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【魔王は紅茶を愛した】光の王子はひとつの「魔法」で世界を支配し、そして魔王と呼ばれた。  作者: 鈴木井蛙
第2巻 「隣人の章」

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第17話

 オーク達は間合いを詰めるわけでも、離れるわけでもなく距離を保っていた。誰もが体に刺青を入れており、険しい表情でルシアン達を睨みつけていた。


マコア「……。」


ルシアン「……。」


 マコアはずっとルシアンのみを見据えていた。ルシアンもまた、マコアの動きから一切目を離さなかった。

 すると、群衆の奥に立っていた老年のオークが低い声で歌い始めた。


老年のオーク「へ・タウサニ・マカヒキ……」


 すかさず、群衆の中から太鼓が鳴り始めた。


 程なくしてマコアが腰を低く落とし、力強く腕で風をゆっくりと切り裂き始める。


 後を追って、周りのオーク達も同じ動きを繰り返す。やがてそれらは別々の動きになり、時に揃い、時にまた分かれ、大きなうねりを形作っていた。


ルシアン「……。」


ライラ「……踊り……でしょうか。」


 ルシアンたちはマコアの忠告通り、その場から動かず立ち尽くした。どうやら戦いを望んでいることではなさそう……というのは理解できたが、では目の前で何が行われているのかを言い当てられずにいた。

 

 オーク達の歌と踊りは砂浜中を舞台にしているようだった。熱い砂を掻き分け、強い日差しに肌は輝き、手にしていた槍や斧を振りかざす様は神々しくあった。そして木々を震わす歌声と太鼓の音は波と溶け合って、ひとつの調和を形成していた。


タウリ「……これ……俺たちに教えてくれるんじゃ……ないですか。」


 タウリが直立不動のまま、つぶやいた。


ルシアン「……どういうことだ、タウリ。」


 ルシアンはオーク達から目を離さず、後ろにいるタウリに聞き返した。


タウリ「うまく言えないんですけど……俺たちは海を渡ってきた。大きなサメを倒した。

 勇者が誕生した……そんなことを教えてくれてる気がするんです。」


 オーク達の眼差しは真剣であった。目運び、手振り、足捌きが膨大な情報を物語っているように感じられた。

 踊りは一層の激しさを増し、まるで火山のような荒々しさと熱を帯びながら……そして、次第に打ち寄せた波のように引いていった。10分ほどの演舞だったが、あっという間の出来事だった。


 踊りが静まったその時、ルシアンの頭の片隅に"付け焼き刃"が思い出された。


ルシアン「タウリ……! 何でもいい、歌えるか?」


タウリ「……えぇ!? 」


 ルシアンは急に振り返り、タウリの腕を掴んで言った。


ルシアン「お前の好きな歌でいい! 頼む! 歌ってくれ!」


 タウリはその眼差しに何も反論できなかった。そしておずおずとルシアンと立ち位置を交代した。


タウリ「……タ……タマイ・マウンガ、ティナーヴァイタフェー……」


 みるみるうちにオーク達に動揺が走った。お互いに顔を見合わせ、マコアや老年のオークに視線を送っている。すると、おもむろに老年のオークが歌を重ね出し、慌てて太鼓がそれに続いた。マコアは目を閉じながら歌い始めた。つられて、周りのオーク達も声を重ねていく。

