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第5話 避難所

 車を出た私とワトソンは、まず始めに周囲の状況を探っていく。

 辺りには焼けた木々、陥没したコンクリート、年中賑わっていたというショッピングモールは無惨にも瓦礫の山となっていた。だいたいの地形は〝シーカーズ〟のボスに聞いたが、やはり自分の目で確かめるのが絶対的に信頼出来るというものだ。


 しかし、見事なまでに破壊し尽くされているな。

 賑わっていなくて此方としては万々歳だが、ここまで静かだと少し物寂しさを感じる。

 おまけに空気が冷たく、少し肌寒い。


「ワトソン、どうだい」

 車を挟んだ反対側で、小型の双眼鏡を覗く相棒へと振り向く。

「うーん……狙撃出来るような場所もないよ」

「まあ、アメイジス帝国の襲撃の影響で一帯の見晴らしが良くなったからね」


 ひとまず、狙撃される心配はないということか。

 護衛をするにあたり最も厄介なものは、遠距離からの狙撃だ。

 数百mも離れた場所からの銃撃など、避けることは――私は拳銃程度なら出来なくもないが――おろか感知することなど出来ないからね。運よく相手が狙撃に失敗をしてくれれば、着弾した角度から場所を特定することは出来るが、基本的に狙撃手は外せばその場を離れるので、やはり厄介な相手というわけだ。


 ふぅ……と一つ、溜息を漏らす。

 いつまでこんな――護衛ごっこ(・・・・・)をすれば良いのやら。

 早く報酬金を頂いて〝M〟の依頼を済まさなければならないというのに。

 ……それまで上手く、事が進めば良いのだがね。

 その時、ヒュッと音を立てて私の横を何かが過ぎ去った。


「っと……この辺りは風通しが良い土地なのかね。吹きつける風が強い」

 そもそもこの辺は山に近い場所にあるため、峠を越えてきた風が一気に吹いてくる。それも、四方から。なかなか強めの風が。

 こんなに強い風が、それもいきなり吹けば――


 後ろの相棒へと目を向けると案の定、背中から地面に転がって両足を真上に向けていた。

 寝起きということもあり、咄嗟に受身も取れずに風で転んだようだ。


(……ん?)

 無様に転がる相棒を笑ってやろうかと口を開いた瞬間、私の鼻腔に何か異様な刺激が伝わるのを感じ取った。口にも、かすかに甘い味覚(・・・・)が広がっている。


「これは……」

 死体の臭いでもない。焼けた木材の臭いでもない。車の排ガスの臭いでもない。

 この臭いと味は――


 臭いの正体をすぐさま解明した私は、地面に胡坐(あぐら)をかいているワトソンの元へ行き、疑問の表情を浮かべる彼女の肩を抱き寄せた。

「えっ? 何!? 何なの!?」

「静かにしたまえ。少し、気になることがあった」


 少しトーンを低く、口元に指を当てて『大きな声を出すな』とジェスチャーすると、余程のことなのだろうと感じ取ったワトソンは、口を真一文字にして真剣な面持ちとなる。

「何があったの?」

「――いま、風に乗って火薬の臭いがした」


 臭いと味からしておそらく拳銃などに用いられている、ニトロセルロースをメインに造られたニトロエステルを混ぜた火薬だろう。甘く感じたのは、ニトロエステルの味がそうであるためだ。


