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それこそが、運命である。

作者: 一之森はる

注意:ちょっとえっちいキスあります。


 ―――好きだった。


 そんな気持ちを押し殺して、もう何年になるだろう。


 悪しき者が支配する世界は、今や召喚された『女神』によって救われ、平和を取り戻していた。


 その『女神』を護衛するために、共に旅立っていった騎士のひとり、アルバート聖騎士は私の愛する人であり、全てを捧げると誓った仲だったのに。

 『旅から戻ってきたら、一番に貴女を抱き締めたい』―――そう言って、身分違いだった恋を叶えようとしてくれたのに。


 無事旅を終えた女神は、世界を救った褒美として、アルバート聖騎士との未来を王へと願った。

 アルバート聖騎士も、それを受け入れ、国中―――いや、世界中が彼らを、名誉の結婚だと祝したのだ。


 彼が太いその腕で抱き締めたのは、私ではなく女神だった。



 ―――王である父が認めた婚姻ならば、娘である私は意見などできようはずもない。


 そして時同じくして、私には筆頭貴族の第一子との婚約が、進められていた。

 この国の将来が、私の結婚にはかかっているのだ。


 王国第一王女、それが私の持つ、重い責だった。



「見て下さい、アルバート様。お花がとても綺麗に咲いています」

「ええ、そのようですね」


 二人の蜜言のように囁き合う姿が視界に入り、私は彼の代わりに宛がわれた護衛を連れて、庭園を離れる。


 元々、アルバート聖騎士は私の護衛であった。

 姫の責任が重いと、小さかった私は彼によく泣きつき、その都度慰めてくれていた優しい護衛。

 そんな彼へ恋慕の情を抱くようになるのは、最早必然とも思える。


 この広い城で、王でもなく、王妃でもなく、只一人、私の弱さを受け入れてくれる男性。


 ある夜、熱のように燻る想いを堪えきれず、彼の好きなこの庭園で私は打ち明けてしまった。

 『お慕いしております』と。

 彼は心の底から驚いた顔をしていたけれど、破顔し、膝をつくと、そっと私の手の甲へ口づけを落とした。


『……夢みたいです。私のこの想いが、貴女に届くなんて。己の身分を理解し、何度も、何度も想いを押し殺してきた。本来であれば貴女の言葉に、胸を躍らせてはならないというのに―――私には、どうやらそれが出来ないみたいだ』


 そう言った彼は頬を染め、慈愛溢れる眼差しで言う。


『たとえ一瞬の幻であろうと、貴女と想いを通わせた今日を忘れません。私は騎士……貴女に忠誠を誓うと共に、身も心も、全て貴女の為だけに……』


 あの言葉を、きっとこれから先も忘れることなんてできないだろう。

 

 嘘ではなかった。

 きっと、嘘ではなかった。


 ただ、今現在、護る対象が女神に変わってしまっただけのこと。

 騎士の誓いを、優しい想いを、救世の女神へ捧げてしまっただけのこと。

 

 私は、姫なのだから。

 彼と心が結ばれるなんて―――夢に見てはいけなかったのだ。



「シャルロット姫」

「……」

「おい、シャルロット姫」

「え、あ……っ、な、なんでございましょう。シーザー様」


 呼ばれていることに気付き、慌てて顔を上げる。

 そこにはハバムーン侯爵家第一子長兄の、シーザー様が、不機嫌な顔をしてソファに腰掛けている姿があった。


 わが国の伝統として、王族入りを果たすこととなった貴族は結婚前に城に住まい、現王の補佐をすることを義務付けられている。

 外交も共に付き添い、王族の覚悟や職務、思想や威厳を理解する必要があるからだ。

 そして現王から認められたときに、ようやく国中に次期後継者であることを報告できる。


「話しかけても全く応じぬ。なにかあるのか」

「いえ……なんでも。申し訳ありません、こうして執務の合間に、会いに来て下さっているというのに」


 彼はとても能力が高い、と父が嬉しがっていたことを思い出す。

 きっと、彼との結婚も近いだろう。

 

