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竜田揚げ その2

食卓に竜田揚げと菜の花のおひたし。豆腐の味噌汁に白いご飯が並んだ。


「いただきます」


「いただきまーす!」


手を合わせて一礼すると、テペヨロトルも司に倣って手を合わせ、お辞儀をした。


お昼を食べた時と同じように、テペヨロトルと二人並んでご飯を食べる。


テペヨロトルのためにフォークとスプーンも用意しておいたのだが、彼女は果敢にも箸を手に取った。


「司、これどうやるの?」


「いきなり箸を使うのは大変じゃないか?」


「できるよー。テペヨロトルは神だもの」


神という単語に司は首を傾げたが、本人がやる気をみせているので気にせず持ち方を教えてみると、テペヨロトルはすぐに箸の使い方をマスターした。


「へー。刺したりしないでご飯食べれるんだぁ」


そういえば、箸というのは切ったり突いたりはしない。なんだか優しいように感じられる。


もちろん、ステーキを食べるのに箸じゃ手も足も出ない。


ナイフとフォークがぴったりだ。


食べ物や食文化に合わせて食器が出来たとするなら、お箸で食べられるように進化したものが日本食なのかもしれない。


と、考える司の隣でテペヨロトルが竜田揚げにかぶりついた。


「もぐもぐもぐもぐ……ふああああああ!」


早速、彼女は目を細め、うっとりとした顔になる。


「お、おいしい……サクサクのジュワー!で、脂がしとしとお肉がぷりぷり!それにとっても香ばしくて良い匂い!司のは全部おいしいね」


「よかった」


正直なところ、心配の方が大きかったのだ。確認のため自分で初めて揚げた竜田揚げを、司も口に運ぶ。


ざくざくっとした歯触りが最初にやってきた。かみしめれば肉汁の旨味と醤油の焦げた風味が鼻先に抜けていく。


調味料は醤油だけなのに、大豆を煎ったような香気が鶏肉の甘い脂と淡泊な身の味わいと溶け合い、調和していた。


「司、これはなに?」


「ご飯だ」


司が食べるのを真似して、テペヨロトルも箸でご飯を食べる。


「もぐもぐ……うーん。何か足りない」


「おかずと一緒に食べないと、ご飯の味しかしないぞ」


「なるほど。やってみます!」


小さな口を大きく開けて、竜田揚げをほおばってからご飯を口に運ぶ。


するとテペヨロトルの少し怪訝そうだった表情が、途端にほころんだ。


「しょっぱくて美味しいのが、ご飯といっしょになるとちょうどよくなる!」


「テペヨロトルはご飯も大丈夫なんだな」


「うーん、竜田揚げだけでも食べたいし、ご飯と一緒もいいし、どっちも美味しくて困ります」


彼女は目をつむって身もだえた。


本当に困っているようで眉を八の字にさせながら、口元はゆるゆるに緩んでいる。幸せな悩みだ。


「ああ、そうだ……こういうのもあるぞ」

司は戸棚からふりかけの小袋を持ってきた。ちびっ子に人気の「のりとたまご」味だ。


「これ、なに?」


「ご飯が美味しくなる魔法の袋だ」


「気になる!すごく気になりますから!」


司はテペヨロトルのご飯の上に軽くふりかけた。


「いただきます!ぱく!もぐもぐ!はぁぁう。これだけでも幸せ」


どうやら、ふりかけご飯もテペヨロトルは食べられるようで司は嬉しくなった。

日本食にごはんは欠かせない。


「タツタアゲ美味しい!ご飯美味しい!嬉しいね!」


「ああ、俺も嬉しい」


テペヨロトルは竜田揚げを食べる、ご飯も食べる。


一口食べるごとに目尻を落として幸せそうだ。


食べ物をいとおしむような食べ方だった。


一度教えただけできちんと覚えてしまった箸の使い方も、すっかり堂に入っている。


何も知らないようなのに、教えてすぐに身につくものでもないことが、出来てしまうのは不思議だった。


ある種の天才少女なのかもしれない……と、司は思う。


「お味噌汁も飲んでみないか?」


「おみそーしるー?」


「日本のスープだよ」


手本を見せるように、司は味噌汁の椀を手にして口元に運んだ。


器に口を付けるのは、海外ではお行儀が悪くなるのだが、郷に入れば郷に従えという言葉もあるし、なによりテペヨロトルは適応力が高い。


司の見よう見まねでテペヨロトルは味噌汁を一口飲んだ。


「あちちちち」


「テペヨロトルは猫舌なのか?」


「ちょっとびっくりしただけですから。ふーふー。ずずー。うーん、初めての感じ。この白いのは?」


「それは豆腐だ。大豆、ええと豆でできてる」


「ちゅるちゅるしてて、柔らかいね。お味噌はなるほど味。なんだか好きかも」


「味噌汁も大丈夫なのか」


テペヨロトルはお椀を置いて、じっと味噌汁を見つめると鼻をひくひくさせた。


「お魚が泳いでる」


「いやそんなはずは……あっ……そういうことか」


テペヨロトルの言い回しは少し奇妙だったのだが、司はすぐにピンときた。


味噌汁に使った顆粒だしは鰹風味のものだ。


「魚の味がするのか?」


「うん!けど、すごく濃い感じ?お魚の味だけど、味がぎゅーってしてる」


「鰹風味も好きなら、テペヨロトルは日本食なら、何を食べても大丈夫そうだな」