「火薬? 何処からさ」

「此処の風は四方から吹く。臭いの発生源を特定するのは難しいだろうな」

「でもさ、火薬の臭いがしたからって別に慌てることないんじゃない? だって本当にパトリオートを狙っているやつなんて、いないんでしょ(・・・・・・・)?」


 これだけを聞くと、ワトソンの言葉には矛盾があることなど誰にでも分かる。

 そもそもピエーデが持ち込んだ依頼は『パトリオートを護ってくれ』というもの。

 つまりパトリオートを狙う輩がいるから依頼が持ち込まれたわけで、だったら今の相棒の発言は一体何なのか――まあ、それはいずれ分かることだ。


 そういえばワトソンにはまだ話していなかったな。昨日と今朝の電話のやり取りを。

「実はだな、いるのだよ。パトリオートを狙っている輩は」


 想像通りそれを聞いたワトソンはキョトンと目を丸くして、口を開けて呆けてしまった。

「なにそれ初耳なんだけど」

「話してなかったからね」


 呆れた、とでも聞こえてきそうな顔をするワトソン。

「……相棒に黙って裏で動くとか、よっぽどボクのことを信頼してくれているのかな?」

「いや、単に忘れていただけだが」


 うな垂れるワトソンを横目に、私は一度辺りを見渡して運転手とパトリオート、そして組織の人間がいないかを確認してから、車の陰に隠れつつ小声で説明するのだった。




「――と、いうわけだ」

「ふーん。昨日ボクが適当に呟いたおかげで打開策が見付かったんだね」

「そういうことになるね」

 後は相手の動き次第だが……火力負けが懸念されそうだな。

 まあ、それもすべて予想の範囲内。


 ――もう少しで分かるさ。この依頼が、色々と仕組まれている(・・・・・・・)ということは。


「さて、そろそろパトリオートらの所に戻ろうか。仮にも護衛の任務中。今はね」

「おぉ、お二方。此処にいましたか」


 車の横から顔を覗かせたのは、中に何かを着込んだのか先ほどよりも少し着膨れている運転手。

 その隣でパトリオートが、何処から持ってきたのかハンバーガーが握られており、それを美味しそうに食べている。包み紙を見ると、それは世界的にも有名なハンバーガーショップのものであると気付く。

 この近くは瓦礫と死体しか無かったはずで、店など無いはずだが。


「それは?」

「ハンバーガーですよ。実はこのサービスエリアの、元々ショッピングモールがあった瓦礫の向こう側に、瓦礫撤去と遺体の供養など様々なボランティア活動をしている人々がいまして。そこの出店で買ってきました」


 彼が指差す先には、ショッピングモールだったと思わしき建物――その裏側から、確かに人の声が細々と聞こえる。周囲の状況確認と風の影響で気付かなかったらしい。


「ここでは多くのボランティアの方々が集い、復興に向けて頑張っています。彼らの中には大戦で大切な人を亡くした方も少なくないと聞きました。自分だって辛いというのに、それでも他人のため復興のため、励まし合いながら瓦礫の撤去や供養をする人々を見て、ボクはとても感動しました」


 その感動とやらの影響か、目尻に涙を浮かべるパトリオートに嫌悪感を抱きつつ、私は車内でのやり取りを思い出してしまい、逆恨みと承知の上でワトソンの頭を殴っておいた。

 頭上に『?』をたくさん浮かべる彼女を放っておき、私も小腹が空いたのでそのハンバーガーを買いに行こうかと思い、彼らに一言伝えると


「でしたら、一緒に買い物しませんか?」

 買い物のお誘いをされてしまった。口ぶりからして店はハンバーガーショップだけではないらしい。今はそれ以外にやることもないので、結局私はワトソンとパトリオートを連れて瓦礫と化したショッピングモールの裏側へと向かうのだった。




 裏側は、見事に殺風景で荒れ果てた駐車場とは雲泥の差。

 瓦礫はほとんど撤去されており、多くの人々が出店の商品を吟味したり食したり試着したり――まるでフリーマーケットのような光景が広がっていた。


 飲食店、アクセサリー店、古本屋……服屋まであるな。奥には組み立て式の仮設住宅らしき物が見える。どうやら復興を兼ねて、ここは避難所のような場所になっているようだ。


「たくさんお店がありますね!」

 身分上、こういった場所に来たことがないのか、パトリオートは年相応の童顔を笑みに変えて、辺りをキョロキョロと忙しなく見回している。


 しかし彼が周りの新鮮さに瞳を輝かせているのとは裏腹に――周りの客や店主、瓦礫を撤去している者たちの表情は硬い。無理はないだろう。パトリオートの隣には私とワトソンがいるのだが、まあ私たちを怖がる要素などないだろう。おそらくは。


