1章14話 魔術師 対 魔法使い
俺は決闘したがらない奈々ちゃんを外へ引きずり出し、庭で向かい合った。
「どうせ奈々ちゃんが勝っちゃうだろうけど、俺だって一端の魔術師としてちょっとは危ないことがしたいんだよ。まあ、遊び程度に付き合ってくれよ」
「ホントに本気出しちゃっていいの?ここは普通の住宅街だし、移動した方がよくない?」
「それなら、亜空間に転送してくれよ」
「分かった。AktiDesMagischRäumTran」
奈々ちゃんが詠唱すると、俺たち以外の何もかもが光に包まれ、光が収まった頃には見渡す限りの星空と白っぽい砂の広がる、月面上のような場所にいた。
「空気のある場所に転移したのはハンデか?」
「ハンデじゃないけど、ナナも呼吸魔法使いながらだと魔法の精度が落ちるから」
「そういうことね。じゃあ、始めようか!」
俺が叫ぶと、奈々ちゃんは両手をこちらに突き出して何かを呟いた。どうやら、やっと本気になってくれたらしかった。
奈々ちゃんの手からは光線の弾丸が炸裂し、猛スピードで俺に向かって飛んでくる。俺を相当侮っているようで、変則的な動きをするものは一つもなさげだ。
「残念ながら、その程度の攻撃じゃ俺には通用しない。AktiDerMagischVerklä!」
俺がこの力を盛大に使うのは初めてだ。普段は忘れ物を誤魔化す為にしか使わないこの魔法を戦闘に使う日が来ることは想像していたが、目の前で起きても実感が沸かない。
それでも、俺が脳内でイメージしたようにただの空気は未知の物質――マナへと変貌し、やがて防御壁として俺を包み、弾丸を全て防ぐことに成功した。
「え…?これって、伝説の魔法王だけが使用できた伝説の生産魔法…?まさかね、そんなわけないよね」
「ああ、俺もそんなことないと信じたいさ。魔法王だか何だか知らないけど、面倒事は避けたいし。それに、俺は今まで忘れ物を誤魔化す為に忘れた物を複製したり、いたずらで人の足元に石を生成するくらいのことしかやってこなかったから、複製魔法とか、そういう類いだろ?マナだって感じれさえすれば複製できるだろうし」
奈々ちゃんは若干怖気づいたようだったけど、流石にこの程度では降参しない。すぐに表情が真剣なものに戻った。
「それじゃあ、こんなものはどう?」
奈々ちゃんは亜空間らしきものに手を突っ込み、何やら漁っている。数秒経って出てきたその手には、聖剣らしきものが握られていた。
「これはありとあらゆる防御手段を貫通して相手に当たるんだ。こんなの出されたら降参する以外にないでしょう?」
「いや、そんなことはない。俺は勝負を続行する」
「え?!何で?これ、私が使って智溜くんに攻撃したら怪我じゃ済まないかもしれないんだよ?それを分かって言ってる?」
「もちろん。俺にも手段がある」
「へぇ、随分と強気だね。じゃあ、後で直してあげるからとりあえず後悔してね!」
奈々ちゃんはそう言っているが、俺からしたら難しい話でもない。ありとあらゆる防御手段を貫通する剣には、ありとあらゆる攻撃手段を完全に防ぐ盾があればいいのだから。
これでは矛盾が生じる上、何が起こるか全く分からないリスクは存在している。それでも、俺はやるだけの価値があると考えた。
「AktiDerMagischVerklä!」
奈々ちゃんの剣による攻撃が俺のマナによる防御壁を貫通するのと殆ど同時に、俺は剣に使われている素材を解析し、多くの部品の材質や効用が剣と同じになるようにイメージする。
目の前にはイメージよりも脚色された白銀の盾が現れ、剣と衝突した。
「こっちの世界に存在しない鉱石を再現できるなら、それは間違いなく伝説の魔法と同じだよ。マナはこっちにも存在してるから生成できるのは分かるけど」
「にしてもこれ、どうなるんだろな」
