婚約破棄された悪役令嬢、実は“女王陛下”でした〜追放されたので祖国を奪還します〜
ーー私はこの国のためなら、悪魔にだってなる。
「この人でなしの悪魔め!何という女だ……こんな女と生活なんてあり得ない!お前との婚約は破棄だ!」
赤ワインを口に含みながら、その罵声を私は黙って聞いていた。呆れるほど芝居がかった怒声だったが、私の心は冷え切っていた。
「ええ、構いませんわ。アレクシス殿。もともと、私はあなたとの結婚なんて望んでいませんでしたもの」
「何っ……!もういい、お前の顔など見たくない! 出ていけ!」
私は静かに席を立ち、その場を後にした。
――そして数日後。私は“悪魔女”の汚名をきせられ、国を追われることになった。
社交パーティーの日。
マリアは婚約相手のアレクシス公爵とそこに出席していた。
マリアとアレクシスの婚約祝いの為に多くの人達が集まっており、中には名も知れた貴族達も参列していた。
パーティーは順調に進み、皆、楽しそうな雰囲気で賑わっていた。
そこにある人物が現れるまでは。
マリアが微笑みながら貴族方と談笑していると、一人の女がマリアの前を通りすぎた。そして、その時。
バタッ!とその女が転んだ様子で床に倒れると、女は突然泣き出した。
それに驚いたアレクシスは、その女の元へ急いで駆け寄ると女を起こす。
「大丈夫か?怪我は」
「いえ、怪我はありません。助けて頂いてありがとうございます」
「いや、それは良いのだが、何故泣いているんだ?」
それは…と小さな声で囁き、女は俯く。
「大丈夫だ。言ってみなさい」
女は少し顔を上げると、アレクシスの方を見て小さく頷き掠れた声で言った。
「私、マリア様に前からいじめられてて……」
アレクシスはそれを聞いた途端、勢い良くマリアに糾弾する。
「どういう事だマリア!説明してもらおうか」
それに対して、マリアはため息を吐いた。本当にくだらない。
「説明も何も、別に私はそんな女知りませんし、いじめた覚えもありませんわ」
すると女は私の方に向き直り、グスグスと泣きながら言った。
「何で嘘をつくのですか!私は今まで散々マリア様に酷いことをされて来た。酒を頭から被せられたり、軽い毒を料理に盛られたり、グスッ、私は!それでも今までマリア様に嫌われないように仕えて来たのです!なのにどうしてなのですか」
そして女はまた俯く。
何とよく出来た芝居だろうか。涙を流せば周りに同情して貰えると思っているのだろうか。私を悪役に仕立てて何がしたい?私をよく思わない、一部の貴族達を巻き込んでこの国から排除するつもりだろうか。
「うふふ、ずいぶんな言いがかりね。それで、貴方どちら様ですの?」
「誰かですって!グスッ、このリリアの事をお忘れに?昨日も私を呼びつけて靴を磨かせたのに」
それを聞いていた周りの貴族達は、なんて酷い事を、と周りでガヤガヤと騒いでいる。
「本当かマリア、お前は私の知らないところでそんな酷い事をしていたのか!」
アレクシスはマリアに詰め寄る。
マリアはこの時、何かに勘付いた。そして敢えて、その女の戯言を肯定するかの様に言った。
「だとしたら私をどうなされるおつもりです?」
それを聞いたアレクシスの口角が上がった様に見えた。そしてアレクシスは言った。
お前との婚約は破棄だと。
私は決断した。こいつらには辛い屈辱を味わせてやると。
「ほう、良い情報を貰った。感謝するわロイナ」
マリアはカスタロフ王国の裏情報屋、ロイナに謎の女リリアに関する情報を貰った。
リリア・ラスティーナという女は、ここカスタロフ王国のスパイだったのだ。ラスティーナ家領主の長女で、父との間にできた子供がいる事が分かっている。
リリアは前々からマリアが元いたサンジェルド王国の財産を狙ってアレクシス公爵に近づいており、マリアが知らない所で前から何やかんやしていたらしい。
サンジェルド王国とカスタロフ王国は昔、政治的な理由で戦争をしていた間柄だった。隣同士の国だけあって問題も多く、特に輸入輸出に関する税金の問題は今でも解消されていない。
元々マリアとアレクシスは婚約したのち、時期が明けたらサンジェルド王国の王位を女王陛下から継承する予定だったのだ。その座を私から奪うためにリリアはあんな茶番を振る舞って見せたのか。
アレクシスは前からリリアと相談していたのだろう。あの時のアレクシスの行動はわざとらしかった。女が一人倒れて泣いたくらいで助けに行くお人好しではないのに。
だから男というものは信用ならない。
美形の女が色気を使えば、すぐに落ちて手を出す。
