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歯車たちの英雄譚  作者: 彩衛門
第一章 桜都花柳街編 ―楽園に咲く血の華―

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華は倒れず、猫は譲らず ―― 伏せられた名の重み

花柳街編第十九話です!

今回は技について少しだけ補足します。

妖術や剣術に限らず、この世界で技を行使したり、実行する為には世界に対して技の使用宣言をします。


例えば、前話で世界に呼びかけ、宣言をして血統解放を実施したネコメは彩音という真の名を名乗り、そして血統に眠る力を呼び起こし行使しています。

基本的にこの原則は不変で、彩音は血統解放によって自身の血に刻まれた力と技を使用する宣言をしているので、その権能に受け継がれた技を宣言せずとも考えるだけで行使できます。


それでは、前書きが長くなりましたが、どうぞ本編をお楽しみください。

 ――強い。


 いや、違う。


 段々と、通じている。


 それが、はっきりと分かった。


 踏み込む。


 瓦を蹴った瞬間、

 孤月の残影が、遅れて空間に刻まれる。


 今の一歩。

 今の体重移動。

 今の踏み替え。


 それらすべてが、

 “後から刃になる”。


 彩音は、もう意識していない。

 呼吸すら、数えていなかった。


 身体が、自然にやっている。


 培ってきた基礎。

 忍びとして積み重ねてきた癖。


 失敗した夜。

 怒鳴られた背中。

 何度も叩き込まれた、同じ動き。


 それらすべてが、受け継がれた技と噛み合い、

 今この瞬間、

 一段、上の領域へ押し上げられている。


 アサガオは、それを見切っている。


 だが――

 完全には、避けきれていない。


「……っ」


 瓦を蹴って跳んだ直後、

 一瞬遅れて、空気が裂けた。


 ――孤月の残影。


 彩音が、ほんの一拍前に踏み込んだ場所。

 そこに、見えない“動きの亡霊”が顕現し、

 正確に、アサガオの足元を掠める。


 皮膚を撫でる、遅れてきた殺意。


「――チッ」


 反射で距離を取る。

 だが、遅い。


 すでに、展開されている。


 ――落葉の三日月。


 半径一・五メートル。

 接地した存在を、すべて捉える感覚。


 足音。

 重心。

 踏み込みの癖。


 呼吸が切り替わる、ほんの前兆。


 ――来る。


 理屈じゃない。

 思考より先に、

 身体が、もう答えを知っている。


 刃が走る。


 狙ったわけじゃない。

 “最適”だから、そこに刃があった。


 拳が来る。

 だが、もう受けない。


 外す。

 流す。

 斬る。


 躊躇はない。

 迷いも、挟まらない。


 思考を挟まず、

 一連の動きが、一本の線になる。


 火花が散る。


 硬質な音が、夜に短く弾けた。


 そして、初めて――

 アサガオの体勢が、はっきりと崩れた。


「……っ」


 息を呑む気配。


 ほんの一瞬、

 呼吸が、詰まったのが分かる。


 彩音は、踏み込まない。

 追撃しない。


 それが最適じゃないと、

 落葉の三日月が、静かに告げていた。


 代わりに、一歩だけ詰める。


 間合いを、殺す距離へ。


 逃げも、誤魔化しも、許さない距離。


 今なら――

 いける。


 勝てる。


 確信が、胸の奥で形を持った。


 アサガオは、後退しながら笑った。

 だが、その笑みは、もう軽くない。


 余裕のための笑みじゃない。

 状況を受け入れるための、呼吸に近い。


「……はは」


 短く、息を吐く。


「やっぱり、そうだよね」


 拳を構え直す。


 その構えは、変わっていた。


 さっきまでの、

 余裕を含んだ構えじゃない。


 己の技を偽る余白も、

 相手を試す間も、もうない。


 真正面から、

 “潰しに来る”構え。


 それでも――


 彩音は、踏み出した。


 孤月の残影。

 落葉の三日月。


 二つが、完全に噛み合う。


 速い、のではない。

 鋭い、のでもない。


 無駄が、存在しない。


 拳と刃が交錯する。


 何度も。

 何度も。


 衝突のたびに、

 硬質な音が、短く夜を切る。


 そのたびに、

 アサガオは、わずかずつ押し戻される。


 屋根の端が、近づく。


 瓦の並びが、途切れるのが見える。


 ――追い詰めている。


 彩音自身が、はっきりとそれを理解していた。


 理解してしまった。


 そして。


 その瞬間。


 アサガオが、踏み込みを止めた。


 ほんの、一瞬。


 呼吸を整えるための、

 ほんのわずかな“空白”。


 だが、それは、

 ここまで一度もなかった動きだった。


「……出来そうにないね」


 低く、呟く。


 彩音の胸が、

 嫌な音を立てて軋んだ。


「これ以上、技と名を隠して戦うのは」


 一歩、前に出る。


 たったそれだけで、

 空気が、目に見えて重くなる。


 圧が、変わる。


 今までとは、質の違う、

 圧倒的な“何か”が、滲み出してくる。


「本当に、強くなったね」


 その声は、

 確かに褒めているのに、

 なぜか胸の奥を刺した。


 彩音は、言葉を失う。


 理由は分からない。

 でも――


 胸の奥が、

 強く、強く揺れた。


 アサガオは、少しだけ、

 本当にほんの少しだけ、悲しそうに笑った。


 そして。


 構えを、完全に変える。


 遊びも。

 偽りも。

 余白も。


 すべてを、捨てた構え。


 それを見た瞬間、

 彩音は直感した。


 ――ああ。


 今までのは、前座だった。


 世界が、静まり返る。


 夜の音が、消える。

 虫の声が、途切れる。


 風が、止まる。


 アサガオは、空を見上げ――

 ゆっくりと、息を吸った。


「……聞け、世界よ」


 その一言で、

 彩音の背筋を、冷たいものが走った。

花柳街編十九話をご覧いただきありがとうございます!

彩音さんが真の名前を名乗り、世界に血統の解放を宣言しました。

そして、アサガオさんを圧倒する勢いで戦いを進めています。

このまま彩音が勝つのでしょうか?

しかし、アサガオさんも何やらただならぬ圧と覚悟を見せてくれていましたね。

アサガオさんが逆転するのでしょうか?


次回、花柳街編第二十話

「華は倒れず、猫は譲らず ―― 駆ける一閃、受け継がれた刃」

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