椅子を押す。五感だけでなく、殺気や魔法痕にも十分に気を配りながら、緩やかなカーブを曲がりきると、その先はまた開けた空間になっていた。


 先ほどのそれと違うのは、サイズが少し小さいことと、奥へと続く道がないこと、それと――。


「あァら、いらっしゃァい」


 その真ん中に一人の男が立っているところだ。(すす)けた白衣はところどころ解れており、シワがいくつもついている。痩せぎすで顔色が悪いようにも見えるが、眼光だけは妙に鋭く、そのアンバランスが不気味だ。

 彼は深緑色の長髪を鬱陶しそうに分けながら、しかし口もとはニヤつかせて言葉を続けた。


「アテクシの罠を掻い潜ってきたってわァけ? なァかなかやるじゃなァい?」

「……リカ」

「あ?」


 セオは部屋を一瞥してリカを呼びつけた。


「行き止まりになっているみたいだ。ここは僕一人で大丈夫だから、アーロンの方手伝ってやって」

「は?」

「あぁん? 聞き捨てならないなァ」


 緑髪の男はその三白眼でキロリとセオを睨みつける。


「車椅子でアテクシに勝ァてると!? 舐ァめられたもんだなァ! ベリアァルによる魔法書第二章! フレイムビーンズッ!」

「ハンクによる魔法書第一章。一重展開円型通常結界、モノディスクバリア」


 セオに襲いかかった火球は彼の手から現れた円盤状の結界に防がれた。


「リカ、頼む」

「……ちっ、あいよ。危なくなったらアレで逃げろよ」

「分かってる」


 セオが優しく微笑むのを見て、リカも釣られて少し頬を緩ませる。軽いやり取りをして、リカは部屋の出口へ走り出す。


 その様子を見ていた緑髪の男は怒り心頭といった具合で額に青筋を浮かべている。


「三強の一角にして"宵闇の罠師"であるこのユルバン・オゾンを相手に随分余裕ぶっこいてくれるじゃなァい」

「僕はセオ・ミレットだ。よろしく」

「セオ・ミレット……あァなた、"白盾(はくじゅん)"のセオかァい」

「そう呼ばれることもあるね」


 白髪(はくはつ)の青年はしれっと答えてみせる。彼の口調や表情にも、落ち着きと余裕が満ちているように感じられる。


「君はどの魔法書においても、魔法陣を用いた罠の魔法が得意と見た」

 セオは淡々と語りかける。


「しかし残念ながら相性が悪い。僕は脚が悪いからなるべく動かずに戦うし……」

「いつまでもくっちゃべってるんじゃァない! セクアナによる魔法書第二章! ロー・フューズィ!」


 しびれを切らしたユルバンが仕掛け始める。その掌から放たれた水鉄砲は車椅子に乗ったセオに……届く前に防がれた。

 またしても円盤型の結界だ。先程よりも一回り小さいが、展開の速度がまるで違う。


「僕は結界魔法のスペシャリストでね。余程の攻撃でなければ僕にダメージは入らない」

「引用箇所すら口にしなかったァ!? そ、そんなやァり方で実戦レベルの魔法になァるなんてメチャクチャじゃなァい!」


 無言で放たれた結界魔法に防御されたことで、ユルバンに動揺が走る。


「今度は僕から行くよ。ジールによる魔法書第六章! セリオン・シュート!」


 セオが青白い光の宿った手を水平に振ると、氷柱のように先の尖った氷が横向きに現れた。長さ50センチメートルほどのそれは無音で空中を滑るように進み、ユルバンの喉元を穿(うが)とうとする。


「そこ!」


 狙われた緑髪は怯むことなくそこらに落ちている機械のパーツを少し離れた床に投げつける。すると、今度は大きな炎の壁が立ち上り、放たれた氷をあっという間に溶かし尽くした。


