つるは恩を返せない
ここですよね?
私は一度だけついて行ったあの人の家の近くの庭に降りる。
スーハー
緊張してきたです。
3日前、森で罠に掛かっていた私を助けてきてくれたお兄ちゃん。
その人に恩を返すために、お母さんの出かけている合間に黙って出てきたけど、いまさらながらに緊張してきたです。
「でも、恩を返さないなんて、“鶴”として失格なのです。」
代々、お山に住み、暮らしてきた鶴の一族として、恩返しをしないわけにはいかないのです!
気合を入れなおして、“人”へと姿を変える。
「いつ変わっても、なんだかちょっと落ち着かないのです。」
変化の仕方は母親から教わって何度か姿を変えたことはあったが、いつもちょっと落ち着かない。
でも、恩を返す時は人の姿で返すのが“でんどう”?とかいうらしいので、この姿になる必要があるのです。
「おにいちゃん、いますかね?」
私は、ずいぶんと立派な木のドアを叩く。
「? いないですかね?」
とりあえず、もう一度叩く。
どうしよう? 居ないみたいなのです。
ここで待ってればお兄ちゃん来るですかね?
とりあえず、待ってようとドアの前に座ろうとすると、
……ガチャ!
「どうしたの君!?」
ガン!
あう、痛いのです。
「ああ! ごめん大丈夫!?」
いきなり開いたドアに頭をぶつけて思わず痛みでしゃがみこんでしまったです。
「ごめんよ……、ちょっと慌てて」
上から降ってくる声に聞き覚えがあるのです。
私は、痛みで涙目になった目を上に向けると、
「おにいちゃんなのです!」
お兄ちゃんに会えた喜びで痛みも吹き飛び、勢いよく立ち上がると、
「私! つるなのです!」
……ああ! 違った。
「私、つるというものなのです!」
失敗したです。自分が鶴だったってことは隠しなさいって、お母さんにきつく言われてたのです。
「ええっと、名前はわかったけど」
「恩返しに来たのです!」
「恩返しって何!?」
「恩返しは恩返しなのです」
どうしたのです? さっきからお兄ちゃん上を向いてるです。
「……事情は分かんないけどまずは服を着てくれ!」
「服?」
服ってなんですか?
失敗したです。
人に変わったときは服を着なさいってお母さんに言われてたのをすっかり忘れてたです。
あのあと、お兄ちゃんに家に入れてもらった私は、とりあえずお兄ちゃんのお古の服を着せて貰い、今はリビングで向かい合って座っているです。
「ええと、……つるちゃん?」
「はいです!」
「とりあえず、今はその服着てもらって、あとできちんとした服を知り合いが買ってくるからね」
「服着てるですよ?」
きちんとした服ってなんなんですかね?
「……ええっと、ちゃんとした女の子の服をね、それに下着も必要だし」
「下着ってなんですか?」
「……下に着る服のことだよ」
下に着る? 私は自分の足元を見て、お兄ちゃんの足元を見る。
あの足につけてるのが下着ですかね?
「着なきゃだめですか?」
窮屈そうだから着たくないのです。
「……お願いだから来てくれるかい」
「わかったです」
お兄ちゃんのお願いなので下着を着ることにするのです。
「……とりあえずどうして、家にいたのか教えてくれないかな?」
「恩返しに来たのです!」
「恩返し?」
「そうです! あの時助けてくれた恩を返しに来たのです」
「……えーと、あの時って?」
「それはお山で……」
しまったです、正体は隠さないといけないから本当のことは話せないです。
とりあえずでっちあげるです。
「そう、お山で熊さんから助けてもらったです」
「そんなことしてないよ!?」
「してもらったです、あの時のワンツーパンチは見事だったです」
「しかも素手!?」
とりあえず、驚いてるみたいですけど、恩の部分は誤魔化せてるみたいなのです。
「そのときの恩を返しにきたです」
「……いやーたぶんそれ人違いなんじゃないかな?」
「人違いじゃないのです! 絶対お兄ちゃんなのです!」
私が見間違うはずないのです。
ピンポーン
いきなりどこからか音がしたので驚く私を尻目に、お兄ちゃんは助かったような顔をして立ち上がりました。
「佐伯さんが着たみたい、つるちゃんちょっとまっててね?」
「はいです!」
お客さんですかね?
