第8話 襲撃
再び車へと乗り込み、一時とはいえ『一般』に少しだけ触れたサービスエリアを後にした私たちは、パトリオートと仲間たちを連れて会談を開催する会場へと向かっている。
車内ではワトソンのことがどうも気になり、チラチラと視線を向けているのだが、目が合うたびに視線を逸らされてしまい、どうしたものかと悩んでいるところだ。
何か、彼女の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか?
しかし……駄目だ。一向にシャワーを浴びる前の記憶が思い出せない。
仕方ない。思い出せないものは思い出せないと開き直ってしまおう。
後日ワトソンの機嫌を良くするために……もう少し高めの寿司屋に連れて行ってやろう。
「失費が、痛いがね……」
「ミステーロさん」
ふと、隣からパトリオートが私を呼んだ。
私は顔を向けるだけで、呼び掛けに応じたという反応を示す。
「今日は、ありがとうございました」
「……は?」
いきなり何を言い出しているんだ、この子は。
まだ護衛も終わっていないのに、お別れムードで話し始めたぞ。
「とっても楽しかったです……お買い物」
あ、あぁ……そっちのことか。
てっきり護衛を解雇されたのかと思った。
せっかくの報酬金がパーになったのかと焦ってしまったよ。
「ボクは身分上、このように外出してお買い物を楽しんだことがありません。ほとんどお父様……ボスの部下が運んでくるか、ネットで買ってくるかしかしたことがなくて」
その歳で通販をしているのかい。それは教育的にどうなのか……私には興味ないが。
「でも、今日はミステーロさんとワトソンさんが一緒にお買い物をしてくれて、本当に楽しかったです。本当の本当です。すごく、すっごく……!」
まあ、伸び盛りであるのに容易に外へ出られないのは、何かとこの子には大きく負担が掛かっていたのだろうな。それが今日の私たちとの買い物で、一気に解消されたと。
どうりであんなにも笑顔ではしゃいでいたわけだ。何となくそんな気はしていたが。
「今日という日を、ボクは一生忘れません。ありがとうございました」
「いや、寧ろ私は服を買ってもらったのだ。礼を言うのは此方の方だよ。ありがとう」
しかし買ってもらったは良いのだが、いつ着れば……。部屋着にでもするか。
「あー……うん。ボクも、楽しかったよ。ミステーロには悪いことしちゃったけど」
パトリオートの奥から、少し小さな声で話すワトソンは、やはり何処か元気が無い。
「ワトソン? 最後の方がよく聞こえなかったのだが」
「うっ、ううん! 何でもないよ! ごめんね、視線を逸らしちゃって、って言ったの!」
そう、なのか?
まあ彼女自身がそう言っているのだし、事実なのだろう。
それに口ぶりからして彼女は機嫌が悪いのではなく、どうやら何かしらの私に対するミスのことで大きく怯えているようにも感じ取れる。それが何なのかは分からないが。
「ワトソン。先ほどから様子が変なのだが……私は君に何かしてしまったのだろうか?」
いまはこういう質問を聞くべきでないのかもしれないが、今後の仕事にも影響してきてしまってはあまりにも危険な要素なのだ。仲違いにも似たこの状況は。
なので私は、意を決する思いで相棒へと問い掛けてみた。
「ち、違うの。ショック性の記憶錯乱みたいだけど、帰ったらちゃんと謝る」
……?
話が噛み合わないのだが。
ショック性の記憶錯乱?
