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歯車たちの英雄譚  作者: 彩衛門
第一章 桜都花柳街編 ―楽園に咲く血の華―

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20/22

酩酊女は夕闇を駆ける

花柳街編第八話を更新いたしました!

今回は結構悩みましたが、その分いい仕上がりになったのでは?と感じております。

花柳街編は熱が入っていて、一話ずつにボリュームが多くなってしまうのと調整に時間がかかっていて、公開のペースが遅くなってしまいますね...

今後とも頑張って書いて参ります!

それでは早速お楽しみください!

 夕暮れが、賭場の中に差し込み始めていた。


 昼と夜の境目。

 人が入れ替わり、卓の半分ほどが空き、喧騒が一段落ちる時間帯。


 私はその空気を、好まなかった。


 賑わいが消えたわけではない。

 だが、どこか音が薄い。

 笑い声も、コインの触れ合う音も、壁一枚隔てた向こう側で鳴っているように感じる。


(……嫌な間だ)


 理由ははっきりしている。

 この街では、何かが起きる前に、必ずこういう“静けさ”が訪れる。


 視線を巡らせる。


 ハヤテたちは卓の脇にいる。

 周囲の様子を観察しつつ、聞き込みの成果を整理している最中だ。


 シュラマルの向かいには、例の女。


 負け続けていたにも関わらず、相変わらず機嫌がいい。

 酒を片手に、肘をつき、楽しげに何かを話している。


(……妙な女だ)


 強い者特有の、張り詰めた気配はない。

 だが、緩み切っているわけでもない。


 まるで――

 自分がどこまで踏み込めば危険かを、正確に知っている者の立ち姿。


 私は、無意識に屋根の方へと視線を上げていた。


 空は、赤い。


 夕焼けが、賭場の天窓越しに滲んでいる。


 その中に――


「……?」


 一瞬、影が揺れた。


 鳥の影にしては、重い。

 雲にしては、低すぎる。


 嫌な予感が、背を這い上がる。


「――皆、離れろ」


 口に出すより早く、私は足を踏み出していた。


 次の瞬間。


 どさり、と音がした。


 否――

 それは“物”の落ちる音ではない。


 肉が、骨が、床に叩きつけられる音だ。


 賭場の中央。

 空いていた卓と卓の間に、“それ”は落ちていた。


 人の形をしている。

 だが、すぐには誰なのか分からない。


 血が、広がっている。


 あまりに赤く、あまりに多い。


「……支配人……?」


 誰かの声が、震えていた。


 近づく。


 外套はない。

 代紋もない。

 装備も、刀も、何一つ持っていない。


 代わりに――


 身体中に残された痕。

 打たれ、抉られ、裂かれた痕跡。


 そして、胸。


 十字に刻まれた、致命傷。


(……やはり)


 辻斬りなどではない。

 これは、拷問跡だ。


 そして――


「上を見ろ!」


 誰かの叫びと同時に、

 私の視界に、再び“影”が映った。


 今度は、錯覚ではない。


 屋根の縁。

 梁の影。

 人と人の隙間。


 黒装束が、現れ始めていた。


 音はない。

 気配も薄い。


 だが、数が多すぎる。


(……何が起こってるんだ?)


 個人の起こした事件ではない。

 花柳街そのものを根底から揺るがしかねない事件だ――


 私は、刀に手をかけた。


「客を守れ!出口を塞ぐな、逃がせ!」


 次の瞬間――

 賭場は、地獄へと変わった。


 黒装束は、落下と同時に散開した。


 合図もなく、躊躇もなく。

 まるで最初から、この賭場全体を狩場と決めていたかのように。


「――っ!」


 私は支配人の亡骸の傍に膝をつき、素早く状態を確認していた。


 息はない。

 だが、死後それほど時間は経っていない。


(拷問……いや、情報を吐かせるためだけじゃない)


 目的は最初から、これだ。

 “殺して、落とす”。


 見せしめか陽動か……。


 ――その判断に至った瞬間。


「きゃあああっ!」


 悲鳴。


 顔を上げた時には、もう遅かった。


 黒装束たちは、客も従業員も区別なく斬りかかっていた。

 逃げ惑う者を追い、背中から、足から、確実に。


「……出遅れた!」


 私の判断が、一瞬遅れた。


「タチバナ組の者は誘導を優先しろ!」

「戦える者だけ、迎撃に回れ!」


 叫びながら立ち上がる。


 組の従業員たちは即座に動いた。

 客を出口へ誘導しつつ、黒装束を引き離す。


 統率は取れている。

 だが――数が足りない。


「ハヤテ!ミオ!」

「二人には避難誘導を頼みたい!危険もある、あまり前に出るな!」


 二人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。


「分かりました!」

「こっちです!走らないで!」


 迷いはない。

 咄嗟の判断だが、正しい。


 シュラマルは――


(……あそこか)


 賭場の中央からやや離れた位置。

 彼は一人で、黒装束を引き受けていた。


 だが数がおかしい。


 一人に対して、五、六……いや、それ以上。


(引き寄せている……!)


