束縛から解放感へ…
獣人、獣化といった表現が苦手な方はお戻りください。
寒い季節になりましたね。
なかなか忙しく執筆の方が滞っていました事をお詫びします。_(._.)_
お持ちになった方等の期待に添えるかどうか分りませんが、面白く読んでくれれば、作者としては幸いです。
多忙な毎日に最近嫌気が差したので、やっと取れた休日を利用し、久々の誰にも束縛されないのほほんとした一人旅をしている。
僕はコーヒーショップに居た。いつものなら仕事の能率を上げる為にコーヒーを飲んでいたが、今はコーヒーの香気を楽しんでいた。せかせかと歩く街中の会社員の姿を今こんな風にゆったりとくつろぎながら見ていると、忙しく働いていた自分を客観視しているような錯覚がした。
もう有名な観光地などを見てしまって、退屈していた僕は冒険心によって大通りを外れた普通の観光客が通らないような路地を進んで行った。もしかしたら思いがけないような発見があるかもしれない期待と知らない所に来て道に迷うかもしれない不安があった。
細い道を一人で進みながら、案内人が居れば良かったなぁと内心で後悔していると、良く言えば珍しい物が多く置かれた骨董品店、悪く言えばガラクタばかりの小屋が目に入った。他の旅行客はこんな寂れた路地には滅多に来ないらしく、道に迷った僕だけがそこに居た。
ちょっと興味が湧いたので恐る恐る中に入ると、骨董品が数多くある中で、僕を不思議な力で魅了した物があった。
亭主が手入れを怠ったのか半ば埃の被った仮面は、他の古ぼけた品々に埋もれているはずなのに、不思議と僕の視線がそこへ向かった。
その仮面は、精悍な顔立ちの狼の仮面だった。僕と柱に掛けられていたその仮面と対峙したようになり、思わず本能的に手に取ると、それは驚く程に精巧に作られていて、仮面であるはずなのに生き生きとしているような印象がし、僕に変な緊張感を与えた。
すると、亭主がやけに低い声で忠告をした。
「興味本位で品物を触るな。ここは価値も分からない素人が来るような所じゃない。」
だが忠告は遅かった。もう僕は仮面の虜になっていた。このままここを出て、それを置いて行くなんて出来なかった。
僕は、両手で仮面を持ち、見れば見るほどにその不思議な仮面に魅了され、意志ではそれを置いて帰ろうとしても、置いて帰ることは出来なかった。
「そんなにそれが気になるのかい?」
亭主は呆れたような口調で言った。
「……ええ。まぁ……。その……。」
曖昧に僕は答えた。
「そうかい。じゃ、店の奥に来ると良い。」
亭主は手招きをして、僕を中へ連れて行った。それはなんだか、その時だけは不自然な行動のように思えた。進んで行くと、中は薄暗く、物が多くあるなか慎重に進んでいくとそこは物置のようで、なんだか黴臭く、数十年ぐらい誰も手を着けていない物が多く置かれていた。
亭主は何やら何かを探している素振りで物置を右往左往していた。
「あった。あった。そうそうこれだよ。」
亭主は、キャスターのついた古い亭主の身長よりも大きなケースを取り出してきた。
「これは、その仮面が入っていたケースだよ。大きな屋敷から譲り受けた物なんだけど、なんだか気味が悪くてね、かと言って捨てるのももったいなくて、ずっと奥にしまっておいたのさ。」
亭主は、そのケースを開け始めた。すると、中には何かしらの生き物の――いや、この仮面が入っていたと言うのだから狼だろう――剥製のような物が入っていた。
「一瞬、生き物の剥製に見えただろ。俺もこれを見た時変わった剥製だと思ったんだけど、詳しく見てみると、一応剥製ぽいけど、中がすかすかで本来入ってる綿などの芯も無いんだよね。それで更に不可解なのは、おまえさんが持っている仮面だけがこの剥製らしき物と別な物にされて分離しているという事なんだよね。」
「持ち主にこれが何か聞きましたか?」
「?ハハハ…。何で聞くって、第一、俺はこんな物だとは初めから知らんかったし。ところで、どうしておまえさんはこんな物に興味津々なんだい?」
「え……。」
いきなり、突拍子もない事を言われ、一瞬、言葉が出なかった。
「ああ、僕は美大生で何をモチーフにするか息詰まっていた所、こちらを通りかかったものでしたから……。」
半笑いを浮かべながら、とっさに思いついた嘘が口から出た。
「ほう、なんだ、そういう事だったのかい。それなら、良いアイデアが浮かぶまで、別にここに居て、それを触って観察したりしていいから。」
「……あ、どうも、ありがとうございます。」
亭主は、俺は店番に戻ると言った後で世の中には、物好きがいるもんだねと独り言をもらしながら物置から出て行った。物好きは誰でしょうか。