とりあえずお兄ちゃんに待っててと言われたので、リビングから出ていく出ていくお兄ちゃんを待っておくことにするです。
「すみません佐伯さん、助かります」
俺は親父の秘書をしていて、今も俺の秘書として働いてくれている、佐伯さんに頭を下げる。
「かまいません、秘書ですから」
昔は年上の幼馴染のお姉さんとして、もう少し親しかった気もするが、今では新米社長と秘書として距離ができてしまってるのを感じる。
いや、むしろ俺が距離をとったのか……。
幼いころは、いろいろと頼っていた気がするが、両親が死んで、社長を引き継いでからは、仕事の指示をすることがあっても、プライベートで何かを頼んだことはなくなった気がする。
そんな彼女に久々にプライベートな事を頼んだのは、つると名乗る少女が原因だ。
今日は家で仕事をしているとドアを叩くような音がしたので、とりあえずインターホンから覗いてみると、そこには全裸の少女が立っていたのだ。
あわてて飛び出して、さすがに全裸で放置するわけにもいかないし少女を中に引きいれたが、あいにくと家には自分の服しかなく、仕方なく佐伯さんに連絡を取って、女物の服と下着を頼んだわけだ。
「それで俊さん、その女の子はどこに?」
「……ああ、リビングにいるよ」
正直、怪しさ満点の少女だ。
恩返しと言っていたが、心当たりはなく、助けられた理由もでっちあげだ。
ただ、
「つるというんだけど、あの子自身に裏はないと思う」
「……なにか根拠があるんですか?」
「なんというか、世間知らずすぎるし、まっすぐすぎる」
話してみて感じたのは、彼女の常識のなさだ。
10歳ぐらいだと思うが、全裸でいたのにもかかわらず、全く羞恥心も見せず、服を着る時も四苦八苦していた。おまけに下着を知らないなんてありえない。
わからないことは、まっすぐ聞いてきたし、明らかに作り話が嘘すぎる。
今まで、両親がいたころも死んでからも、甘い汁目当てに近づく嘘のうまい人に接してきた俺としては、
「あの子は、わかりやすすぎる」
そう、なにか隠し事をしているのがわかるんだが、悪意が見えない。
「なにか心当たりはあるんですか?」
「それがさっぱり」
恩返しと言っていたが、心あたりがない。
「恩返しって言ってたけど、助けた覚えがないんだよね」
「なにか、知らぬ間に助けた可能性は?」
「そうなったらわからないけど、それにしては理由が……」
「どんな理由だったんです?」
「俺が熊から素手で助けたってさ」
「……そんなことしたんですか?」
「できるわけないでしょ!」
素手で熊を倒すなんて、せいぜい俺がしたことといえば、
「つるを罠から助けたことぐらいだよ」
「あの子を罠から?」
「ただの鶴だよ、あの子じゃない」
「もしかして、人間になって恩を返しに来たんじゃないですか?」
鶴の恩返しか……。まあそんなこと、
「あるわけないでしょ」
「ですよね」
「まあ、鶴があんな可愛い子になって恩返しに来てくれるなら大歓迎だけどね?」
冗談だけど……。
「可愛かったんですか……、そうですか」
「? どうしたの佐伯さん?」
なぜだか佐伯さんがすごく冷たい目で俺を見てくる。
「俊さんていい年して恋人も作らないからおかしいと思ってたんですけど、実はロリ「違うからね!」」
偉い誤解だ。
慌てて否定するも、じーっと疑わしげに見つめてくる。
「俺はロリコンじゃない! 俺が好きなのはさっ……」
「さ?」
「さあ! 服もあるし、つるちゃんに渡してあげよう!」
危ない、危うく告白するところだった。
とりあえず、つるちゃんの所に行って有耶無耶にしてしまおう。
「……逃げましたね? ……意気地なし」
そうつぶやいた声は、幸い?にも俺の耳には届かなかった。
「おまたせ、つるちゃん」
お兄ちゃんが帰ってきたです。
「とりあえず、この服に着替えちゃおうか?」
お兄ちゃんが、服を渡してきたです。
このひらひらしたのがキチンとした服ですかね?
じゃあ、こっちのちっちゃな布が下着ですかね?
「わかったです」
とりあえず、今着てる服を脱いで……、
「ちょっとまって!」
「どうしたです?」
着替えるんじゃなかったですかね?
「俺が部屋から出ていくから、そしたら着替えてね?」
「どうしてですか?」
ついさっき出て行ったのにまた出ていくですか?