駄目だ、情報が少なすぎて推測すら立てられない。
「そうか。よく分からないが、いまは関係修復といこうではないか」
「う、うん」
「仕事に支障が出ては困るからね」
「一番はそこかよ!?」
おぉ、久々のツッコミ……その無駄な元気があってのワトソンだ。
調子が狂うというほどでもないが、やはり相棒のテンションは此方の行動にも影響が及ぶというものだ。楽しくしているのを見ると、此方も楽しくなるみたいな感じさ。
まだ本調子ではないだろうが、しかしそろそろ時間も無いことだ。
私は一度、運転手の男の服に目を落とし――
「さて……ではワトソン。おそらく、そろそろだと思うのだが」
まったく脈絡の無い話を、相棒に投げ掛ける。
他人からすれば、いきなりこいつは何を言い出だしているのだ? と眉を寄せるだろう。
しかしパトリオートの隣に座る私の相棒は、さもその言葉の意味を理解しているかのように
「かなぁ? 人も少なくなってきたし、絶好の戦場って感じ?」
妖しい笑みを浮かべて、今度は此方にちゃんと視線を合わせてきた。
「だね。確認しておこう。準備と体調は完璧かい?」
「うん! 最っ高にハイってやつだよ!」
相変わらず返事がでかい子だ。耳に響く。
しかし空腹によって引き起こされていた体調不良は、どうやら万全に回復したみたいだな。
……ん? ワトソンに対して言った『体調は完璧かい?』という言葉に違和感を覚えるぞ。その違和感が何なのかは、分かりそうで分からないのだが。
どうやら私の記憶消失と相棒の体調不良には、何か因果関係があるのかもしれないね。
「あ、あのお二人とも? 何のお話をされているのですか?」
私とワトソンのいきなり始まった不可解なやり取りに目を丸くしたパトリオートは、少し不安げな面持ちで首を左右に振って私たちの顔を見上げてきた。
「そうだね。これは戦闘の前に行う、ある種の円陣みたいなものかな」
私が至極当然、という風に彼へと説明するが、色々な事情を知らない彼にしてみればそれは余計に混乱を招くだけの言葉だった。更に目を丸くし、混乱による不安でオドオドしている。
「せ、戦闘……? な、何を言って――」
「そう。本当ならばあのサービスエリアの駐車場で問い詰めたかったのだが」
「あそこって囲まれたら遮蔽物も無いし危ないじゃん?」
アメイジス帝国の攻撃により見晴らしの良くなったあの場所は、狙撃が出来ない代わりに隠れる場所も無い。もしあそこで攻撃をされていたら、流石に辛い戦闘となっていたかもしれないね。
「お、お二方?」
今度は運転手の男性も怪訝そうな声を上げ――
バックミラー越しに、私と視線を合わせた。
その瞳の奥にある、運転手には似つかわしくない――殺気を確認して
「では改めて問おうか。運転手さんよ」
ここで私は一息入れ、少し目付きを鋭くさせてから――
「何故に、服の下に防弾チョッキを着ているのかな?」
――その声が車内の誰もが聞き取ったか否かの刹那。
私たちの乗る防弾車が右側から突っ込んできた同じ防弾車に衝突され、激しくスピンをしながら砂利道を滑っていった。
「――!?」
私の隣でパトリオートが声にならない悲鳴を上げて自分の体を抱くように丸くなった。
相棒は『ひょーっ!』と帽子を押さえながらこのスピン状態を楽しんでいる。
運転手の男はスピンを続ける車内で、私を鷹の目のような鋭さで睨みつつも『何故こいつはそれを知っている?』といった疑問の視線を投げ掛けてきた。
スピンする防弾車。その揺れる車内で、私は薄い笑みを浮かべながら彼の無言の質問に答える。
「なに。私も常に防弾チョッキを着用していてね。着膨れしている感じを見て結論付けたまでだよ。おおかた、私たちが周囲の状況を探っている間に着替えたのだろう?」
それに対して運転手の男は――何も答えない。沈黙は是なり、ということかな。
ここでようやくスピンが止まったのか、防弾車は一度だけガクンと傾いたかと思うと、速度が完全にゼロとなって砂利道の路肩に停車した。
「貴様……」
