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プロローグ
“それ”は禍々しく、不気味なほど奇麗に輝いていた。
黴臭い湿った地下室の中央に浮かんだ、だいたい3メートルほどはあろうかという大きなその結晶は、およそこの世のものとは思えない雰囲気を醸している。
妖しい紫色の煌めきが、薄暗いこの部屋の煤けた天井や、堅牢そうな金属の壁、そして白髪交じりの男をちらちらと照らす。
彼は“それ”を一人、ただ無言で見つめていた。
目じりに笑い皺のある老いた男の眼差しは、穏やかなようでありながら確かに緊張感を孕んでいるようだ。
やがて男がそっと結晶に向かって手を伸ばすと、触れる前に何かに弾かれて火花が舞った。
非常に強力な結界であることに間違いない。結晶は相変わらず妙な存在感をたたえて煌々と光り輝いている。
彼はその様子をしばらく眺めて、物思いに耽っているようであった。埃っぽい地下室に、蝕むような静寂が漂う。
「いつか、必ず……」
男は仄暗い部屋にそっと言葉を置くように呟き、結晶に背を向け、重厚な扉を押し開けて去っていった。