 あっという間にオーク達の大合唱になっていた。タウリは驚きながらも、嬉しそうに歌い続けた。


ルシアン「……凄いな……。」


ライラ「……これが、歌の伝統なのですね。」


 オーク達が歌い終わると、みな涙を流していた。マコアも、そしてタウリも。老年のオークは、近くの侍従らしき若者に耳打ちをすると、歌い終わったタウリに近寄ってきた。


老年のオーク「タヴァの長老、ケアヴェだ。お前は山の仲間……カラロアの一族か?」


 タウリは涙を拭きながら答えた。


タウリ「はい。俺はカラロアのパルバトゥ族、タウリです。」


ケアヴェ「モアナロアと分かたれたカラロアの若者よ、返礼の歌に感謝する。」


 長老のケアヴェは、タウリだけを見つめていた。


ケアヴェ「カラロアにも、故郷の歌は残っていたのだな。」


タウリ「あ……すみません……意味は知らないんです。俺が知らないだけなのかもしれませんが。」


ケアヴェ「……なんと……そうだったのか……。」


 ケアヴェは寂しそうな表情を浮かべ、目を閉じた。


ケアヴェ「タマイ・マウンガは、大いなる山から母なる川が流れ……我々の故郷に流れ

 つくということを歌っている。」


タウリ「……それって……。」


ケアヴェ「今は王都レオニアと呼ばれている、我々の故郷だ。」


 ルシアンたちの胸は一気に締め付けられた。歴史の重みというものを、実感せずにはいられなかった。


ケアヴェ「マコア。」


マコア「はい。ケアヴェ様。」


 マコアは、森の奥から駆けつけたオーク達から2本の櫂を受け取り、タウリに差し出した。


マコア「島の仲間より、山の仲間へ。これを受け取るといい。」


 タウリはどさっと、立派な櫂を受け取った。そして、オーク達は次々と森の中へ引き上げて行った。それ以上の言葉は無かった。


タウリ「……あの、領主様……どうしましょう。」


ルシアン「……今日はもう帰れということなんだろうな。」


 ルシアンはタウリから櫂を一本受け取り、小舟に向けて歩き始めた。


ライラ「……ふう。」


 ライラが安心にため息をついた。


ルシアン「……土産までもらえるとはな。」


 ルシアンは誰に言うでもなく、つぶやいた。そして、ライラはふと、オーク達が消えて行った森を振り返った。


タウリ「……俺、来れてよかったです。久しぶりに、じいちゃんやばあちゃんを思い出し

 ました。もっとちゃんと……歌を聞いときゃ良かったです……。」


 ルシアンはタウリの肩に手を乗せ、砂を踏み締めて歩いた。小舟に到着したところで、櫂をエミルに渡した。


エミル「……うまく行った……のか? ルシアン。」


ルシアン「まあな。上出来の部類だろう。」


 ルシアンはタウリとライラを舟に乗せて、櫂も預けた。


タウリ「……あ、あれ? 領主様、舟は俺が押し出しますよ。」


 タウリは自身を舟に乗せて、船体を海へ押し出そうとしているルシアンを問いただそうとした。


ルシアン「よい。今日ぐらいは余に押させてくれ。それにな、船は漕ぎ手が乗っておらんと

 始まらないんだろう?」


 エミルとルシアンは腕まくりをして、左右から小舟を押し始めた。波に合わせて力をこめると、少しずつ船は浮かび始めていった。膝ほどの水位まで押し出したところで、エミルとルシアンは飛び乗った。


エミル「帆船まで戻ったら、詳しく話してくれ。俺はずっと舟番だったから、何も知ら

 ないと思ってくれよ。」


 それは微かに、拗ねているような言い方だった。

 エミルとタウリは、マコアから手渡された櫂を手にして再び漕ぎ始めた。弾みがつくまでは力強く、大きく漕いでいく。沖合いに出ると少しの向かい風が出てきたので、二人は櫂をしっかりと握り直した。

 そこで、とある異変に気づいた。


エミル「……不思議と軽い気がするな。」


タウリ「そうですよね……受け取った時と違います……。」


 エミルは漕ぐ手を止めて、櫂をあらためた。そこで初めて気づいた。


エミル「……ルシアン!」


 急に呼ばれたルシアンが、怪訝そうに答えた。


ルシアン「……何だ何だ。」


エミル「見てみろ! これだ、櫂に……!」


 海から引き上げたばかりの櫂の一部は、淡く緑色に光っていた。光の元を辿ると、そこには木彫りの文字が刻まれていた。そこから生まれた光が櫂に巡っていき、全体を光らせているようだった。

 

ルシアン「……まさか……。」


エミル「ああ、魔法文字だ!」


 ルシアンは島を大きく振り返った。そこには1人の人影もなかったが、オークの長老からメッセージを受け取った気がしていた。


『次に来るとしたら、お前なりの返事を用意してから来い。』


ルシアン「……海のように偉大な一族だ……。」


 ルシアンの心底嬉しそうな横顔を、エミルは微笑んで見ていた。



 それから小舟は順調に進み、訳なく母船へ到着した。間をおかずに縄ばしごと引き上げ用のロープが投げ下ろされた。タウリが揚収用の金具にロープを接続している間に、ルシアン達は甲板へ戻っていった。もちろん、櫂を手土産にして。


