第11話
エミルとルシアンは、宮殿の地下室に来ていた。元は酒蔵だった地下室だ。エミルが灯りをつけると、ルシアンは部屋の鍵を固く閉めた。
ルシアン「宮廷魔術師としての実績があったから、後回しにしてしまったがな。」
ルシアンは上着を脱いで身軽になった。
ルシアン「ちょうど理由が揃った。お前の実力を測る良い機会だ。本気で撃ってこい。なんの魔法を撃つかは説明しなくてよい。」
エミルは、10歩ほど離れて向かい合う。
エミル「……本当にやるのか。」
エミルも上着を脱いで、立ち尽くしていた。
ルシアン「構わん。面白いものを見せてやる。」
エミルには状況が理解できなかった。そして、しばらく黙って立ち尽くした後、意を決して片手を出した。
エミル「……!」
そして、エミルの手のひらから、火球が出現した。その大きさは手のひら大で、抑えたとはいえかなりの大きさだった。
ルシアン「撃て。」
号令に合わせて、火球は真っ直ぐルシアンめがけて飛んでいった。
ルシアン「……ふっ。」
そして火球は、ルシアンの差し出した右手に当たると……飲み込まれて、消えていった。手のひらからは黒い闇が広がっていた。
エミル「……え! な、今のは……。」
ルシアン「驚いたか? これが光を失った代償に手に入れた、余の魔法だ。全てを飲み込み、食らいつくし、己が血肉にしてしまう魔法……。」
ルシアンは得意げに、ニヤリと笑った。
ルシアン「……闇魔法だ!」
エミルは呆然と立ち尽くしていた。
ルシアン「どうだ、エミル。なかなか興味深い力なのではないか。」
エミルは何やらぶつぶつと呟いているようだった。
ルシアン「……どうした、エミル。」
エミル「出力によって……まるでそれは……。」
エミルはルシアンの手から伸びた闇だけを見つめていた。
ルシアン「エミル?」
エミルは、急に大きな火球を錬成した。そして迷わず……。
ルシアン「エミル!? おい、エミル!!!」
迷わず、ルシアンに投げつけた。
ルシアン「うおおおおお!?」
一面に広がった黒い空間が、大火球をも跡形もなく飲み込んだ。
ルシアン「……あ、あぶな。」
汗を拭くルシアンを尻目にエミルが両手をかざすと、電撃が迸り始めた。
ルシアン「お、お前、マジか。」
部屋中に雷鳴が轟き出したので、ルシアンは自分を闇のヴェールで覆った。その瞬間、部屋中に満ちた稲妻がルシアンを襲った。
しかし、また全て……闇に飲み込まれた。
ルシアン「……こ、この野郎!」
ルシアンはいよいよ覚悟を決めた。地面に手をかざすと、黒々とした魔力が石床を伝いエミルの足元にまとわりはじめた。
ルシアン「……少し手荒に行くぞ!」
黒闇が不気味に光ると、エミルの体を飲み込み始めた。エミルは暗黒の中でひどい脱力感を感じた。そして、だんだん意識が遠のき、膝から崩れ落ち、そのまま眠るように気絶した。
ルシアン「……こいつ、やばいやつだな……。」
慌ただしい1日は、こうして静かに幕を下ろしていった。
エミルが目覚めると、自室のベッドの上だった。体中が重く、頭がうまく働かなかった。使用人がドアをノックしてきたので、エミルは力なく答え、入るように促した。
使用人「失礼いたします。殿下が、エミル様に朝食をお持ちせよ、と。」
エミル「あ……ああ、すまない。そこに置いといてくれ。」
足に全く力が入らなかったので、エミルは転びそうになってしまった。
使用人「エミル様! どこかお体が悪いので?」
エミル「いや……そうではない。ありがとう、もう大丈夫だ。」
エミルはなんとか壁を伝いながら、テーブルへ移動した。
エミル(魔力がほぼ空っぽだ。全てを飲み込み、食らい尽くす……闇魔法。)
エミルの頭の中は、そのことしか無かった。昼頃になると、ようやくエミルは立ち上がれるようになった。ふらふらと足取りをもたつかせながら、彼はルシアンの執務室へ向かった。
ルシアン「……エミル。半日も立たずに回復したのか。」
ルシアンは驚いて、ペンを動かす手を止めた。
ルシアン「今朝もガストンが来てな。お前の姿が見えず、心配していたぞ。わしのせいでどうのこうのと意味不明なことを言いながら。」
エミル「……そんなことよりルシアン!」
エミルは机に手をかけた。
エミル「闇魔法とは何だ。俺たちが知っている属性とは何なのだ。」
ルシアンはペンから手を離した。
ルシアン「エミル。お前は大きな勘違いをしているぞ。俺が闇魔法と勝手に呼んでいるだけで、実は土魔法かもしれん。そもそも属性とは何なのか、俺も全く分かっていないんだぞ。」
ルシアンは書類を数枚、整えながらため息をついた。
ルシアン「魔法というものが何だか分からないからお前を採ったんだ。俺もお前と同じ質問者であって解答者じゃない。」
そう言うと、エミルを尻目にいくつかの書簡に封印をし続けた。
エミル「……そうだったな、すまない。」
エミルはようやくここに来て冷静さを取り戻した。