「罠系統の魔法にはァ、こういう使い方もあァるってわァけ」


 ユルバンはニヤリと怪しげに笑ってみせた。しかし、セオは顔色一つ変えない。


「部屋に罠が仕掛けられているのも、それを自ら発動させるのも、正直想定の範囲内さ」

「……どこまでもスカした野ァ郎だァね」


 そのリアクションに、短気なユルバンは露骨に嫌悪感を示した。その気の短さを見抜いたセオがわざと人を食ったような態度を取って、彼の平静さを失わせようとしていることにはまるで気がついていないようだ。


「なァらば、これならどうだァ!? ボミアによる魔法書第二章! ラッシュキューブ!」


 今度は立方体の岩塊がセオの周囲の地面に撃ち込まれる。それらが着弾すると、(にわか)に円形の魔法陣が浮かび上がり、そこを目掛けて数本の(いかずち)が降り注いだ。

 セオは魔法陣上にいないのでダメージこそないが、視界は遮られ、動くこともままならない。


「……」


 雷鳴と稲光が踊り、視覚も聴覚も遮られた中で、セオが静かに口を動かす。

 ようやく魔法陣とともに雷が消えた時、彼が見たのは大きな正方形の魔法陣を空中に描き終えた敵の姿だった。ユルバンの指先は淡い檸檬(レモン)色の光を宿し、魔法陣もその光と同じ色で描かれている。


「アテクシの(さァい)高火力をくらいなァ!」


 彼がそう叫んで魔法陣に掌を当てると、魔法陣全体が一層輝く。


「トールによる魔法書第十一章! バレーノ・シュート!!」

「ハンクによる魔法書第十章。一重展開包囲型遮蔽結界、モノールラップ」


 ほぼ同時に二人の魔法が使われた。セオの周りを萌黄色の光が覆い始めるが、魔法陣から現れた極太のレーザーのような雷が光ごとセオを飲み込む。

 ニヤリと、ユルバンが嗤う。彼は少し魔力を使い過ぎたのか、肩で息をしている。


「馬ァ鹿め……あァのサイズの、魔法陣を描ァいた魔法がァ、媒唱もない結界で、防げるはずがなァい」

「確かに危ないところだったかもね」

「……!?」


 聞こえないはずの声が返ってきてユルバンは目を見張った。

 雷魔法で消し飛ばしたはずのそこには、どういう訳かセオが悠然と立っていた――いや、座っていた。

 その手には一冊の擦り切れた本がある。


「あ……あァりえない」

「そんな化物を見るような目で見ないでおくれよ。僕の能力のおかげだよ」


 彼はその本を持ち上げてアピールをする。この本が能力の媒介だ、という意味だろう。


「……お前も異能持ち……魔ァ法強化の能力ってところかァ」

「ま、そんなところだね」

「なァんだか地味に思えるけどね」

「地味かどうかは……」


 セオが手を振ると、先ほどと同じように氷柱のような氷が現れる。サイズも質も、引用箇所を口にして使用した前回のそれと遜色ない。


「な……ッ!」

「僕との勝負が終わってから考えるといい」


 氷は一直線にユルバンへと向かう。ユルバンはその軌道から外れて氷を避けたが、セオの居る方へと視線を戻すと、既にその方向からは数個の火球が放たれている。


「ハンクによる魔法書第一章! 一重展開円型通常結界、モノディスクバリア!」


 ユルバンの作り出した結界が全ての火球を受けてちょうど破壊される。


「この速さでこの威力……あァりえないっ!!」


 彼が叫ぶ頃には次の岩塊が飛んできている。


「くっ!」


 ユルバンはまたガラクタを地に叩きつけて魔法陣を発動させる。大きな壁のような岩が地面からせり上がり、岩塊から守るとともにセオとの間での障害物となった。


「能力で魔ァ法が強化されてるから、引用箇所を宣言しなァくても実践級の魔ァ法になるってことかァ」

「その通り、なかなか賢いね。この能力の長所は実は速さにある」


 セオの声はさっきまでとは違うところから聞こえてきた。戦闘中ずっと同じ位置にいたセオが突然移動したことで、ユルバンは大きく動揺する。岩が障害物として機能しない、ユルバンの右側からの声。