「いいから! 着替えたら声かけてねー」
あう、お兄ちゃんが慌てて出て行ってしまったです。
この服の着方、教えてもらおうと思ったですが……。
「これ、どうやって着ればいいですかね?」
ひらひらとかふりふりがいっぱいついてて、どう着たらいいかわかんないです。
私が、服を広げて首を傾げていると、
「よかったら手伝ってあげましょうか?」
「!! 誰ですか?」
びっくりしたです。
誰もいないと思ってたら、お姉さんがいたです。
「佐伯といいます。手伝いましょうか?」
悪い人じゃなさそうな気がするです。
「つるです、手伝ってくださいです」
名乗られたので、名乗りかえしてお姉さんに手伝ったもらうです。
いろいろと服を着るのに四苦八苦して(下着は足につけるものじゃなかったです)着替え終わったので、お兄ちゃんを呼びます。
「着替え終わったかい? おお、かわいいね」
お兄ちゃんが褒めてくれたです。
私もフリフリがいっぱいでなんだかうれしいです。
「やっぱりロリ「違いますからね!」」
「どうしたですか?」
「……ううん、なんでもない」
「そうですか?」
「それよりちょっとお兄ちゃんと来てほしいところがあるんだけどいいかな?」
「来てほしいところってどこですか?」
「うん、警察」
「警察ってなんですか?」
警察って何かお兄ちゃんに聞いたら困った顔をして、困ったときに行くところだよっといったので、
「困ったことがあるなら私が何とかするです!」
と、言ったのだが、
「……ちょっと、つるちゃんじゃ解決できないかなー」
と、断られてしまったです。
せっかくの恩返しのチャンスに残念です。
とりあえず、お兄ちゃんとお姉さんと共に“くるま”というものに乗せてもらって警察に行くことになったのです。
車はビュンビュン早くて、面白かったですが、警察についたそうなのでしぶしぶ降りるです。
「ここが警察ですか、おっきいです」
すごくでっかいです。
お兄ちゃんのお家もでっかかったけど、ここはもっとおっきいです。
「話してくるからちょっとここで待っててね?」
そういうとお兄ちゃんは、どっかに行ってしまったのです。
私は人間さんがいっぱいいるので、落ち着かずに周囲をキョロキョロ見ていたですが、
「つるちゃん、喉乾かない? ジュース飲む?」
おにいちゃんの代わりに残ったお姉ちゃんが光る四角い箱を見て、聞いてきました。
「ジュースってなんですか?」
「……ええっとジュースは甘い飲み物のことよ」
甘いって花の蜜の事ですかね?
「近くにお花はないですよ?」
「お花じゃないんだけど、……とりあえず買ってあげるわ」
そういうと、光る四角い箱につれてきて、丸っこいものをお箱に入れました。
そしたら赤く光ったと思ったら、お姉さんがその中の一つを押すと音がして、箱の中から何かがで出てきたです。
「お姉さん! なにか出てきたです」
私はびっくりして、お姉さんに話すと、
「……そうね~、……自動販売機も知らないなんて、どこで育ったのかしら?」
「お山ですよ?」
「!! そう、この子耳いいわね……」
お姉さんは、四角い箱から出てきたものを取り出すと、白い棒のようなものを突き刺して渡してきました。
「はい、これがジュースよ、ストローに口を……、そうこの白いところに口をつけて吸って飲むのよ」
「わかったです」
お姉さんに言われた通り、白い棒に口をつけて、吸いこんでみる
「!!?」
甘いのです! 冷たくて甘いのです!
「これがジュース……」
びっくりなのです、人の街にはこんなのがあるんですね、花の蜜より甘くて驚いたです。
「ああ、いたいたつるちゃーん」
あ! お兄ちゃんなのです。
? 隣の男の人は誰ですかね?
「お帰りなさいです」
「この子がさっき言ってた?」
「はい、よろしくお願いできますか?」
「任せてください、……じゃあ、つるちゃんおじさんと来ようか?」
「どこにいくですか?」
「おじさんが、お母さんを探してあげるよ」
「? なんでお母さんをさがすですか?」
この人お母さんの知り合いですかね?
!! そうだ、お母さんにあったら、黙って出て行ったことを怒られるです!
「だめです! お母さんにあったら怒られるです!」
「ああ、大丈夫、ちゃんと私たちが付いてるから心配はいらないよ」
「お母さんに怒られないようにしてくれるですか?」
「ああ、おじさんに任せてくれ」
よかったです、おじさんがお母さんに怒られないようにしてくれるなら、心置きなくお兄ちゃんに恩返しができるです。
「ありがとです」
私がお礼を言うとおじさんは、
「任せてくれ、じゃあいこうか?」
と、手を差し伸べてくる。
とりあえずおじさんの手を握ると、
「じゃあ、つるちゃん、俺たちは行くから後はそのおじさんについていくんだよ?」
「?? おにいちゃんは来ないですか?」
「うん、後のことはそのおじさんがしてくれるから大丈夫だよ」
お母さんに怒られないようにしてくれるのは助かるけど、お兄ちゃんと離れるのは困るです。
私はとっさにお兄ちゃんの服を掴む。
「いかないでほしいです」
「……大丈夫、そのおじさんが何とかしてくれるから、ね?」
お兄ちゃんが困った顔で私の手を剥がそうとしてくる。
ダメ! この手を離したら、お兄ちゃんに会えなくなっちゃう!