単純すぎて、逆に滑稽にも思う。
私は受け取った情報で、策を練ると翌日には行動を開始した。
行動を開始して3日で騎士団が揃った。
ロイナに聞けば、アレクシス公爵とリリアは翌日に結婚式を挙げるそうだ。何と早い事か。
そして翌日。
騎士団の団長がマリアに駆け寄り跪く。
「女王陛下、騎士団の面々が揃いました」
マリアは頷き、騎士団に命ずる。
「皆、聞きなさい。これよりサンジェルド王国を奪還する。目的は王国の城を制圧し、アレクシス公爵ならびにカスタロフ王国のスパイ、リリア・ラスティーナをサンジェルド王国から追い出すことです」
騎士団は皆剣を掲げて、女王陛下マリア・オベールに忠実を誓った。
数時間前、マリアは父ゴードン・オベールの屋敷を訪問していた。
「お父様、彼は私に婚約破棄と宣告されました。それに、アレクシス公爵には別の女がいるようです」
「それで、お前は国を追い出されてそれだけか?」
「いえ、しっかりと情報は掴んで参りました」
「そうか、ならば好きにすれば良い。それに、あのサンジェルド王国は絶対に取り返してもらわないとな。お前はサンジェルド王国の女王陛下なのだから、しかし残念だ。あの男は優秀だと思ったのに」
「そもそもお父様は何故、アレクシス公爵を国王に据えようと考えたのですか?」
「あの男の噂は前から聞いておった」
「では何故ですか!」
「サンジェルド王国はアリスターが亡くなってから、他国に比べて権力が弱くなった。早く国を回復させなければならんと思ってな、しかたなくだ。本当にすまんなマリア。全て背負わせて」
「ならば、私一人でもサンジェルドを再び活気ある国にして見せますわ!たとえ、アリスターがいなくても」
その後、マリアは屋敷を出て外で待機していた馬車に乗り込む。
まだ昼の太陽が馬車の窓に差し込む。マリアは空を眺めながら、赤ワインを一口飲む。
そしてマリアは想像する。
今日はどのくらい新鮮な赤ワインが流れる様を見られるのかしらと。
「続いて王位継承の儀を行います。二人は前に」
アレクシスとリリアは目の前の女王陛下に対して跪く。
ヴェールを頭から被っていたため、素顔は見えなかった。
女王陛下の素性を知っている者は数少ない。公爵である私ですらも、見たことがないし、名前すらも知らない。
いつも、政治の場に顔を出していたのはアルスター国王陛下のみだった。
こうして公の場に姿を現すことすらなかった。
「顔をお上げなさい」
その言葉に二人は顔を上げる。
そして二人は驚愕した。
「何で!?どう言うことだ!何でお前がその席に!?そこは女王陛下の……」
しかしそこで何者かの剣が振り下ろされる。
アレクシスは腕を斬られ、その場で悲鳴を上げながら転げ回る。
「誰だ貴様!この無礼者が!」
騎士団長ロベールは、剣を鞘に収めながら言う。
「無礼は貴様の方だアレクシス・フリードマン。貴様誰に向かって口を聞いているのか分かってるのか?」
「誰だと…まさか!そんなバカな」
「まさかよねアレクシス殿。私がサンジェルド王国の女王だなんて思いもしなかったわよねー」
そしてサンジェルド王国の女王陛下マリア・オベールは玉座から立ち上がる。
青ざめた様子のリリアを優雅に見下ろしながら、いかにもわざとらしげにマリアは言った。
「サンジェルド王国は、私の夫アリスター国王陛下が亡くなってから、随分と衰退していきました。しかし、その原因は他にあったわ。ねぇー、リリア」
リリアは明らかに動揺した様子でマリアを睨みつける。
「私が?何をおっしゃいます。この国が衰退していったのは、そちらの実力不足じゃありませんか!」
「実力不足?いえ、元々最初から仕組まれた悲劇だった」
「仕組まれた?」
「ええ、仕組まれていた。全てはこのサンジェルド王国をカスタロフ王国のものにする為に」
「それと私に何の関係が?」
「うふふ、まだしらを切るつもりなのね。かわいそうにリリア。私が何も知らないとでも思ってるのかしら?」
それにと、マリアは貴族の面々にも目を向ける。
「貴方たちもグルなんでしょー?本当、腐れ切った国になったものだわー。この中に、カスタロフ王国のスパイが何人いるのかしら?」
そして一人の貴族が声を上げる。
「いくら女王陛下とはいえ、今までこの国を真から支えて来た我々貴族を侮辱するとはあり得ない!恩知らずも良いところだ!」
「恩知らず?ねぇー、ドナール侯爵。貴方今この場でよくそんな口叩けるわね」
マリアは微笑みながら貴族達の方に歩みを進める。
そしてマリアは懐から書類を取り出し、上に向かってばら撒いた。
