婆ちゃんの声がした
婆ちゃんとは、たくさん喧嘩した「畳で寝転がるな」とか「口を空けて食べるな」とか、色々うるさい人だった。
いつも正論ばかりで頭の硬い人だった。私は好きじゃなかった。だって一度も褒められたことなかったんだもん。妹のことは大切にするくせに、私には「長女なんだからしっかりしなさい」と言う。
私って愛されてないんだなぁと思った。母さんは「そんなことないわよ」と笑って流していた。母さんの様な一人っ子には、比べられるモンの苦しみなんて分かんないんだ。
──あれから。
婆ちゃんが亡くなって、私は都会に出てきた。都会はすごい。なんにも干渉されない。自由だ。賃貸マンションで何をしていても怒られない!
(ああ、天国!)
田舎はやっぱり婆ちゃんみたいな人が多くて、過ごしにくいんだ。人間は自由に生きていい。部屋だって自分の好きにしていい。
私は、粘着型のフックを壁に貼り新しい鏡を掛けた。鏡に映る私の顔は自信満々そうで良い。やっぱり都会に出て垢抜けたかもしれない。
あの厭味な婆ちゃんも「顔だけはええんやが」と言ってたっけ。
仕事終わりも、鏡を覗き込んで隣のベッドに潜る。ベッドに吸い寄せられるように目を閉じた。
ぐうぐう、と寝息を立て始めた頃、
〈そんなとこで寝そべるんじゃないよ!〉
と言う婆ちゃんの怒鳴りつける声が聴こえた。反射的に起き上がった。夢だったようだ。時計を見ると夜中の1時。
「サイアク……」
完全に目が覚めてしまった。気持ちを鎮めるためにキッチンへ牛乳を汲みに行く。
瞬間、地震が起こった。
──ドン! バリン!
「何の音!?」
寝室に戻ると、壁に掛けていた鏡が、床に落ちて粉々に割れていた。ベッドの枕元には破片が散らばっている。
「わ、わ……」
青ざめた私には、確かに聴こえた。婆ちゃんの、
〈アンタは顔だけは良いんだから。だいじにね〉
という声が。
幻聴かもしれない。でも初めて聴いた、婆ちゃんの本心の様なその声に目頭が熱くなった。
「見守ってくれてたんだね。婆ちゃん」
ありがとう。
おしまい