私は本能的に察知すると、お兄ちゃんの服を強くつかむ。
「つるちゃん? お兄ちゃんを困らせたらいけないよ」
後ろでおじさんがなにか言っているが、私はますます強くつかむ。
「ほら、大丈夫だからね?」
隣でお姉ちゃんもなにか言ってるが、私はこの手を離したらお兄ちゃんがいなくなってしまう気がして、強く手に力を籠める。
「つるちゃん、離してくれないかな?」
「や! です」
お兄ちゃんが困ったように言うが、私は手を離さない。
なぜだかだんだんと悲しくなって来て、涙が出てきた。
「ちょ、ちょっとつるちゃん泣かないで」
お兄ちゃんが慌てたように私のほほに手を触れると、私は枷が外れたかのように泣き出してしまった。
「あああああ、おにっあああ、おんあああ、かえすああああああああああ」
泣き出した私に、周りの注目が集まるが、私の涙がとどまることなく湧き出してくる。
「ああああああああああああ」
「わかった、いかないいかないからね?」
「ぐす、……本当?」
「本当だからね?」
「ああああああああああ」
「ええ! なんでまた泣くの!?」
私はお兄ちゃんの言葉に安心してまた、泣き出してしまった。
「ふう」
警察署のロビーで泣き出してしまったつるちゃんをなんとかなだめすかして泣きやませた後、泣き疲れて寝てしまったつるちゃんを警察の方に用意してもらった会議室に連れていって休ませて、やっと一息がつけた。
「あの? どうしますか?」
少年課の警察の方が困ったようにつるちゃんを見る。
「……どうしようか」
寝てしまってもなお、決して服を離さないつるちゃんの手を見て、俺も困ったように笑う。
正直、この手を見てあの涙を見て、それでもつるちゃんから離れることはできそうにない。
「とりあえず、この子の親のことは何かわかりましたか?」
この子の話だと、父親はわからないが母親はいるみたいなので、連絡がつけば状況の改善もできると思うのだが、
「それが迷子の報告や、捜索願などは調べたんですが出ていないんですよ」
「つまりは、……捨て子と?」
「裸でいたことと、捜索願いが出ていないことを考えるとおそらくは……」
ひどい話だ。
自分の子を捨てるなんて俺には考えられない。
まあ、裕福な家庭に生まれた俺なんかじゃ、そういった追い込まれた人の気持ちなんかわかるはずもないか……。
「とりあえず、この子の事はどうしましょうか?」
「どうしましょうか? と言われてもね……」
彼も困ってるようだが、俺だって困る。
預けようにもまた泣かれるだろうし、どうすればいいのか……。
「こちらで一時的に預かってはいかかでしょうか?」
「佐伯さん?」
さっきまでつるちゃんの頭をなでながら、こちらの話を聞いていた佐伯さんがいきなりそんなことを言い出した。
「このまま、預けることはどうもできそうにありませんし、でしたら、こちらで預かって警察の方にこの子のご両親の捜索をしていただいたほうがいいのではないでしょうか?」
それは少し考えた、けれどそれはしていいものかと言い出せなかったことでもある。
「んー、本来ならあまりお勧めできる方法ではないのですが……」
警察の方も少し渋い顔だ。
いろいろと問題もあるし、ここで預かれば、情も移るしきっとますますこの子と別れづらくなるだろう。
そういったことも踏まえて提案ができなかったのだろう。
「大丈夫です、もし親が見つからなければ私が引き取りますから」
「佐伯さん!?」
いきなり何を言い出すんだろう。
「私はもうとっくに情が移ってますから、俊さんはどうなんですか?」
「俺は……」
俺は……どうなんだろうか?