周りの貴族は勢いよくその書類を取る。
「なっ!これは」
「ええ、そうよ。ドナール侯爵、貴方達が貴族会議で決定した内容。バカよねー、こんな分かりやすい証拠まで残しておいて」
「どうして……」
ドナール侯爵はその場にへたり込んだ。周りの貴族も明らかな証拠に皆顔が青ざめていた。
ドナール侯爵は、カスタロフ王国の元国王付き秘書。孤児だったドナールをラスティーナ家に引き取られて以来、リリアに使えるようになったらしい。
「もう言い逃れは出来ないわねー。この国の法律上貴方達がした行いは重罰よ。つまり死刑」
周りは皆沈黙、少しして誰かが声を上げた。
「どう言うことだドナール!おいリリア!お前ら最初から俺を騙していたのか!」
そしてリリアは高らかに笑い声をあげ、あざけるように言った。
「あっはっはー、バカよねアレクシス。私もこんな簡単に騙せるとは思わなかった。二人で結婚してサンジェルド王国を活気ある国に戻そう!って、うふふ、馬鹿みたい!あんたみたいなおっさんと誰が結婚するかっていうの!あっ、マリア様がいたけど婚約破棄しちゃったもんねー」
「何だと!」
「でも驚いた。まさかマリア様がサンジェルド王国の女王陛下だったなんて。だとしたらアレクシス可哀想ね、せっかくのチャンスを自分で捨てたんだもの」
「お前!さっきから言わせておけば!お前こそカスタロフ王国のスパイで、あの老いぼれ変態領主の娘だったとはな!お前も自分の父の子供を産んだのか?」
するとリリアはすごい剣幕でアレクシスを睨み、飛びかかる。
そして懐から小型ナイフを取り出しアレクシスにそれを振り下ろす。
しかし、アレクシスは腕を斬られており、抵抗できなかった。
思いっきり心臓に刃が突き刺さる。
「黙れ!黙れ!黙れ!あんたに私の苦しみの何が分かるって言うのよ!」
それを見ていた周囲の貴族たちも逆上し、暴れだした。
そうして、結婚式場はみるみると辺り一面が血の海と化した。
貴族達の中にはその場から逃げようと抵抗した者もいたが、皆騎士団により切り殺された。
しかしドナール侯爵とリリアだけは、生かされた。
カスタロフ王国のスパイとして正式な方法で公開処刑にする予定だ。
ロベールは拘束されたリリアに言う。
「なぜスパイ行為をした?お前にはそれをする動機がなかっただろう」
マリアは血に染まった顔をゆっくりロベールに向けると淡々と死んだように言う。
「逆らえなかった。私の子供は父様に取り上げられてるの。私が成功したら返してくれるって……いくら父との子でも私の大切な天使なの」
ロベールはため息を吐く。
「そうか、だがもうそれは叶わない。その子供に会うこともないだろう」
そこにマリアも歩み寄る。
「リリア、一つだけ良いことを教えてあげる。貴方の子供は無事よ。騎士団が保護したから、流石に子供まで殺さないわ。だけど貴方の父はいない」
リリアはそれを聞き、安堵した様にとても笑顔で笑い出した。
マリアは血の海と化した結婚式場の玉座に座り、優雅に赤ワインを口に含んだ。
血の香りと赤ワインの芳醇な香りが混ざり合い、私はどこか清々しい気分に満たされていた。マリアはしばし結婚式場の天使と悪魔が描かれた天井を見つめる。
この国のためなら、私は悪魔にだってなる――もう、そう決めたのだから。
あれから3年、本当にいろんなことがあった。
カスタロフ王国は国際裁判で多額の借金を抱え、衰退していった。
そしてサンジェルド王国には新たな国王陛下が即位した。
新たな国王とマリアの政権運用により、サンジェルド王国は徐々に経済を回復していき、世間でも発言力を強めていった。
「ロベール、ちょっと来てくれないかしら」
ロベールはマリアの元へ寄る。
「何でしょうか?マリア様」
マリアはその言葉にため息を吐く。
「もう婚約して2年も経つって言うのに、そろそろ私の夫らしく、ため口でしゃべってくれないかしら。そんなに私を遠ざけたいの?」
「いえマリア様!あっ……マリア。私はマリアを愛してる!」
マリアはキョトンとした顔でロベールを見る。
「うふふ、まだぎこちない。もっと、私の目を見て言って」
ロベールは顔を真っ赤にして、マリアの目を直視する。
「マリア!愛してる」
マリアは微笑みながらロベールの手を取る。
「私もよロベール」
二人は赤い薔薇が咲き乱れる庭を歩く。
悪魔女。私は世間からまだそう呼ばれている。でもそれで構わない。だって、私は心に悪魔を宿したのだから。
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