 問題は、その周辺だ。

 パトリオートを囲うように黒服の男たちが、猛獣のような殺気を放ちながら辺りを警戒しながらついて来ているのだから。心配するのは分かるが、一般人(カタギ)を怖がらせてどうする。


「あっ。何でも屋さん! 見てくださいこの服!」

 そんな周りの空気も読めない、幼い次代を担うと言われている少年は、私とワトソンの腕を引っ張って近くの服屋へと駆け出した。


「おいおい。いきなり引っ張らないでくれ。それと私はミステーロだ。紹介が遅れたが」

「ちなみにボクはワトソンね」

 私とワトソンが軽く自己紹介をすると……ピタッ。

 パトリオートが、不意に駆けていた両足を止めた。釣られるように私たちも立ち止まる。


「パトリオート?」

「い、いえ。何でもありません。あっ! この服、ミステーロさんに似合うかも!」

 何か話を逸らされてしまったようだが、まあ気にするに値しないだろう。

 そんな彼が手に取ったのは――白いワイシャツだった。


「ワイシャツ?」

 私が疑問の表情を浮かべていると、パトリオートはお構い無しに服屋のテントの中へと入っていき、あれやこれやと商品を手に抱えていく。


「服にでも詳しいのか? あの子は」

「さあ? それにしても彼が抱えている服。全部……オトコモノだし」

 そこで相棒はプッと何故か吹き出し、私の顔を見上げるとまたも堪えるように笑う。

 何だ? 何がそんなにおかしいのだい。


「ミステーロさん! ちょっと来てください!」

 テントの中から、パトリオートの男とも女とも取れる不思議な声(ウィスパーボイス)が私を呼び、何事かと私はテントの中へと入っていく。


 其処には、色々と両手に服やズボン、アクセサリーなどを抱え込んだパトリオートが、試着室と思わしきカーテンの仕切りの前に立って、ニコニコと笑顔を振り撒いていた。


「なにかね」

「色々と服を選んでみました。似合うかどうか分かりませんが、着てみてください!」

「着る? 私が?」

「こう見えてボク、コーディネートには自身があるのですよ」

「着てみたら? 男性のアプローチを受けない女はただの肉片だよ?」


 ずいぶんと語弊のある表現だと思うぞ。肉片とは何事か。

 しかし……私は長くこういった服ではなく、常にスーツしか着ていなかった。一般的な服を今さら着るというのは、いささか気恥ずかしいというか。


 だがワトソンの言うことも最後を除いては一理ある。せっかく彼が用意したというのに、それを着ないうちに似合わないと断言してしまうのは失礼極まりない。偽善論は吐き気を催すほど嫌いだが、彼自身を別に嫌っているわけではないし。

 ただ、こういった服はもう数年、いや十年近くも着ていない。似合うはずが――


「もう! いつまで突っ立ってるの!? じゃあ今朝のお礼にボクが着せてあげるよ!」

 不意にワトソンが、パトリオートの持っていた服などを奪うように受け取ると、先ほどの彼とは桁違いの力で私の腕を引っ張って試着室へと連れ込まれた。


 い、意外と力があるな、ワトソン。

 考え込んで隙があったとはいえ、体格差のある私を抵抗する前に連れ込むとは。

 その力を是非ともアタッシュケースを持ったときに発揮してほしかったね。


「さてさてー。んじゃあミステーロ。とりあえず脱いで」

 何の冗談か、ワトソンが両手を怪しくワキワキと動かしながら近付いてきた。

 その行動に謎の寒気を感じた私は、彼女を回れ右させて試着室から追い出そうと試みる。


「服くらい一人で着脱・着衣出来る。さっさと出ていきたまえ」

「やなこった。今朝だってボクにあんな強引に体を舐めるように――」

「誤解を招くような嘘をつくな。寿司屋の件を――」

「それじゃあ外で待ってるからね!」


 相変わらず、寿司屋の件を取り消そうとすると素直に言うことを聞いてくれるな。これはこれで色々と便利だ。

 さて、そんなことより……服だな。何だってこんなことになるのやら。

 やはりこの依頼はすぐにでも終わらせたい。そう強く思うよ、私は。

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