いきなり現れて、恩返しに来ましたなんて言う少女の事をどう思ってるんだろう……。
「……お兄ちゃん」
「つるちゃん?」
どうやら寝言で俺を呼んだだけのようだ。
彼女と、俺の服を掴む手を見て思う。
この手をはがせなかった時点でもう情なんてとっくに移っているんだな、と。
「すまみせん、やっぱり私が預かります」
「そうですか、それじゃあちょっと書類の方を用意しますんでお待ちいただけますか?」
ほっとしたように警察の人はそそくさと会議室から出ていく。
「……いいんですか?」
佐伯さんが聞いてくるが、
「俺も佐伯さんと同じで情が移っちゃたんですよ」
つるちゃんの頭をなでながら、苦笑いを浮かべる。
「……やっぱりロ「違いますから」」
「おかあさん!おかあさん!」
私は網に掛かった体を動かして、必死に助けを呼ぶ。
私がいつものように、森で木の実を食べているといきなり網が上から落ちてきた。
私は驚いて羽をバタつかせるが、ますます体に網が絡み付き、さらにパニックになる。
「おかあさん!おかあさん!」
必死に助けを呼ぶが、母親から離れ過ぎたせいか助けは来ない。
ガサガサ
「!!!」
近くの藪が揺れて驚いた私は、必死に逃げようとするが、網が絡んで動くことができない。
ガサッ
藪からなにかが出てきて、私は思わず目を瞑って助けを呼ぶ。
「おかあさん!」
「ああ、何かと思えば鶴が罠に掛かっちゃってたのか……」
?? 何も襲ってこないので、恐る恐る目を開けると、そこには若い男の人が立っていた。
「今、とってやるからちょっと待ってな」
男の人はそういうと、腰から光るナイフを取り出した。
私は驚いて、必死に体を動かして助けを呼ぶ。
「おかあさん!」
「ああ、ちょっと暴れないで、今とって挙げるから」
「やだやだ!たすけてー!」
「……よっと、ずいぶんと古い網だな、昔の罠がそのまま残ってたのかな?」
「おかあさーん!」
「……おーしとれたよ」
その言葉と共に体が自由になる。
私は慌てて羽をバタつかせ木の上へと飛び上がる。
「もう、罠に掛かんなよー」
下を見ると男の人が手を振ってる。
このお兄ちゃんが助けてくれたのかな?
私がお兄ちゃんを見ていると、お兄ちゃんはそのまま、草をかき分けて森の中に入っていく。
まって! 私はお兄ちゃんを空から追いかけつつ、心に誓う。
絶対にこの恩は返すですと。
「……うん」
「あ、おきた?」
目を覚ますとあの時の男の人が目の前に、
「お兄ちゃん?」
「うん、おはようつるちゃん」
「おはようです」
おはようは確か、起きた時の挨拶だったはずです。
「ここどこですか?」
「警察署の中だよ」
警察! さっきまであったことを思い出して、お兄ちゃんに抱きつく。
「つるちゃん?」
「離れちゃや! です」
「大丈夫、離れないよ」
「ホントですか?」
お兄ちゃんを見上げると、にっこりとほほ笑んでくれたので、ようやく安心して手を放す。
「とりあえず、家に戻ろうか」
「家に帰るですか?」
「うん、手続きも終わってるから、あとは連絡待ち」
「手続きってなんです?」
「……あー、つるちゃんが家にいるための報告かな?」
そんなものが必要だったですね、知らなかったです。
人間さんの所は不思議なところですねー。
「それじゃあ、行こうか?」
「はいです!」
私はまた、“くるま”に乗って家に戻ることになったです。
「すみません、じゃあなにか進展があったら報告をお願いします」
帰り際、見送りに来てくれた警察の方に名刺を渡す。
「はい、わかりました。一応他県の方にも顔写真と一緒に捜索願が出ていないか確認を取っていますし、役所の方にも戸籍の確認をしてもらってます、なにかわかり次第連絡を入れますので」
「よろしくおねがいします」
「ところで、あの子の名字なんかはやっぱりわかりませんか?」
「ええ、ちょっと……」
実際こちらに来る途中でもフルネームは聞いてみたのだが、つるという名前以外はわからなかった。
「……つるちゃーん」
「なんですかおにいちゃん?」
「つるちゃんの名前教えてくれないかな」
「? つるはつるですよ?」
「ええと、ほかになにか名字とかついてないかな?」
「名字ってなんですか?」
「……ごめん、なんでもないや」
「そうですか?」
「……ということですので、すみません」
「……いえ、すこし時間はかかると思いますが、特徴的な名前なので」
「よろしくお願いします」
「わかったら、連絡を入れます」
「お願いします。……それじゃあいこうかつるちゃん」
「はいです!」
「恩返しをするです!」
