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第3話 パトリオート

 更に翌日、つまりピエーデの依頼をこなす日であり、手紙の依頼の期限でもある日。

「……それで、どうだ?」

 私は、セキュリティに関しては世界一と謳われているジパング製の黒い携帯を片手に、険しい表情で電話の向こうの相手と話し合っている。


『はい……確かに、あの組織には、反乱因子が、いる、ようです』

 耳に当てている携帯からは、舌足らずで言葉が途切れ途切れの、まだ幼い少女の声が聞こえ、私の知りたかった情報を報告してくれている。


『人数は……組織全体の、三割弱、かと』

「そうか。あとは此方が騒ぎの一報を入れれば、今日という対談もあるし、動くかね」

『彼らは、武器商人。一人一人が、多くの武器を、持っています。可能性は、大です』

「そうか。私はこれから〝ソフェレンツァ〟の者と会う。すまないが、一報は――」

『分かっています。其れは此方で、対処します』

「すまないね、昨日の夜に突然、こんな緊急依頼(ハーリー・クエスト)を申し込んでしまって」

『構いません。わたしたちは、情報探求者――〝シーカーズ〟ですから』


 ――情報屋〝シーカーズ〟


 どれほどの構成員がいるのかも分からない謎の情報屋で、私もいま会話しているボスとは一度も会ったことがない。まあ、仕事中では(・・・・・)、という意味だが。

 つまりプライベートでなら何度か会ったことがあるということだ。


 彼らは拠点を世界各地に有しており、あらゆる情報を随時ボスに送っている。

 拠点はあれど、場所は極秘扱いされているため、電話でのやり取りでしか依頼は申し込めない。逆探知の恐れがあるのではと思うが、どういう技術なのかは定かではないが通話記録が残らず、回線も辿れない。彼らの尻尾を掴むのはほぼ不可能だろう。


「報酬は後日、直接会って渡したい。きっと、ワトソンも喜ぶだろうからね」

『ワトソンさん……! 分かりました。後日、其方に向かいます。お昼ごろ……』

 で、このボスは色々あって、あの喧しい子犬少女・ワトソンのことをえらく気に入っている。あんな吼えたがりの何処に気に入る部分があるのかは知らないが、まあそういうこともあって〝シーカーズ〟とは仲良くやらせてもらっている、というわけさ。


「了解した。ではまた」

 ブツッと音を立てて通話を切った私は、まだ二階から下りてこないワトソンのことが気になり、玄関付近の階段へと向かう。

「ワトソン! もうすぐ迎えの車が来る。支度を早く済ませたまえ!」


 ……。


 …………。


 ………………おや、返事がない。


 二階へと上がり、ワトソンの自室のドアを開けてみる。鍵はかかっていないようだ。

「ワトソン?」

 開けた扉の奥にワトソンは――いなかった。脱ぎ捨てられた彼女のピンク色をした上下お揃いのパジャマが床に放置されているだけで。そして――


「……いつ見ても、慣れない風景だね」

 床にはピンクのふわふわカーペットが敷かれており、踏み心地がとても良い。木製の丸テーブルが室内の真ん中を陣取り、上には食べ終わったスナック菓子やジュースの空き缶が無造作に置かれ、キャンドルでも焚いているのか、余計にこの部屋を甘ったるい香りで充満させている。


 部屋の右奥にはベッド、左奥にはクローゼット、その隣にはタンスが置かれており、タンスに至っては、上にアニメや漫画のキャラクターのフィギュアが、散らかっている丸テーブルとは裏腹に、ケースに入ってしっかりと整頓されている。


 白い壁には奇天烈な形をした杖を持つ小柄な女の子が、それこそアニメキャラが着ていそうな派手すぎる衣装に身を纏い、此方に笑顔を向けているポスター。他にも部屋全体に何枚も貼られている。


 ――こ、これ、が、相棒の、部屋、か。

 にわかには信じがたいが、それは紛れもない事実であると、私は否定しようとする己の心に叱咤しておく。

「……私には異次元空間そのものだな」


 ふと、以前に彼女がジパングアニメーションの良さを延々と語ってきたのを思い出す。

 質、人材、意気込み、技術――それが世界トップレベルのモノであるということは理解したのだが、私が少し興味を持った作品――銃を両手に持った、髪の長い女の子が描かれたDVDパッケージ――を指差したら大暴走。

