流れ落ちた血の行方は
お待たせしました、花柳街編第九話です!
今回も少し長くなってしまいましたが、その分よく書けたと感じています。
では、早速第九話をお楽しみください!
血の匂いが、まだ消えきっていなかった。
賭場の床板には、いくつもの暗い染みが残り、割れた卓や散乱したコインが、先ほどまでの惨状を物語っている。
だが、叫び声はもうない。
「負傷者は奥へ!動けない者を優先しろ!」
タチバナ組の者たちが、素早く、しかし丁寧に動いている。
避難誘導、応急処置、場の封鎖。
それぞれが自分の役割を理解していた。
――助かった。
私は、胸の内でそう結論づける。
本来なら、もっと死んでいた。
もっと血が流れ、もっと街が怯え、取り返しのつかない禍根を残していたはずだ。
それが、この程度で済んだ。
「……」
安堵より先に、違和感があった。
敵は強かった。
数も多く、明らかに対人戦闘を想定した動き。
それでも、壊滅には至っていない。
――“抑えられた”のだ。
私は視線を巡らせる。
避難した町人たちの間で、泣いている子をあやしている女がいる。
さっきまで酒を飲み、賭けに負けて笑っていた女だ。
肩に手を置き、何でもない調子で声を掛けている。
その姿に、戦場の気配はない。
私は、深く一度だけ息を整えた。
「各所の状況を報告しろ」
声を張らずとも、周囲はすぐに静まる。
生き残った賭場の従業員、タチバナ組の者たちが次々と集まってきた。
「負傷者は二十名弱。重傷は五名、幸い命に別状はありません」
「死亡者は……支配人のみです」
胸の奥が、軋む。
だが、顔には出さない。
「賭場内の被害状況は?」
「卓の破損が数点、床板の損壊が一部」
「金庫、帳簿、コインの在庫に被害はありません」
――統制が取れている。
これが、タチバナ組が仕切ってきた賭場だ。
混乱の中でも、最低限の秩序は保たれている。
「よくやった」
短く労うと、皆は一斉に頭を下げ、すぐに持ち場へ戻っていった。
だが――
視線を戻した先。
床に押さえ伏せられた黒装束たちが、数体。
全員、既に武器を奪われ、動けない状態だ。
「……」
その中の一体が、ゆっくりと顔を上げた。
仮面の奥。
焦点の合わない目。
そして、かすれた声で言った。
「――役目は、終わった」
その瞬間だった。
捕縛されていた黒装束たちが、一斉に身を震わせる。
まるで、同じ糸で操られているかのように。
「――っ!」
嫌な予感が、背を走る。
だが、私が指示を出すより早く――
金属音が、短く鳴った。
次の瞬間、声を発した個体の喉元に、一本の刃が突き立てられていた。
深く。
正確に。
致命には至らぬ、ぎりぎりの位置で。
他の黒装束たちは、遅れずに自らの命を絶った。
だが、その一体だけは、動きを止められている。
「……っ、なに……?」
私は、刃の主を見る。
シュラマルだった。
息も乱さず、表情も変えず、ただ静かに相手を見下ろしている。
――止めた。
命令を。
連鎖を。
理解した上で。
その判断の速さと、躊躇のなさに、私は一瞬、言葉を失った。
一歩間違えれば、殺していた。
それでも、彼は止めた。
この男は――
斬るべきものを、間違えない。
短く息を吐き、私は指示を出す。
「生き残りを確保しろ!絶対に目を離すな!」
戦いは、終わった。
だが。
花柳街の闇は、確実に、こちらを見始めている。
生き残りは、一体だけ。
拘束され、呻き声ひとつ上げずに横たわっている。
――こいつが、鍵だ。
一方で。
ハヤテとミオは、賭場の外へ出ていた。
ネコメは、この場にいなかった。
ヨイカ失踪現場付近を中心に、単独で調査を続けていたからだ。
「……いた!」
路地の先、塀の上に腰掛ける影。
ネコメは、二人に気付くと、ひらりと地面に降り立った。
「おや、随分と騒がしかったねぇ」
「こっちはこっちで、面白いものを見つけたところなんだけどさ」
「賭場が襲われました!」
ミオが早口で説明する。
「黒装束の集団です!今、一体だけ生け捕りにして――」
「なるほど」
ネコメは、すぐに理解したように頷いた。
「じゃあ、行こうか」
「話を聞くなら、早い方がいい」
三人は、そのまま賭場へと引き返す。
ネコメが現れたとき、正直私は内心で安堵していた。
「生け捕りが一人いる」
事情を簡潔に伝える。
「自害を止められた」
