1章15話 魔法王
俺たちが亜空間から普段の世界に戻ってくると、俺の家の庭にはルナとジュナが複雑な顔をして立っていた。どうやら、何かあったようだ。
「こんな夜遅くにどうした?問題でも発生したか?」
「問題でも発生したか、じゃないですよね?あなたたち、一般人の目につく場所で転移魔法を使いましたね?何事かと思って待ってたんですよ?亜空間でエッチなことでもしてたんですか?」
どうやらこの顔、ルナは奈々ちゃんとどこかで二人きりになっていたことが相当羨ましいらしい。多分、俺がルナとお家デートしたことを奈々ちゃんが知っても同じように妬むんだろう。
「いや、奈々ちゃんが向こうの世界に使い魔のハルを置いてきたらしいんだけど、それがドラゴンの姿をした使い魔だけど人型になれないって課題が克服できないかららしくて。それで、ジュナの力を使って人型にすればいいんじゃないか、って提案したのに恋敵の使い魔の力は借りたくない、って」
「ちょっと、智溜くん…!」
俺が事情を説明すると、主と使い魔は数秒間黙って目を合わせた後、同じように呆れ顔になった。そりゃ、呆れもするか。
「恋敵だから、って何ですかその理由?!私たちは恋敵ですが、一応友達のつもりですよ?お願いされれば恋敵として突っぱねることはせずに、友達として力を貸すつもりです」
「でも、私はプライドが…」
「自分勝手なプライドか相棒、どっちが大事ですか?」
「まぁ、そりゃ相棒の方が大事だけど」
「それなら、今回だけでもジュナの力を借りたらどうですか?」
「…分かったよ、そうする」
奈々ちゃんのまだ満足していないような顔が照れ隠しであることを俺は信じたい。俺は今、限りなく二股野郎に近い状態だが、ルナと奈々ちゃんには仲良くしてほしい。
「とりあえず、今週末でいいか?俺たちはどの部活にも所属してないだろ?」
「そうですね。学校を休むわけにはいかないですし」
「つまり、今週末は異世界デートってこと?」
「まあ、そうなるな。とりあえず、あと三日しっかり学校に行って、万全な状態で異世界に行けるようにしよう」
今日のところは解散することになり、三人はそれぞれの家路についた。俺も疲れたし、早く寝ることにした。
*
黒い謎の物質が人型を形成し、美しく紅いマントを羽織り、宝石のついた指輪や腕輪、ネックレスのようなもので着飾って玉座に鎮座している。
「暗黒王、もう貴様を許すことはできない。我が属国ネルガの一部を侵略したことを後悔させてやる」
口から、意図しない言葉、聞いたことも見たこともない国名が放たれる。相手の顔に表情は――いや、頭部を形成するものはあるが目や口は一切ない。
「お前の魔法は通用しない。儂を殺すことができるのは我が宿敵の作りし聖剣ニダァダグだけだ。他一切の魔法も物理攻撃も通用などしない」
「なら、我はそのニダァダグとやらがなくても貴様を殺す手段を見つけるまでだ」
右手が掲げられ、その人型が視界に映らなくなるほどおびただしい量の煌びやかな剣が生成され、一斉に一定の地点へ向けて放たれた。
この聖剣らしきものを生み出した力は、間違いなく俺のものだ。俺は初めてあの魔法を実践したことで、魔法で戦う夢を見るようになったのだ。
ただ、その剣の殆どは全てが一定地点を通過し、廃城の宮殿らしきその場の床に突き刺さった。そして、ごく僅かな剣だけが人型を貫通したまま刺さっていた。
「ほう、ここまで斬新な方法で儂を殺そうとするとは。さすがは唯一その魔法を使える魔法使いだ。無条件に様々な聖剣を生成することで一つでも儂を貫通したまま刺さっていることに賭けたか」
「もうこれでお前に勝ち目はない」
人型に刺さっている剣と同じものが空中に大量に生成される。その速さと量、剣そのものの質で比べれば、俺に同じことはできない。あの剣と同じものを作るのなら、十秒で一本がせいぜいだろう。
