本文08 第二世界説明2
まだ説明してます
「もう無いですかね?」
解んないところが解りません。と思ってふと気が付く。
「相手してくれるのは嬉しいんですが、木下さん仕事はいいんですか?退社時間とか…」
ステータスの時計を見るともう18時半を過ぎている。初期画面で唯一変化があるのが時計画面。ゲームが始まれば通常の3倍で時間が流れるが、今は現実の時間と同じだと言うことは聞いている。
「もう、こんな時間ですか~。呼ばれないし、貴女をほうって置くわけにも行かないですからね。勤務中扱いして貰えてると思いますよ。ゲーム上のトラブルを何とかするのが運営の仕事ですからね」
「まだまだ勤務中やで~。自分の事が解決せん限り帰れんよ」
村西さんの声が聞こえてきた。
「え…なんかすみません…」
私が謝ることではない気もするけど、私の為もあるのだから謝っておく。
「自分の謝ることやないやろ。後30分ほどで可能性の一つが潰せる事になったのを教えようと思てな」
「もしかしてBB社ですか?えらくフットワークの軽い会社ですね。BB社も推想社も」
平行世界はどうのしようもない。だけどBB社のNPC説はBB社に連絡をとれば何とかなるかも知れない。とは言えこんなに早いとは思わなかった。西門さんが来た時に「会議をしている」と言っていた。あれからまだ二時間も経っていない。なのに既にBB社に問い合わせをしているとは。BB社も推想社も、問い合わせからの行動が凄く早いのではないだろうか?
「開始まで20時間切っとる。自分んとこのミスやったらシャレにならん損害賠償が必要になるからな。どっちも仕事早いわ」
笑いを含んだ声で村西さんが言う。
「自分に断らんと悪かったけど、モニタ見ながら会議しててな。潰せる可能性はとっとと潰してまえって話になったんや。BB社の関与が無かった場合についてはまだ会議中やで」
会議の内容第三者に話していいの?私のことだからいいのかな?まぁ、たいしたことは言って無いからいいのか。
「丁度止めてるからな。中にアバターがおらんかったら、すぐに外せるらしいわ」
すまなそうに村西さんが続ける。
「で、悪いんやけどアバターはブラックボックスの管轄結構多いもんで、誰も居らんくなる。外すのはすぐ出来るみたいやけど、繋ぐのはそう簡単には行かん様でな。エンジニア連中が張り切っとるけど、どれぐらいかかるか解らへんねん」
また無音の中に一人になるのかと思ったら「嫌だ」と言いたい。だけど、だだを捏ねても意味は無いだろうことも解る。自分が消えてしまうかも、と言う恐怖もあるけど、そうなればこの訳の解らない状態から解放されるのではないか、とも思う。ならばさっさと済ませた方がいいのではないか?
自分がいなくなれば推想社の懸念は消えるし、賠償しなければいけないBB社は気の毒だけど、今なら大した金額にはならないだろう。出来るものなら文句を盛大に言って、どうしてなのか問い詰めたい所だけど。
「解りました。一番いいのはブラックボックスが外れたら私が消える事なんでしょうね」
「上層部はそれを願っとるがな。どうなることやら。木下、送ったもん出してや」
木下さんが取り出したのは一冊の本。『初級魔法(火)』と書いてある。中々渋い装丁の本だ。
私は差し出されたそれを受け取り、パラパラとめくる。普通に読めそうだった。
「読めるみたいです」
「ほな良かった。全部出したってや」
村西さんは笑いながら続け、木下さんは次々と本を取り出した。
「履歴書の趣味欄に「読書」ってあったからな。暇つぶし用に使てや。読書傾向が解らへんかったから、モニタ向こうの連中のお薦め本や。とは言っても第二世界に存在させとる本だけやからオモロいかどうかは言えへんな。自分らが作った本薦めとるだけやし」
人の優しさに涙がでそうになる。…半分は本の方に気が行ってたから出なかったけど。…活字中毒一歩手前なら普通のことでしょう。
「ありがとうございます」
ちゃんとお礼は言いますよ。人を無視して読み出すほどは中毒してません。
「BB社が来るまでもうちょっとかな。来たら知らせるから木下と話しとって」
「だそうですけど…何話しましょう?」
「あ、そうそう、ゲーム名といい、ステータスといい、漢字交じりなのはなんでですか?私の世界では横文字メインだったんですけど」
「上層部の趣味だそうです」
…拘る方の多い会社のようですね、推想社。
「今でも横文字主流ですよ。VRゲーム出してるところ色々在りますけど、うち以外は横文字です。世界展開しているところは余計ですね」
「世界展開…言語はどうなるんでしょう?」
ゲームの為に英語覚えたりするのだろうか?原書読むために外国語勉強する人も沢山いるからいてもおかしくはないか?
「同時通訳出来ますよ。最近になって細かく設定出来るのが増えて来ました。誤訳もたまにありますけどね」
「細かくって?」
同時通訳に細かいってどういう状態?
「ロールプレイで常に相手に対して敬語で話してるのにフランクな訳されたら台無しでしょう?だから、通常・丁寧語・敬語・地方訛りと設定出来るんです。」
「自分の言葉を相手にどう訳すか、を設定出来るんですね」
「そうです。敬語・丁寧語の区別が無い国や地方訛りの少ない国なんかもあるのでどこまできっちり出来てるかは、その国の言語が解る人にしか解らないんですけどね」
「しかも同時通訳だから、自分の言葉がどう訳されたのか解らない、と」
「他国に友人が要る人同士で動画取り合って確認したりしてますよ。拘る人は拘りますよね」
…推想社みたいにね。
「木下、戻って来い。」
誰かの声がした。BB社の人が来たんだな。
「あ、ちょっと待ってください」
操作を使用とする木下さんを止める。消えちゃうかも知れないんだ。ちゃんとお礼言っとかないと。
「話し相手、ありがとうございます。他の皆さんにもお礼伝えておいてください。気を使ってくださってありがとうございます、と」
本を持ち上げて木下さんに言う。
「…会社としては消えて欲しいんでしょうが、僕としてはまた会いたいと思いますよ。本の感想も聞きたいし。これ造るの僕も手伝ったんです」
そう言って木下さんが持ち上げた本の題名は『王国法令集』だった。
…言われなかったら最後に回してたと思います…
木下さんも光って固まった。
懐中時計の竜頭を巻き直し、蓋を開いたまま置く。カチカチと聞こえる音がすごく嬉しい。その音を聞きながら、本の題名を確認する。
『初級魔法(火)』『テグの街周辺の動・植物図鑑』『君にも出来る木工』『武具一覧』『テグの街・周辺地図』『モンスター・その生態』『ゴブリン語⇔王国語辞書』『鉱物またその利用法』『王国内人種一覧』そして『王国法令集』
…うん。『王国法令集』が一番気が乗らないけど、これからいくか…図鑑系に心引かれるけど。
『法令集』を半分ほど読んで、NPCではなかったと安心したが、殆ど何も出来ないこの世界にいて、どうすればいいんだろう?という不安も抱いた。
…取り合えず目の前に本がある。読む事に没頭しよう。
お読みいただきありがとうございます。