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エピローグ Fine

「……また、相棒に助けられてしまったか」

 情が私の中に芽生えているらしい。


 それは他者を慈しみ、他者を思いやる感情。

 長らく私の中で存在していなかった、そんな感情が――

 何とまあ、いままで馬鹿にしてきた感情であるが、それが私の中に……ね。


「私には分からないが、彼女が言うのであればそうなのだろうね」

 私は相棒に色々と助けられている。思い返せばワトソンと組んでからのこの二年間は、確かに彼女の助けがなくては苦しい場面も多く存在した。いままではそれらを一人で乗り越える危ない橋を渡っていたわけだが、それらが少なくっている。


「……情、か」

 相棒が教えてくれた感情。

 それは人間に隙を与える、危険な感情。

 一秒という猶予を相手に与えてしまう魔の感情。

 心を揺らがせ、判断を鈍らせてしまう最悪の感情。


「良いことを学んだ。時には不快感で学ぶことも、必要なのかもしれないね」

 芽生え始めているという情。

 これは今後私が生きていく上で、放置していれば命の危険に晒される可能性のある感情だ。こんなものを持っていては、命がいくつあっても足らない。

 学んだ。学んだぞ。これが情という感情か。


「おいそこの女!」

「……ん?」

 ふと、気が付くと私は数人の若い男たちに囲まれていた。

 何だ。今日は何とも男臭い日だね。


「なにか用かね?」

「ここら辺は俺たちの縄張りなんだよ?」

「そうそう。勝手に入ったからには入域料が必要なんだ」


 入場料の間違いだろう。チンピラ園の、入場料の。

 やれやれ。せっかく気分が良くなってきたというのに、これでは台無しではないか。舞台に規格外のデウス・エクス・マキナが出てきたくらいには興ざめだ。


 ……ふむ。そうだな、では試してみるか。

 私の中にある情が、果たして再びトリガーを引くのに一秒も遅らせるかを


「有り金置いていきな。命だけは助けてやるよ」

「もしくはお前の体で払うのもアリだけどな!」


 ギャハハハハハハッ!

 甲高く、そして汚く笑う男たちのそれはそれは耳障りな笑い声。

 その中で私は――


 一人の男に暗がりを利用して銃身をあまりよく見せないようにして銃口を向ける。私は余程のことが無い限り銃口をこのように相手に見えるように(・・・・・・)は向けないのだが、ちょうど辺りが暗くて良かったよ。この方が『トリガーを引けば相手は死ぬぞ』と自分に言い聞かせられて、情とやらが働く可能性が高まるからね。


 そして一発――目の前の男の足下に向けて一発撃ちこんだ。

 闇に眩いマズルフラッシュが一瞬だけ顔を覗かせ、爆音が辺りの空間を突き刺す。灰色の硝煙が灯りに照らされ、モクモクと宙を舞う。

 だが足下を撃たれた男は


「おわっと」

 銃に慣れているらしい。足下を撃たれたというのに動揺などしていなかった。

 その他の男たちも同じく、逆に彼らはニヤニヤと私を馬鹿にするように笑みを浮かべながらジリジリと近付いてくる。


「物騒なモン持ってるね~。でも残念! 俺らはこう見えて人殺しの経験あり!」

「銃を向けられるなんざ割と多いんだよねぇ」

「これでも毎日、危ない橋を渡っているんだぜ」

「なぁ、さっさと剥いで犯そうぜ。意外とこいつスタイル良くね?」

「あっ、それ俺も思ってた。スレンダーっつーか、何かエロいわ」

「でも胸が無ぇけどな!」


 ギャハハハハハハッ!

 胸だけに胸糞悪い連中だね。あんな脂肪の塊をどうして男は求めるのか。

 私は離していた人差し指をトリガーにかけ、いつでも目の前の男を殺せる状態にする。


 さて……どうする?

 情とやらが芽生えた私よ。

 引けば――目の前の男は死ぬぞ?


