形から入るタイプの恋人
俺はなんでも形から入るタイプだ。
だから恋人を作るにも形から入りたいと思う。
こうして俺は、自宅へ遊びにやってきた友達に、心の中で温め続けてきた仮想恋人の構想を打ち明けた。
「で、形だけの恋人関係から入ろうと思うんだけど」
「オッケー村上、一旦聞く。具体的には?」
「まず人形を買って恋人として扱ってみようかと……」
そっかぁ、と三上はなまぬるい相槌を打った。俺は何かを間違えたらしいことだけ分かって、気まずさをごまかすために頷く。
「最近の通販はすごいな。等身大の人形とかも普通に買えるんだぜ」
「もしかして大人限定のお人形じゃないよな?」
「違うよ……」
実はちょっとだけ検討したことは伏せて、首を横に振っておく。三上はそれ以上追及せず「ふうん」と鼻を鳴らした。
「でも人形だろ。本当に形だけしかないし、意味なくないか?」
「どうして?」
「恋人関係って無形のものだろ。無形のものに形を求めて定義するのって、それは別物じゃないか?」
「やめろ、難しい話はよしてくれ」
三上は「考え直せって」と俺を諭した。
「恋愛の本質は相手との関係性であり、無形のものを模倣するならそれは意味のない張りぼてだ」
「正論で刺してくるなよ、俺がかわいそうだろ!」
抗議をすると、三上はあごをわずかに引いて俺をにらむ。
「だから恋愛を形からやるなら、それは生身の人間との間で契約として取り結ぶべきだ」
「やめろやめろやめろ、俺理系だからそういうの哲学系なのか法学系なのかも分からないんだって」
「単純だ。俺たちで付き合えばいい」
俺の思考が止まった。
三上の澄んだ瞳。嘘一つない言葉の響き。部屋の片隅に転がった天然水のペットボトル、俺たちが飲み散らかした酒の缶とそのにおい。
「……なるほど?」
「俺でもいいだろ」
「ちょっと待って、今シミュレートする」
俺と三上が形式上の恋人になる。
俺はなんでも形から入るタイプだから、ステレオタイプな行動を三上に提案するだろう。
デート。男同士だから手をつなぐのは厳しい。だけどそれはホモフォビアであり、形式をなぞるならばむしろ手をつないでみるべきだ。
一緒に食事をする。それは今やっていることと変わらない。だからこれはきっと楽しい行為になるだろう。
キス。
「キスか……」
「うん」
「うーん」
俺と三上がキス。
「物理的には可能か……」
「生理的にはどうだ?」
「俺たちの生物学的特徴は、俺たちがキスすることを阻むようにはできていないからできる」
「いや、心理的な話」
首をひねって考えてみる。何度考えても、うまく頭の中でイメージが浮かばない。
「実際にやってみないか?」
俺の提案に、三上は驚いた顔をした。しばらく考え込む様子を見せた後、「分かった」とちいさく頷く。
俺たちの顔が近づいていく。悪ノリでやっていいことではない。それはお互い分かっている。
三上が口を少し開けた。たぶん「無理ならやめろ」と言われる。
それがしゃくだと思った瞬間には、俺は三上とキスをしていた。
唇がやわらかくてびっくりした。
「うおっ」
俺は驚いて顔を離す。三上は茫然とした表情で、俺をじっと見つめていた。
俺はこぶしを振り上げて叫ぶ。
「いやじゃなかった!」
「そ、そっか」
「むしろいいな、これ」
キスとはいいものだ。俺は三上とのキスが気に入った。
三上は照れたように目を伏せて、唇を指でなぞっている。こうしてみると不思議なもので、三上がものすごくかわいい生き物に見えてきた。
俺は三上とキスをした。改めて、恋人関係をシミュレートしてみる。
一緒に食事をするならキスしたい。デートするなら手をつなぐというお約束とそれに伴う偏見も、三上のかわいさがあればプラマイでプラスだ。
付き合いたい。だけど俺の唇は不思議と強張って、いつも通りに喋ることができなかった。
「……友達からはじめないか?」
なんとか絞り出した提案に、三上は「なんだそれ」と呆れた顔で笑った。
「それはもう始まってるだろ」
「じゃあ、その……ゆくゆくは? 恋人になるということで、形式上の恋人関係を結ばせてもらっても……」
「それただの恋人だろ」
言われてみればそれはそうだ。
俺は一本取られてしまった悔しさのまま三上を抱き寄せて、「キスするぞ」と脅した。
三上からキスをしてきたので、俺はたぶん一生、こいつには敵わないのかもしれない。