 この子はお母さんのために――とか、本当は主人公に恋をしているけど素直になれなくて――など、もう私など無視してベラベラと語り出してしまったのだ。


「と、とりあえずこの部屋から離れよう。長居すると、仕事に支障が出かねん」

 次元の違う空間を隔ててくれている扉に感謝しつつ、私はアテでもあるような速度で、ある場所へと歩みだした。

 それは――シャワールームだ。


「彼女は風呂に入るとき、部屋から裸で向かう。おそらくは其処にいるだろう」

 風呂を出た後に走ると体がスースーするから、という理由で着替えも持たずに丸裸となって彼女は風呂に入るのだ。身も心も幼い相棒さん、いい加減に脱衣所を活用してほしいのだが。何のための脱衣所だと思っているんだ。


 異次元空間から歩いてわずか四秒、曇りガラスが張られた扉の前に立ち、おそらく入浴しているであろう彼女に声をかける。

「ワトソン。もう迎えの車が来る時間だ。急ぎたまえ」

 すると中からザブン、バシャッ、と水の跳ねる音が聞こえた。

 どうやら私の推理は当たっていたようだ。推理というほどのものではないが。


『えっ、もうそんな時間?』

 中から、風呂場に反響してエコーがかったワトソンの驚きを含む声がした。

「もうそんな時間だ。速やかに着替えて出られる準備をしてくれ」

『はーい』


 素直で短い返答を聞き、少し安堵した私は時間短縮のため、一旦あの異次元空間からワトソンの服を持ち出し、シャワールームの前の壁にもたれて待つことにした。

 脱衣所からフォォォォンと、ドライヤーをかける音が聞こえてくる。それもやたらと長い時間。ワトソンは髪が長いから、乾かすのに時間がかかりそうだ。


「こればかりは仕方ないか……ん?」

 溜息を吐く私の耳に、ここら辺では滅多に聞かない――車のエンジン音を捉えた。

「もう来たのか。ワトソン、ちょっと入るぞ」

『えっ、ちょっと待っ――』


 ガラッと勢いよく扉を開けると、まず湯気が私の視界を奪った。その湯気がドライヤーの温風で、一気に扉の外へと押し出される。

 視界が開けた私の目の前、洗面台に、彼女はいた。当然ながら、全裸で。

 おい、いくら何でも自由すぎるだろう。タオルくらい巻きたまえよ。


「や、やぁん。ミステーロのえっち!」

 ドライヤーを持ちながら、彼女は胸と股間を隠す。

「言っておくが、同性の裸を見て興奮する嗜好は持ち合わせていないぞ」

 しかしまあ、彼女の外見は、同性の者が見ても少しばかり羨むところがある。


 ――あるのだ、そんな彼女にも。


 金糸と見間違うほどに手触りの良さそうな髪は、普段は後ろで一本に纏まっているが、今はほどかれて濡れた背中に張り付いている。押せばプニッとしそうな柔肌は赤みを帯びており、しかし体格が150に満たないのでそこまで魅力的かと言われると、一部の小さい子好きな者でなければ正常な判断は下せないだろう。


 そして手で隠している胸だが、ここだけ肉体年齢とは離れている。おそらくDカップ寄りのCカップという謎の成長具合。去年より、また大きくなったか?

「もう、ミステーロったら。ボクの体をジロジロ見ちゃって♪ 本当は興味あり?」

「馬鹿馬鹿しい。もう迎えの車が来た。時間が無いから私が着せてやる」

「な、あ、ちょっとミステーロてば強引!」


 (わめ)く相棒を無理やり押さえ込みつつ、まずは彼女のタンスから引っ張り出してきた無地の白パンツを足に通していく。あいつのことだから、アニメ絵が描かれたパンツしか無いと思っていたので、ここは意外だと思った。


「ミ、ミステーロちょっとくすぐったいってばぁ!」

「黙っていたまえ。もう車は着ているのだよ」

 今度はホットパンツを、ワトソンの小さな足を持ち上げて穿かせていく。その間に彼女はトレンチコートを羽織って、まだ湿っている髪の毛を後ろで結わいている。


「ワトソン。聞きたいことがあるのだが」

「ん? なぁに?」

「そのトレンチコートの中……ちゃんと中に何か着ているかい?」

「えっ? 着るわけないじゃん(・・・・・・・・・)


