表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
blanumakfa  作者: さいこ
禍殃を招く紫水晶編
12/29

第10話:大斧VS快足

「やあっ!」


 すらりと長い脚が振り切られると、また一つ岩の塊が砕けた。石の(つぶて)が地面に落ち、パラパラと(あられ)が降るような音を立てる。それを手で払うアリスは呆れたような表情だ。


「はぁ、またそれ?」

「そんな蹴り、一発でも食らったら終わりだろうからな。間合いに入れたくない」


 彼女と向かい合っている大男が言った。

 数日前、春界からレニーを連れ出した際に敵対した髭面の男だ。


 30代後半くらいだろうが、整えてなどいないであろう髪はボサボサに伸び放題で、所々白髪も混じっているように見える。まさに無精髭と呼ぶにふさわしい髭は口を囲むように生えており、典型的な悪人面だ。

 前回と同じで、その手には1メートルはあろうかという刃の大きい大斧を構えているが、彼の体躯ではそれすら巨大に見えない。逞しい肉体は、筋骨隆々といった様相で、体格だけで判断すれば、スレンダーなアリスなど素手でも吹き飛ばせそうだ。


 しかし彼は間合いを保ったまま、防御を重視した構えを解かない。

 じりじりと、精神をすり減らすような探り合いが再び始まる。息を呑むほど張りつめた空気と極上の集中が、ほんの数十秒ほどの時間を無限に延長する。


 壁にかけられていた照明がちらりと揺れた瞬間、アリスが強く地面を蹴った。一直線に髭面男の懐を目指す。


「ボミアによる魔法書第二章! ラッシュキューブ!」


 ヒゲ男は右手で斧を構えたまま、左の掌を突き出して魔法を展開する。その手からバスケットボールより少し大きいくらいの岩のキューブが3つ放たれた。

 その中へと突っ込む形になったアリスは、まず身を屈めて一つめを回避し、勢いを殺さないまま小さく飛んで、最小限の動きで足元を狙う二つめを躱し、着地した右足を軸にして体を捻り、左半身目掛けて飛来していた三つめを左足の後ろ回し蹴りで破壊した。


 強烈な一撃の直後の隙をみすみす見逃してやるほどヒゲ男も甘くない。重厚な大斧を軽々と振り上げると、地鳴りがするほど力強く踏み込んでアリスに斬りかかる。

 正面からその様子を確認したアリスは左足が地を踏むなりバックステップで大きく距離を取った。切りつける相手を失った斧は空を裂いて地を割る。


 互いに致命傷となる一撃を避けるように牽制をし続ける、まさに一進一退の攻防だ。


「お前さんこそ、随分ビビった立ち回りじゃねえか」

「私だって、そんな大きい斧で斬られたくないもの」


 ヒゲ男の安い挑発を、アリスがさっとあしらった。しかしヒゲ男は防御の構えのまま口を動かし続ける。


「けどお前さん、その様子じゃ飛び道具がねーんだろ?」

「ええ。このままじゃ、ジリ貧ね」


 アリスの口調は、劣勢を示す言葉の割に落ち着き払っている。その余裕が、逆に挑発となって相手を苛立たせる。


異能持ち(アーベルズ)ってのは、魔法と能力に頼って戦うもんだと思ってたがな」

「偏見ね……と言いたいところだけど、確かに私はレアケースかもね」


 開き直ったような言い草からは、最早欠片も動揺を感じない。


「おしゃべりはこれくらいにして、次行くわよ」


 そう言って体勢を低くしたアリスは、今度は右前方へと走り、大男の左側を狙いに行く。


「ボミアによる魔法書第二章! ラッシュキューブ!」

「遅い遅いっ!」


 撃ち込まれた岩はアリスによって走りながら器用に躱されてしまう。身軽な彼女は、弾切れのタイミングでぐんと距離を詰めてくる。


 焦った男は彼女の腹を目掛けて右手で斧を振る。小さく牽制のために振ったつもりだったが、右手に持っていた重たい斧を焦りのままに左へ振ったので、自然と大振りになってしまう。

 アリスは前方に宙返りしつつその一撃を飛び越え、回転の勢いごと脳天にかかとを叩き込もうとする。


「マルスによる魔法書第三章! 身体硬化!」


 間一髪。ヒゲ男の魔法が被弾に間に合う。金属を殴りつけるような鈍い音が響き、メタリックなツヤを帯びた頭にかかと落としがクリーンヒットする。


「うっ……!」


 硬化した身体は、攻撃を防御するだけでなく、蹴りつけた相手の脚にもダメージを与える。その痛みにほんのしばらく動きを止めたところを、男は逃がさない。

 アリスの脚を大きな掌で掴み、体重の軽いアリスを振り回して勢いよく近くの壁に投げつけた。あまりの力に、激突した壁が揺れたようにすら思える。


「深沈にして盤石(ばんじゃく)たる魔力は丹田より湧き出て冥闇(めいあん)が如く徐々に循環し、石巌(せきがん)の砲弾と形を成して汝の拳とならん」


 追撃をかける大男のくぐもった低音は、岩の魔法の媒唱(ばいしょう)だ。男の平手に黄土色の柔らかい光が生まれ、次いでその光が弾けて、直径1メートルほどの岩塊が生成される。


