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第6話 食事

 ……こんなものだろうか。


 私の足下には、脱いで畳んだ黒のロングコートと灰色の男物のスーツが上下に、ホルスターと拳銃が三丁、常に着込んでいる軽量化された防弾チョッキとブーツが置かれている。

 自分で言うのも変だが、以前相棒に『女っぽくない』と言われた理由が分かる気がするね。

 悲しいかな、それは私も自覚はしているよ。


 試着室に取り付けられている――というよりは、設置されている鏡を見てみる。

 其処には、先ほどのような、武器を持つ物騒な私の姿は無く、人にもよるだろうが私自身の目には、少し斜に構えたような格好をした自分が映り込んだ。


 こ、これは……似合っているのか?

 まあいい。評価は外にいる二人が下してくれるだろう。

 シャッ、とカーテンを開けると、二人は待ってましたとばかりに手に持っていた服――着替えている間に商品を見ていたらしい――を置いて此方に走り寄って来た。


「おぉ……」

 始めに感嘆のような声を漏らしたのは、相棒のようだ。

 パトリオートに手渡された服は――案外シンプルなものだった。


 上は白いワイシャツに黒のネクタイと、これも黒で薄手の袖なしジャケット。下は茶色いベルトが巻かれた群青色のジーパンで、頭には黒い男物のハットを被り、左手首と腰にはチェーン型のアクセサリーを付け、何処かワイルドな雰囲気を漂わせている。靴は茶色い革靴を履き、全体的に見ると少し男っぽいように感じられるコーディネートだ。余計に女から離れたような気がするが。


「すげぇー……。けっこう似合ってるよミステーロ!」

「そ、そうかね」

 そんな面と向かって言われると、やはり気恥ずかしいね。

 無意識に、ハットを少し深く被り直した。

 顔が火照っているのが分かってしまって、余計に恥ずかしくなる。


「それでポケットとかに手を突っ込んでみて!」

「こ、こうか?」

 相棒に言われるがまま、手をポケットに入れてみる。


 今度は二人の口から『おぉ……』と感嘆のような声が漏れた。

 そんなに良いものなのか、ポケットに手を突っ込むという行為は。

 後ろの鏡で確認してみるが、別に何とも感じられない。

 ……二人は何処を見て声を漏らしたのだ?


「ミステーロさん格好良いです! 何だか昔読んだ漫画の『男勝りの姉貴』みたいで!」

「そうか……」

 遠回しに『女に見えない』と言われているようで、その言葉は複雑に感じるね。

 しかし彼はまだ子供。褒め言葉として言ったはずだろうから、そう飲み込んでおこう。


「ミステーロって良い意味で中性的な雰囲気だし、こういう男っぽい服が似合うんだよね」

「そういうものなのか」

「きっとそうですよ。すみません店員さん! この人が着ている服、買います」


 何だって? 私は別に必要無いのだが。

 静止しようとその時、ワトソンが私に飛びついて口を塞いでしまい、お会計を止めることが出来なかった。


「むぐっ……な、何をするワトソン!」

 急に飛び掛って来たため驚いた私は、バランスを崩して彼女がまるで私を押し倒したかのような体勢になりながらも抗議の声を上げる。ち、近いぞ、顔が。ワトソン。


「さっきも言ったでしょ? 男性のアプローチは、女性として受け取らなきゃ」

 わざとなのか、或いはからかっているのか、ワトソンは私の耳元で空気を含むような喋り方で迫ってくる。無駄に艶っぽい……き、気持ち悪いぞ!


「ミステーロは意外とモテる要素持ってるんだからね? 自覚と胸は無いみたいだけど」

 おい、胸は関係ないだろう。

 あんな脂肪の塊、男を誘うだけの街灯に過ぎない代物だ。私には必要ない。断じて。

 それに――


「寧ろ無い方が良い。戦闘あり、逃亡ありで動きっぱなしだからね。胸に重たい脂肪を付けているよりかは動きやすくて無い方がマシだ」


 これは本音である。胸の脂肪があると、色々と不都合なのだ。

 走ると揺れ、肉弾戦に持ち込まれると体積が増える分、殴られる確率も上昇し、狭い場所に潜り込むことも困難となる。おまけに防弾チョッキが着づらくなるという厄介な弱点もあるからね、私はこのほとんど無い胸に感謝しているよ。


