刻まれし、血の呪縛
花柳街編第十話です!
今回も文章量多くてすみません。
物語の重要な部分にも触れてますので、その辺も楽しんでもらえればなと思います。
それでは、ごゆっくりお楽しみください。
賭場を離れ、細い路地を進む。
昼間だというのに、ここは妙に薄暗い。
前を歩くネコメさんは、軽い足取りのまま振り返りもせずに言った。
「……実はね」
その声は、心なしかいつもより少し低い。
「さっき、黒装束の記憶を覗いた時に見つけたものがあるんだ」
「まだ、誰にも話していない」
俺とミオは顔を見合わせた。
「……どうして、それを私たちに?」
ミオが率直に問いかける。
ネコメさんは肩をすくめた。
「理由は二つ」
「一つは、今から見に行く“物”と関係しているから」
「もう一つは――たぶん、異界の知識と妖術の知識、その両方が必要だからだ」
足が止まる。
嫌な予感が、胸の奥で静かに広がった。
「ハヤテくんとミオちゃんを呼んだ理由、なんとなく分かるかな?」
答えられないまま、俺たちはネコメさんの後に続いた。
路地の突き当たり。
人目につかない壁際の地面。
一見すると、ただ汚れているだけだ。
だが、よく見れば違う。
石畳の上に、意図的に描かれた円。
擦れ、消され、上から踏み荒らされているように見えて、それでも“形”は残っている。
比較的大きな、円形の模様。
「……これ、何か分かるかな?」
ネコメさんが問いかける。
最初に口を開いたのはミオだった。
「……妖術が関わっています」
「でも、それだけで成立しているものじゃない」
彼女は膝をつき、慎重に模様を見つめる。
「妖術は、使う人や血統なんかで形が変わります」
「けれど、これは……何か別のものが混ざっている」
「少なくとも、私にはここでそれが何かを断定できません」
そう言って、視線を上げる。
「……ネコメさんも、同じなんじゃないですか?」
「正解!」
ネコメさんはあっさり頷いた。
「ボクにも分かるのは、これは妖術が“関与している”ってことくらいだね」
「発動条件も、目的も、これだけじゃ読み切れない……」
そして、ゆっくりと俺の方を向いた。
「じゃあ、ハヤテくんはどうかな?」
その目は、探るようでいて、どこか確信めいている。
「君のこと、少し調べさせてもらったよ」
「桔梗街出身だと語っているそうだけど……生憎、ボクやこの街の一部の人間は、その辺りにも詳しくてね」
心臓が、わずかに跳ねた。
「君の存在は、桜都に来てからの記録しかない」
「それに――」
ネコメさんは、言葉を切る。
「さっきの黒装束から、恐らく君の“故郷”に関する記憶の一部が読み取れた」
……やっぱりか。
この人に、下手に隠すのは悪手だ。
でも――全部を話すのも、違う。
僕は一度、深く息を吸った。
「……もう、なんとなく分かっていると思いますけど」
視線を地面の模様に落としたまま、言葉を選ぶ。
「ミオたちには、まだ詳しく話してません」
「簡単に言うと……俺は、異世界から来た人間です」
ミオが息を呑むのが、横目で分かった。
「進んで話したくはなかったんだ」
「だから、黙ってました。ごめん」
ネコメさんは、何も言わずに聞いている。
「それで……これは」
僕は円の模様を指す。
「俺の世界で言う、“魔法陣”に似てます」
「ただ、魔法陣自体は凄く昔に失われた技術で……現代では、もう御伽噺みたいなものです」
地面に刻まれた、かすかな文字。
「全部は読めません」
「でも、少しだけなら」
僕は、拾える単語を口にした。
「……System Call」
「Summon Cursed Star」
「Target Object Bloodline」
「Weakened “Legacy”」
読むするのをやめて、要約する。
この世界の人にも分かるように言うには……
「世界の理に呼び掛け、呪いを呼び起こす」
「“Legacy”って呼ばれる血族を、弱体化させる……そんな意味だと思います」
沈黙。
しばらくして、ネコメさんが口を開いた。
「ねえ、ハヤテくん」
「――ゴボウセイって、知ってる?」
一瞬何のことかわからなかったけど、すぐに五芒星かと思い至る。
「……はい」
「俺は本で見ただけですけど……」
「神聖な力とか、儀式に使われる、五つの点を結んだ星の形の模様です」