 シーザー様は僅かな時間でも、こうして私のもとを訪れ、共にティータイムを楽しんでくれている。

 それが互いを理解するための時間だと気づいたのは、彼に『愛そうと努力する』と告げられたときだった。


 政略結婚であることは、重々承知している。

 二人とも今まで会ったこともなければ、話をしたことすらなかったのだ。


 だから、彼がそう努力をしてくれるというのなら―――私も、彼を愛する努力をしなければならない。


 多忙であるはずなのに、こうして時間を割いてくれる彼のために。


「言いにくいのであれば、侍従達を下がらせよう。おい、皆の者。しばし二人っきりに」

「ご命令のままに」

「いえ、そのような……っ!」


 制止の声も届かず、部屋にいた侍従達はぞろぞろと扉の外へとでてしまった。


 広い室内にシーザー様とふたり、というのは今までなかったことだ。

 不安に揺らめく瞳を誤魔化すように、ぬるいティーを一口飲んだ。


「気にするでない、愛する我が姫よ。お前の懸念を、俺は理解しているつもりだ」

「懸念、とは……?」


 シーザー様の言葉に、どきりと胸が高鳴る。


 さらさらの黒髪、整った顔立ち。そしてなにより―――吸い込まれそうな自信溢れる瞳が、嘘を許さなかった。


「あの騎士と、結ばれたかったのだろう?」

「っ、……いいえ、いいえ、そのようなことは。私はこの国の第一王女です。王となる方を迎え入れることが私の、」

「騙るでない。俺は存外、お前に対して心を許している。それと同時に、お前にいたく気に入られたくてな。故に、他の者へ想いを抱くことを、俺は許そう」

「え―――?」


 意外な彼の言葉に、驚きの目を向ける。


 シーザー様は腰を上げ、私の隣へ席を移した。

 唐突に近づいた距離に、心臓が跳ねる。


「黄金色の美しい髪、誰に触れられたこともない滑らかな肌……」


 頬にごつごつとした手があてられ、慈しむように撫でられる。

 彼がこんな風に触れてくるのは、はじめてのことだった。


 まるで睦言のように口から出てくる言葉に、私は恥ずかしさから顔を赤く染めてしまう。


「蒼き宝石のような瞳、愛らしい声……お前のすべてを、俺は気に入った」

「あの、シーザー様……お戯れは、」

「戯れ? これが戯れだと? ならば確かめるがよい。俺が本当に、戯れで言っているのかを」


 ぐっと距離が縮まり、顎を上げられる。

 瞬間、唇に柔らかいものがあたり、数秒遅れてシーザー様のそれだと察した。


「っ、!?」


 慌てて胸に手を当て突き放そうとするが、びくともしない。

 これが、男性の力? なんて強い。まるで固い壁のよう。


「抗うな。お前は、俺を愛するのだろう?」


 強く囁かれ、間近から見つめられる。

 少しの戸惑いの後に、私は彼の言う通りに抵抗をやめた。

 滑り落ちそうになった片手を掴まれ、彼の指に絡められる。


 押し倒され、身をよじった私を押さえつけるように、シーザー様は口づけを重ねた。

 開いた唇から、なにかが侵入してくる。

 私の舌を舐め上げ、絡ませ、そして優しく撫で上げる。


「……っ、ん」

「は……これで、……分かっただろう? 戯れなどでは、ないと……。理解したなら、もう一度だ……」


 親指で唇をなぞられ、開けと暗に告げられる。

 彼の命じるままに口を開けば、貪るように再び合わさり、熱に浮かされるように絡まり合った。


 まるで堪えていたものを吐き出すように―――シーザー様は、飽くことなく口づけを求め続けた。


 「シャルロット」と、何度も熱く名を呼びながら。



 侍従が、一通の手紙を持ってきた。


 女神と、アルバート聖騎士との結婚を翌日に控えた日のことだ。

 『どうか、夜の庭園へ』とだけ書かれていた、質素な手紙。

 誰が書いたかなど、考えるまでもない。


 その日の夜。

 私はひとりで、庭園へと赴いた。


 月の光に照らされ、花の彩も深く闇に飲み込まれた庭園。

 よく、月に濡れた薔薇が美しい、と微笑んでいた彼は、いま私の目の前に佇んでいる。


 久しぶりだった。

 久しぶりに、彼の瞳が私を捉え、私の瞳もまた、彼を捉えている。


「……アルバート、様」

