生まれて初めての異世界
3月20日。19時30分。いすみと伽耶は近所の公民館でグレッグたちと落ち合い、駐車場の片隅に集まった。教官たちは呪文を唱え始めた。「レナニコッベケス、レナニコッベケス、レナニコッベケス」。すると目の前のゲートが開き、4人はシラサギ公国にいた。いすみたちはまるで東南アジアにいるかのようだ。見た目は確かにベトナムに近い。クルマよりもバイクの数が圧倒的に多い。でもバイクの音が意外なほど小さいのだ。更には空気が澄んでいる。交通マナーが明らかに名古屋よりもいい。信号機は縦に統一されているが、LEDではなく、まるで昭和を彷彿とさせる旧式の信号機。信号は歩車分離式に統一され、歩道は広く、自転車専用レーンは別に設けられていた。歩道に沿って街路樹が植えられているが、イチョウの樹が見当たらない。これは歩行者の転倒を防ぐためだ。イチョウの葉は油の成分が多いので雨や雪を含むと滑りやすくなる。シラサギ公国は油の成分が少ない樹しか街路樹に採用しない。ジュースの自販機が見当たらないが、その代わりにジュースバーがやたらと目につく。からだに優しいフルーツジュースが売りのようだ。やっぱり今の日本とは全然違う。シラサギ公国は季節のめぐりが日本と同じだが、梅雨にはあまり雨が降らず、湿度がなくカラッとしている。やはりここは日本ではない。暑くもなく寒くもない。いすみたちは体操服にブルマー姿だからとにかく目立つ。だからといって通行人に何かされるわけではないが、盗撮される気配はない。2人はシラサギ公国の庶民には節度があり、民度が高いと感じた。いすみたちは喫茶店に入った。まずはリンデに温かく迎えられた。「ようこそシラサギ公国へ。歓迎するわ。私はリンデ。あなたは?」「私はいすみ。あの子が伽耶です」いすみはリンデが流暢な日本語を話すので驚いた。しかもイントネーションがごく自然。日本人と話すのとあまり変わらない。グレッグたちは会議があるので出ていった。続いてギアとクルスを紹介された。いすみはギアに。伽耶はクルスに惹かれた。それは彼らも同じ。なのでごく自然に即席のカップルが生まれた。空気を察したリンデは早めに取材を切り上げる気づかいを見せ、いすみたちは感激した。「いすみはなぜ魔法戦士を目指すことにしたの?」「今の日本が好きじゃないからです」「日本人は上っつらしか見ないから?」「そうです」「伽耶はどう?」「私は異世界の価値観に触れてみたいからかな」「具体的には?」「や、やっぱりシードマンの方と対戦するのは怖いけど、私たちは女子校だから男の子との接点が全然ないんです」「リアルではブルマーは下着じゃないと聞いてるけど、いすみ、あなたにとってブルマーとは何なのかしら?」「や、やっぱりし、下着だと思います」いすみはシラサギ公国へ来て以来、通行人や店の客からの痛いほどの視線をヒシヒシ感じた。「伽耶はブルマーをどう思う?」「わ、私もやっぱりブルマーは下着だと思います」リンデは何枚か2人の写真を撮り、大満足して帰っていった。いすみたちは注文したジュースを飲んだ。ジュース代はグレッグたちが支払ってくれる。世界線を越えた以上、2人は精神体。精神体は水分しか摂取できない。「いすみは僕に聞きたいことある?」ギアが尋ねた。ふつうに日本語が通じる。「魔法戦士は最終的にはどうなるの?」「そうだね。魔法戦士は対戦したシードマンか仮投降した場合は両性具有の若い女性に性的な訓練を施されることになる」「じゃあ私たちは対戦したシードマンか両性具有の女性に優しくしつけてもらえるの?」「そうだね」「伽耶はどう?魔法戦士になることに不安はない?」クルスが尋ねた。ふつうに日本語が通じる。「も、もちろん不安はあるわ。あ、あなたたちに勝てるとは思えないし。でも訓練は楽しいわ。大切に育ててもらえるから」「僕たちは伽耶たちをリスペクトしているよ。敵国からの募集に応じるなんてなかなかできることじゃないからね」「そ、そう言ってもらえると嬉しいわ」「ギアはどう?私たちみたいな12歳の女の子相手じゃ物足りなくない?」「そんなことないよ。僕たちが対戦していた[ラバーズ]はふつうに強かった」「クルスはどう?私たちみたいな女の子相手じゃ物足りなくない?」「実際にやってみなければわからないさ。必ずしも僕たちが勝つとは限らないよ」「私はあなたをリスペクトしているわギア」「僕も同じさいすみ」「伽耶はどう?」「も、もちろん私だってあなたをリスペクトしているわクルス。もし対戦するならお手柔らかにね」「もちろんさ伽耶」「ぜひともブルマー姿で対戦したいねいすみ」「や、やあだギアあ」「僕もぜひブルマー姿でやりたいな伽耶」「そっそれはいくら何でも反則よクルスう」いすみたちは顔を赤らめて耳まで赤くなった。記念すべき魔法戦士とシードマンの前哨戦はギアたちの貫禄勝ちに終わった。