「ボミアによる魔法書第十一章!」


 雄叫びのような詠唱が坑内にこだまする。


「ヘビーブロック!」


 射出された岩塊は風を切って真っ直ぐにアリスの元へ向かった。廃坑の暗がりごと打ち砕くような爆音が余韻を伴って空気を震えさせる。

 土煙が濛々と立ち上がり、その威力を物語っている。


「ちっとやりすぎたか」


 男は斧を下ろし、左手で頭を掻いた。これだけ大きな衝撃が加われば、廃坑が崩れる可能性もある。


「……!」


 男が微かな殺気を感じ取るのと、未だ晴れない土煙から何かが弾丸のように飛び出して来るのはほぼ同時だった。

 回避が一瞬遅れて、男の左肩をその何かが貫く。

 驚いてその出どころを目で追うと、その軌道の先には――。


「おいおい、冗談だろ」


 そこには、ゆっくりと立ち上がるアリスの姿があった。


「お前さん……バケモノだな」

「ただの異能持ち(アーベルズ)よ」


 アリスは服についた砂を払い落としながら、サラリと言ってのける。


「でも、流石に今のは危なかったわ。身体硬化かけて蹴り砕いてやったけど、間に合わなかったら致命傷だったかもね」

「普通の人間なら脚ごと潰されて終了なんだがな」


 ヒゲ男は嘆息して斧を構え直した。対するは、頬に土をつけたまま不敵に笑うアリス。


「さあ、ヒゲオ。今度はこっちの番よ」

「……ウドだ。ウド・エクスラー」

「アリス・キーオン」


 彼女は名乗り終えると同時に勢いよく床を蹴って走り出した。一見闇雲に見える突進だが、ウドの脳裏に先ほど左肩を撃ち抜いた何かの存在が()ぎる。相手はまだ何か遠距離攻撃の手段を隠し持っている可能性がある。

 その疑念が、緊迫した戦場において一弾指ほどの焦りをもたらす。


「ボミアによる魔法書第二章! ラッシュキューブ!」


 立方体の岩が打ち出された時点で、アリスは先ほどよりも余裕を持って対応できる距離にいた。


「芸がないわね!」


 そうこぼしながら、右に左にステップし、飛び来る岩を躱す彼女だったが、最後の一塊が飛んで来ている。無論、それをやり過ごす隙をつこうとするウドも襲いかかる。


「マルスによる魔法書第一章。身体強化」


 アリスはそれを見て即座に踏み込んだ足でブレーキをかけ、強化した拳でそれを砕き割った。

 急停止したアリスと大男との距離はまだ十二分に開いている。ウドの大斧にしても、アリスの蹴りにしても、どちらも繰り出すにはまだ遠い。にもかかわらず、アリスは右脚を軽く引いている。


「……まさか!」

「遅いっ!」


 アリスの脚がゆったりと振られ、宙を舞う小石の一つをミートした。その瞬間、俄然加速した彼女の脚は今しがた砕かれた岩の破片を蹴り飛ばした。


「うおっ……」


 的確に顔面を狙った小石の弾丸はひゅうと鳴って走り、ついに大斧に弾かれた。甲高い音と共に石は砕け散っていく。


 ウドからすれば咄嗟の判断だった。実際普通の人間なら、避けるという選択すら失われる速さの中で、斧で防御することすら不可能であろう。その防御が間に合っただけでも、賞賛に値する。

 しかし、斧を下ろした彼が見たのは、眼前に迫るアリスの姿だった。


「お返しっ!」


 男の視界が急に傾いた。次いで重心が右に移動し、そのうち身体が宙に浮いて、そこでようやく横薙ぎにされた衝撃に気づく。

 アリスの強烈な蹴りはウドの胸のあたりに横からクリーンヒットした。その一撃は肋骨を折る感覚と共に大柄なウドを蹴り飛ばし、彼女がそうされたように廃坑の壁に激突させた。


「……っは!」


 その衝撃に息を漏らし、ようやく激しい痛みに感覚が追いついた。息は苦しく、止めの一撃を避けるために身体を動かすことすらままならない。


「ま、息の根を止めるならここでドロップキックでもかましてやるんだけど」


 弾む息を整えながらアリスが言った。


「あんたには吐いてもらわないといけないこともあるの。元々そうするつもりもなかったし、生かしておいてやるわ」

「……そりゃ、どうも」


 痛みを堪えるウドのくぐもった言葉が降参の合図になって、熾烈な肉弾戦が終わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