物置に僕しか居なくなった後、しんと静まり返った物置で仮面同様にその剥製が僕に何かを訴えかけているような錯覚に襲われた。
僕は、わからないけど触れて調べてみたいと思ったが、それに対する羞恥心が僕の心で渦巻いた。
ここまで来て、僕は後で後悔はしたくはないので、躊躇いがちにそれに手を伸ばした。
触れてみると、それは確かにすかすかで芯が入っていない剥製はただの毛皮と言うのが適切であると思った。良く分からないけど、手に持ってみると意外に軽かった。それの見た目は、毛がしっかりと生えて、爪などもちゃんとしていた。触ってみて気が付いたが、この毛皮はゴムのように伸縮性があった。
そして、自分でも驚くくらいに我を忘れ、自分でも変だと思う程長い間それをいじくり回して調べていた。
すると、それが反応したように調べていた部分が変形しているように見えた。変形している部分はまるでジェルの様に形を崩していった。その変形した部分から僕の手がその毛皮とくっ付き、抜けなくなった。そこから手を抜こうとしても抜けずに、むしろ、それが僕の事を引っ張っていった。そして、僕は呆然と自身の体がそれに吸い込まれていくのを感じていた。
いつもの僕ならば、こんな思いにもよらないような事になってしまったらパニックになり抵抗するはずだが、今の僕は逆に焦りよりも変な喜びの気持ちがあった。ずっと、これを望んでいたという気持ちがあった……。
やがて、更に引っ張られる事でじわじわと毛皮の中に僕の体が包み込まれて、それと完全に触れ合った時、僕の体が毛皮と一体になった。僕の皮膚と完全に密着し、もし剥がそうとしても、それと自分の皮膚が一緒に剥がれてしまいそうだった。
自分の意識の中に毛皮と体が密着したという感触を覚えたら、不思議な快感が僕の体を伝って、身震いをした。その快感は、今まで感じたことのない、全身を締め付けられるという事に対する反作用的な興奮だった。また、不思議とそれは僕の体にぴっちりと体の動きに従うようにフィットし、もうそれが初めから僕の体の一部分だったのではないかと思った。
僕は、この喜びに浸っていた。
今までに無かった自分の姿である獣身人面というような姿で僕は体を動かして様々なポーズをとったり、自分の体との感触を確かめた。
そして、最初に僕の心を魅了した仮面を付けようと躊躇いもせずにそれに手を伸ばしていった。動悸が一段と激しくなり、ようやくそれを顔の上に置いた時、僕はハッとした。
着用感によって僕の気持ちは毛皮に包まれた時以上に更に高ぶって、うっとりとした気持ちによって仮面から漂う黴臭さにさえ鼻孔を広げた。
もはや、僕からこれらを剥がし脱ごうとする事は出来なかった。僕の体からこれを剥がそうとしても皮膚とくっ付いてしまっていて剥がせそうにもないし、しかも仮面と獣皮までもくっ付いて全てが一体となってしまっていた。そして、ただ僕の中には満ち足りた気持ちでいっぱいだった。
だんだんと意識が遠のいていき、僕の心の中に何かが入ってくるような妙な違和感を覚えた。それは、あまりに興奮した反動なのかもしれないが、もはや、どうでも良かった。
そもそも自分は何者であったか分からなくなった。
『……僕は…人なのか。
僕は…僕は…人ではなかったのか。
本当の僕は…人ではないのかもしれない。
……いや、人ではない。
……僕は、人ではなかった。
そうだ、僕は獣だった。
本当は獣だったんだ。』
理性がだんだん僕の体の支配を失っていく過程で、ふっと気が付いたときに体を縛っていた何かが外れた様に軽くなって、眼前に以前見たような、でも見たことがない風景が広がっていた。そこには光に満ち溢れて、絵に描いたようだった。
僕は、今までに感じたことのない素晴らしいと表現すべき解放感に心を踊らせながら駆け出した。
もう、時間や他人に縛られたり、悩んだりすることなく、そこでは自分の思うように行動すればいいのだから。
「あれ、そう言えば誰かここに居たっけ?うーん…そんな訳ないよな…。…うん?何でここに剥製が出てるんだ?しかも、前からこんなんだったけ?何か変わったような……。あれ?俺は…何をしてたんだっけ?」
亭主が物置の戸を開けた時に、そこに居た青年の姿はなかった―少なくとも、‘人の姿’では―。
なぜなら、その青年は身を預けた怪奇な物に心を奪われて、彼は本当に‘獣’の剥製になってしまったのだから。
そして、彼は無我夢中の状態でねじ曲げられた自身の記憶を彷徨う亡者となって、その薄暗い物置で埃を被るだけであった。
包み込まれる快感は堪らないのではないかという想像で書いたので、表現として不十分な所もあったと思います。
これから先、何かと忙しく執筆が出来ないと思われますが、暖かい目で見て下さればありがたいです