1章12話 決闘
奈々ちゃんの若干嬉しげな口調とは裏腹に、彼女の顔は何かを恐れているようにも、何かを軽蔑しているようにも見える表情をしていた。
「本家宮坂家とイギリスのヴァーラシュ家、或いは両家の親族であっても稀にしか検出されない、魔法犯罪者からは絶対に検出されない魔力量の持ち主が県外から転校してきた、って聞いたから私、大急ぎで前の学校の転校手続きやら戸籍の改ざんやらこっちの転入手続きやらを魔法で済ませて来てみたら、智溜くんを横取りしようとしていた泥棒猫さんだった。これだけでも運命的な巡り逢いだったのに、更にその人が異世界の禁忌を復活させた奴と同一人物って…。上からは殺すな、って言われてるけど、場合によっては殺すことも考えなきゃ」
「そうですか。でも、ジュナに何をしたところで復活してしまいますよ?召喚者である私と殺り合った方がいいですよね?」
「ならこうしない?負けた方は勝った方の言うことを聞く。ナナが勝った場合、ベールジュナを封印してもらった上でルナには国際魔法条例違反で逮捕されるか異世界に逃げるかを選択してもらうよ」
「そうですか。まあ、あなたに勝ち目はないと思いますが」
ルナも奈々ちゃんも両者余裕の笑みを浮かべている。一方の俺はさっきから寒気がして止まらない。
「巻き込まれると思ってんの?坊主」
「じゃあジュナが結界か何か展開してくれよ」
「そんなこと言われなくたってもうやったよ」
気づくと、俺とジュナは既に透明で若干狭い結界の中にいた。奈々ちゃんを中心に世界がモノクロになっていき、四人以外は色彩を失った。おそらく、時間停止系最強の魔法を使ったのだろう。
「負けの条件は何にするんですか?」
「片方が降参する、或いは死亡することを条件にしようじゃないか。楽しめそう?」
「私は楽しめそうです」
【魔法使い】二人は対峙し、今にも戦いの火ぶたが切られそうになっている。ここは、俺の掛け声で始めるのが正攻法だろう。
「それじゃあ、始めるぞ。よーい、スタート!」
「まずはこっちから行くね!AktiDesMagitrah!」
奈々ちゃんは手の両手を開いた先から一本の光線を発射し、ルナはそれを避けることなく受け入れた。
その攻撃は一切ルナに傷をすけることはなく、ルナを分岐点として光線は二つに分かれ、校舎を斬りつけた。
「ねぇ、部外者の人的被害が出たりするようなことはないですよね?」
「ちゃんと被害者0で済むようにしてるよ。私だって職務上で部外者を殺すとひどい目に遭うから殺したくなんかないし」
「今度は私ね。ADMA」
「簡略詠唱?にしては短すぎるような気もあああああああぁぁぁぁぁ?!」
奈々ちゃんは叫び声を上げるとその場に座り込み、叫び声を上げ続けた。一体、ルナはどんな恐ろしい魔法を使っているのだろうか。ただ、その割には奈々ちゃんに傷がつくことも、ましてや命の危険にさらされてすらいなかった。
「こんな手を使うのはアリかナシか迷いましたが、平和に終われるのが一番ですよね」
*
ルナが奈々ちゃんに謎の魔法を使い始めてから二分ほどが経過した。精神的に追い詰められてきたのか、もはや上げる声は叫び声ではなくやっとのこと聞き取れるようなか細い声だったし、奈々ちゃんの座り込んだ場所には水たまりができていた。
やっぱり、ルナは怒らせない方がいい。何が起きているかは分からないが、絶対に使われたくない魔法の一つになるものである。
「智溜さん、そろそろ解放してあげた方がいいですかね?」
「まあ、この後の授業に支障をきたすようなことがあってはな」
「AktiDerMagiRück」
顔色を窺うと、奈々ちゃんは相当な苦痛を受けたように放心していた。さすがに、ルナはやりすぎたのではないだろうか。
「おい、大丈夫か?しっかりしてくれ、おい、しっかりしろ!」