私は家に帰ったので改めて、そう宣言する。
「ど、どうしたのいきなり」
お兄ちゃんが驚いてますが、私は恩返しをしに来たのです。
それなのに警察というところに連れて行かれて、泣いて眠ってしまっただけ、これじゃあ恩返しになってないです。
泣いて眠ったときに、お兄ちゃんに助けられた夢を見た私は、気合十分に恩返しを開始するのです。
お掃除の場合
「箒ってどこですか?」
「これが箒の代わりなのですか?」
「掃除機っていうのですか」
「頑張るです!」
5分後
ガシャーーーーン
「お兄ちゃん! 掃除機さんが暴れてるです、服が食べられちゃうです」
「助けてほしいです!」
洗濯の場合
「川はどこですか?」
「どうやって洗濯するですか?」
「この丸いのに服を入れるだけなのですか?」
「頑張るです!」
10分後
「お兄ちゃん!この丸いのから泡さんが泡さんがいっぱいで出きたです!」
「助けてほしいです!」
料理の場合
「? おにいちゃんそっちは台所じゃないですよ?」
「え? 火事とか怪我は洒落にならない?」
「え? え? どこに連れていくですか?」
……台所から追い出されたです。
「ふう」
とりあえず、つるちゃんをリビングでおとなしくさせてから、食事の準備をする。
「手伝いますね」
「佐伯さん」
隣に佐伯さんがエプロンを付けて、下ごしらえを手伝う。
懐かしいな……、昔は両親が不在の時はよく台所に立ってたっけ、
「懐かしいですね」
「え?」
「昔はよくここで料理を作ってましたよね」
その横顔は、秘書としての顔ではなく昔のお姉ちゃんの顔で俺は思わず、
「……おねえちゃん」
「え?」
「なんでもないです!」
顔が真っ赤になっているのがわかる、なんだよいきなりお姉ちゃんて……、
「ふふっ、ようやく昔みたいに呼んでくれましたね」
「え?」
慌ててお姉ちゃんを見ると、昔から見てたお姉ちゃんの顔で本当に嬉しそうに笑っていた。
「寂しかったんですよ、ご両親が亡くなったらいきなり佐伯さんなんて呼ぶから」
「それは……」
怖かったのだ、両親が死んでから優しいと思っていた周りの人が、優しい顔をして財産をむしり取ろうとしてきた。
だから俺はお姉ちゃんも、優しい顔をして俺をだまそうとしてくるんじゃないかと、だから距離を置いた。
「まあ、理由はわかってますからいいんですけどね」
そうだ、お姉ちゃんだけは必死に両親の遺産を守ってくれた。
それでも、一度空いた心の距離が埋められずにいた。
けれど、
「つるちゃん効果ですかね」
そうだ、まっすぐ俺を見て一生懸命恩返しをする姿と、彼女が引き起こすトラブルが俺の心に変化をもたらしてくれた。
じゃなきゃ、たとえお姉ちゃんが俺に歩み寄ったとしても、俺が離れて行っただけだろう。
「あの子を見ていると、どうにも冷たくなれないんですよ」
「ふふ、そうですね」
今までつけていた鉄の仮面が、どうしても彼女の前では被れない。
「まあ、子供には勝てないってことですかね」
「……「違いますからね!」」
俺は断じてロリコンではありません。
「あーうー」
ショックなのです。
いっぱい恩返しをしようとしたのに逆にお兄ちゃんに迷惑をかけてしまったです。
こんな事じゃつる失格なのです。
そう思ったら、涙が出てきて止まらなくなりました。
「おまたせーつるちゃん、できたよーってどうしたの!?」
お兄ちゃんがお料理を持って慌ててこっちに来たけれど、涙が止まりません。
「ぐす、お兄ちゃんに恩返ししようと思ったのに迷惑ばかりで私っ……」
「えと、大丈夫だからねっ」
お兄ちゃんがわたわたと慰めてくれますが、涙が止まりません。
「つるちゃん」
「ぐす、なんですか?」
気が付くとお姉ちゃんが頭をなでてくれました。
「つるちゃん、迷惑をかけたと思ったらね、その分もっと恩返しをすればいいのよ」
!! 気が付くと涙が止まりました。
そうです! お姉ちゃんの言うとおりです!
もっといっぱい恩返しをすればよかったんです!
「わかったです! ありがとです!」
「うん、お姉ちゃんも手伝ってあげるからね」
「ありがとなのです!」
よーし、頑張るです!
いっぱいいっぱい恩返しするのです!
「お姉ちゃんありがと」
「どういたしまして」
ファイト! おー! なのです!
ご飯を食べた後(ご飯はとってもおいしかったです)、恩返しを開始しようとしたのですが、
「何をすればいいのですかね?」
お掃除も、お洗濯も、お料理もできないとなると、どうやって恩返しをすればいいかわからないです。
こんな時、お母さんならどうするですかね?
!! そうだおかあさん!