ホレイショ「……うまくいったってやつか?」


 ルシアンたちの顔と、新しい櫂を交互に見てホレイショが微笑んだ。兵士たちは小舟と錨を引き上げる準備に走り回り始めた。そして、ベルネーヴがルシアンの元に走り寄ってきた。


ベルネーヴ「領主様! お怪我はございませんか!」


ルシアン「うむ、かすり傷ひとつない。帰りの航路もよろしく頼むぞ。」


ベルネーヴ「は!」


 ベルネーヴはきびきびと現状を確認すると、出航準備に戻っていった。

 みるみるうちに帆が張り直され、風を受けた船体がゆっくりと動き始めた。海に吹く風は今までよりも、爽やかで澄み渡っているように感じられた。



ルシアン「見ろ、こめられた魔力が巡るように動いているぞ。」


エミル「……もしかしたら、符呪された魔法を強化しているのかも……。」


 2人は帆船に戻ってきてからずっと魔法文字に夢中になっていた。甲板のど真ん中で大きな櫂を2本も並べて喋り続けるので、ずっと周りの兵士が動きづらそうに歩いていた。


ライラ「……タウリ君から注意できない?」


タウリ「えっ! むっ、無理ですよ……お二方に悪いですし。」


 木箱に座りながら、ライラはタウリに話しかけた。


ライラ「……歌は誰から教わったの?」


 ライラの耳の奥には、故郷の歌がこだましていた。


タウリ「ど、どうなんでしょう。じいちゃんやばあちゃん、父ちゃんや母ちゃんが歌ってた

 のを聞いて、自然と口ずさめるようになった気がします……。」


ライラ「……ごめんね、タウリ君。」


 ライラは、目を伏せながら謝った。


タウリ「なっ、えっ? ……どっどっ?」


 それはタウリにとって意外すぎる言葉だった。


ライラ「領主様には、私が来る意味がどうのこうのって言っちゃったから……。ごめんね、

 来たくないって意味じゃなかったんだけど……。」


タウリ「あっあのっ、気にしないでください!」


 ライラは顔を上げて、はしゃいでいるエミルとルシアンを見つめた。


ライラ「……ゴブリンはあなたたちオークを助けたと言われているけど、どんな風に見られて

 いるのか……正直不安だった。でもやっぱり、深く感謝されている訳じゃ無かったのが

 分かってよかった。複雑だよね……オークから見たら。」


タウリ「……。」


ライラ「私たちにはモアナロア、カラロア、故郷の歌、っていう昔の文化は無い。フィリアに

 聞いたらね、ドワーフにも本当の呼び名があるんだって。たぶん……ゴブリンにもあったん

 だろうな。」


タウリ「……昔、村のお年寄りに聞いた話では……俺たちオークは力が強いから働かされた

 けど、ゴブリン達はそうではなかったから……ただただ命を落としていったと聞きます。」


 タウリは、ライラの目がずっと遠くを見つめている気がして、無意識に口を動かしていた。


タウリ「ゴブリン達は、ただ未来の子どもたちのことを考えていた。だから自分たちにとって

 生き残るための正しい判断をした。それだけなんだと思います。」


 ライラの目から、一筋の涙が溢れていた。


ライラ「……ありがとう。本当はね、すごく怖かった。ゴブリンは恨まれてるんじゃ無い

 かって。怖いけど、私は過去と向き合うために行かなきゃだめだとも思ってた。

 でもそうじゃ無いよね……未来の子どもたちのためか……ありがとう、タウリ君。」


 突然の涙に慌てていたタウリをよそに、ライラは落ち着きを取り戻していた。


ライラ「……そういえば、歌。上手じゃん。」


タウリ「へ? ……や……やめてください……。」


 タウリが顔を赤くして小さくなり出すと、ライラはくすっと笑って話を終わらせた。

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