その言葉には、先ほどまでの物腰柔らかな、妙齢の男性特有のゆったりとした声音ではなく――怒気と殺気を混ぜた、まさに殺し屋のような声音へと変貌していた。
「やっと化けの皮を剥いでくれたかい」
「着膨れ具合から違和感を覚えるとは、噂以上の洞察力だな」
「事務所から出発する時には着ていなかったからね」
運転手というのは、戦場においては非戦闘員に分類される。
それが防弾チョッキを着ているというのに違和感があった。それが一番の要因かね。
運転専門の人間がいるのは、戦闘要員を運転手に割くのを避けるためのもの。そして一人でも多くの戦闘要員が、戦場に行けるようにと作られたポジションなのだ。なので運転専門の人間が戦闘要員の装備をしているのがおかしかった。私の中では。
少なくとも私の見てきた者たちは、装備しても護身用の武器を持つ程度の者しかいなかったからね。
「よく見ていたな」
「強いて言うならば、君がワトソンを睨み付けたあのときから既に違和感はあった」
「なんだと?」
「あの目は明らかに死線を幾度となく乗り越えてきた、歴戦の猛者の目だ」
獲物を狩るかの如き鋭い瞳――
人は、目付きで力量を測れるのだよ。
なので、歴戦の猛者の目を持つ運転手――そんな者がいること事態、おかしい。
何処か体を壊したから戦えなくなり運転手となったとも考えられるが、サービスエリアにいるときに彼の歩く姿を思い出してみると、寧ろがっしりとした、年齢にそぐわない歩き方をしていた。
あれだけでバリバリ元気な健康状態を証明しているよ。
「それにいまの衝突にも動じていない。まるで衝突されるのを知っていたかのような素振りに見えたよ?」
車が衝突したというのに眉をピクリとも動かさなかったのだ。この運転手は。
それに突っ込んできたのは私たちと同じ型の防弾車。この男は、初めから衝突されることを知っていた可能性がある。だから衝撃を和らげるために、防弾チョッキを着たのかもしれないな。
――それ以外の理由もあるのだろうけれどね。
「なるほど。つまり俺たちは、お前の実力を見誤っていたということか」
「……その言葉。解釈するに、つまりはお前たちか。反乱因子とやらは」
えっ――隣でパトリオートが、驚愕の声を上げて運転手の男へと目を向ける。
状況が理解出来ていない彼のためにと、私は容赦なく――
それこそ彼の心境などお構いなく、ごくごく普通の態度で喋りだす。
「一昨日、君たちの組織にパトリオートを殺すとの予告電話が入ったね?」
「それがどうした」
「その日、私はある人物の依頼を受理した。君たちの組織に関する非殺傷の依頼をね。だが何を考えたのか、その人物は〝ミステーロがお宅の若様を殺す〟と依頼内容を歪曲して電話を入れたのだよ。いま思えば、あの男は何処か信用出来ない顔立ちだったよ」
〝シーカーズ〟のボスからそんな電話が相手に入っていたと聞いた時には、すぐにでも〝M〟を探し出して迫り、返答次第では射殺してやろうと力んだものだ。
一体何を考えているのだ、あの男は。やはり只者ではないのかもしれないね。
運転手の男はただじっと私の言葉を聞き、フッと観念したように笑うと、バックミラー越しではなく此方に振り向いて喋りだした。
「あぁ、そうだ。衝突してきたのは仲間だ。我々が――反乱因子だよ」
パトリオートだけが信じられないというような顔で、私と運転手を交互に見上げている。
「我々は、組織を解体して人々を支援するという偽善じみた団体を設立すると妄想を吐き出すパトリオート坊ちゃんに、このままでは自分たちの生活が潰されてしまうと危惧した」
だろうね。いや、彼の考えと反乱因子たちの行動は非常に正しい。正論だ。自己防衛だ。
誰だって己の生活が脅かされれば、護りたいと思うだろう。
その考えから発展していった結果が、この行動なのだからね。
「しかし坊ちゃんはボスの息子にして次期頭首」
「そうそう反論など出来ずにただ破滅が訪れるのを待っていた……と?」
「そういうことだ」