彼女の今後の日本グルメ紀行を心配して、こういったメニューになったわけでもないのだが、司の心配などよそにテペヨロトルの味覚は懐が深いようだ。


ただし、野菜に対してはとても厳しい。


最後に手を着けていない小鉢について、テペヨロトルが恐る恐る確認した。


「司……これは……?」


「菜の花のおひたしだ。お花だぞ」


「お花は飾ると思ったのに、食べるの?」


「食べられるお花だからな」


司は鰹節のかかった菜の花を食べる。


少し苦い。


だが、口の中がさっぱりと洗い流されるような清涼感のある味だった。


「美味しいぞ」


テペヨロトルは首をぶんぶん左右に振る。


「どう見ても野菜です。テペヨロトルは騙されませんから」


「ばれたか」


司は正直に白状した。


テペヨロトルの鼻がひくひく動く。


「くんくん……けど、この上にかかったひらひらは気になるります」


「それが鰹節だな。味噌汁に入ってる鰹風味の大元だ」


テペヨロトルは箸で鰹節だけつまんで、ぱくっと食べた。


「ふやあぁぁ。好き。これも好き。大好き!けど、野菜は帰ってください」


無理に食べさせるのは司のポリシーに反するので、こんな反応も想定内だ。


「じゃあ俺の竜田揚げと交換しよう」


「わあああい!司は優しいね。大好き!」


司の竜田揚げ一個と菜の花のおひたしが交換された。


竜田揚げを嬉しそうに食べながら、テペヨロトルはにっこり笑う。


「司は美味しいね」


「それだと、俺を食べてるみたいだな」


「司が作ったんだから、司を食べてるみたいなものです。ふああぁぁ」


食べながらテペヨロトルは大きなあくびをした。


まだ寝るには早い時間だが、今日は保護者と離れて冒険したのだから、疲れたのかもしれない。


「じゃあ、ご飯を食べ終わったらお風呂だな。着替えは……サイズが大きいけど、母さんのパジャマで我慢してもらうか」


「お風呂ってなに?美味しいの?」


「え?」


さすがに想定外の質問で司は一瞬、目が点になった。


テペヨロトルはいったいどんな野生の王国からやってきたのだろう。


「あ、ああ。そうか湯船に浸かるお風呂っていうのは馴染みが無いんだな。シャワーのことだ」


「シャワー?シャワーってなに?それもやっぱり美味しいの?」


「ええと……水浴びだ」


「するする!テペヨロトル水浴びも好きだよ!司もいっしょにする?」


「いやその……給湯器とシャワーの使い方はあとで教えるから……」


彼女がどこから来たのか気になりつつも、結局そういったことは何も聞けないまま、司は二人分の菜の花のおひたしを食べて、爽やかな春の苦みを堪能した。



シャワーからお湯が出ることにテペヨロトルは驚いていた。


それからボディーソープやボディーブラシといったお風呂道具の使い方をレクチャーし、シャンプーとコンディショナーの違いを説明して、司はテペヨロトルに一人でお風呂に入ってもらった。


さすがにつきっきりというわけにはいかない。


テペヨロトルは女の子なのだ。


だが、結局司は彼女の奔放さに振り回されることになった。


お風呂上がりに裸で浴室から飛び出してきた彼女を捕獲し、バスタオルで全身を拭き、パジャマを着せてあげる。


正直、竜田揚げを作るミッションよりも大変だった。


少し遅い時間だが、洗濯乾燥機に彼女の服を放り込んで洗うことにした。


まさかヒョウ柄のパンツとブラとは思わなかったが……ともかく、乾燥まで洗濯機任せだ。


司は彼女に仕えるように、かいがいしく世話を焼いた。


風呂上がりに牛乳を一杯飲んで、口元にヒゲを作ったテペヨロトルに来客用の歯ブラシセットで歯磨きをさせ、今は使用者のいない両親の寝室のベッドを使ってもらうことにした。


「わあああい!ふっかふか!司はなんでもしてくれるね」


「なんでもは言いすぎだよ。できることをしてるだけだし」


「そんなことないよ。司はすごいなぁ。こんなふかふかなところで寝るなんて、初めてかも」


ベッドの上でごろごろするテペヨロトルの姿は、少し大きな猫のようだった。


「ふやああ。なんだか眠くなってきました」


「おやすみテペヨロトル」


「おやすみぃ……司ぁ」


あっという間にテペヨロトルは寝息を立て出した。


寝入りまでスムーズだ。テペヨロトルにそっとふとんを掛けて、司は寝室を出た。


結局、彼女の保護者とおぼしきセイパは姿を現さなかった。


明日の朝食はパンの予定だ。


「誰かと一緒に食べるのって、なんだか……いいな」


ふと、司はひじりのことを思い出した。


いつもそばにいるのに、食事をするときはきまって、司一人だけで彼女は食べないことの方が多い。


そして家政婦さんのことも思い出す。


ご飯は作ってくれるけど、彼女とも一緒に食べることはなかった。


両親と会って食事をするのは年に数えるほどだったし、司が高校に入学して以来、ここ一年は直接会ってすらいない。



テペヨロトルとご飯を食べただけなのに、司はなんとも満たされた気持ちになるのだった。

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