「ふっ、魔法王よ。その程度で勝ったつもりになられては困る」
「何?」
「儂に秘められた第二形態を見…」
魔法王と呼ばれた、俺が今なっている男は相手が喋っている途中だというのに容赦なく腕を振り下ろし、剣でズタズタにした。
「全く、たかがそこらの魔物よりも力を持っているからといって人間を敵に回そうとは。実に愚かな存在だった」
結局、この夢は何なのだろうか。未来の自分がこの魔法王とやらになって、この戦いを実際にやるのだろうか。とすれば、俺はこの境地にたどり着くべくこれから更に戦いを重ねていくことになる。
「ところで、先ほどから俺の中にいるのは何者だ?」
俺は、一瞬警戒した。これは多分、夢じゃない。実際にこの男?の中に宿ってしまっているのだ。
「お、俺は西島智溜。魔法王様と同じような能力を使うことができる」
「様をつけるな。それでは同じ力を使う者同士というのに対等に話ができない」
「なら、魔法王でいいか?」
「一般的にそう呼ばれている。それで構わない。それで、何故我特有の権能と呼べるべき魔法を持っている?それ以外は初歩的なものばかりのようだが」
どうやら、魔法王の方からは俺の使える魔法はお見通しのようだ。それにしても、いつから俺のことを気づいていたのだろう?
「俺が今持ってる魔法は全部、生まれつきのものだ。俺の生きてる世界は魔法が禁止されてる世界で、異世界から来た師匠に魔法を教えてもらったヤツとか、一族が国に許されて魔法を使えるヤツとかは友達にいるけど」
「ほう、魔法の使えない世界は不便だろう?」
「まあ、この魔法王の権能たる力?は役に立ってるけど、他の魔法は役に立ってないな」
どうやら俺は魔法王の胸から腹のあたりに視界があるようで、魔法王の顔を見ることができない。けど、複雑な表情をしていることは想像に難くなかった。
「一体、我が生み出したはずの力を生まれつき持っているとは前世に何があったのだろう。まあ、そのうち貴様も思い出すことになるだろうが」
「思い出すことになる?」
「生まれつき魔法を覚えている者は、その覚えていた魔法を戦闘に使っていると徐々に前世の記憶を思い出していくのだ。我の知る者たちにも何人かいる」
「へぇ」
つまり、魔法王は俺に前世があったと言いたいのだろう。そして、前世の俺が相当技術や知恵のある魔法使いだったと考えているかもしれない。
「貴様と我が今こうして出会ったことは何かの偶然、奇跡に過ぎないのだろう。そして、今後も出会うことができるかは分からない。しかし、徐々に記憶が目覚め始め、今後も我と出会うことがあれば、思い出したことを語ってくれはしないだろうか?我は貴様に興味が湧いた」
「は、はぁ…」
女の子に挟まれている上、魔法王とかいうヤバい存在に気に入られてしまった。なろうは嫌だ、なろうになんてなりたくない!けど…。
「分かった、魔法王。それと、この世界が俺の世界と違うことは分かったが、時代まで違うとは限らない。そこでだ、もしも俺とお前が出会うような機会があれば手合わせしないか?俺の方が弱いのは目に見える話だけど」
「いいだろう。その勝負、受けて立つ。しかし、それで死んでしまっても我は蘇生させられないぞ」
「大丈夫だ、俺の友達に【混沌】を使役しているヤツがいるから?」
「【混沌】…?」
魔法王の声に若干の警戒が含まれる。これで怒らせてしまってはいないといいが。
「その者は世界を破滅させることを企むような存在か?」
「いや、普通の女の子だけど、あの恐れられてる【混沌】を逆に振り回してるくらいではある」
「そうか。その者についてもう少し訊きたかったが、もう時間のようだな」
俺の意識が微睡んでいく。どうやら、目の覚める頃合いらしい。また、魔法王に出会える日が来ればいいのだが。