窓の外に目を向けてみると其処には、先ほどまでパトリオートを護衛していた黒服の男たちが、私たちの乗っている防弾車の前方を塞ぐように現れ始めていた。人数は四十人前後。その手には、拳銃やアサルトライフルが握られており、何よりその男たちの中に見慣れた人物――ピエーデの姿があったのだ。
あれだけ坊ちゃん坊ちゃんと陶酔していたのに。良い演技だったよ。
「相手が相手だ。綿密に計画を立てなくては、仮に成功しても計画がばれて結局は組織の人間に殺される。そこで目を付けたのが、外部からの依頼でパトリオートを殺すと電話してきた相手が言っていた私か」
「貴様を取り入れたく、何とか護衛と偽って此処まで連れてくることに成功した。ずいぶんと高い報酬金を支払わねばならないが、先のことを考えれば一時の苦しみ程度だ」
利害の一致ということか。
自分たちが殺しては後々で面倒なことが起こりかねない。ならば外部の、それも目的が一致する私にやらせれば――自分たちは寧ろ被害者として振舞える。そういう魂胆だろう。
人のことは言えないが、ずいぶんと汚らしいやり方だね。
「事情などはこの場で話して、仮に首を横に振れば私たち共々パトリオートを殺す、と」
その問いに運転手の男は何も答えず、ただニヤッと怪しい笑みを浮かべるだけだった。
私は構わず話を続ける。
「そして今朝、また電話が入った。私の代理人からの」
「あれはお前の仲間か。〝自分たちもパトリオートを狙っているから、手を貸そう〟と。〝シーカーズ〟だなんて、聞いたこともない組織からの電話だった。半信半疑だったが、少しでも戦力は補強したかったからな。あいつらは情報屋らしいし、俺たちがパトリオート殺害に参加していたことを徹底して揉み消すという条件で、加担してもらったのだ」
ピエーデが何としても私たちに依頼を受けて欲しかったのは、自分たちの生活を死守するため。報酬金を独断に近い形で飲んだのも、私が受けないと言わないように機嫌を取るための行動だったというわけか。あの時の違和感が解明されて、スッキリしたよ。
あと……〝シーカーズ〟のボスは、上手くやってくれたようだね。
それにしても、意外とあの組織は知られていないのだな。
結成して一年ほどだし、まだリピーター獲得は少ないのかもね。
(それはさておき)
首を振ったら私もろとも――ワトソンはどうなのやら――殺すということだが。
ふむ、過去にこの組織に何か迷惑でもかけたかな?
心当たりは無いため、おそらく口封じのつもりだろう。
「それで、返答はいかほどに?」
返答――つまりパトリオートの護衛から、殺害に移行してくれるかと聞いているのだろう。
「護衛分の報酬金とは別に、殺害分の報酬金を支払うのならば」
「そう言うと思って余分に金は用意してある。十万ユーロでどうだい」
「十二万ユーロだ。護衛よりは楽だからね、殺しは。だが十二万だ」
ここでも私は冷静に値上げをする。
運転手の男は少し苦い顔をするも、コクリと頷いて了承してくれた。
「……良いだろう。此方も、背に腹は変えられん状況だからな」
ワトソンにも確認のつもりで、目配せをしてみる。
彼女はウインクして、実に楽しそうな笑顔を向けてきた。愚問だったようだね。
「これはミステーロの依頼で、ボクは相棒。ボクは彼女と行動を共にしまーす」
「交渉成立……と、言うわけだ。パトリオート君」
そこで私は彼の腕を強引に引っ張り、防弾車の扉を開けて外へと出る。
反対側からもワトソンが、嬉々とした表情で出てきた。
「う、嘘ですよね……ミステーロさん? 何かの冗談ですよね!?」
男性とも女性とも取れる声が、いまは悲しみと絶望と困惑が入り混じり、まるで錆び付いたフルートのような汚らしい戦慄きとなっている。
何かを懇願するように、夢なら覚めてくれというように、裏切られたというように、混乱が頭を支配したように、引きつる顔が絶望していくように――
彼は、パトリオートは――
裏社会の人間の欲で自分が殺されそうになっているという現実を、突き付けられたのだ。