1.スライム
千葉県生まれの佐藤ユウスケくん!そこそこ裕福な家に生まれ、何にでも斜に構えて中学高校と部活にも入らず青春の酸いも甘いもスルーし、持ち前の地頭のみで大して受験勉強もせずに都内某私立大学に合格!特に大学でもやりたいことが見つからず、世間を舐め腐り、授業を程よくフケつつ居酒屋バイトに明け暮れる毎日。ある日、バイトの帰り、終電一本前で最寄り駅にたどり着いて歩いているときにトラックに轢かれてしまった!
…………
目が覚めたら広大な草原が広がっている。青い空。周りにはビルどころか建物の一つもない。代わりに木々が茂っている。どうやらここは天国らしい。
あーあ、彼女の一人くらいは欲しかったな、と思いつつもうひと眠りするべく瞼を再度閉じる。
……
何かぷるぷるという音が聴こえる。ぷるぷる?
目を開けて音の正体を確かめると、現実ではどうしても見たことがない、けれども見覚えのある存在があった。青いゼリー状の生物……スライムだ!ド●クエのとは似ても似つかないが、分類するならスライムであることは確かだろう。
スライムならもしかしたらここは何か……異世界転生なのか?俺は目の前の愛らしい生き物を殴ってみることにした。
青いゼリー状の肉体に近づいて拳を振るう。べちっ!スライムは存外拳に手ごたえを示し、後ろに吹っ飛んだ。もしかしたらここは本当にファンタジーの世界なのかもしれない……!
「ぷー!ぷー!」スライムが涙目になりながら逃げていく。草むらに隠れて追うに追えなくなってしまった。くそっ。俺の経験値が。
……
しばらく歩いて回ると、遠くに家屋の集まりが見える。村だろうか。
いや……しかし……何か後ろから足音が……それも一体ではない…………
後ろを振り返るとスライムの大群であった。陰に俺が殴ったスライムの姿が見える。くそ。逃がしたのが運の尽きか。俺は遠くに見える家屋に向けて走り出した。
…………
ゼェ……ハァ……なんとか逃げ切った。とはいえ命からがらだ。何度も追いつかれかけ、そのたびに命の終わりを覚悟した。
ここでいう逃げ切ったというのは、俺はすんでのところでさっき遠くに見えていた家屋の集まりに滑り込み、門を住人が閉じてくれたのだ。こうして俺は集落らしきものの中に入ることに成功した。
すると門を閉じた老婆の村人がこっちを向いて話しかけてきた。
「兄ちゃん、何しとん、なんでスライムなんか連れて来よって」
「えっ……あの……経験値になるかと思って……」
「はぁ?ケイケンチ?なんにゃそれ。ともかくしばらくしたら出て行っておくれ。あたしゃらあれと戦うのはごめんだよ」
「え、経験値ですよ、ゲームとかでモンスターを倒すともらえてレベルが上がるんです」
「あんたもしかしてスライムにちょっかいだしたのかい?」
「…………」
「はは、いや、まさかあ。かわいいですよね」
「なんやその空白は。お前さんちょっかい出したな。それなら悪いがここに置いておくことはできん。スライムたちは村にとって大事なんじゃ。」
「は?スライムが?なんでですか?」
「スライムはな、わしら村人にとって共生共益の象徴なんじゃ。スライムと村人が友好を築いておる。この友情を汚す者は誰であれ掟で容赦してはならぬ」
「はぁ……そうすか」
俺は心底ため息をついた。なんで村びとはスライムなんかと仲良くしているのだろうか。あほらしい。俺は集落の中で一服する間もなく門の外に追い出され、草原で、さっきのスライムらから離れるまで、草むらに隠れてこそこそとその場を後にした。スライムと村人の子どもが仲睦まじく遊んでいる姿が視界に入った。