日上家当主焼死事件 1
今の世は、科学の時代だ。人間は進歩し続け、不可能を可能にしてきた。そこには理論があり、理屈があり、道理がある。
しかし、そんな時代において、まるで平安の世のように、本気で不可思議な力を信じ、崇め奉る人間というのも一定数存在する。古くからそのようにして発展してきた名家にこそ、それは顕著だった。
そして……実際にそのような超常の力というのも、また存在している。
指さしたものを燃やす、遠くのものを動かす、対象者に呪いをかけるなど……一部の人間には、未だそのような力を持って産まれた存在が居るのだ。
いや、持たされた、という表現が正しいのだろう。名家の呪い、因習による開花、または必然による目覚め。その力は、世を歪める。
だからこそ、断ち切らなければならない。この世全ての、非現実を。
──とある男の手記より抜粋──
時刻9時37分、目的地であるS県T市にある火縄村という場所に、俺たちは来ていた。廃れた無人駅に、辺りには寂れたバスの看板と、閑散とした広い駐車場。ある意味、らしい場所ではあった。
「ご主人様、いかが致しましょうか?」
「あちらから迎えが来るはず。しばらくここで待機しよう」
「承知しました。私、飲み物を買ってきますね」
平坦な声に無表情、常に一定のリズムで歩くその少女は、まるで機械のようだった。
セーラー服を着た黒髪の少女は、名を三ノ輪さとりという。15才、不登校の不良少女だ。まぁ、そんな彼女を連れ回す俺もまた、不良どころか犯罪者一歩手前なのだろうが。
「はい、お水です。今日は暑いですので、適度に水分を取ってください」
「ありがとう。現場に行く前に、軽く現状を把握しておこうか」
「かしこまりました。では、下調べした情報を今一度共有します」
さとりは懐からメモ帳を取り出し、ついでに眼鏡を掛けて喋り始めた。
「今から私たちが向かうのは、この辺りで古い歴史を持つ日上家の本家です。その日上家の当主である日上宗一郎様が先日、原因不明の焼死体で発見されたことで、現当主代行の日上学様がご主人様にご依頼をなさいました」
「警察の捜査の結果は自殺。しかし、日上の人間は口々に『ご当主様は呪い殺された』と証言している、と」
「えぇ。恐らく、何かしらの怪異絡みかと思われます。日上は近くの火縄神社などと関係が深く、伝承には火災や火にまつわるものも多い。何かしら関係があるでしょう」
「だろうな。詳しいことは代行とやらに聞くことにしよう」
ちょうどその時、一台の車がやってきた。降りてきた運転手はこちらを見ると、胡乱げにこちらを一瞥してきた。
「あんたが、学さんが呼んだ平坂さんで?」
「そうです。平坂探偵事務所の、平坂凪瀬と申します」
「そちらのお嬢さんは?」
「妹です。どうしても仕事の手伝いをと、言われましてね」
「ほうか……なぁ兄ちゃん、悪いことは言わねぇ。幾ら貰ったんだが知らねぇけどよ、今すぐ帰った方が良いぞ」
運転手の男は煙草の火を点けると、後ろの駅を指さした。その表情は、こちらを舐めているというより、心配の色が強いように見えた。
「今の日上家は何かおかしい。最初は、学さんが当主の後釜を狙って宗一郎様を殺したのかと思ったが、どうやらそういう風じゃねぇ。本家にはまともに来やしねぇし、ひっきりなしに胡散臭い連中と会ってやがる。あんただって、ただの探偵さんじゃ無さそうだしな」
「その胡散臭い連中は……その後、どうなりましたか?」
「知らねぇよ。最初の奴らとは連絡が取れず、次のは顔面蒼白で帰って、その次は半数以上が錯乱して使い物にならなくなったよ」
どうやら相当の被害者が出ているらしい。一刻も早く、事態を収拾しなければならないだろう。
「お気遣い、ありがとうございます。運転手さんはご自分の仕事をなさってください」
「……はぁ。どうぞお乗りください」
「失礼します」
移動中、運転手の男は一切喋らなかった。俺たちなど見えていないかのように、目をあわせようともしない。意図的に関係を遮断しているように感じた。
駅から20分ほど移動すると、日上家が見えてきた。昔ながらの日本屋敷だが、どこか陰鬱としている。庭園は少し荒れていて、手入れがされていない。
車を降りると、その様子は明らかだった。何より、人以外の気配が多すぎる。思っていたよりも、事態は深刻だった。
玄関前に老齢の男性が立っていた。立ち姿は凜々しく、まるで彫像かのように直立している。全くもって末恐ろしいことこの上ない。
「お待ちしておりました、平坂さん。当主補佐の武見と申します」
「平坂探偵事務所の平坂凪瀬と申します。失礼ですが、当主代行の学さんは?」
「ただいま、当主代行は病床に伏せています。ご実家の方で療養中ですので、代わりに私が取り次ぎを致します」
「そうですか。では、さっそく依頼の方に取りかかっても?」
「えぇ。どのような手段を用いても構いません。どうか──」
「日上宗一郎様の娘、日上秋葉様を……殺してください」
武見は顔色一つ変えず、淡々と言い放った。
2
「きっかけは、宗一郎様のご乱心でした」
一室に通された俺たちは、武見から今回の経緯を聞いていた。彼は相変わらず表情を崩さず、まるで自動音声の様に言葉を続けた。
「日上家は火の一族。ゆえにこそ、今の日上は堕ちた、と。宗一郎様は度々口にしておられました」
「それは……どういう意味ですか?」