昔、お母さんに教えてもらった“べんとう”の恩返しの方法があったのです。
「おにいちゃん!」
「? どうしたの?」
「機織り機を貸してほしいです!」
「……えーと、ないよ?」
「……ないですか?」
困ったです、機織り機がなければ機織りができないです。
「機織り機なんてどうするの?」
「機を織るのです!」
「博物館に行けばあると思うけど?」
「じゃあ、博物館とやらにいくのです!」
「行くのはいいけど、体験はできるけど現物は貰えないとおもうよ?」
「大丈夫なのです! 自前のがあるのです!」
「えーと、材料持ってきて織るのは無理かなー」
「だめですか?」
「ちょっと無理かなー」
がーん! 困ったです。
これじゃあ、恩返しができないです。
「ところでつるちゃん」
「なんですか?」
「機織りできるの?」
「……できなかったです」
「これでいいかな」
その後も、つるちゃんはいろんなことをするが失敗ばかりで今も、つるちゃんが落とした洗濯物を洗いなおした所。
さっきまで、つるちゃんは落ち込んでいたみたいだったが、どうも寝てしまったようだ。
「お疲れ様」
「お姉ちゃん」
お姉ちゃんが労をねぎらうが、俺はジト目で返す。
昼食の時に手伝ってあげるなんて言っときながら、つるちゃんを見守るだけで全く手伝おうとしない。
おかげで、俺はつるちゃんの後始末にてんやわんやだ。
「ごめんねー、俊君が慌ててる姿がちょっと面白くて……」
忘れていたけれど、お姉ちゃんは結構意地悪だ。
昔、さんざんからかわれた記憶が蘇ってくる。
「……佐伯さん」
「ごめん! ごめんって、さんづけは勘弁して」
まったく、お姉ちゃんは本当に意地が悪い……。
「でも、俊君もまんざらでもないでしょ?」
「どういう意味?」
「だって、昔から俊君て、困った人の面倒見るのが大好きだったでしょ」
「うぐ……」
俺の嗜好を理解してて、そこをついてからかってくるから本当に意地悪だ。
RURURURURURURU!
「電話だ」
俺は携帯を取り出す、? 知らない番号だな。
何かのセールスかと思って出ると、
「こんばんわ、○○警察署の加藤です、桐生さんですか?」
加藤? ああ、そういえば、あの時の少年課の警察官の名前は確か加藤さんだったっけ?
「はい、桐生です」
「つるちゃんの事でちょっとご連絡を……」
!!
「なにかわかったんですか!?」
「いや、それが逆に全くわからないんですよ」
「どういうことですか?」
「他県の捜索願にもつるという少女はいませんでしたし、市役所に問い合わせても、つるって名前はあっても、10歳ぐらいの女の子にそんな名前の子供がどこにもいないんですよ」
どこにもいないってどういうことだろう?
実際、あの子はここにいるし、つるという名前だと思うのだが、
「病院の出生記録にもつるって名前はありませんでしたし、死亡届にももちろんありませんでした。これはあれかもしれません」
「あれってなんです?」
「無戸籍児ってやつです」
「無戸籍?」
「ええ、たまにあるんですが、自宅などで子供を産んで、そのまま、出生届などをださないことが」
「そんなことあるんですか?」
「ええ、子供を産んだことを何らかの理由で隠したい親なんかがいて、そんな親がね、……それで、大体そんな親は経済的に裕福じゃないんでね、つるって子もその類の捨て子じゃないかって思いまして」
「そんな……」
俺はショックを受けつつも、少し納得もした。
戸籍がないってことは、教育も受けられない、あの子の常識のなさはいままで、無戸籍ということで学校にも行かず、ずっと閉じ込められていたからなのだろう。
「それで、どうしますか?」
「どうするって……?」
「無戸籍の子供ですし、おそらく親の方は見つからないと思うんですよ」
「ああ、引き取るかってことですか?」
「ええまあ、戸籍はないですし、多少手続きが大変にもなると思いますし、引き取るのいろいろと大変ですよ?」
「すこし、考えさせてください」
「わかりました。とりあえず、今日一日はお待ちしますので、明日中にはご連絡をお願いします」
俺は、切れた携帯を手に立ち尽くす。
「あの、俊君無戸籍って……」
お姉ちゃんが心配そうに尋ねる。
どうも、俺が言った無戸籍という言葉が気になってるようだ。
「どうもつるちゃんには戸籍がないらしい」
「!! そんな」
お姉ちゃんが驚くのもわかる。
この日本で戸籍がないということは国の何の保証も受けられないということだ。
両親の遺産の管理でいろいろと役所で手続きや弁護士とやり取りをしていたお姉ちゃんには、戸籍がないことがどれほど大変なことか俺よりよくわかるのだろう。
「それでどうするの?」
「どうしようか……?」
「! まさか引き取らないの!?」
「いや、引き取るつもりはある、けど」
「けどなに?」
「あの子に親に捨てられたことをどう説明しようか、と」
そうなのだ、資産家の俺にとって、女の子ひとり引き取ることは簡単だ。
問題はあの子の気持ちだ。
会話の端々から、あの子が母親を大好きなのがわかる。
それなのに、捨てられたなんて知ったらどれだけ悲しむか、それがわかるだけに、できれば母親が見つかってほしかったんだがそうもいかないようだ。
「そうね、あの子ショックを受けるわよね……」
お姉ちゃんも暗い顔だ。
あんな明るい子が捨てられたとわかれば、どれだけ泣くか、考えただけでも胸が苦しい。
「いいわ、私があの子に説明します」
「いや、俺がするよ」
お姉ちゃんが代わりを申し出てくれるが、これは初めにかかわった俺の仕事だ。
「つるちゃん」
「うにゅ? お兄ちゃん?」
どうやら寝てしまったみたいで、お兄ちゃんに揺り起こされました。
「ねえつるちゃん、うちの子にならないかい?」
「うちの子ですか?」
どうしたのでしょう、お兄ちゃんがすごく真剣な顔です。
「うん、今日から家に一緒に住むんだ」
「なんで、一緒に住むのですか?」
「今日から俺がお父さんになってあげるからさ」
「お兄ちゃんはお父さんじゃないですよ?」
「いや、今日から一緒の家族にならないかってこと」
「家族ならお母さんがいるですよ?」
「……いや、そのお母さんがね」
お母さんがどうしたですか?