「警告しよう。それ以上私に近付く者は容赦なく殺す」

「おーおー、怖がっちゃって」

「クール系なんだろ。護身銃は持っていても、いざとなると引けない的な?」

「うはっ! ギャップがめっちゃ可愛い!」


 男たちはなおも私へと近付き、警告を聞くつもりなど毛頭ないようだ。

 そして私の精神は――いままで殺人をする時と同じく、何とも思えないでいた。

 つまり、パトリオートの時に抱いていた正体不明の躊躇い――

 情がまったく働いていないのだ。


 何だ。やはり相棒の口から出任せか。

 嘘が上手くなったなワトソン。見破れなかったぞ。

 相手の嘘を見破れる洞察力を持つ私が、見破れぬ嘘を吐けるとはね。

 やはり――ワトソン一家(・・・・・・)は侮れんよ。


「……フ」

 結局はその答えが違ったということで理解不能によるストレスが再発したのだが、私は自分の中にあった躊躇いの感情が作動しなかったことに無類の喜びを覚えた。


 嬉しい――それは実家にまつわる物を手に入れた時よりは劣る。

 だが、その嬉しさは計り知れないものだった。


「……ックックック」

「……あぁ?」

 男たちは私の様子が豹変したことに気付いたらしく、誰もが足を止めて私の顔を怪訝そうに覗きこんできた。眉を寄せ、不気味そうに此方に視線を向ける。

 だが私はお構い無しだ。いけない。もう堪えられそうにない。


「クククッッッッハハハッ……」

「な、何だこの女……」

「気でも狂ったんだろ」

「そんなことよりヤっちまおうぜ」


 そして遂に男たちは私が撃ち込んだ銃弾の痕を踏み越え――

 あまりにも力量の読めていない馬鹿な行為を目の当たりにし、私の限界は遂に越えた。



「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」







 その後はいつも通りだった。

 目の前の男の頭部を綺麗に吹き飛ばし、彼らが銃声に反応を示す前に左右にいた二人の男の心臓を一ミリの狂いもなく銃弾でど真ん中を破壊。残る男たちは銃声に体を強張らせている間に頭部と心臓を吹き飛ばした。まったく狂いもなく、何の躊躇いもなく。


「……ッククククハハハハ」

 何が情かッ。何が躊躇いかッ。

 見ろ、こんなにもあっさりと人を殺せたではないか。

 依頼以外で人を殺したのはずいぶんと久しいが――それでも手元が狂うことは無かった。


「私は普通だ! 私は正常だ!! 私は狂ってなどいなかった!!!」

 そうだ。情などという、ちっぽけな感情に足下を掬われていては存在の証明など決して成し得ることは出来ない。人など殺せない。踏み台にして前へなど這い蹲れない上へと駆け上がれない私の存在を完全否定してきた連中へ復讐など出来るわけがない!!


「ックックックックハハハハハハ!」

 ズチュッ、ヌルッ……。

 ブーツの底に、粘りのある血液と飛び散った脳髄の感触が広がる。


 あぁ……この感触。自分は人を、同族を殺したのだなと実感出来る時だ。

 先程まで動いていた人間たち。

 その誰もが血を、脳髄を、涎を、糞尿を撒き散らして横たわっている。


 思い出せ、ミステーロ。情などという、他者を思いやる気持ちを持っていてはこのように無様な死体を最終的に自分が(・・・)晒すだけだッ。今回は害の無い少年だったしかし! もし彼が武器を持つ別の存在だったら? 私の心理を巧みに誘導して陥れようと企てている人間だったら? 答えてみろ! ミステーロッ!!


「……簡単だ。この裏社会は弱肉強食。弱ければ食われ、強ければ生きられる!」

 そうだ。そうであったら、私は殺され、その者が生きる。ただそれだけのこと。

 だからこそ、そんな他者を思いやる感情など必要ない!


 人間はどう知能があっても、どれだけ理解があろうと、我欲を根底に動く生命体。

 其処には絶対不可侵の我欲があるのみ。人間は我欲をベースに思考し、行動し、結果を得ている。他者を思いやるという考えなど、所詮それも我欲が素材として作られた考え。

 他者に甘えるな。他者を信用するな。他者は駒だ。他者は他者を利用しようとする。

 そして他者は――踏み台だ。


「……ワトソン。いや、敢えてこう呼ばせてもらおう。ジョン・ワトソン(・・・・・・・・)の末裔よ」

 一世紀ほど前、世界最強にして最高の名探偵シャーロック・ホームズの相棒として名高い人間。彼女は、その男の血を引く末裔なのだ。


 そう。彼女が医療知識を持っているのも、近接格闘が得意なのも、曽祖父であるジョン・ワトソン氏が軍医であったことに由来する。彼は軍医ではあったものの、戦える医師としても名高い存在なのだ。

 医療知識と、軍で培い我流にアレンジを加えた戦闘技術を子々孫々と受け継いでいる一家――それが、あの相棒のワトソンなのだ。


 まさか一世紀に渡って友好の深い末裔の子に騙されるとはね。本来ならば私の方が彼女を騙し、しかし最後にはお互い万々歳という終わり方なのだがね。

 だが時代は変わった。事情も変わった。何もかもが変わってしまった。

 昔のように――昔のように、お互いを信頼しあうパートナーとなるのは不可能だ。


「いや、あの子は非常に優秀だよ。戦闘においても医学知識においても。人間性を見ると若干だが難はあるも、それでも素晴らしい素質を持った子だよ」


 だが詰めが甘い。私はこの程度で殺しを躊躇う人間へと陥落することはない。

 何が目的か推測するには情報が少なすぎて推測の域を出ないが――


「舐めないでくれよ……シャーロック・(・・・・・・・)ホームズ(・・・・)の血を受け継ぐ私をッ!」



 闇はますます質量を帯びるように私のいる空間に纏わり付く。

 その闇は私の脳内へ侵入し、自ら実家の名を声に出したことでトラウマによる思考のノイズを鮮明にしていった。




 時刻は午前零時三十八分。

 まだまだ夜は――更けそうに無かった。

 どうもこんにちは、キリノです。オルティカの銃弾、一区切りつく所まで書くことが出来ました。

 が、別に終わるわけではありません。小説で言うところの第一巻が終わった、みたいな感じですかね。

 というわけで、今後もまだまだ続くかなと。

 ……もうちょっとミステーロを外道っぽく書きたかったですね。ではまた

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