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ポテチ その2

二人並んで散歩がてら、片道十五分ほど歩き、お目当てのスーパーにたどり着いた。


外が暗くなりだしている。


司たちが買い物を終えて帰る頃にはきっと真っ暗だろう。


お店の入り口付近を、お客さんがひっきりなしに行き来していた。


普段は使わないのだが、今日は司もカートを手に取った。


二人分の食事を作るのだ。


もしかすれば明日の朝も、食べるものが必要になるかもしれない。


なので少し多めに買い物をすることにした。


テペヨロトルが司の押すカートにさっそく興味津々だ。


「わああ。いいなぁ。かっこいいなぁ」


くりっと丸い瞳で見ほれるように、彼女はうらやましがった。


「もしかして……押したいのか?」


「うん!」


あまりに素直なテペヨロトルのお願いに、司は少し考えてから確認した。


「人にぶつからないように気をつけるって、約束できるかい?」


「約束します!」


司はカートのハンドルをテペヨロトルに明け渡した。


「おー。これはなかなか」


少し腕をあげるような格好で、テペヨロトルはカートを押し始めた。


それだけならスーパーでよく見る「ちびっ子によるお手伝いの一幕」なのだが、テペヨロトルの外見の美しさに、他のお客さんたちのざわめきと視線を感じる。


あまり目立たないようにしなければ。と、司は思った。


時折走り出しそうになるテペヨロトルをやんわり制しつつ、二人して生鮮食品売り場に分け入った。


最初は野菜のコーナーだ。


テペヨロトルがきょろきょろと周囲を確認してから、眉を八の字にさせる。


「司!ここは野菜地獄だね」


「地獄とは野菜に失礼な」


山積みになった春キャベツに、テペヨロトルは敵意すら覚えているようで、あっかんべーをしてみせる。


なんだかなぁと思いつつ淡い緑の山を見ていると、ロールキャベツが思い浮かんだ。


きっと、テペヨロトルならキャベツを剥がして中身だけ食べるに違いない。


もし、ミンチに野菜が混ぜてあったらテペヨロトルは食べてくれるんだろうか?


なんて、いくら考えても仕方ない。


今夜か明日には迎えが来て、テペヨロトルはいなくなるのだ。


気を取り直して、司はざっくりと陳列棚を確認した。


棚に春らしい食材が並ぶ。


菜の花、つくし、山ウドといった珍しい食材もあったが、とりあえず付け合わせや副菜についてはメインの食材を決めてからにしようと、次のコーナーに足を進める。


テペヨロトルのカート操縦が危なっかしくなるのをこまめにフォローしつつ、鮮魚コーナーにさしかかった。


綺麗に並んだ色とりどりのお刺身が二人を出迎える。


「テペヨロトルはお刺身は知ってるか?」


「オサシミ?なにそれ?美味しいの?」


「えーと……日本人は魚を生で食べるんだ」


和食が世界遺産になったくらいだから、世界的にも知名度は上がったんじゃないだろうか。


日本を食べに来たというテペヨロトルのお目当てに、寿司や刺身は当然あるものと司は考えていた。が、どうやら彼女には初耳らしい。


それでも司の説明に楽しそうに笑って答える。


「生で食べるの、好き!」


「じゃあ、肉にこだわらずお寿司やお刺身でもいいのか……」


テペヨロトルは綺麗に盛りつけられた刺身を眺め、むむむっという顔をしてから、司にリクエストした。


「お魚よりもお肉がいいです!」


「わかった。じゃあ次はお待ちかねの精肉コーナーだ」


「にっくにくにくにっくにく~~♪」


陽気なリズムで歌いながら、テペヨロトルがカートを押していく。


彼女が夢にまで見た肉の花園――精肉コーナーの登場だ。


「わあああああああああああああああああ!お肉だあああああ!」


万歳しながら歓喜の声を上げるテペヨロトルに、他のお客さんたちの視線が集まった。


「テペヨロトル、もう少し静かにね」


「じゅるる……はい」


司になだめられて、彼女は万歳させていた腕をそーっと降ろす。


「テペヨロトルはどんな肉が食べたい?」


「えー。困っちゃう!全部!」


「一つに決めてくれ」


「一つかぁ……これは難しい」


テペヨロトルはかぶりつくようにお肉に見入った。


その眼差しは真剣だ。つられて司もつい、品定めに力が入る。


霜降り和牛のサーロインステーキや、すき焼き用の肩ロースは見事なサシの入り具合だ。


きっと口の中でとろけるに違いない。


食べたことが無い司にも、なんとなく想像ができてしまった。


せっかくごちそうするなら、奮発してもいいように思えてくる。


良いお肉なら焼くだけで美味しいはずだ。


グラム単価の高さは伊達ではないだろう。


財布の紐を緩ませかけた司に、テペヨロトルは笑顔で聞いた。


「生肉は?」


「うーん、それはあんまり食べないな」


ごくたまに馬刺しが売っていることもあるのだが、かなりレアだ。


「あのね、司が食べたい」


「ああそうか。じゃあそうしよう」


「ほ、本当に!?」


司はうなずいた。


怪しい日本語だが、きっとテペヨロトルは選べないので、司が食べたいお肉料理にしてほしい……と、言いたいのだろう。


高級な霜降り肉にも興味はあるが、自分が食べたいと常々思いながらも、実行に移せずにいたメニューがあった。


「鶏を……揚げよう」


フライドチキン。


から揚げ。


竜田揚げ。


いかに冷凍食品が進化していても、どうしても「できたて」の再現が難しいものがある。


未だにこれというから揚げや竜田揚げに、司は出会えていなかった。


割り箸を使って底上げし、油ぎれに気を遣ったレンジアップの方法も試したことはあるのだが、成功しなかった。


やはり揚げたてを食べるには、家で揚げるしかない。


しかし揚げ物は難易度がかなり高い。


熱した油は恐ろしく跳ね飛びちり、調理者に容赦なく襲いかかる。


油の温度にも気を配らないと、うっかり焦がしてしまうかもしれない。


高温の油を恐れて熱する温度が低ければ、生焼けならぬ生揚げだ。


揚げる勇気。油を切る闘志。熱さに負けぬ忍耐力。


試練を越えてこそ、人は揚げたてジューシーな鶏の美味しさを手に……もとい、口にできるのである。


「あれ?テペヨロトル?」



司が戦いに挑む決意を固め、鶏肉のパックを手にしたところで、カートを残して少女の姿が忽然と消えていた。

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