「シャルロット姫……こうして、ずっと……」


 打ち震えるように言葉を紡ぐ彼は、唇をきゅっと結び、言葉を切ってしまう。

 慈愛に満ちた瞳に紅潮し、胸が高鳴ってくる。


 ああ、私は本当に―――本当に、恋をしていた。


「申し訳ありません。このように、貴女を呼び出してしまって……でも、どうしても、私は貴女に……」

「アルバート様、どうか、どうか泣きそうになさらないで。貴方は女神と共に在るお方……けれど、貴方と逢えることに、私は喜びを感じてしまった」

「……っ、姫」

「お許しになって……貴方への想いを殺すことなど、私には困難なのです」


 きっと、もう、これが最後。


 そう思ったら、口から溢れて止まらなかった。

 たとえ彼の心に、もう私の想いなど微塵も残っていなくとも。

 たとえ私を呼び出した理由が、想いの決別だとしても。


 それでも、この時間、この一瞬の中だけでも、見つめ合うことを許してほしい。


「私は、今でも……!」

「なりません、なりません、姫。貴女も私も、運命に定められた相手がいるのです。……だから、どうか」


 彼の言葉は、悲痛に途切れた。


 言えない想いが、棘となって胸に刺す。

 痛みで涙が零れ、なにより愛おしい彼の姿を見づらくさせた。


「……なぜ……貴方は、」


 問いたいことは、山ほどあった。

 それなのに、いざ彼を目の前にすると口にすらできない。


 彼の心には、今女神の姿があるというのに―――彼の熱に浮かされた瞳が、シーザー様のあの瞳と重なる。


 どうして、そんな瞳を向けるの。

 どうして、泣きそうに顔を歪めるの。


 明日になれば、もう二度とこうして逢えなくなる。


 庭園の花が咲き乱れれば、私の婚約も公となる。


 これが、最後なのだ。


「……お願い、今宵だけは……貴方の胸の内を聞かせて……」

「……っ、」


 涙ながらに願う。


 彼は迷いを滲ませた瞳を細めると―――仰々しく、その場へ膝をついた。

 あの時と、同じように。

 はじめて想いを通わせた、あの時と。


 そして私の手を、優しく、大事そうに握ると、手の甲へ唇を落とす。


「誓いは、永遠に。身も、心も、すべて……すべてが、貴女と共に。私は騎士、命を賭けて―――貴女を護り続けます」

「アルバート、様……」


 立ち上がった彼は、私へ優しい眼差しを注ぐ。


 どちらかとも言わず、ゆっくりと顔を寄せようとして―――思い直したように、彼は離れていった。

 それが、最後の逢瀬だった。



 翌日、彼は大衆が祝う中、女神と将来を誓い合う。

 そして後を追うように、私もまた、シーザー様と婚姻を果たした。


 国が盛大に湧き上がったのは救世以来だ。

 しかしその空気も長くはもたず、翌年、隣国との戦争が勃発。

 隣国の勢力に、徐々にわが国は圧されていた。


 そんな中、アルバート聖騎士が命を落としたと、訃報が入った。


 隣国の騎士長と渡り合い、見事討ち取ったものの、残存兵によって殺されたと―――。

 報告を聞いたとき、目の前が暗闇に覆われた。

 どれほど嘆いても、悔やんでも、もう彼は帰らない。

 

 彼の戦死は、名誉ある死として、国中で弔った。


 またアルバート聖騎士の功績により、戦況は好転する。

 討ち取った騎士長から、徐々に敵方が瓦解していったのだ。


 シーザー様はこれを機に各国と同盟を結び、次々と戦争を終結させていった。

 その優秀な手腕に、誰もが認める賢王だと、多くの民から讃えられた。



 そして、私は戦争終結後、『役目を終えた』と告げた女神の口から、真実を知った。


 女神には、神の能力がある。

 未来が視え、人の心が視え、悪を祓い邪を滅する、神たる力。


 その能力で、救世の旅をしている際、アルバート聖騎士へ告げたことがあるという。

 曰く。


『この国は、運命に導かれるまま良き王を迎えるでしょう。そこに、アルバート様はおりません。貴方はいずれ始まる戦争にて、武勲を立て戦死されます。この戦争は回避できない。貴方の忠誠、貴女の誓いが本物であるのならば、心にある方から離れなさい。さすれば、この国は未来永劫、平穏たる時を歩むことでしょう』


