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歯車たちの英雄譚  作者: 彩衛門
第一章 桜都花柳街編 ―楽園に咲く血の華―

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華は倒れず、猫は譲らず ―― 交錯する既視の刃

花柳街編第十七話です!

今回は久しぶりに妖術というものが出てきます。

次回の前書きの方で改めて説明出来ればと思います。

それでは早速本編をお楽しみください!

 夜の屋根。

 瓦の冷たさが、足裏からじわりと伝わる。


 湿り気を帯びた夜気が、肺の奥に溜まり、ゆっくりと抜けていく。

 風はある。

 だが、先ほどまで確かに聞こえていたはずの三味の音や、客引きの声、笑い声――

 それらは、まるで水の底に沈められたように遠のいていた。


 この場にあるのは――

 向かい合う二人の呼吸と、研ぎ澄まされた殺気だけ。


 ……やっぱり。


 ボクは、内心で小さく舌打ちする。


 強い。

 想定していた“少し腕の立つ女”なんて生易しいものじゃない。


 技の精度、反応速度、間合いの読み。

 身体操作、視線の配り方、無駄のなさ。

 どれもが洗練されきっている。


 それに――

 何より、迷いがない。


 躊躇のない動きは、それだけで刃になる。

 覚悟を済ませた人間特有の、静かな圧。


「……やっぱり、簡単には終わらないか」


 短刀を構え直しながら、低く呟く。

 喉の奥が、ひりつく。


 さっきまでの牽制は終わりだ。

 これ以上、様子を見る意味はない。


 手加減は、命取りになる。


 ボクは、ゆっくりと呼吸を整えた。


 肺に夜気を満たし、身体の力を抜き、思考を切り替える。

 感情を削ぎ落とし、余計な判断を捨てる。


 ――忍びの領域へ。


 足元で、影が僅かに揺れた。

 それは光の欠片ではなく、意思の延長だ。


「来る?」


 アサガオは、楽しそうに首を傾げる。

 挑発でも油断でもない、純粋な問いかけ。


 その余裕が、今は癪に障った。


「……ああ」


 短く答え、両手を前に出す。


 指先が、自然と動いた。


 親指と人差し指。

 中指、薬指、小指。


 幾度となく繰り返してきた――ボクの印。


 型を組むことで、妖術の出力が底上げされる。

 集中、固定、増幅。

 術を“使う”のではない。

 術が“通る身体”を作る。


 理屈じゃない。

 身体が覚えている“ルーティン”。


 それだけで、体の奥がじわりと熱を持つ。

 血が、静かに巡り始める。


「――橘花(きっか)影潜(かげくぐり)】」


 宣言と同時に、世界が沈んだ。


 音が薄れ、気配が削がれる。

 自分という存在の輪郭が、夜に溶けていく。


 次の瞬間――

 ボクの姿は、屋根の上から消えた。


「……っ!」


 アサガオが即座に振り向く。

 反応は速い。

 だが、拳は空を切る。


 影を踏み、滑るように移動。

 瓦の継ぎ目、屋根の縁、光の届かない場所を選び――背後へ。


 短刀を抜く。


 鞘鳴りはない。

 刃は、すでにそこにあった。


「――っ!」


 狙うのは急所。

 ためらいはない。


 だが、受けられた。

 刃の軌道を、最小限で逸らされる。


 体勢が、僅かに崩れる。


「チッ……!」


 そのまま、印を結ぶ。

 今度は簡略化。

 速度と拘束を優先する。


橘花(きっか)影縫(かげぬい)】!」


 足元の影が、意思を持って伸びる。

 地を這い、絡み、縫い止める。


 一瞬――

 踏み込みが、確かに止まった。


 その隙を、ボクは逃さない。


 踏み込む。

 呼吸を合わせ、重心を落とし――


 殺す距離。


 刃を、深く。


「……甘い」


 低い声が、至近で響いた。


 影が、力任せに引き裂かれる。

 術式そのものを、意志でねじ伏せられた感触。


「っ――!」


 腹に、重い衝撃。

 内臓が揺れ、息が潰れる。


 視界が跳ね、身体が宙を舞った。


 屋根を転がり、瓦を砕いてようやく止まる。


 ……くそ。


 痛みより、苛立ちが先に来る。

 効かせたはずの術が、通じていない。


 立ち上がりながら、再び印を結ぶ。

 今度は、深く。

 誤魔化しのない、本気の型。


 呼吸を整え、言葉を吐く。


橘花(きっか)朧身(おぼろみ)】」


 身体が、二重に揺らぐ。

 視覚に残像を残し、動線を錯覚させる。


 動けば動くほど、位置が曖昧になる。


「……なるほど」


 アサガオが、目を細めた。


「やっと、本気だ」


「最初から、そうするべきだった」