 実際、胸があったら銃弾が貫通していた、なんて場面も数多くあったからね。

 だがワトソンは、私が言った言葉を強がりだと勘違いしたらしく、イタズラっぽく目を細めてニヤニヤと、肉体年齢に合っていない大きな胸をプルッとわざとらしく揺らした。


「またまたぁ~。良いのよ良いのよ。女の子は誰だって夢見るもの。巨・乳・に・♪」

 グッ……何故だか分からないが、凄まじい説得力と敗北感を同時に背負った気分だッ。

 何だこの感覚は……まさか、私の意志とは裏腹に、本能ではやはり私も『もう少し胸があってもいいと思う』とでも考えているのか? あ、ありえん……。


 腹いせと言わんばかりに、ワトソンの無駄に大きな胸の脂肪を思いっきり鷲掴みして、彼女が怯んでいる隙に一発だけ腹部に蹴りを入れて試着室へと入る。

 カーテンの外側で、おごぉ……と情けない声が重低音で聞こえてきた。


「そこで反省したまえ」

「は、反省も何も……事実でしょ」

「寿司」

「お、横暴だぁ……」

 否定はしない。こうでもしないと、君は黙らないからね。

 まったく。相棒に褒められて良い気になっていた私が浅はかだったようだ。



「つ、次は何処に行きましょうか!」

 服屋のテントから一歩踏み出した瞬間、パトリオートが興奮気味に私に問い掛けてきた。

 何がそんなに嬉しいのか、今日見た中でも屈指の輝き具合を誇る笑顔だ。

 パトリオートのプレゼントとして、いま私の手には先ほど試着した服やらアクセサリーやら靴が入った紙袋を持っている。


 何処と言われてもね……。

 小腹が空いているし、ハンバーガーショップにでも行くかな。


「ハンバーガーショップにでも行こう。朝食を食べていない馬鹿もいるしね」

「悪かったね。朝風呂しちゃって」

 いや、別に朝風呂を非難しているわけではないぞ。

 朝風呂するくらいならば朝食を済ませられていただろうに、と思っただけだ。


「ハンバーガーショップですね! では案内します!」

 トテトテと子供っぽい歩き方で人ごみを避けていくパトリオート。その両隣を、挟むように歩く私たちは、周囲の人間たちの動きを逐一観察する。


 いつ、何処から襲われるか分からないからね。

 もしかしたら人ごみなどお構い無しに襲い掛かってくることだって考えられる。どんな依頼でもそうだが、想定外の事態を備えて動くことがポイントだからね。

 そして、ここで気を付けなければならないのは――精神の持ち方だ。


 敵は何処だ――

 何処から攻めてくる――

 誰が敵なのだ――


 と、決して混乱してはならない。混乱すればするほど、寧ろ敵の思う壺だ。相手にとって護衛をする人間ほど厄介な人間はいない。その人間が、敵が来るという恐怖に精神を蝕まれていれば、自然と隙だって大きくなる。そんな状態で攻められてみろ。


 ――依頼不達成は当然の結果と言われて、それこそ当然だろう。


 まだ十代未満だった頃の私は、赤子のときに引き取られた傭兵旅団で多くの過酷な精神修行をした結果、このように緊迫した状態でも冷静に、それこそ辺りから漂う料理の香りを堪能出来るほどには余裕を保てているのだ。いや、別に香りでうつつを抜かしているのではなく、あくまで堪能しているだけだよ。


 では、私の相棒――ワトソンはどのように行動しているのかというと

「モガモガ……うん、おいひいね。このケバブ……あちっ!」

 ……まあ、よく分からない。というか、いつの間に買ったのだ。そのケバブ。


 彼女も始末屋という職業ゆえ、既に緊迫とした現場には相当に慣れているのだろう。それこそ食べ歩きをしながら護衛をしているのだ。ある意味、私以上の精神力を持っている。

 何故なのだろうな。私の足りない部分を、彼女は色々と持っている気がするよ。

 少し、肩の力を抜くべきなのかな、私は。そういう部分は尊敬出来るところがある。


 などと、絶対本人に聞かせたら調子に乗るようなことを考えていると、私の鼻腔がその昔、和の国ジパングで生まれたというハンバーガーに用いるテリヤキソースの香ばしさを捉えた。


「此処ですよ!」

 パトリオートが指差した先には、簡易的な赤と白を基調とした、木製の建物が建っていた。それも相当な長い行列を成して。

 他の店にこれほどまでの行列は見受けられない辺り、相当に人気のある店のようだ。


「ずいぶんと混んでいるようだね」

 人の列が一、二、三……六回ほど蛇行しているぞ。

 店のレジはその倍はあるというのに、まったく捌けていない。

 これは店側も想定外だっただろうね。店員の顔を見ると、慌てている様子がよく分かる。


「こ、これに並ぶのー?」

 パトリオートの隣で、ワトソンがガックリとうな垂れて大きく溜息を吐く。

 まるで遊園地の大人気アトラクション前のような大行列だからね。無理はないか。


「私も、この人ごみは視界に入れたくないほどだが、小腹の事情もある。やむを得ん」

「ミステーロが並ぶなら……じゃあボクも並ぼうっと」

 判断基準が私の行動とはどういうことだい。


 コートのポケットに入っている長サイフの中身を確認しつつ、猫の歩行速度よりも遅くゆったりとした速度で動く人間の列に合わせて歩いていく。



「……」

 遅いな、これは。もう三つほどレジを追加した方が良いのではないか?

「うぅ……」

 参ったね。隣のワトソンがだんだんと顔色が悪くなっている。朝食を抜くからそうなるのだよ。もっとも、何か軽いものでも持ってこなかった私にも非があるのだろうが。


 それにワトソンは、共に暮らしていたので知っていることだが、彼女は空腹度と態度の悪さが異常に比例するのだ。腹が減れば減るほど、態度も悪辣(あくらつ)なものへと変化するのだ。

 それはもう、正反対だよ、いつもとは。

 ――おっと、そうそう。忘れてはならないのがパトリオートだ。


「パトリオート。申し訳ないが君も並んでくれないか?」

「えっ、ボクもですか? ボクはさっき食べたのですが」

「いやそうじゃない。君が私たちの傍を離れるのは危険だ。君は狙われている立場だし」


 あぁ、と理解したらしい彼はポンと両手を合わせて、そういうことでしたかと笑顔で私の後ろ、ワトソンの前に一緒になって並ぶ。

「すみません。ボクのせいで行動が制限されるようで」

「気にすることはない。君は狙われている身。私たちは君を護る身。それだけさ」


 命を狙われている身だというのに、これは思いやりがあると言えば良いのか警戒心が薄いと呆れるべきなのか。

 まあ、それは個人の勝手か。

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