1章11話 二股と昼休み
正直、俺からすると嬉しい再会ではあるのだが、とても複雑な気持ちでいっぱいだ。今の俺は、すっかり五年前の恋人と再会しない都合のいい路線を思い描き、完全にルナにぞっこんだったのだから。
五年前から可愛かった奈々ちゃん。今は更に可愛くなっていて、モデルかアイドルでもやっているんじゃないか、と思わせるほどだ。
「まさか再開できるなんて…。嬉しい、嬉しいんだけど…。その…」
「ナナとその泥棒猫ちゃんがどっちも可愛くて選べないよ~!!って感じ?」
「…まさにその通り、情けない話だよ」
「ダイジョウブダイジョウブ!連絡が取れなくなった人とわずか数年後に再会するなんて誰も予測できないからね。私は智溜くんが大好きだから、またすぐにメロメロにさせてあげるよ」
ルナの方を見ると、ルナの視線も奈々に釘付けになっていたが、その眼には敵意が滲んでいた。ただの恋敵としての敵意でなく、もっと別な強い警戒心の籠った敵意がそこにはあった。
「まさか智溜さんの元カノも、だなんて…。禁忌とは惹かれあう運命なのでしょうか、奈々さん」
「禁忌…?ああ、そういうことね。悪いけど、君よりナナの方が上だね。何せ、ナナは…。おっと、ここから先は地球でしちゃいけない話だし、また放課後にしよっか。ナナ、今日からこのクラスに転入することになったからよろしくね」
クラスではあちこちでざわめきが起きた。それもその筈、二日連続で美少女が転入してくるなど、誰が考えるだろうか。
そりゃ、考えられるはずもない。今回の転入は、歴史・地位・戸籍の魔法を用いた改ざんによるもので間違いないからだ。
奈々の家系――本家宮坂家は、国から魔法の使用が許可された数少ない家系にして、江戸時代初期から徳川幕府の許で世界初の魔法を取り締まる法令を作り出した歴史ある家系。
小学生の時はまだ宮坂家が歴史的な功績を残した家系とも知らなかったし、奈々ちゃんだって魔法を一切習得していなかった。
ただ、今はどうだろう。その小さな体に大量の魔法を刻み、魔力量はルナと同じかそれ以上になっている。左右の脇腹に各一個、両手の掌の皮の中に各三個、背中に五個の魔術刻印があり、これらを駆使すればルナの実力を簡単に凌駕することは一目瞭然だ。
*
昼休み、屋上にて俺はルナとジュナに挟まれ、更に大勢の野次馬に囲まれて弁当を食べていた。弁当を食べるだけでこれだけの野次馬に集まられると、いささか気持ちのいいものではない。早急に食べ終え、二人の相手をすることに専念しよう。
「ねぇ、智溜くん。あの時、ナナが何て言って告白したか覚えてる?」
「超シンプルに、あなたのことが好きです!付き合ってください!、だったよ」
周囲の野次馬から歓声が上がる。見物じゃないんだが。
「へぇ。じゃあ、ルナからは何て告白されたの?」
「…まだ、告白されてもないし、告白してもないんだ。一目惚れしたとは言ったけど」
「一目惚れした、って伝えることは好きです、って伝えることとニアリーイコールだよ。遠まわしに智溜くんから告っちゃったんだよ」
「そ、そうなのか?」
「返答は?」
「うーん、特に何かあったかと訊かれても、せいぜい三十分間抱き枕にされたことくらかな…?」
周囲からさっきの比にならないほどの声が飛ぶ。野次馬が増えている上、歓声に混じって「リア充は死ね!」「リア充爆発しろ!」と罵声も聞こえてくる所為かとてもうるさく感じる。
「へぇ~、じゃあ、今度はナナが一日中抱き枕にしてあげようか?」
「上からのしかかられる身にもなってほしいな。結構キツイんだぞ?」
「それは私が重たいということですか?」
「ルナが重いとかそういうことを言ってるんじゃなくてな…」
「あ、みんなSNSの拡散とかしないようにね。最悪の場合は国が動くよー」
俺たちは遂に写真まで撮られ始めた。奈々の一言で彼女が本家宮坂だと悟った連中は捨て台詞やら謝罪の言葉やらを吐いて逃げていったが、それでもまだ多くの野次馬が残っている。