 きっぱりと、この世の女性は誰もコートの中には何も着ていないのが当たり前という風に、真顔で答えた。当然であると強調するためか、どや顔まで決めてくる。

 あぁ、やっぱりか。


 こいつは若干の露出癖があるのか、私が何度言っても素肌の上からトレンチコートを纏うのだ。しかも胸元が丸見えになるほど前を空けているので、肌蹴(はだけ)たら一大事だぞ。

 少しは恥じらいというものを覚えてほしいね。花も恥らうナントヤラ、だ。


「ほら、アレアレ。色気も武器って言うじゃん?」

「君の場合はかなり限定されると思うのだが。主に相手の趣向が」

 ホットパンツのチャックを閉め、今度はいつも足に巻いているベルトを巻きつけようとした時――ドンドン、と一階の玄関から、事務所の扉を叩く音がした。


「ベルトは……仕方ない、自分でやってくれ。もう行くぞ」

「えぇ~っ、ボクまだ朝ごはんと昨日録画したアニメ観てないよー」

 こ、この……手の焼ける相棒だ。

 こうなったら――


「……依頼が達成したら寿司屋に行くぞ」

「よしっ、行くか!」

 清々しいまでの思考の切り換えだな。空腹ということもあってか、今の言葉は彼女にとって魅力的なものだったらしい。


 ジパングアニメーションの影響かは定かでないが、彼女の好物は握り寿司で、以前に近くの寿司屋に連れて行ったらむせび泣いて喜ばれたのを思い出す。

 ぐずったりワガママを言われたら、寿司で釣ればだいたい解決する。出費は痛いが。


「ミステーロ。迎えに来たぞ」

 一階に下りると扉の向こうから、昨日依頼を申し込んできたピエーデの声が聞こえてきた。その他にも、扉の向こうから大勢の人の気配を感じる。


「すぐ出る」

 私はピエーデの催促に答えつつ、背中に狙撃銃入りのカバンを背負い、腰と背中側のベルトのホルスターに収まった拳銃を確認し、まだベルトを装着していないワトソンを引きずっていく。直前になって『回らない寿司屋じゃなきゃヤダ!』と喚き始めたからである。


「ええい! 分かったから今は駄々をこねるなッ! 急ぐぞ!」

「本当に回らない寿司屋だからね! 約束だよ!」

 あぁ、朝から疲労が蓄積していく……。

 だが、弱音を吐いている場合ではない。

 私は扉を開け、ピエーデとその周りにいる大勢の組織の者と軽く挨拶を交わす。


「待たせてすまない。馬鹿の面倒は本当に大変でね」

「そ、そうか」

「ピエーデおじさん否定してよ!?」


 事務所の周りには黒尽くめのベンツが何台も止まっており、朝から物々しい雰囲気を醸し出している。この時間帯はチンピラなどがまだ騒いでいるというのに、全くそんな騒音は耳に届かない。おそらく金で釣って何処かに払ったのだろう。