「命令を出していた個体だ」
「ほう」
ネコメは興味深そうに目を細め、拘束された黒装束の前にしゃがみ込んだ。
「じゃあ……ちょっと、失礼」
そう言って、彼は指先を相手の額に軽く触れた。
その瞬間――
空気が、わずかに歪んだ。
何かが“沈む”感覚。
私は術の類には疎い。
だが、これは尋常ではないと、本能が告げていた。
視線を向けると。
ミオが、ほんの僅かに息を呑み。
シュラマルは、目を伏せたまま動かない。
そして――あの女が、何も言わずに、ただ見ている。
理解している者と、していない者。
その差は、はっきりしていた。
ネコメが手を離す。
「……うん、分かった」
軽い口調とは裏腹に、表情は真剣だ。
「こいつらの目的は二つ」
「一つは、大量の血をこの街で流すこと」
私は、黙って続きを待つ。
「もう一つは――“回収”」
「ただし、何を回収するかまではこいつも知らない」
「命令系統は?」
「断片的だね」
「ただ、ここでの役目はもう終わった、って読み取れたね」
つまり――
「何かの前段階、ということか」
ネコメは頷いた。
「現状その可能性が高いね」
私は、改めて周囲を見渡した。
「改めて被害状況を洗い直せ」
部下たちに指示を飛ばす。
「人命だけじゃない」
「何かが無くなっていないか、逆に“盗まれそうになった痕跡”がないかも確認しろ」
金庫、帳簿、倉、裏口。
荒らされた形跡がないか。
不自然に触られた形跡がないか。
ただ殺しただけではない。
そうでなければ、あの支配人の扱いは説明がつかない。
「急げ」
「見落とすなよ」
部下たちは短く返事をし、散っていった。
その様子を見届けたところで、ネコメが口を開く。
「じゃあ、ボクはこれで」
「何か掴んだのか?」
「単独で調べてた場所があってね」
「さっきの話と、繋がりそうだ」
そう言って、ハヤテとミオに視線を向ける。
「二人とも、付き合ってもらえるかな?」
「一緒に確認したいものがあるんだよね」
「はい!」
「分かりました!」
三人はそのまま賭場を後にした。
……判断が早い。
余計な言葉を挟まないのも、ネコメらしい。
私は、再び場内へ意識を戻す。
その頃。
賭場の外れでは、別の光景があった。
「ほらほら、大丈夫だって」
「血も止まってるし、ちゃんと生きてるよ」
先ほどまで酒を飲み、賭けに興じていた女が、しゃがみ込み、震える町娘の手を握っていた。
声は明るく、気取ったところもない。
無理に励ますでもなく、自然と寄り添うような調子だ。
「……本当に、もう来ない?」
「来ない来ない」
「来たらさ、あたしが追い払ってあげる」
軽く笑って言うと、娘はようやく表情を緩めた。
少し離れた場所で、シュラマルは周囲に目を配っている。
敵の気配がないか。
取り残された者がいないか。
その視線の端で、女が立ち上がる。
「ねえ、お兄さん」
気安い呼び方。
「そっち、問題なさそう?」
「……ああ」
「なら、次はあっち行こ」
指差す先には、まだ混乱の残る一角があった。
二人は、言葉少なに並び、自然に歩き出す。
まるで、ずっとそうしてきたかのような動きだった。
私は、その様子を遠巻きに見ていた。
女は、敵意を見せない。
それどころか、町民を落ち着かせ、場を立て直す一助になっている。
――不思議な女だ。
強い。
だが、それ以上に“危うさ”を感じない。
少なくとも、今この場では。
それでも。
花柳街の闇は、確実に広がっている。
これは、まだ始まりに過ぎない。
花柳街編第九話ご覧いただきありがとうございます。
今回は戦いの後の話になっています。
戦いの後の処理や、状況の確認をしているアヤメさん。
その裏でネコメさんは単独の調査で何かを発見したようです。
そのネコメさんはハヤテくんとミオさんを連れて発見したものを再び確認しに行く様子...
そしてシュラマルさんとお姉さんは二人で行動しているようですね。
二人とも、敵を止めたり民衆の不安な心に寄り添ったりと大活躍のようです!
さて、今回発覚したのは支配人の状態と黒装束の存在や目的の一部、ネコメさんが発見したという何かになってますね。
今後これらは物語にどう関係してくるのでしょうか?
次回花柳街編第十話へと続きます!次回でまたお会いいたしましょう!
今後とも皆様の応援と感想やレビューをお待ちしております。