剣と盾が衝突してから十秒経とうとしたその時、剣と盾の間に謎の亜空間らしきものが現れ、大きな爆発を起こした。
俺は風魔法で地面に着地した時の衝撃を抑え、すぐに立ち上がった。奈々ちゃんも同じようにして俺より少しだけ後に立ち上がった。
「両方の武器が亜空間に持ってかれちゃうなんてね。やっぱり、禁忌の武器同士がぶつかることはこの世界にとってとても不都合なんだ」
「まあ、俺たちごと巻き込まれなかっただけよかったな。とりあえず、そろそろ俺の攻撃のターンにしていいか?」
俺はまだ攻撃の許可をもらってないが、奈々ちゃんの周囲に柄のない剣(刃?)を大量発生させて囲んだ。俺ははやく降参させて帰りたい一心だ。
「あのさぁ、これが好きな相手にやること?ないと思うなぁ」
「そんなこと言ったら、奈々ちゃんだって俺に光線なんか飛ばさないんじゃないか?」
「ナナは、彼氏が彼女にやるのはどうかと思う、って考えてるの!ナナが智溜くんにやる分には別にいいでしょ?」
「それもそうか。けど、俺としては今、カップルのイチャコラのつもりじゃなく、魔術師の魔法使いに対する下剋上的に考えてるんだ。格下の相手に負けるのは嫌だろ?」
「それじゃあ、ナナも卑怯な手を使うね」
奈々ちゃんの呟きと同時に、俺の出現させていた刃は少しずつ粉になって消滅していき、十秒ほどで全てなくなってしまった。
「へぇ。さては魔法のキャンセルか。無詠唱で使えるような魔法じゃないだろ、それ」
「ナナは無詠唱で使えるように特訓したんだよ」
つまり、俺はその更に上を行く手段を使わなければ絶対に勝つことはできないということだ。
「分かった。じゃあ、俺の負けでいいから一つ聞いてくれないか?」
「何?負けたのに?」
「実質的に奈々ちゃんの勝利判定になるようなお願いだよ。盛大に俺にとどめを刺してくれ。せっかくの機会だし、死の感覚を味わっておきたいんだ」
俺はバレないように自分の粒子を空気に、そして欠けた部分を空気で複製し、ひっそりと移動する。もちろん、奈々ちゃんはそれに気付くことはない。
「分かった。お望み通り、滅ぼしてあげようかな」
「ちゃんと肉片だけでも残してくれよ?」
奈々ちゃんはあの光線の弾丸のものが豪華になった魔方陣を展開し、突っ立っている俺の偽物を指の一欠片だけを残して消し飛ばした。
「そういえば、ルナの家がどこにあるとか訊いてなかったな。これじゃ復活できないけど、智溜くんはそこまで勝てると信じてたのかな?」
本当の俺はまだ負けちゃいない。卑怯な手だってことは分かってるが、奈々ちゃんには大切な使い魔を、相棒を早く取り戻してほしい。その存在を、無碍にしないでほしい。
物理的に空気にしていた身体を元に戻す。身体に重力が戻ってきた感覚は、何とも言い難いものだ。
「本当に勝ったと思っていたのか?」
「…え?」
「これで、俺の勝ちだ」
俺は、生成した刃を突き刺そうとしたが…。目を閉じ、目尻に涙を浮かべる奈々ちゃんの様子は、俺の心を痛めた。刺されることが相当怖いのが痛感できる。
俺は、刃を突き付けるだけで止めてしまった。
「…何で、生きてるの?」
「さっきの俺は偽物だ。奈々ちゃんが殺した俺は偽物で、本当の俺はこうして生きてる」
「ずるい!いくら少し魔法が使えるからって、そんなのナシだよ」
「いや、俺にも攻撃手段あるけど、光線なんて出せないからな?魔法の個人差はお互い様だろ?」
「うぅ…」
「俺もできるだけ協力するからさ、ハルだっけ?一緒に使い魔、いや、親友を取り戻しに行こう」
「分かった。じゃあ、私を守るナイトになってよ」
「モチロンだ、お嬢様」
奈々ちゃんが急に泣き出して俺は焦ったが、それは小学生の時の奈々ちゃんを思い出させる幼げな可愛らしい泣き顔だった。
俺はやはり、ルナよりも奈々ちゃんの方が好きかもしれない。