「良い車だね」

「まあな」

「見たところ、ディツィア国製MCB S‐600で、EN‐B6レベルの防弾車かね」

 サラッと、本当に見た感じのことをピエーデに伝えてみると、彼は少し驚いたように目を丸くした。


「驚いたな。車に詳しいのか」

「知識程度さ。それにしても、流石は要人警護用の車だ。アサルトライフルの銃弾すら防ぐ防弾車を用意するとはね」

「それほど、重要な人物なのだ」

 何処か陶酔したような、夢心地でも見ているような、うっとりとしたように目を細めるその様子を見るに、相当の人物がこの車の何処かに乗っているのだろう。


「では早速出発しよう。乗ってくれ」

 防弾車の扉を開け、私とワトソンに乗るよう指示し、私とワトソンは従って中へと入っていく。中には、運転手以外に誰かが既に座っているようだ。

 私が運転席の後ろ、つまり左側へ、ワトソンが反対の右側へ、そして中央に――


「君が……パトリオートかい?」

 確認するように問い掛けてみると、俯いていた彼は此方の言葉に笑顔で会釈してから

「はい。ボクが、パトリオートです」

 丁寧に、一昨日の〝M〟のように礼儀正しい敬語で、答えてくれた。


 扉を閉める前に『くれぐれも粗相のないように』とピエーデから釘を刺されたこともあり、私とワトソンは車内で一言も喋らず、窓の外を眺めている。

 瓦礫(がれき)、瓦礫、瓦礫――目に映るものは、瓦礫しかない。


 いま走っている此処はイトゥリア国の首都だというのに、瓦礫の山で溢れかえっていた。

 数年前までは観光客で溢れ返していたのだが、今はすっかりと閑古鳥が鳴いている状態だ。

 二ヶ月前、世界大戦が休戦状態に入る直前に、アメイジス帝国という世界一の軍事力を持つ国家の軍隊によって破壊された。再起までに、半世紀はかかると言われている。

 此処には私の生まれた病院があったため、何も感じないというわけではないが、特別な思いを抱くほど愛してはいないので、結局は何とも思っていない。


「瓦礫だらけ、ですね」

 すると、少年か少女か聞き分けづらい変わった声が隣から聞こえてきた。

 パトリオートが私の方の窓から外を覗いて、(うれ)いを帯びた青い瞳を此方に向けてくる。


 ワトソンほどではないが小柄な体躯を黒いスーツで固め、背に流れる茶色の髪は丁寧に整えられている。というか、男にしてはずいぶん長い髪だ。

 私の視線が髪に集中していることに気付いたのか、パトリオートは苦笑して髪を持ち上げる。


「長いと思いますか?」

「いや、珍しいと思っただけさ」

 あは、と白い歯を見せた彼は、おっとりとした顔を笑みに変える。

 何というか、大人の女性に受けそうな美貌ではあるな。


「これは特に家の仕来りとか趣味で伸ばしているのではなく、昔会った女の子に言われたんですよ。『髪を伸ばすとカッコいいかも』と。それから極力切らないように伸ばしているんです」

「なるほど」


 そういう辺り、やはり精神的にはまだまだ子供なのだな。

 こんな子が次代を担う……か。

 面白い冗談だよ、まったく。


「ところで」

 特に髪の毛のことについて根掘り葉掘り聞くつもりはなかったので、私は話題を変えようと彼に話しかける。

「外の瓦礫が気になっていたようだが」

「ああ」


 彼は眉尻を下げて苦笑して見せ、そのまま俯いてしまった。

 同時に、運転席にいる白髪が混じる妙齢の男性が、バックミラー越しに私のことを睨んでくる。

 おっと、これは禁句だったのかな。或いは、何か地雷となる言葉を発したか。


「すまない。何か失礼なことを私は言ったらしい。謝るよ」

 するとパトリオートは慌てたように此方を向き、わたわたと手を振って違います、と何度も否定をしてきた。暗い車内ということもあって、彼の手が五つに分身するほど。


「良いんです。何でも屋さんは、ボクとは今日あったばかりです。お互い、知らないことがあって当たり前です」

「その言い方だと、やはり私は失礼なことを言ったようだが」

「あ、あれ? そうでしょうか? で、でも違いますよ、大丈夫ですよ」


 今度は苦笑でなく、満面の笑みで答える。コロコロと表情の変わる子だ。

 子供っぽい性格と外見だが、相手を思いやる精神は人一倍強いようだ。確かにこういう子は次代を担っていくのに十分な素質を持っているのだろう。

 あくまで、表社会で生きる一般人(・・・・・・・・・・)と比べての話だが。


 ――生まれた時代と、生まれた場所が悪かったな。


 第三次世界大戦が勃発し、裏社会の組織に生まれ、次代を担う重要人物とは言われているが、推測するにそれは組織の崩壊を防ぐための、形だけの後釜(・・・・・・)だろう。


 彼はおそらく、確かに次代を担う――即ち組織の次期トップである少年なのかもしれないが、実権を握るのはまた別の、親か信頼された幹部か。

 よくある話さ。まだ子供だが、後釜がその子しかいない。


 なら、とりあえず就任させ、実権は別の誰かに任される。後はその者の身勝手極まりない政治で民が振り回されるというわけだ。

 大人とは勝手な生き物だね。私も一応、大人と言われる年齢だが。


「では、本人から否定の言葉が出たので。先ほどの私の質問に答えてもらっても?」

 ここで一度、運転席の妙齢の男性にも目を向けつつ先ほどの質問を再開することにした。


「ええ」

 パトリオートは静かに、それでいて何処か悲しげな表情をしながら私の方へと向き直る。

 まだ幼い、赤みのある唇を、ゆっくりと、躊躇っているように開けていった。

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