第8話:寂れた鉱山都市
アクスウェル鉱山。主に魔力を良く伝導する性質を持つ魔鉄鉱という鉱石の産出で小規模ながらよく知られた鉱山で、かつては盛んに採石が行われたが、十年ほど前に閉山している。
隣接する町は、当時は鉱山都市として栄えたものの、閉山に伴って人口が激減し、急速に衰退していき、現在は町の北方に聳え立つ山々へと向かう旅人の他に訪れる者は少ない。
「にしても、本当に何にもないところよね」
「……アリス、失礼だよ」
「ホントなんだからしょうがなくね?」
「リカも、せめて帰ってから言いなよ」
ずけずけと物を言う女性陣を、アーロンとセオがたしなめる。
blanumakfaの建物がある街、カスタントルフから魔力車で北北東へ走ること約2時間。彼らは採取任務の依頼主に会うために、前述の町に降り立ったのだった。
彼女たちの言う通り、辺りを見回しても存在するものといえば木々や岩肌ばかりで人気もなく、町というよりは村落といった印象だ。
「えっと……依頼主さんの家は……」
セオが地図を取り出して依頼主を探そうとしていると、近くの家の戸が開いた。中から出てきたのは、ちょび髭を生やした中年男性だった。ややふくよかな体格やおかっぱのような髪型は、まるで何かのマスコットキャラクターのようで、却ってかわいらしい気すらする。
「blanumakfaの方々ですかな?」
「そうですが、依頼主の方ですか?」
セオが答えると中年男性は深々と礼をした。
「マルジと申します。この町の町長でございます。偉そうですみません」
「いや、偉そうじゃないし。っていうか偉いんでしょ? 堂々としてたらいいのに」
「リカ」
腰の低い町長に対しても、あけすけに話すリカを、またしてもセオが制した。しかし、当の町長はさして気にしていない様子で控えめに笑った。
「ははは、いやはやその通りでございます。すみません」
セオはそんな気の優しい町長の目を真っ直ぐに見て、丁寧にお辞儀をした。
「blanumakfaより参りました。セオ・ミレットです」
「……同じくアーロン・ホッグです」
「アリス・キーオンよ」
「リカ・オレンジ」
4人が一通り挨拶を済ませると、マルジ町長はその度に丁寧な礼をした。
「それで、依頼についてなのですが」
「はい。立ち話もなんですから、是非私の家にいらしてください。そこで詳しいことをお話します」
「こほん。さて、この近くに鉱山があるのはご存知ですかな? 今は廃鉱と呼ぶのが適切でしょうか」
四人を家に招き、お茶を出した町長は軽く咳払いをして話し始めた。どことなく憂鬱さを匂わせる町長の言葉に、一同は何となく無言で頷いた。それを確認して、町長は言葉を続ける。
「もともとこの町は、その鉱山で働く鉱夫の町でした。かつては魔鉄鉱の生産でここらでは名の知れた町でしたが、資源の枯渇によって十年ほど前に採掘が中止になりまして、それに伴い鉱夫たちも去ってしまいました」
「はい、そこまでは存じ上げています」
セオは首肯しつつ応答した。
「周知の事実でしたかな、すみません。その廃鉱から南に少し進みますと、小さな丘があります。閉山してからの私どもは、そこで採取できます薬草を山を越える旅人に売って、細々と生計を立てていました。味はいまひとつですが、効き目はなかなか良いと評判でした」
「……その薬草の採取が、今回の任務?」
「えぇ。しかしすみません、一つ懸念事項がありまして……」
アーロンの言葉に、マルジ町長は物憂げに眉をハの字にして言った。その所作は、彼の悩みの大きさを物語っている。
「さほど遠くはないので、かつては私どもだけでも採取に行けたのですが、どうもここのところ、山賊のような者共が廃坑に巣食っているようなのです。ですから、戦闘に不慣れな私どもでは採取に行けませんで……」
「なるほど……」
町長の言葉にアリスが相槌を打った。そのまましばらく顎に手を当てて考えていたが、やがて顔を上げてアーロンと目を合わせた。
「こうなってくると話は別ね」
「……元々は偵察の予定だったけど」