「3度起きた本家の火災による焼失に、それを鎮めるための忌々しい人身御供の歴史。今の日上家において、それらは悪しき過去でしかありません。しかし、宗一郎様にとって、それは日上の伝統であり、誇りであると、そう考えていたのです」
そうして、彼は実行したのだ。悍ましく、歪んだ伝統の再来を。
「その考えに基づき、宗一郎様はとある儀式を行いました。それは、この地に残る生け贄の儀式。神に捧げる供物として、人を生きたまま焼いて殺すという残虐な方法です」
「人を……焼き殺す」
「それだけではありません。宗一郎様は神話の再現をなさろうと画策しました。日本神話における、火之迦具土神の逸話を」
日本神話において、カグツチという神は産まれる際、母であるイザナミを自らの炎で焼いてしまい、大火傷を負わせ殺してしまうという話がある。それの再現をしたということは、つまり……
「お察しの通りです。彼は、自らの奥方を焼き殺しました。神話に基づき、秋葉様を出産されたすぐ後に」
「……なるほど」
日上家は超えてはならない一線を越えてしまった。それはあまりに業が深く、罪深い。
「そうして産まれた秋葉様には、特異な能力が備わっておりました。触れたもの、眼で見た物体を燃やし尽くす力です」
「つまり、日上家当主は自殺ではなく、娘御に焼き殺された、と?」
「それ以外考えられないでしょう。宗一郎様は狂っておりましたが、それはひとえに日上家の繁栄という目的があったからです。彼はこんなところで自殺する、殊勝な人間ではありません」
自殺ではない、という意見には概ね賛成だ。話を聞くに、日上宗一郎という人間にとって発火の異能は吉兆でしかなく、むしろこれからが本番だったろう。そんな人間が、良心の呵責で自殺などするわけも無い。
だが、日上秋葉がそれを実行したのかは、まだ不明だ。それを確かめるのも、俺の仕事の一つだ。
「事情は概ね理解しました。本件がもし、日上秋葉による殺人であれば、こちらも相応の処置をさせて頂きます」
「構いません。必要であれば、手を貸しましょう」
「えぇ。そのためにもまず、秋葉嬢に会わせて頂けますか?」
「それは……いやしかし、万が一のことがあっては……」
「安心してください。私達はプロです。それに、もし私が焼死体で発見されたとしても、そこは問題ありません。既に死ぬ準備は出来ていますから」
俺は懐から遺言書を取り出し、さとりに手渡した。さとりは不愉快そうにそれを受け取ると、ぺこりと武見へ一礼した。武見はその様子を一瞥すると、ゆっくりと立ち上がった。
「かしこまりました。では、秋葉様の居室にご案内致します」
「ありがとうございます。重ねて申し訳ありませんが、助手のさとりにこの館を見回らせても構いませんか?」
「当主様のお部屋、今から向かう秋葉様のお部屋、札の貼っているお部屋以外は自由に立ち入って貰って結構です。では、行きましょう」
さとりに目配せすると、彼女はこくりと頷いてその場を去った。ここから先は、一旦さとりと別行動だ。俺は俺の仕事を真っ当することにしよう。
武見の案内の元、俺は日上秋葉の部屋へ向かった。それは母屋から離れた、蔵のような場所だった。明らかに生活から隔絶され、おおよそ子供の住んでいる場所とは思えない。出口を大きな錠で封鎖されたそこは、もはや牢獄といって差し支えないだろう。
「ここです。鍵はこちらとこちらの二本。ここから先、私は同行出来ませんので注意点を少々お話致します」
「確か、秋葉嬢の異能は触れたもの、見たものを燃やす力でしたね」
「えぇ。ですので、秋葉様には何があっても触れてはなりません。その瞳を見ることも許されません。どうか、適切な距離感を保って頂きたい」
「…………ところで、その秋葉嬢ですが、今年でお幾つになられるのですか?」
「13歳です。それがどうかしましたか?」
どうかしました、か。どうかしているに決まっているだろう。そんな年頃の少女をこんな牢座敷のような場所に閉じ込めて、あまつさえ殺しの犯人として疑っているのだ。全くもって気分が悪い。
「では、お済みになられましたら身体を清めになってからお戻りください」
「……ちっ。それが当主の娘にする仕打ちかよ。その子は何も悪くねぇだろ」
俺は早足でその場から立ち去った武見に捨て台詞を吐き、秋葉嬢の牢獄の鍵を開けた。
扉の先は、また扉だった。しかし、その風貌は異常そのものだった。幾重にも札が貼られ、所狭しと仏像が並んでいる。いくつかは炭化していて、黒く焼け焦げていた。
「これはまぁ、随分と怯えているようで」
さて、それほどまでに恐怖する噂の秋葉嬢。どんな化け物が出てくることか。
俺はゆっくりと、二つ目の扉を開けた。
「……? 美奈? まだ、お昼には早いと思うのだけど」
「…………はぁ。どこまでも、この家は腐ってやがる」
「え……? どちら、さま……?」
扉を開けた先には、一人の少女が座っていた。いや、繋ぎ止められていたというべきだろう。まるで監獄のような、トイレと生活スペースが混合された6畳ほどの畳。そこから出られないよう、少女は縄で固定されていた。
その上、顔に巻かれた包帯だ。何が眼を合わせないように、だ。物理的に合わないように処置をしているのはお前らじゃないか。
苛立ちを胸の奥で押し殺しながら、俺は少女へゆっくりと近付いていった。決めた。例え彼女がこの事件の犯人であろうと、俺は彼女を……日上秋葉を必ず救ってみせる。
「俺の名前は平坂凪瀬。君を、助けに来た」
俺はキョトンと、首を傾げる秋葉嬢へにこやかに笑いかけた。