俺が肩を持ってゆすると僅かに反応があり、廃人にされるまでに至ってないことが伺えた。やがて目尻から涙が一粒零れ、二粒零れ、ゆっくりと泣き出しながら俺にハグをした。
「こ、怖かった、怖かったよぉ!」
その後はメチャクチャに泣きながら話していて、何を言っているか聞き取れなかった。相当怖かったのだろう。泣きながら抱き着かれるのは、小学生の時、雨の日に轢かれそうになったあの時以来だ。
「で一体、何が起きてたんだ?」
「急に足場がなくなったと思ったら暗闇の中に急降下してって、どんな魔法使っても意味なかったし、浮遊系や飛行系の魔術も効かなくて…。異世界に修行に行った時ですらここまで過酷な魔法を受けなかったのに。ルナ、何でナナを殺さずに苦しめるだけだったの?!」
「私は、あなたと戦いたくなかったんですよ。せっかくまた一人同類が増えたんですから、仲良くもならずに排除するのは間違ってると思ったんですが?」
「お人よしだねぇ。それで智溜くん盗られても文句は言わないことね」
「臨むところです。で、負けた方は勝った方の言うことを聞くんですっけ?」
「せめて智溜くんへの直接的な支配に関わることはやめてね」
「これからも、私と友達兼恋敵でいてください。一緒に智溜さんを盗り合って楽しく生活し、異世界からの刺客には協力して立ち向かいましょう」
「分かったよ。よろしく!」
奈々ちゃんも宮坂家の仕事で来たはずなのだが、それにしてはあっさりと事態は収束し、ルナと奈々ちゃんはこれからも仲良くやってくれるようだった。
「そういえば、漏らしてるの気づいてる?」
「え?いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺、殴られたの納得いかないんだけど(^q^)
*
放課後、俺たち四人は駅で電車に乗る前に学校のはす向かいにあるコンビニに立ち寄り、当たり付きの棒アイスを買った。
「にしても、こうやって一緒にアイス食べるのってどれくらい振りだっけ?」
「私が転校という名の義務教育の卒業をする日の前日だね。あの日、一本の棒アイスを二人で分けたよね。お互いに互いの齧ったところを食べる間接キス方式でさ」
「そ、そんな食べ方したっけなぁ」
「記憶にないとは言わせないよ。あの日、アイスは当たりだったけどもう一回同じことをやる勇気が出なくて交換しなかったよね。あの時の棒ってどうしたっけ?」
「奈々ちゃんがお守りとして俺にくれたじゃないか。今は多分部屋にあると思うけど…」
「多分って何、多分って?!お守りなら大切にしてほしいなぁ」
「まあ、今は本人が目の前にいるんだからいいだろ」
「そういうモンなのかな…。あ、残りのアイス落としちゃった!」
「あー、よくやってたね。喋るのに夢中になってアイスを落とすヤツ。懐かしい」
「懐かしむなー!せっかく久しぶりに智溜とアイス食べれたのに」
「俺の棒、当たりだったからこれで交換してきたら?」
「え!?いいの?ありがとう!」
俺から棒を奪った奈々ちゃんは、棒を嘗め回しながらレジへ持って行き、交換してもらっていた。棒アイスを交換してもらう時、棒は洗って乾かすべきだと思うけどなぁ。
アイスの交換を終え、コンビニの店内から上機嫌で戻ってきた奈々ちゃんは、傍らでアイスを食べているルナとジュナを不思議そうに見ていた。
「あのあの娘が【混沌】なんだよね?思ってたより大人しくていい娘そうだけど」
「まあ、主従は弁えてるし、むしろ主人に振り回されてるくらいだよ」
「やっぱり、ルナは恐ろしい娘だね…」
「そういえば、奈々ちゃんの使い魔はどうしたの?」
「…向こうの世界で修行してる時に使役した、というか仲良くなったんだけど、向こうに置いてきた」
「え?何で」
「その娘、ドラゴンなんだけど人型に擬態できなくて…」