「……! お兄ちゃん今夕方ですか!」
「え? うんそろそろ日も落ちてきたね」
外を見れば、夕日が沈みかけていました。
「大変なのです!」
お母さんが帰ってきちゃう!
私は慌てて外に出ると服を脱ぎ始めた。
「え? え? なんで脱いでるの!?」
「……つるちゃん!?」
後ろでお兄ちゃんとおねいちゃんが驚いているみたいなのですけど、構ってられないのです。
黙って出て行ったから、ばれる前に戻らないとお母さんに叱られるです。
なんとか服を脱ぎ棄てると、私は慌てて“鶴”に戻る
「「え???」」
そのまま、飛び立つと一目散にお山へと変える。
急がないと、お母さんが帰ってきちゃうです!
「「うっそお!!」」
後ろでそんな声が聞こえた気がするです。
あれから2日後、
俺は、自宅で書類仕事をしていた。
あの時見たものが信じられず、お姉ちゃんと二人で日が暮れるまで呆けていたが、お互いのほほを摘み合ってようやく夢じゃない実感ができた。
まさか本当に、あの時の鶴が人間になって恩返しに来るとは、事実は小説より奇なりとはいうが、奇過ぎだろとも思う。
ただ、あのつるちゃんが、うちの子になれなかったことは少し残念に思うが、
「はあ」
たった一日しかいなかったのに、あの子の想像しさが懐かしい。
コンコン
「ん?」
コンコン
!!
「まさか?」
俺は慌てて飛び出すと、今度は玄関をそっと開ける。
「おにいちゃん!」
「……つるちゃん?」
そこには、つるちゃんが満面の笑顔で立っていた。
「恩返しにきたです!」
「え? え? なんで」
俺は混乱してるみたいだ。
「? どうしたですか?」
「なんでまた、来たの?」
「何言ってるですか? 恩返しは終わってないんですからまた来るに決まってるじゃないですか」
「そっか、……そっか!」
どうやら俺は、笑ってるようだ。
「お兄ちゃん! 今日こそ恩返しするですよ!」
ある所に、大きなお屋敷がありました。
そこには両親を亡くした青年が一人寂しく住んでいました。
そんなある時、一人の子鶴が青年の前に現れました。
子鶴は恩返しと称していろいろなことをやりますが失敗ばかりで、青年に迷惑をかけてばかりいました。
しかし子鶴はあきらめず、何度も何度も恩返しをするのです。
そんな、子鶴を青年は優しく見守っていました。
両親を亡くして孤独に生きていた青年にとっては、自分の生活にずけずけと入り込み恩返しをしようとする子鶴自体が孤独を癒す何よりも代えがたい恩返しになっていたのです。
しかし、青年はそんなことは言わず、何度も失敗して返す恩を増やす子鶴をいつまでも優しく見守っていくのでした。
おしまい
つる「最近、お山に怖い獣さんたちがいなくなったです」
青年「……私有地になったから、猟友会に頼んで獣退治をちょっとね」
つる「私有地ってなんですか?」
青年「なんでもない」
つる「そうですか? そういえばこの前、怖い猟師さんに追いかけられたです」
青年「……ちょっとその猟師の特徴を教えてくれないかな?」
つる「お兄ちゃん? お顔が怖いですよ?」
青年「(ブッコロ)」
佐伯「……やっぱりロリコン」
青年「ちがうから!」
話の流れの強引さと、文章の拙さは作者の未熟のせいです、すみません。
ちなみに設定
青年=本名桐生 俊 20歳ぐらい? 両親死亡、金持ちの御曹司で現在の仕事は、資産のアパート類の収入報告をまとめたりなど。
つる 子鶴で約1歳ぐらい、現在は母親と山で二人暮らし。
佐伯 青年の秘書、財産関係の管財人でいいとこのお嬢様。