長い間共に死線をくぐり抜けたパートナーなだけあって、彼らは同じ結論にたどり着いたらしい。アリスとアーロンは声を揃えた。
「殲滅だね」
リカとセオも、彼らの意見に無言を以て同意する。その場では町長のみが、驚きと嬉しさと心配の入り混じったような表情を浮かべている。
「その申し出は非常にありがたいのですが……」
「腕っぷしなら心配しなくていいわ。そんじょそこらのごろつきに負けることは無いわ」
アリスが頼もしい口調で言ってのけたが、マルジはまだ憂い顔のままだ。
「それに、すみません。私どもには上乗せの報酬をお支払いできるかどうか……」
「……そこも心配はいらない。報酬はそのままでいい」
「どっちにしろ、そいつらがいなくなんないと解決しねーんだろ? うちらがついでにぶっ飛ばしてきてやるよ」
リカがお茶を啜りながらぶっきらぼうに言うと、町長は両手で顔を覆うようにして震えた声で言った。
「なんと……ああ、夢でも見ているかのようです」
「その代わりと言ってはなんですが、坑道の地図などお持ちですか? 作戦会議に使いたいのですが」
「ええ、少々お待ちください」
セオが頼むと、マルジは快諾して奥の部屋に消えた。しばらく待っていると、彼は少し色の褪せた紙を持ってきた。所々擦り切れたりシワがついたりしているが、凡そ保存されているようだ。
「すみません、こちらがその地図です」
机の真ん中にその紙を広げると、そこにはいくつかの図があった。全員で少し身を乗り出して、それらの図を覗き込む。
「この図は、鉱山の断面図です。この麓の辺りが私どもの町です」
そう言ってマルジが示したのは、山の斜面にアリの巣のような道が書きこまれた図であった。彼のふっくらとしたソーセージのような指が斜面の上部を指す。そこから山の中心に向かって斜めに一際太い線が引かれている。
「坑道は山の上部から斜めに掘り下げられていき、鉱脈に当たったところで水平に通路が掘られました。この出口の近くに発展した町が、この町ですな。そこからは鉱脈に沿って上下左右に掘り進められました」
「なるほど、ここにあるのは各階層の平面図ということですね」
「その通りです」
「ふむ……」
セオはそう呟くと、しばらく俯いて黙り込んだ。彼を除く3人のメンバーは、司令塔となる彼の思考を邪魔しない様に、沈黙を守っている。
やがて、彼はその白髪を持ち上げ、力強く言った。
「よし、奴らを壊滅させる算段が大体ついた」
数十分後、踏み固められた土の道を進み、彼らは鉱山にたどり着いていた。
ぽっかり開いた横穴の前には、2人ほど見張りがついている。外から覗ける範囲で推測するに、内部は岩や木の魔法で固められており、なかなか頑丈そうだ。
連中はやはり、この坑道をアジトとしているらしい。
坑道の入口から少し離れた岩場に隠れて様子を伺っていると、セオが小さい声で呟いた。
「殲滅になるんなら、フィリスちゃんあたりがいれば楽だったんだけど……」
「……用事があるらしいね」
「ま、用事とは言ってもあの口ぶりだと街へショッピングする予定だったとかそんなところだろうけどね」
セオのぼやきに、アーロンとアリスが答えた。
「さて、作戦会議の復習といきましょうか。さっき言ったように、セオはリカと一緒に後発組ね。私とアーロンは先行してなるべく多くの敵を倒しながら奥へ進むわ」
「了解だ。リカ、離れすぎないようにアーロンたちをサポートしよう」
「……あいよ」
リカはぶっきらぼうに答えてみせた。
「私たちはそのまま敵の出方を見つつ奥へ向かうわ。ボスさえ叩いてしまえば後はもうなんてことは無いはず」
「……この前軽く戦闘になった時の感じだと、対して強い敵はいないはずだけど」
「ピンチになったらコレ、ね」
アーロンのセリフを引き継いでアリスが言った。その手には小さな紙切れが握られている。
アリスが目配せすると、残りの3人も同じような紙を取り出した。一見すると特に何の特徴もない紙切れのようだ。
「こんなものかしら?」
「……そうだね」
4人の異能持ちたちは互いの顔を見て、頷きあった。
「それじゃ、ごろつき掃討作戦! スタート!」