 守るためだ。

 逃げ遅れる者が出ないように。


 だが、それでも。


(このままじゃ……)


 私も刀を抜き、戦線に加わる。

 斬る。弾く。距離を詰める。


 だが、状況は中々好転しない。


 黒装束は生きている。

 だが、動きがどこか人間離れしている。


 痛みを厭わず、躊躇もなく、ただ目の前の敵を攻撃し血を流させる。


(……ここにせめてネコメがいれば)


 情報が足りない。

 人数も、火力も。


 その時だった。


「――危ない!」


 逃げ遅れた女に、三人の黒装束が迫っていた。


 私は、距離が足りない。

 ミオとハヤテは、避難の列を守っている。


 一番近いシュラマルは――囲まれている。


「……っ!」


 歯噛みした、その瞬間。


「……ふあぁ」


 間の抜けた声。


 店先から、ふらりと人影が現れた。


 酒瓶を手にした女。


 ――さっきまで、負け続けていた女だ。


「……下がっていろ!」


 シュラマルの声が飛ぶ。


「お前が強かろうと、酒が入っていては――」


 だが、女は笑った。


「あたしの心配してくれんのぉ?」

「お兄さん、優しいねぇ」


 次の瞬間。


 女の姿が、消えた。


 いや――速すぎて、私には見えなかっただけだ。


 駆け抜ける。

 一直線に、悲鳴の元へ。


 逆手に構えた短い刃が、黒装束の刃を弾き、逸らし――


 一閃。


 黒装束が、崩れ落ちる。


「早く逃げな」


 女はそれだけ言い、呆然とした女を押し出した。


 そして、何事もなかったかのように戻ってくる。


「ふぅ……」


 酒瓶を揺らしながら、笑う。


「お姉さんも、中々やるでしょう?」


 その足取りは、酔っているようで――

 まったく、狂っていなかった。


 シュラマルが、目を細める。


「……やはり、お前は強かったか」


「あら、強い女の子はお嫌い?」


「……そういうわけではない」


「照れちゃって、かわいいじゃない」


 女は愉快そうに笑い、ふと真顔になる。


「ねえ、お兄さん」

「なんで本気を出してないの?」


 一瞬、空気が止まった。


 シュラマルは虚を突かれたが、すぐに息を整える。


「……これが、“今の私”の精一杯だ」


「あら」

「そうは見えないけれど」


 女は肩をすくめ、楽しげに笑っている。


「流派も、太刀筋も実力も隠してるのは……お互い様じゃないか?」

「あら、分かっちゃうのね?」


 沈黙。


 数瞬の後、シュラマルは小さく息を吐いた。


「……良いだろう」


 刀を構え直す。


「まずは、こいつらの相手を手伝ってくれ」


 女は、満足そうに笑った。


「交渉成立、ってやつね」


 そして――

 二人は、並び立った。


 ――戦場の流れが、変わった。


 私は刃を振るいながら、はっきりとそれを感じていた。


(……何だ?)


 さっきまで、こちらが押され続けていた。

 数の不利。統率の取れた動き。

 一人倒しても、すぐ次が来る。


 それが――


 黒装束の動きに、微かな“遅れ”が生じている。


 一人、また一人と、崩れるように倒れていく。


(……シュラマルの位置から、だ)


 視線を走らせる。


 彼の隣に――

 見覚えのある女が立っていた。


 酒瓶を手にした、あの女。


(……共闘している?)


 距離がある。

 声までは届かない。


 だが、剣の運びが見える。


 女の刃は、短い。

 構えも独特で、正道とは言い難い。


 それなのに。


(……倒しすぎだ)


 無駄がない、という言葉では足りない。

 “必要な分だけ斬っている”。


 黒装束が踏み込む前に、喉を断ち。

 刃を振り上げる前に、腱を裂く。


 一撃ごとに、確実に“戦力”を削いでいる。


(……この女、何者だ)


 シュラマルの動きも変わった。


 さっきまで守勢に徹していた刀が、前に出る。

 女が生んだ隙を、逃さない。


 二人の間に、言葉はない。

 だが、動きは噛み合っている。


 互いの間合いを理解している者同士の、それだ。


「……っ!」


 目の前の黒装束を斬り伏せ、私は息を整える。


(今だ)


「今のうちに押し返せ!」

「散開するな、固まれ!」


 指示が通る。


 タチバナ組の者たちが、体勢を立て直す。

 避難誘導も、落ち着きを取り戻し始めていた。


 ミオとハヤテも、必死に人を導いている。


 ――その時。


 黒装束の一団が、僅かに距離を取った。


 統率された、後退。


(……逃げる?)


 いや、違う。


 “見切り”だ。


 目的は果たした。

 これ以上の消耗は不要――そう判断した動き。


 次の瞬間。


 彼らは、煙のように散った。


 屋根へ。

 路地へ。

 影の中へ。


「追うな!」


 私は即座に叫ぶ。


「深追いはするな!」

「負傷者の確認を優先しろ!」


 黒装束は、完全に姿を消した。


 ――戦いは、終わった。


 残されたのは、血の匂いと、壊れた卓。

 そして、倒れた支配人の亡骸。


 私は、息を整えながら、改めて視線を向ける。


 あの女は――

 もう、酒瓶を肩に担ぎ、何事もなかったように立っていた。


 シュラマルの隣で。


 戦場の中心にいながら、まるで最初から“通りすがり”だったかのように。


(……間違いない)


 この女は、異常だ。


 技量だけじゃない。

 判断、割り切り、そして戦場を読む力。


(……味方で良かった、と思うべきか)


 それとも。


(……敵でなくて、幸運だったと思うべきか)


 私は、まだ知らない。


 この花柳街の闇が、

 今し方“とてつもないもの”に触れたということを。


 そして――

 それが、これから更に深く関わってくるということを。

花柳街編第八話をご覧いただきありがとうございます。

今回は酔っ払いの女性が活躍した回でしたね...

彼女はいったい何者なのでしょうか?


さて、今回はアヤメさんの指示の元役割を分担し何とか敵を撃退できたようですね!

しかし、被害もあった上に謎は深まっていくばかりのようで...

真相の究明には、もうしばらく掛かってしまうのでしょうか?


次回の第九話も是非ご覧ください!

今後とも応援と感想やレビューをどうぞよろしくお願いいたします。

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