 女神の言葉に、アルバート聖騎士は決断する。

 かの予言通りとするべく、私と離れるがために女神と婚姻を結び、誰に言うでもなく助けを求めるでもなく―――その命を犠牲としたのだ。


 そして、誓いは成された。

 彼は、誠たる騎士だったのだ。


 アルバート様は真に国を想い、私を想ってくれていた。

 決して口には出さず、自分の死すら恐れず。

 定められた未来を受け入れ、柱のひとりとなったのだ。


 その場に泣き崩れた私の肩を、シーザー様が優しく抱く。


 女神は還り、国は平和を約束された。


 国王シーザーの治世は、60年余り続き、以降も受け継がれた彼の意思によって平穏は続いた。

 王妃を愛し、民を愛し、国を愛した―――彼の治世は、歴史に永きにわたって伝えられるだろう。


 そしてまた、国を支えたひとりとして、アルバート聖騎士の名も語り継がれるに違いない。


 愛している。

 彼を心から、愛している。永遠に―――。


 その想いを生涯口にせぬまま、私は眠りについた。



***


 広大な大地が血に塗れ、戦う者達の叫びが轟く戦場。

 血に倒れるアルバートには、僅かな意識だけが、残っていた。


「……ぁ、」


 もはや感覚はない。

 起き上がる体力すらない。


 唯一許されたものは、祈りだけだった。


 女神に告げられた未来が―――どうか、真実、穏やかなものであるようにと。


 愛する庭園に花が咲き乱れ、

 忠誠を誓った国に平穏が訪れ、

 愛おしいあの方が、幸せとなるよう―――。


(ちが、う……)


 けれど、彼は最期となって、その祈りを否定する。


 本当は。


 許されるのであれば。


 自分が、この手で、彼女を幸せにしたかったのだと。


 叶わなかった想いを封じ、押し殺し、『愛している』と言えなかった無念だけが、胸に広がる。

 この手で彼女を抱き締めたかった。

 触れたかった。口付けたかった。抱きたかった。

 彼女を自分のものとしたかった。


 ―――けれど、笑っていて欲しかったから。


「シャル、ロット……っ」


 呼びたかった愛おしきその名を、精一杯の力で告げる。

 

 愛している。

 彼女を心から、愛している。たとえ死したとしても―――永遠に。


 その想いを生涯口にせぬまま、彼は眠りについた。



 やがて時が経ち、国の在り方も変わり、文明が溢れ、永い、永い時が経った頃。

 女神の祝福か、神の気まぐれか。


 名も変わり、立場も変わり、ふたりは再び、出逢うこととなる。


 それこそが、運命であると知らずに―――。


 

お読みいただき、ありがとうございました。


切ない恋物語を書きたかったのに、最後はどうしてもハッピーエンドにしたくなってしまいました。

今世では結ばれなかったとしても、時代を超え遥か未来で巡り逢い、また三角関係を経て、今度こそ結ばれると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] その台本の無い「劇」といいますが、この世界には女神という決めた未来のため干渉する存在がいる。 良い王様を迎え入れることができました できたのではなく迎入れさせたのだ。 貴族や王族として国のた…
[一言] 女神視点で見ればおそらくほぼ完全に善意、国のためなのでしょう。 それは分かる一方で、このやり方ではやはりどこかに遺恨が残ってしまったのではないかな、と思います。 聖騎士も王女も事情は知らされ…
[一言] 女神は本当に『神の視点』から行動したんだろうな。 どんな選択肢を選んでも戦争は避けられず、戦争を終わらせるための方法で一番良い方法がアルバートが敵将を討つことで流れを変えて、それをシーザー…
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