魔法が禁じられた世界での秘密を共有する者同士によるラブコメ…。俺たち以外にいるとしたら、ソイツらも俺たちみたくテンプレのラブコメに見えるのだろうか。もしかすると、<認識阻害>を使って野次馬が集まらないようにしていたり、魔法を『ヨーガの力』とか言って宙に浮いて避難していたりするのかもしれない。
「ねぇ、ちょっといい?」
「な」
俺が反応しようとすると奈々は両手で俺の頬を挟み、自分の方へ俺を無理やり向かせた。さすがに野次馬たちの面前では…。
「キス、されると思った?」
どうやら思ったことが顔に出たか、或いは<思考読解>を使われたようで、言い当てられてしまった。野次馬たちの前でこういうことはホントにやめてくれ…。
「その顔は、思っちゃった顔だね。はいざんねーん、キスはお預け。でもナナ、ちゃんとまだ智溜くんのこと好きだからね?」
「お、俺も好きだ!」
「じゃあ、ルナのことはどうなの?」
「あー…。ああ、そうだよ!俺はルナのことも好きだ!」
言いながらルナの方を振り返ったが、明らかに様子がおかしい。若干目が虚ろで、頬が引きつっているように感じる。やらかしてしまったようだ。
「何ですか、昨日までさんざん私のことが好きだというような素振りを見せておきながら、私ではなく急に表れた元カノに先に告白するんですか。それで何で私に告白するんですか?二股ですよ、私も智溜さんのことが好きなだけじゃなくて、その発端になったこともあって智溜さんから離れられないし、離れたくないから許容しますが、それはちょっとどうですか?」
「確かに、二股なんてふざけてるのかもしれない。けど、俺は選べないんだよ!どっちも好きだ!どっちもタイプだ!それに、アレのこともあるだろ?だから、二…って…。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
気づくと俺は、校舎の屋上にいなかった。校舎の屋上の端から十メートルほど平行移動した空中にいて、俺はそのまま成す術なく地面へ落ちていった。
そのまま地面に衝突するのを感じる。俺、選択を間違えた。もしも来世、謝れる機会があれば二人に謝ろう。二股するなんて簡単に言ってゴメン、って。
地面は柔らかな感覚がして、痛みが全くない。空中でショック死でもしたか、急に無痛症の上位互換を発症したか、或いは、自他の魔法か。
「全く、うちのご主人はキレるとロクなことやらないよね。今朝私が殴り飛ばされたのを見たんだから怒らせるのが得策じゃないことぐらい分かってたでしょ?」
何処からか声がして、俺の影からジュナが現れた。どうやら、影を行き来することもできるらしい。
「すまん、助けてもらって」
「多分、主は私が助ける前提でこんな馬鹿なことをしたんだよ。あーつまり、私に助ける以外の選択肢はなかったんだ。礼はいらない」
「そもそも、本当にルナがやったのか?案外、奈々も二股を企む俺に内心業を煮やしていたかもしれないけど」
「主がやったのは間違いないよ」
相変わらず物騒な女だ。それでも、やっぱり愛したいと思える。二股は避けて通れぬ道だろう。
*
俺が屋上まで弁当箱を取りに帰ると、二人はまだ同じ場所にいた。ただ、ルナがしゃくり上げながら泣いていて、それを奈々がなだめている。何かトラブルでもあったのだろうか。
「俺がいない間に何かあったのか?」
「…さい」
「ん?」
「落としたりして、ごめんなさい!」
顔をくしゃくしゃにして泣くルナに、思い切り抱き着かれる。やっぱり、勢いで行動しちゃうところがあるんだな…。
「別にいいんだよ。どうせ死んだところで、ジュナに蘇生してもらうだけだったろうし」
「ん?ジュナって誰?」
「まあ、言っても分かるかどうか知らないけど、【混沌】のベールジュナって娘だよ」
「へぇ…。本当だったんだ」
「へ?何が?」
「【混沌】を復活させた【魔法使い】がいるって報告だよ!」