本文02 運営登場
「あ~いい眺めだなぁ。明日には人だらけになっちまうんだろうけどなぁ~」
伸びをしながら長身の男が呟く。
その呟きを受けて細身の男が心外そうに答える。
「なってもらわないと困りますよ。いくら赤字覚悟たって、本当に赤字になられたらたまったもんじゃないです」
「初回販売分、速攻売り切ったんやろ?心配いらんのんとちゃう?βの連中にも評判よかったやん。修正ほとんどなかったし」
がっちりにとした体型の男が苦笑しながら言う。
「その分前に苦労したけどなぁ。主に技術者達が」
αの頃のエンジニアを思い出して肩をすくめるる長身。
「そうですよね~。完全にゾンビになってましたよね。…人襲わないだけで」
同じように思い出したのか身震いをする細身
そこにさらっと爆弾を落とすがっちり。
「企画の斎藤が襲われてへんかった?」
「あ~、襲われてた、襲われてた」
「何があったんです!?」
襲われた人がいると聞いておののく細身
「あいつこっちに咬んでないくせに、手際が悪いだのなんだのぬかしててな。キレた技術者に、エンジニアルーム連れ込まれて、プログラムについて小一時間程講義を受けさせられたらしい」
「…斎藤さんとやらは理解できたんですかね?」
「さあなぁ。が、あん時のエンジニアルームに10分いるだけでもゾンビの仲間入り出来たろうに、講義一時間なんて、想像もしたくないわ」
「ですよねぇ。僕差し入れの際、誰か出て来るの待ってましたもん」
半年前のエンジニア達も酷い状態だったが、エンジニアルームの室内は更に酷かった。リアルダンジョンとか魔窟と言ってもいい状態だった。クリーンルームのはずだが、間違いなく魔素が充満していたに違いない。
「あはははは、ヘタレやなぁ。わからんでもないけど」
「更にうちの課長と部長にも説教くらったらしいぞ?」
「げっ、あの二人同時にですか?うわ~…」
課長も部長も怒らせると怖い。けして怒鳴り散らしたり理不尽なことで怒ったりしないのだが、普段はとても穏和で親しみやすい上司なのだが、一度怒らせたら、二度とこの人達を怒らせてはいけないと悟るのだ。
そもそも会社からの押し付けでゾンビ化したのではない。彼等は自分達のしたいことをするために自らゾンビ化したのだ。余所からケチをつけられること自体おかしいのだ。
「何でも『お前の代わりは幾らでもいるが彼らの代わりはいない』だそうだ」
「再起不能やな…」
内情も知らない新人の癖に偉そうな事を言うからだ。一般的にエンジニアは契約社員やアルバイトで代わりの効く使い捨てのような扱いが多いようだが、推想社の扱いはかなりいい。正社員が多いし、無理な残業はさせない。仕事はシフト制で、休みが少ないと人事課から文句がくるのだ。自分達から仮眠室の設置を申し込んで、納期前には勝手に泊まり込んでサービス残業している連中なんだが。多分、仕事をしてないと死んでしまうのだろう。小説や漫画に出て来るマッドサイエンティストなんかが近い存在だろう。そんなのが何人も居たりする。
「なんぞ、景色はいいけど動くもんが何もないってのも、寂しいもんやなぁ」
「ダイブする許可はもらいましたが、動かすのは駄目って言われましたもんね~」
稼働前のVRMMOの世界。全てがオブジェの様に止まっていて、風すら吹かない。動いているのは三人だけだ。三人ともβは参加していたが、人の居ない第二世界に入るのは初めてだ。ましてや停止中のVRMMOなんて入るのも初めての事。ゾンビを忘れて景色を楽しもうと辺りを見回す。
そんな中ふと目を引いた黒い物体があった。
「あれ?あんな物ありましたっけ?」
「どれや?」
細身の素っ頓狂な声を聞き咎めて見渡すがっちり。
「花壇の所です、ほらあの黒いの!」
二人がちょっと離れた花壇を見やると確かに黒い物体があった。
「あれか」
「バグホールか?」
不審そうな声をだしながら少しずつ近づいてみる。
「人か?」
「人ですね」
「何でおるんや?」
バグではなくてほっとしながらも、更に不信感が募る。しゃがみ込んでいるせいで上着の形状は見えないが、明らかにGパンとごつい運動靴。この世界にはないはずの物。
レベルの高い職人なら再現可能だがβのデータも初期しており、そんなもの造れる職人がいるはずもない。残ってたとしてもβのレベルキャップは30。上級職には全く届かなかったはずだ。ましてや生産職では中級職まで行った者も稀だった。中世風に作られたこの世界、NPCが現代人の服装をつくれる訳がない。
「…日にち間違ってダイブしちゃったんですかね?」
有り得ない事を言い出す細身。
「んなわけあるかい。まだ流してないはずやぞ?アバター作成もできひんはずや」
まっとうなことを口で言いつつも可能性はあるか?と思うがっちり。
(違法な手段でやったらできるか?その場合うちのセキュリティーが破られたってことやな。あのエンジニア達相手にそんなこと可能なんやろか?)
すっかり犯罪者を見る目で見ているが、個室式のVRマシンにコートと靴を履いて入るものなど居ないことを念頭から吹き飛ばしている。
「エンジニアさんと上の連中に報告するべきじゃないか?」
一番まともだったのは長身だったようだ。
余りにも当然な発言に頷く二人。
「そうやな。そうやった」
「そうですね」
だがそれが実行されることはなかった。
顔をあげた黒いコートは三人を見つけると叫びながら走ってきたのだ。
「人だぁぁぁぁ!」
「え?」
あ、メガネだ。黒いコートの勢いに体を引きながらそんなことを思う細身。
同じように体を逃がしかける長身。
「なんだ!?」
「女か!?」
二人のように引きはしなかったものの何気に一番失礼ながっちりだった。
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