 声が、荒れる。

 胸の奥が、熱い。


 もう、優しくはできない。

 ここからは――倒す。


 影を蹴り、距離を詰める。

 残像が先に走り、本体が遅れて斬り込む。


 虚と実が交錯し、

 刃と拳が、夜に火花を散らした。


 一撃一撃が重い。

 読み合いは、すでに限界域だ。


 互いに退かない。

 互いに譲らない。


 華は、依然として倒れず、

 猫は、もう引き返せない。


 夜の花街で、

 妖術と覚悟が、正面からぶつかり合っていた。



 瓦が、悲鳴を上げた。


 踏み込みの衝撃で、屋根の一角が砕け散る。

 夜気が裂け、視界が流れる。


 朧身の残像が左右に揺れ、三つに分かれた影が同時に走る。


 ――速い。


 自分でも、そう思う。

 術と身体が、完全に噛み合っている。


 この距離、この速度。

 ここまで来れば、並の相手ならもう対応できない。


 だが――


「……そこ」


 短い声。


 次の瞬間、残像の一つが“叩き落とされた”。


 拳が、空を殴っただけ。

 それなのに、衝撃が走る。


「なっ――」


 術が、看破されている。


 残像の“重なり”ではない。

 ボク自身の重心移動、踏み込みの癖――

 その“次”を、最初から読まれている。


 かわす。

 紙一重で拳を外し、刃を振る。


 だが、届かない。


 距離を詰めたはずなのに、

 気付けば、間合いは常に半歩外。


 近いのに、遠い。


 まるで――

 こちらの動きに合わせて、世界そのものがズレているみたいだ。


「……っ、くそ!」


 声が漏れる。


 再び、印を結ぶ。

 指が、わずかに震えた。


 疲労じゃない。

 焦りだ。


 影潜、影縫、朧身。

 術は確かに通っている。


 なのに、決定打にならない。


「ネコメくん」


 アサガオの声が、やけに近く聞こえた。


「キミ、強いよ」


 次の瞬間、視界が揺れる。


 肘。

 肩。

 腹。


 連撃。


 受ける暇も、逃げる暇もない。

 身体に、重い衝撃が叩き込まれる。


「っ……!」


 歯を食いしばり、強引に後退する。

 瓦を蹴り、距離を取る。


 胸が、上下に大きく揺れていた。


「……褒め言葉、素直に受け取れないな」


 短刀を構え直しながら、吐き捨てる。


 アサガオは、静かに構えを解かない。


 息は乱れていない。

 表情も、変わらない。


 ――余力がある。


「でもね」


 彼女は、少しだけ視線を落とした。


「キミの動き……嫌いじゃない」


 その言葉が、

 胸の奥に、妙な違和感を残した。


 敵に向ける言葉じゃない。

 戦場で、わざわざ口にする必要のない感想。


 なのに。


 なぜか――

 聞き覚えがある気がした。


「……何だよ、それ」


 首を振り、思考を切る。


 今は関係ない。


 考えるな。

 感じるな。


 勝つか、倒すか。

 それだけだ。


 ボクは、最後の印を組む。


 指が、自然に揃う。

 身体が、影と完全に同調する。


橘花(きっか)――」


 息を吸い、宣言しかけた、その瞬間。


 アサガオが、初めて“深く”踏み込んだ。


 迷いのない一歩。

 地を裂く速度。


 その踏み込みを見た瞬間、

 背筋が、ぞっと冷えた。


 ――知っている。


 この間合い。

 この重心。


 記憶の底が、ざわつく。


「……っ!」


 咄嗟に印を解き、身体を捻る。


 刃と拳が、至近で交錯する。

 火花が散り、衝撃が腕を痺れさせた。


 互いに、間合いゼロ。


 一瞬、視線が交わる。


 その距離で見たアサガオの瞳は――

 静かで、強くて。


 そして、どこか――

 懐かしかった。


 理由は分からない。

 分かるはずもない。


 それでも、確信だけが胸に残る。


 この女は、

 “ただの敵”じゃない。


 次の一撃で、

 戦いは、さらに深い領域へ踏み込んでいく。


花柳街編第十七話をご覧いただきありがとうございます!

今回ですが、ネコメが少し出力を上げて戦っているみたいですね...

それに喰らいつくアサガオさんもかっこいいですね!

2人の思惑や今後の展開に期待です!

昨晩?今朝未明?に書き上げた本編の見直し前に眠りに落ちたので公開が遅れてしまいました...

ですので、本日中に次回も更新出来ると思います。

次回花柳街編第十八話

「華は倒れず、猫は譲らず ―― 名を明かす覚悟」

となっております。

次回でお会い致しましょう!

今後とも応援宜しくお願い致します。

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