「そう、ボクは記憶を読んで初めて知ったんだけど……」
ネコメさんは、地面を軽く指でなぞる。
「ここ」
「賭場」
「この二ヶ所が、すでに使われている」
顔を上げ、静かに告げた。
「あと三ヶ所」
「同じように“マホージン”が必要になるはずだ」
――その言葉が、重く胸に落ちた。
賭場の中は、まだ慌ただしい。
「負傷者の搬送は続けろ」
「裏口と倉の中を重点的に確認しろ」
「“何かが無くなっていないか”だけじゃない」
「盗まれ“かけた”痕跡も探せ」
私は、次々と指示を飛ばす。
金、帳簿、物品。
それだけではない。
この襲撃は、単なる破壊では終わっていない。
何かを探し、何かを“整えた”痕跡がある。
視線を巡らせると――
町人たちの輪の中に、あの女がいた。
さっきまで酒を飲み、賭けに負けて笑っていた女。
今は、泣きじゃくる子供の背を撫で、何でもない調子で声を掛けている。
場の空気が、確実に和らいでいるのが分かる。
……助かっている。
精神的にも。
そこへ、シュラマルが近づいてきた。
「私も、片付けを手伝おう」
「ところで……この女は、どうする?」
視線の先には、例の女。
すると、本人が不満そうに口を挟んだ。
「ひどいなぁ、お兄さん」
「私にはアサガオっていう、可愛い名前があるんだよぉ」
「アサガオちゃんって呼んで?」
怒っているようで、どこか無邪気だ。
「……すまない」
「では、アサガオはどうする?」
問い直され、私は少し考える。
「彼女は客人だ」
「先程の助力にも感謝している」
「この後の処理を手伝わせるのは、我々としては忍びない……」
シュラマルを見る。
「それは君も同じだ」
「夜までの間、どこかで休んでいてほしい」
女へ視線を戻す。
「アサガオ殿は、自由にして構わない」
「夜に、また改めて集まろう」
「分かった」
シュラマルが頷くと、女が楽しそうに言った。
「じゃあさ」
「さっき話してたこの中にね、近くで茶屋をやってる子がいるんだけど」
「良かったら行かない?デート!」
「……茶を飲むだけなら構わん」
「少し話したいこともある」
そうして、話はまとまった。
女はシュラマルの腕を取り、軽やかに歩き出す。
「……腕を離せ」
「デートなんだから、これぐらいいいでしょ!」
その背を見送りながら、私はふと考えてしまう。
――シュラマルって、あんな感じの女が好みなのか?
……意外だな。
いや。
もしかすると、彼女なりの配慮なのかもしれない。
重くなりがちな場を、少しでも軽くするための。
正直、助かっている。
彼女がいなければ、町民の不安はもっと大きかっただろう。
私は背筋を正す。
「……さあ」
「ここから先は、我らタチバナ組の仕事だ」
賭場を離れ、夕刻の通りを歩く。
人の流れはまだ多いが、先ほどまでの喧騒とは質が違う。
ざわめきの奥に、不安が沈殿しているのが分かる。
――無理もない。
今、街が崩れずに成り立っているのは、タチバナ組の統制と――
「ねえねえ、そんな難しい顔してないでさぁ」
隣を歩くこの女のせいだろう。
彼女は、さっきまでの惨状が嘘だったかのように軽い足取りで、
人混みを縫うように進んでいく。
そして相変わらず腕を取られている。
「……そろそろ離せ」
「やーだ」
「今はデート中なんだから!」
全く意味の分からん理屈だ。
だが、振りほどくほどでもない。
不思議と、邪魔に感じない。
――それが、気に入らなかった。
「……お前は、怖くないのか?」
「なにが?」
「さっきの騒ぎだ」
「命のやり取りがあったばかりだろう」
女は、少し考える素振りを見せてから、あっさりと言った。
「うーん」
「怖くなかったって言ったら、嘘かな?」
だが、すぐに笑う。
「でもね」
「他に怖がってる人がいる時に、あたしまで怖がったらさ」
「余計に怖くなるでしょ?」
軽い口調。
だが、言葉の芯は揺れていない。
――戦場の人間の言葉だ。
「……妙な女だな」
「よく言われる」
悪びれずに笑う。
通りの角を曲がると、目当ての茶屋が見えてきた。
暖簾が揺れ、甘い香りが漂ってくる。
「ここだよー」
「ほら、いい感じでしょ?」
「……静かだな」
「だからいいんじゃん!」
中に入ると、店内には数組の客だけ。
さっきの賭場での喧騒が嘘のようだ。
私たちは互いに向かい合って座る。