エミル「……分かった。俺の役割はよく分かったよ。」
イスに座ると、いつものエミルに戻っていた。
ルシアン「だが、研究はしばらくお預けだぞ執政官殿。明日からいよいよ北方行きだ。ライラにも研究費を増額してもらったのだから、しばらくはワクワクしながら宝箱の中身を妄想するがよい。」
エミル「……分かった。」
ただ、エミルはふと思った。
エミル「……特命隊の皆には教えなくていいのか?」
ルシアンは書簡の枚数を数えながら、眉を顰めた。
ルシアン「正直なところ、俺も迷っている。実際、ただの土魔法かもしれんしな。」
ルシアンは使用人のベルを鳴らした。
ルシアン「ただな、想像してみろ。例えばお前の中のライラは何と言う。これが余の闇魔法だ……クックック……って言ったとしてだ。」
エミル「……まあ……それ歳入の足しになります? と言うだろうな。」
ルシアン「な? そう言うことなんだよ。」
使用人が執務室に入り、ルシアンから封筒を何部か受け取った。
使用人が足早に部屋を出ていくと、エミルとルシアンは散歩をすることにした。宮殿の門から外に出て、敷地に沿ってぐるっと一周である。
ルシアン「で、さっきの続きだがな。言われてもみんな困るだろ。フィリアなら……どうなんだろうな……。」
エミル「……すごいですね! 闇魔法の使用者が増えたら法整備するので、またその時教えてくださいね! かな。」
ルシアン「あいつなら言うだろうな……。」
二人は笑いながら庭園を歩いた。
エミル「ガストン殿はどうだ。相手の知らない魔法を使えると言うのは、戦術的に有利なんじゃないか。」
ルシアン「いやー……どうだろうな。」
ルシアンは腕を組みながら、苦々しく返した。
ルシアン「戦争があったとして、俺が魔法使う時なんてほぼ負け戦だぞ。他に戦う者がいないってことなんだから。」
エミル「そりゃそうか……。」
ルシアン「さすがは領主様! 二つとない稀有な才能をお持ちですな! 領主様がそれをお使いになる時、それはこのわしが不覚を取った時でございましょう! とか言って大笑いするぞ。」
エミル「ハハハ、絶対言うだろうな。で、目は笑ってないんだろ。」
自然と、二人は兄弟のような距離で歩いていた。
ルシアン「セレナは、すごいねー! おーさま! で終わりだ。それならまだ良い方で、タウリなんかに喋らせてみろ。領主様がいてくださると、雑草の草刈りが捗りそうです! とか言い出すかもしれんのだぞ。」
エミル「ありえそうだな。」
ルシアン「そうすると俺の肩書は、雑草下刈り最高責任者だ。目も当てられんぞ、そんな領主。」
二人は笑いながら、ゆっくりゆっくり歩みを進めた。
ルシアン「……まあ、言うべきだろうな。隠し事をしては、あいつらに悪い。」
ルシアンは空を見上げて、微笑みながら締めくくった。エミルはその横顔を、優しく見つめていた。
エミル「よし。それはそれとしてだな、お前の闇魔法について……。」
ルシアン「お前、ここまでの話聞いてなかったのか……。」
それから二人は宮殿に戻った。そして昼食を共にしたが、エミルはここに来て一つの疑問を解決しておきたかった。ここまでの点が線で繋がったからこその疑問であった。
エミル「そういえば、ルシアン。一つ聞いておきたいんだ、魔法の話じゃあない。」
ルシアン「……なんだ?」
ルシアンは気持ち身構えながら尋ねた。
エミル「なぜ俺を魔法研究の最高責任者にしたんだ? お前は魔法を使えなくなったわけじゃない。自分で研究してもいいはずだ。」
ルシアンは口を拭きながら答えた。
ルシアン「まず、俺は国を動かさねばならん。研究に割ける時間は少ない。とすると、考えを同じくする同志が必要だ。」
そしてナプキンを卓上に置いた。
ルシアン「……この国は魔法を使っているようで、魔法に使われている。」
ルシアンは静かに話を続けた。
ルシアン「魔法は神聖なもの。太陽神アシャルの威光によるもの……。その教えを忠実に守った魔術師どもは、この執務室から去ってもらった。」
エミルは、ルシアンの執務室に参上した時のことを思い出していた。
ルシアン「俺が欲しかったのは、目に見える世界を疑える人間だ。少なくともお前はそっち側に見えた。だからだよ。」
エミル「……そうか。そうだったな。」
エミルは食器を置いた。
エミル「この数日、それをお前に教わったんだった。あらためて、ありがとう。」
ルシアン「……? そうか? まあ、納得できたならいいんだがな。」
王都もいよいよ宵闇にすっかり包まれるという時分にあって、宮殿の外は松明の火と人の声とがあった。数台の馬車が所狭しと横に並び、下人たちが積荷の確認を行なっている。皆、明日からの行軍に備えているのだ。ガストンも、フィリアも、セレナも、タウリも、ライラも、同じ夜空を見上げていた。
王国は眠る。そして、これから新しい夜明けを迎えるのだ。