「い、いつの間に!?」

「トールによる魔法書第二章」


 セオの声はユルバンの悲鳴のようなセリフを静かに遮った。


「シャテーニュフラッシュ」

「ああァ!!!」


 耳を(つんざ)く音響が(とどろ)き、槍のような雷がユルバンを貫く。

 必殺の一撃をまともに食らった彼は絶叫したと思うと膝からその場に崩れ落ちた。


「魔法陣は重ね書きが出来ないから、一度魔法陣が発動した地面は安全地帯だ」


 セオは静かにそう言うと、持っていた本をしまった。


「やはり相性が悪かったようだね、ユルバン・オゾン」




「にしてもあんた、よっぽど頑丈な体してるのね」

「これでも元傭兵ギルド団員でな……。大斧のウドといえばまあまあ通った名だったんだが」

「私の蹴りを受けてまともに喋ってるならそれだけでそこそこ化物よ」


 一方その頃、アリスは動けないウドの近くにしゃがみこんで彼から話を聞いていた。

 彼は最早体すら起こせないが、アリスの座る位置はもし彼が突然襲いかかってきてもギリギリ対応できる位置だ。


「っていうか何で元傭兵がこんなところで腐ってんのよ」

「……昔仕事で大ヘマやらかしてな。俺のせいでたくさんの仲間が傷ついた」

「ギルドを追い出されたの?」

「ちげぇ、自分で出たんだ。俺にはあそこにいる資格がねぇと思ってな」


 アリスは自分の膝に頬杖をついてやるせないため息を漏らす。


「ここの頭領に拾われて、うだうだ用心棒ごっこしてたら、いつの間にか三強の一人だとか呼ばれるようになってた」


 ウドは自嘲気味に力無く笑おうとしたが、少しそうしたところで肺の痛みに襲われて呻いた。


「あと二つ質問があるわ。なんであんたはレニーを襲いに来たの?」

「……ギドの酒場で聞いた噂話だ。春界に魔法の効かねぇ小僧がいるって聞いてな」


 アリスは真剣な表情で考えを巡らせる。ギドといえば、ここからそう遠くない工業都市だ。さして大きな街ではないが、ここに来る前までいた廃れた鉱山都市であるアクスウェルよりは栄えている。


「一体誰がそんな噂を……」


 独り言のつもりでアリスがそう漏らすと、ウドは軽く鼻で笑う。


「はっ、知らねぇよ。顔すら覚えてねぇ」


 とにかくだ、と彼は浅く息をしながら話を続ける。


「そいつの話を聞いて、俺たちは春界でそいつを探し始めた。魔法が効かねぇとくりゃ、お宝にかかった結界も解き放題だからな」

「春界で一人を探し出すなんて、骨の折れる仕事ね」

「そうでもねぇ。ユルバン……うちの参謀が作った機械でもって春界の中で魔力の薄まっている地域を探したんだ」


 アリスは何となく納得した気になった。彼女なりにこれまで得た情報を何とか整理して考察していこうとする……が。


「ダメね、難しい話はわかんないわ」

「……お前さては頭悪いな」

「お互い様でしょ」


 彼女はムッとした表情で悪態をついた。それを見て、ウドは気が抜けたように少し笑った。


「とにかく、俺に分かるのはその程度だ。もう質問タイムは終わりか?」

「あと一つ」


 アリスは立ち上がって人差し指を立ててみせた。その表情に、大男は思わず顔を強ばらせた。

 彼女がゆっくりと発声する。


「出口どこ?」

少し前の話ですが、おかげさまでブックマーク50突破しましたー!

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いつもありがとうございます(>_<)

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