茶が運ばれてくるまでの間、沈黙。
だが、不思議と気まずさはない。
――それが、更に気に入らない。
「ねぇ」
女が、急に真顔でこちらを見る。
「お兄さんさ」
「……なんだ」
「あたしと何処かで会ったことあるかなぁ?」
一瞬、思考が止まる。
視線を逸らす前に、相手がどこまで気付いているのか考えてしまう。
「……何の話だ」
「とぼけるの下手だねぇ」
女は、茶を一口飲み、続ける。
「あたしはたぶん貴方に直接会った事はない」
「けど、Rebellionは知ってるよぉ」
核心を突かれている。
だが、断定ではない。
“確信”ではなく、“感覚”。
――それが、厄介だ。
「……どこでその名を知った?」
少し驚いたが、これも不思議と意外ではないと感じる自分が居た。
「えーっとね」
「ずっと昔から知ってるの!」
女は、楽しそうに笑った。
「でもさ」
「それ以上は聞かないよ」
「……なぜだ?」
「だって」
彼女は、湯気の向こうで目を細める。
「人には、人の事情があるもん」
「それに――」
一拍置いて。
「無理に引きずり出すの、好きじゃないし」
その言葉に、胸の奥が僅かに軋んだ。
――同じだ。
考え方が。
距離の取り方が。
理由は分からない。
だが、はっきりしている。
この女は――敵ではない。
少なくとも、今は。
「……なるほどな」
少し、昔の話をしようか。
私たちに流れる”血”の話を。
意外だな、私がこのような気持ちになって、過去を話すなんて。
「……お前になら話しても良いかもしれん」
――修羅と呼ばれた男の話を
――少し話過ぎてしまった
茶が、静かに冷めていた。
「……というよくある男の話だ」
「……えっとね、お兄さんは辛くなかったの?」
話し終わった後にこの女が聞き返す。
「……あくまでこれは私の知り合いの話だ。それにもう昔の話だからな」
私はそのように答える。
「じゃあ、そういうことにしとくよ!」
女は笑って答えた。
「もう気付いてるよね?だから話してくれたんでしょ?」
「……お前の本当の名前のことか?」
「私は何も知らない、アサガオも何も知らない……それで良いだろう」
「そうかもしれないねぇ」
そういって笑う彼女はとても儚く、そして美しく見えた。
――私も歳をとったものだな
そこからは他愛のない会話ばかりだった。
正直、私はこの子との会話を楽しんでいたと思う。
その時、店先の暖簾が揺れた。
「あっ」
アサガオが、入口を見る。
振り向くと、見知った顔が三つ。
ネコメ。
ハヤテ。
ミオ。
全員、一瞬だけこちらを見て、固まった。
特にハヤテの顔が分かりやすい。
「……え?」
アサガオは、楽しそうに手を振る。
「やっほー!」
「奇遇だねぇ」
ネコメが、状況を一瞬で理解したように目を細める。
「へえ……」
「そういうことか」
「どういうことだ?」
「いやいや……」
ネコメは、笑って席に近づく。
「面白い縁だなって思っただけさ」
縁。
その言葉が、妙に耳に残る。
私は、改めてこの子を見る。
本当の名前も、素性も。
詳しくは知らない。
それでも――
なぜか、この場にいることが自然だった。
嵐の後の、短い静けさ。
だが、本能が告げている。
この出会いは、
ただの偶然では終わらない。
そう遠くない未来で、
必ず――刃を交えることになる。
理由は、分からない。
分からないからこそ、
今は、目を逸らさずにいる。
花柳街編第十話をご覧いただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか?
めっちゃ言い忘れてたんですが、花柳街編のテーマは実は3つあります!
言い忘れてたんで、これは後々答え合わせをしましょう!(予想しながら読んでもらうと面白いかも...!)
さて、今回の話ではハヤテくんの秘密を共有したり、Legacyの血縁やRebellionという名前...
それらが急遽発覚!
更には花柳街編に入ってから新キャラのアヤメさんにフォーカスされていることが多くありましたが、ここにきて久しぶりにシュラマル視点で話が語られました!
シュラマルの過去?とはいったい何なのでしょうか?
さて、次回からはそれらの謎にもっと迫っていきます!
今後とも応援と感想やレビューをどうぞよろしくお願いいたします。




